大和 郡山 市 殺人 事件。 あなたと、地獄の果てまでも~大和市・連続主婦強盗殺害事件~

郡山市逢瀬川殺人事件は自粛警察の犯行か「被害者男性は見せしめにガムテープマスク」

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スポンサーリンク 逢瀬川 福島県郡山市横塚 に遺体の男性と犯人は誰 顔画像・名前 ?殺人事件の犯行動機となったトラブルや自殺の可能性は? 逢瀬川で男性の遺体発見の経緯 まずは今回の事件で、逢瀬川から男性の遺体が発見された経緯を、報道されている内容から確認してみましょう。 5月15日、福島県郡山市の逢瀬川で男性の遺体が見つかった。 遺体の口にはテープが貼られていて警察が殺人事件とみて捜査している。 遺体が見つかったのは、福島県郡山市横塚の逢瀬川。 15日午後0時半ごろ「川に人のようなものが浮いている」などとと警察に通報があった。 見つかった遺体は男性で、年齢は20~30代くらい。 捜査関係者によると、服は着ていて遺体に目立った外傷はなかったが、口を塞ぐようにテープが貼られていたという。 このため警察では男性が何者かに殺害され川に遺棄されたとみて捜査を進めている。 遺体が発見されたのが、午前0時とのことですが、実際に男性が逢瀬川に遺棄されたのはいつなのでしょうか? 真っ昼間に堂々と男性の遺体を川に遺棄するとも考えにくいですので、実際に遺棄した時間帯は深夜のような感じがしますね。 目撃情報もありませんし…。 別の報道では遺体が発見されたのは、「逢瀬川橋」の近くとありました。 逢瀬川橋の位置は以下の地図の辺りですので、この付近に男性の遺体が浮かんでいたと思われます。 【殺人事件に関する記事】 スポンサーリンク 逢瀬川 福島県郡山市横塚 の遺体男性は誰? 顔画像・名前 まずは今回の事件で、 逢瀬川から死亡した状態で発見された男性は誰なのか?という疑問。 これに関しては、現在身元の特定をしている最中ですので、顔や名前は明らかになっていません。 遺体には目立った外傷はないとのことですので、腐敗が進んでいなければ、キレイな状態だと思います。 なので、身元もすぐに分かるのではないでしょうか? 逢瀬川 福島県郡山市横塚 殺人事件の犯人は誰? 顔画像・名前 次に遺体男性を殺害したとされる 犯人は誰なのか?という疑問。 コチラについても、遺体男性が特定されていませんので、犯人と思われる人物を捜索する段秋ではないと思われます。 まずは遺体男性の身元を明らかにして、そこから周囲に関する情報を捜索していくことになると思われます。 犯人として考えられるのは、• 遺体男性を知る人物• 赤の他人 だと思いますが、人を殺めるって普通の精神状態ではできないでしょうから、犯人は遺体男性に対して、強い怨恨を持っていたような気がします。 ただ、強い怨恨の持ち主が外傷のないまま男性を遺棄するのか?と思うと疑問に感じるとこrろです。 金銭トラブル• 恋愛トラブル• 職場関係 などでしょうか? また2016年のデータによりますと殺人事件の55%は親族間によるものだそうです。 たしかに、殺人事件の報道が流れた時に家族間にようる内容のもは多い気がします。 代表的な事件としては過去に以下のような怖い事件がありましたね…。 ただ、殺人事件を匂わせたのが、口を塞ぐようにテープがされていたという内容だけでしたので、もしかしたら自殺の可能性も否定できませんよね。 殺人事件であったとすれば、死亡させてから口をテープで塞いだように思いますし、そうなるとどうやって死亡させたのか?というのが疑問に思うところ。 外傷がない状態で死亡させることは稀なのではないでしょうか? 首を絞めるにしても絞殺のあとは残るでしょうし…。 そうなると、なにか劇薬的なもので内面から危害を加えたということなのでしょうか? それとも川で窒息させたとか…。 でも抵抗すれば逃げれそうな気もしますよね? 現段階での報道内容だけでは、犯行動機はなんだったのか?というのを推測するのは難しいですね…。 また新たな情報が入りましたら、追記します。

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【事故】郡山市大槻町で道路を横断していた51歳男性が車にはねられ死亡

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お断り 本日の記事は過激な内容も含まれており、気分を害する可能性があります。 それを承知される方はお読みください。 それ以外の方はここで退去願います。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私は郡山市在住だが、この街はかつて「東北のシカゴ」と言われた。 昭和の時代は「ヤクザ」が多く、駅前周辺は夜は物騒な場所だった。 そして平成の初期は、さくら通りは週末の深夜を中心に暴走族の往来道路となり、安眠妨害が甚だしかったし、さくら通り沿いには駅前から歩いて帰る若い姉ちゃん達に狙いをつけたナンパ族の車がズラッと列を成した時期があった。 今は「暴力追放都市宣言」を推進し、駅前周辺に巣をつくる「カラス族」を除けば、今は治安が回復し安心して街を歩けるようになった。 そんな現代にあって、今でも郡山市街には、あまり行かない方が賢明な「危険地帯」というのがある。 郡山に半世紀も住んでいる私が独断と偏見で選んだ危険個所を一挙提示したい。 1 朝鮮民族の巣窟? 第三者の方がアップしたYoutubeの説明書きを原文のまま掲載します。 郡山市の文化通り近くのはやま通りに朝鮮総連福島県本部と韓国民団福島県本部があるらしいです。 文化通りの一つ先のはやま通りに総連と民団。 福島県で郡山市は一番、在日人口が多いみたいです。 郡山市にパチンコ店が異常に多い理由が何と郡山市に朝鮮総連と韓国民団のアジトみたいな県本部があるから遊技業が盛んなのかいな? 果てさて強制連行された在日が郡山市に住み着いたのか? それとも勝手にパチンコとか焼肉屋のような民族産業が人口の多い郡山市ならば商売になるみたいに考えて福島県に住む在日が住民票を移して郡山市に勝手に住み着いたのか? 撮影したい動画があったのでついでに郡山市に寄ったので在日の密度が高いらしい文化通りの鶴見坦の周囲を雨の中、ちょっと走りました。 福島県に在日なんていないよ・・・よ思っていたらそうじゃなくて、実際、郡山には多いみたいですよ。 郡山市は政治思想が強い土地柄で、左翼や中核派のアジトもあるようだ。 2 堂前・陣屋 堂前と言えば、昭和の時代はヤクザが蔓延る危険な町だった。 4号線から一本西に入った場所は路地裏の飲み屋街だったが、そこにヤクザが暗躍していた。 みかじめ料をとったり、闇博打が行われ、売春婦もストリートガールの如く、暗闇で手招きしていた。 それが暴力団の資金源になっていたようだ。 陣屋は平成の繁華街で、「エリートビル」が立ち並ぶ。 ここは金・土に行けばわかるが、黒い服を着た強面の方たちが、夜な夜な集う店がある。 今ではclubやスナックが多いが、かつてはキャバクラや性風俗の店があった。 でも今最もヤバイ場所は、詳述は控えるが、郡山情報ビジネスの校舎があるビル周辺だ。 よくぞあんなところに専門学校を建てたものだ。 交通量の差もあるが、なぜか郡山の大規模病院がある周辺での事故が多い。 その面前で死亡事故がやたら多いのは皮肉としか思えない。 それとも火葬場を潰して美術館通りを通したことへの祟りなのか・・・。 高齢者が信号のない通りを無理やり横断して、立て続けに2人亡くなっている。 同じ場所で何度も死亡事故が起きるのは、突然に命を絶たれた死者の無念が漂い、その死霊が招いているように思えてしまう。 ( 追記:令和2年5月24日) 平成2年まで稼働していた「郡山市営薬師堂火葬場」の正確な位置 この日、貸し出しを再開した「郡山中央図書館」を訪れ、26年前の出来事の新聞記事を調べたり、古い郡山市の住宅地図を書庫から出してもらい、いろいろ調べてみた。 そのひとつに、平成2年まで横塚3丁目にあった「郡山市営薬師堂火葬場」の正確な場所が判明したので記したい。 するとそこには現在、或る店の敷地がかぶっている。 あまり書くと営業妨害になるのでコメントは差し控えます。 平成元年と現在(令和2年)の地図を見比べて、そこには今、何があるか、各自でご判断ください。 下は平成元年の横塚3丁目付近の地図(火葬場は画像の真ん中の上のほうにある)画像をクリックすれば大きく見やすくなります。 画像の左上にあったのが「福交ゴルフガーデン」で、今はここに「ROUND1」と「ドン・キホーテ」が建っている。 その東部幹線を挟んだ東向かい側にあるのが、現在も存在する「下水の終末処理場」。 同じ敷地内の南側の一角に「郡山市営薬師堂火葬場」があった。 そして下の現在の地図で、今、その場所には何があるか見比べてもらえば一目瞭然だ。 下は現在の横塚3丁目付近の地図 周辺はこの32年でガラリと変わっている。 でもこうして2つの地図を比較すると、確実に見えて来る。 火葬場があった場所はその下の左右に走っている道路の北側。 つまり薬師堂火葬場があった建物の真上を貫くように「美術館通り」が拡張された。 火葬場だった敷地を削って道路にしている。 だから、その交差点からヨークベニマル横塚店がある辺りは、市内でも飛びぬけて死亡事故が多いのだ。 しかも高齢者が信号のない道路を無理に渡ろうとして車にはねられるケースが大部分を占めている。 4 守山地区 ここには朝鮮人学校(福島朝鮮初学校)がある。 もちろん、そこに通う児童生徒は何も悪いことは無い。 しかし、その親たちは、一体どこで働き、稼いだお金を祖国に送金しているのかと考えれば、まともな仕事をしているのかと疑念を抱いてしまう。 堅気でまともな商売ならいいが、闇ビジネスや麻薬の売買に手を染めていないだろうか。 そして東山霊園方面には終戦後に引き揚げて来た時の大陸人たちが多く暮らしている。 酪農家で塩の付く名字の方は ほとんど北方より待避された人が多いが、もう70年経過しているので、その二世三世としての末裔が残っているだけとなっている。 また、戦時中は郡山駅裏の化学工場で強制徴用された労働者がいたとのこと。 戦時下で青壮年日本人男子がほとんど徴兵(=強制徴用・強制労働)され、労働力が足りなくなったから朝鮮人を連れてきただけということ。 朝鮮人は志願者を除いて戦場の前線には送られなかったし、全員とは言わないが金銭条件を提示して労働力を徴集した例が多かった。 5 日和田地区 ここは一見平和そうに見えるが、闇が深い。 この地区はどういう訳か、国際結婚している人が多い土地柄だ。 奥さんが韓国人や中国人だったり、南米や東南アジアから嫁いだ女性が多くいる。 もともと農家が多く、嫁不足が深刻化している場所だが、日本人男性と結婚させる斡旋業者でも暗躍しているのか。 調べて見たら、案の定、結婚相談所を営む業者があった。 文化・風習・言語の相違は大きく、そんなに上手く行く筈がない。 6 殺人事件・自殺者が際立つ朝日・桑野界隈 「大島てるの事故物件」サイトを見ればわかるが、この両地区だけ際立って報われない死亡事案が多く発生している。 桑野は平成に入って4件の殺人事件が相次いで発生した。 また、高層マンションからの飛び降り自殺などもやたらと多い土地柄だ。 なんと朝日と桑野だけで12件もの事故報告があるから半端ない。 本日私が指摘した地区に住んでいる方は憤慨するかもしれないが、「君子危うきに近寄らず」で、迂闊に踏み入れないほうが賢明。 何かの予防線や指針にして欲しい。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 追記(令和2年1月12日) 昨夜11日(土)に郡山駅前のホテルで起きた女性転落事故については下記の記事をご覧ください。 夕方のFTVのニュースとHPによると、午後12時半頃、逢瀬川に人のようなものが仰向けで浮いていると警察に通報。 警察が20~30代とみられる男性を救助したところ、すでに死亡していた。 遺体の状況には、粘着テープで口を二重三重に巻いて塞いだ形跡があることから、殺人事件と断定し、捜査を開始した模様。 その遺体が発見された時間帯の45分ほど前、私は職場を出て、徒歩で映画館の近くにあるコイン駐車場に忘れ物を取りに行き、その後、中学時代の同級生が経営している駅前の蕎麦処で昼食を食べた。 12:20頃には職場に戻ったが、その時、周辺でサイレン音などは聞かなかったので、おそらくその後に発見されたと思われる。 それよりも今朝の出勤時(7:05頃)と帰宅時(16:00頃)の二度、私は逢瀬川にかかる旧4号線(県道355号線:通称は奥羽街道または陸羽街道)の橋を車で渡っているが、どちらも異変にはまったく気づかなかった。 遺体を車で運んで、その川に遺棄したとすれば、知らないうちに、犯人の車とすれ違っているかもしれない。 私の車はドライブレコーダーを装着しているので、写っている可能性も否定できない。 また、もしかすると昼に徒歩で外出した際に、それらしい車が近くを通過していることも考えられる。 車でなければ、発見現場近くでその男性を殺害して、そのまま遺棄した可能性もあるが・・・。 でも何のために口を粘着テープで貼ったのだろうか?予め用意していたとなると計画殺人? 私の推理では、遺体が川に浮いていたということは、別の場所で殺害し、川上のほうで遺体を遺棄し、それが阿武隈川と合流する川下のほうまで流れて来た可能性もある。 だとすれば絶対に目撃者がいる筈だ。 そう言えば、帰宅途中、逢瀬川の堤防にぶつかった丁字交差点を左折して信号待ちをしていた時、ROUND1方面からパトライトを回転したパトカーが来て、その交差点で先頭で停車していた。 その時は事件のことなど知る由もなかったが、たぶん、実況見分と遺留品捜索を終えて署に戻る途中だったように思う。 この日、「緊急事態宣言」がようやく解除されたと思った途端に、私の職場から直線で1km程度しか離れていない場所で殺人事件発生とはあまりにも物騒すぎる。 おそらく顔見知りの犯行に違いない。 またひとつ、郡山に「心霊スポット」ができてしまうのかと思うといたたまれない。 早く解決して欲しい。 状況から自殺を図った可能性が高いことがわかった。 自殺をほのめかすメモが見つかったとのことだが、自殺する人間が自分の口を粘着テープで二重三重に巻くなど、他殺と見せかけるような手の込んだことをするのだろうか?私は疑問で、殺害後、自殺に見せかけて、犯人がメモを自作したとは考えられないだろうか?いずれにしても謎だらけの事件だった。

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郡山の事件簿: 時遊人SUZUのひとり言

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2004年〜2005年にかけて福岡県で起こった連続強盗殺人事件。 05年に犯人逮捕の一報を受けたノンフィクションライターの小野一光氏は、現地に向かった。 当時の取材メモから明らかになる犯人の素顔とは。 妻子持ちで子煩悩な父親が「異常性欲者」として逮捕されるまでをレポートする。 電話をくれたのは友人の福岡県警担当記者。 事件発生後に私は取材に赴いていて、彼女の着衣に乱れがあり、さらに持ち物が犯人によって持ち去られていたことから、強盗強姦未遂ならびに強盗殺人であるとの認識があった。 その、福田祥子さんの携帯電話を持っていた福岡県直方市に住む男が、同日未明に占有離脱物横領容疑で逮捕されたというのだ。 さらに同記者が続けた言葉に私は仰天した。 「それで、逮捕された男は福岡の事件だけでなく、飯塚の事件と、あともう一つ、北九州で昨年末に起きた事件にも関与しているようなんです……」 飯塚の事件とは、祥子さん事件の約1カ月前である04年12月13日の未明に、飯塚市に住む専門学校生の安川奈美さん(仮名、当時18)が、友人と会って帰宅途中に何者かに襲われ、絞殺されたというもの。 私はこの事件の取材にも駆け付けていたが、やはり彼女の着衣には乱れがあり、所持品が盗まれていた。 さらに、取材はしていなかったが、04年12月31日の早朝に北九州市に住むパート主婦の大倉聡子さん(仮名、当時62)が、勤め先に向かう途中で刺殺され、所持品が奪われた事件にも関わっている疑いがあるという。 点と点が繋がるだけでなく、さらに新たな点もあったのだ。 私は東京に戻ることを急遽取りやめて、すぐに直方市へと向かうことにした。 逮捕された男の名前は鈴木泰徳(逮捕時35)。 職業は土木作業員で、妻と幼い子供2人がいるとのことだった。 夕方前に辿り着いた鈴木の自宅では、まさに家宅捜索が行われている最中だった。 規制線が張られ、付近の住民が遠巻きに見ている。 そのうちの1人に話を聞くと、「子煩悩で、子供を連れてよく出かけていた」とのことだった。 だが後日、友人の記者に逮捕時の状況を聞くと、それはあくまでも彼が外で見せていた、ごく一部の顔に過ぎないことがわかった。 同記者は語る。 「鈴木は祥子さんから奪った携帯を使い、出会い系サイトなどのアダルトサイトに頻繁にアクセスしていました。 その理由は『通信料が惜しかった』というもの。 携帯電話の電波で位置が特定できることを知らずに使い続けたため、2月中には容疑者として浮上していたようです。 ちなみに、パチンコやスナック遊びなどで多額の借金を抱えていた鈴木は、看護師の妻から愛想を尽かされ、夫婦生活を拒絶されていました。 身柄を確保されたときも、借金のことで妻に責められるのが嫌で自宅に帰れず、家の近くに停めた自家用車内で、祥子さんの携帯からアダルトサイトに接続している最中でした」 最初に被害に遭った飯塚市の奈美さんと、3番目の被害者である福岡市の祥子さんの着衣に乱れがあったことから、金銭強取だけでなく、わいせつ目的の犯行でもあるとの見立てがなされていたが、まさにその通りの男だったのである。 福田祥子さん(仮名)が殺害された福岡市内の現場 逮捕時に土木作業員と発表された鈴木だが、それは3件の犯行後に就いた職業で、犯行時は運送会社に勤め、トラックで生鮮食品などの配送をしていたことがわかった。 鈴木が住む直方市は事件が発生した飯塚市、北九州市、福岡市を線で結んだ三角形の中心にある。 彼が犯行に及んだ地域は、すべて仕事でまわる配送エリアだったのである。 取材した運送会社の関係者は明かす。 「鈴木は去年12月13日の午前4時に福岡方面に向かって出発しているので、最初の事件は仕事前の犯行です。 次の事件を起こした12月31日は休みでしたが、犯行現場は彼が仕事で使う田川市から北九州市に向かうルートのすぐそばで、保冷車のタコグラフを見ると、その時間より前に現場の近くで停車していた記録が残っています。 さらに今年1月18日は午前3時過ぎに福岡市に向かい、納品作業をして午前5時から5時40分まで休憩。 続いて午前6時から納品作業をしていますので、途中の休憩時間に犯行に及んだのでしょう」 鈴木がこの仕事に就いたのは、最初の犯行の2カ月前である04年10月のこと。 しかし、それからわずか3カ月の間に3回の事故を起こし、1月22日に退職している。 直方市内の公立中学を卒業した鈴木は、鞍手郡宮田町(当時)にある公立の農業高校を経て、自動車関係の専門学校を卒業。 04年5月まで実家の自動車整備工場で働いていた。 高校時代の同級生は言う。 「高校時代からキレるとなにをするのかわからないところがあるので、誘いを断れずに何度か彼と飲みに行きました。 別の同級生も証言する。 店で大盤振る舞いをして、女の子の歓心を得たりするんが大好きやったんです。 だけど、そんなことをするにはカネが必要やないですか。 それで友達やら消費者金融なんかにカネを借りまくってました。 借金取りがやってきて、あいつの親父さんが肩代わりしたことも何度かあったそうです。 前に親父さんに会ったときも借金について『たぶん1千万円くらいあったんじゃなかろうか』との話を聞きました。 あいつが整備工場を辞めたのは、奥さんに内緒で自宅を抵当に入れて数百万のカネを借り、それがバレて勘当されたからなんです」 この同級生は鈴木が00年の正月に出した年賀状を見せてくれた。 そこにはその前年に行われた結婚式で、鈴木と妻がケーキカットをする写真が印刷されていた。 彼は続ける。 「鈴木は奥さんが看護師をしよるとよく自慢してました。 さっき話した自宅を抵当に入れた借金については、親父さんが弁済してくれてなんとかなったんですけど、その後さらにもう1回、自宅を抵当に入れて借金したのが奥さんにバレてしまったんですよ。 それで夫婦関係は完全に破綻していました」 この同級生によれば、鈴木が妻に愛想を尽かされたのは04年9月だという。 その翌月に彼は配送の仕事を始め、さらにはみずからの性欲を満たす相手を物色していたのである。 そして最初の犯行に及んだのが12月のこと。 以降、短かい期間のなかで身勝手な犯行を重ねていたのだった。 取材・文:小野一光 1966年生まれ。 福岡県北九州市出身。 雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。 アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。 主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 幻冬舎新書 、『連続殺人犯』(文春文庫)ほか.

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