すみっこ ぐらし 映画 ネタバレ。 【ネタバレあり】バスっている「映画すみっこぐらし」子供に見せたい映画でした。

【ネタバレ注意】映画すみっこぐらし

すみっこ ぐらし 映画 ネタバレ

すみっこぐらしの映画が、何やらバズって 興行収入2位になっているということで、早速行ってまいりました。 笑い・涙・癒しもあって、めちゃくちゃ面白かったです! 幼児、小学生、大人も、みんな楽しめる映画でした! 年長の娘は、「アナ雪2」が観たいと言っていたのですが、結果、めちゃくちゃ楽しんでました。 上映時間80分、あっという間でした。 ネガティブなキャラクター設定が大人も共感できる。 映画の最初は、登場キャラクターの説明から始まります。 なので、すみっこぐらしのキャラクターを知らなくても、全然大丈夫、楽しめます。 などなど、 可愛いだけでなく、負い目があったり、ネガティブな要素を持ったキャラクター設定で 大人も何だか共感が持てます。 キャラクター設定がしっかりしている上に、映画のストーリーもしっかりしていました。 最初は、絵本の中に迷い込んだ、すみっこたちの行動や表情が面白くてクスクス笑えるのですが、物語の終盤は泣けます。 号泣というより、うるっと泣けます。 プリキュアのように「愛の力」とか「希望」でまとめる話だったら面白んないなーと思っていたのですが、全くそういったものではなく、 この映画を表現する言葉としては、 「じぶんさがし」「ひとりぼっち」「仲間がほしい」 現実社会とリンクする部分があり感情移入できます。 【ネタバレ注意】 内容は、迷い込んだ絵本の中でひとりぼっちの「ひよこ」と出会います。 負い目やネガティブな要素を持った、すみっこ達だからこそ、「ひよこ」の気持ちがわかり一緒に家を探してあげます。 終盤では「ひよこ」の正体がわかり、大人でも心が揺さぶられます。 最後は切ない気持ちになりますが、ハッピーエンドで終わり映画を見終わったあとは、笑ってうるっと泣けて、心が癒されたなーと思える映画でした。 最後のハッピーなエンドロールもお見逃しなく! 入場者プレゼントは、第3弾のエンドロール風しおりでした。 最後のエンドロールのハッピーエンドの場面でほっこりします。 2019年11月 月 火 水 木 金 土 日 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 24 25 26 27 28 29 30 カテゴリー• 17 プロフィール.

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ネタバレ感想『映画すみっコぐらし』のラストに号泣!居場所なんてどこにもない?

すみっこ ぐらし 映画 ネタバレ

先日、日本のあるアニメ映画がネットで大きな話題になった。 『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』だ。 その人気はとどまることを知らず、興行通信社による2019年11月16、17日の映画観客動員ランキングでは『ターミネーター』の新作に次いで、なんと2位を記録している。 ヴィジュアルからも分かる通り、基本的には子供向けの内容となっている本作。 しかしネットでは、大人たちからの大袈裟とも思える絶賛が相次いでいるのだ。 個人的に『すみっコぐらし』のキャラクターはカワイイから好きだけど…… そこまでか? ってくらいの熱狂ぶりである。 一体、この映画の何が彼らに刺さったのか? 気になったので、実際に観に行ってみることにした。 ・大盛況 映画が公開されている新宿の劇場に入ると、平日の真っ昼間とは思えないくらい大勢の人が詰めかけていて驚く。 子連れ客もいるにはいるが、そのほとんどが大人のようだ。 若いカップル、夫婦、ソロの女性など客層は多様で、中には一人で来ている初老の男性の姿も。 ・ネタバレなし さて、前置きはこれくらいにして本編の話に移ろう。 ここから先、ネタバレ等はないので安心していただきたい。 隅っこが好きな愛くるしいキャラが多数登場する映画『すみっコぐらし』。 旬のタレントや芸人が声優に挑戦して喋りまくる……なんてことは当然なく、ストーリーはナレーションとちょっとした文字のセリフのみで進行していく。 主役はあくまで すみっコたちの 可愛らしい仕草だ。 ・可愛すぎ問題 映画の冒頭で すみっコたち一人一人がしっかり紹介されるため、初見の方でも前情報は特に必要ないだろう。 あとは彼らの一挙一動に顔をほころばせるだけである。 事実、 この映画に可愛くない瞬間など1秒たりとも存在しないのだから。 作品の大まかなストーリーはこんな感じ。 「ある日、すみっコたちは喫茶店の地下室で1冊のとびだす絵本を見つける。 眺めていると突然、絵本の中に吸い込まれてしまった。 だが、同時にこんな考えも頭をもたげ始めていた。 しかし、ネットで絶賛の嵐が巻き起こるほどの熱量を作品から感じるか? と聞かれると、 正直言ってそれはなかった。 on Nov 21, 2019 at 6:03am PST この記事を書くことを念頭に本作を見ていた私は、序盤から中盤にかけて何度も「あんまり書くことないなぁ」「どうすっかなぁ」と頭を悩ませたものだ。 なんなら途中、ちょっと眠くなったりして……。 いや、カワイイのは間違いないんだけどさぁ……。 ところがである。 ・異変 映画の後半、話が結末に向かって収束し始めた時。 遅ればせながらようやく私にも分かってきたのだ。 あ、こういうことか……と。 いい意味で嫌な予感というか、間もなくこの劇場を襲うだろう感情の大洪水。 嵐の前のような異様な空気をビシビシと感じ始めていた。 ・決壊 そこから先は地獄である。 なんせ涙が止まらない。 ホロリとくるとかそんなレベルではなく、割とガチめの嗚咽が土石流のようにこみ上げてきたのだ。 いや、ちょっと待って無理無理、無理だから! 当方、 34歳の男だから! しかも一人で観に来てっから!! そんなことはお構いなしで、怒涛のように展開していくストーリー。 先述の通り、この映画のキャラクターたちは一切言葉を発しない。 話すのはナレーターだけであり、しかもクライマックスはそれすら入る余地はなかった。 音楽と効果音、演出のみで構成されているのに、どうしてこうも感動的なんだろう。 まるで背中にある涙腺を高速ドリルでギュルギュルされているかのような気分だ。 通路を挟んで隣に座る女性が、先ほどから しきりに涙を拭っているのが横目に映る。 無理もない。 こんなん泣くに決まっている。 しかし私はというと、手で顔の付近を触るのも少々ためらわれた。 だって当方、34歳の男だから(2回目)。 ・迫る結末 ちょっとでも気を抜くと、山王戦の湘北の1年メガネみたく「ぐひっ……ぐひん~~っ」となりそうなので必死にガマン。 たまにスクリーンから視線を外すなどして目頭のセルフ応急処置に励んだ。 頼む、早く終わってくれ! いや、 終わらないでくれェェェェエエエエ!! やっとの思いで辿り着いたエンドロール。 原田知世さんによる主題歌『冬のこもりうた』が流れ始めるが、それでも席を立つ人間は誰もいない。 よかった、この間に気持ちを落ち着けよう……と思った次の瞬間! 音楽と共に映し出されるイラストの数々に再び涙腺が崩壊。 まだブチ込んでくるのかよ!! 終演後、いまだ席に座ったままの私は、出口に向かってゆっくり歩き出す観客たちの姿をぼんやり眺めていた。 普段あまり感動系の映画を観に行くことはないのだが、 鼻をすする音があんなに聞こえたのは初めてかもしれない。 軽く目を乾かしてから、劇場を後にした。 ・傷跡 ネットを大きく騒がせた映画『すみっコぐらし』。 最初はかなり懐疑的な目で見ていた私も、今ならハッキリ分かる。 あれは危険だ。 劇薬だ。 リーサルウェポンだ。 ある種トラウマのような感慨と喪失感、そして過剰なエモーションによる深い傷を、私はこの映画に刻み付けられてしまった。 それは決して楽しいことではない。 感動したし可愛かった、癒されもした。 が、同時にごっそり生気を奪われるような極限体験でもあったのだ。 果たして私は、この映画をもう一度直視することができるのだろうか? すべてを知った上で、再びどんな感情で向き合えばいいのだろうか? ・強すぎるが故に そういう意味で、私は映画『すみっコぐらし』を 二度と観たくないと思った。 もちろん刻まれた傷はしっかり引き受けよう。 しかし、これ以上はもういらない。 『ラピュタ』のポムじいさんじゃないが、この映画は私には強すぎる。 今後は彼ら同様、どこかの隅っこにひっそり丸まりながら、本作の破格の快進撃を見守るつもりだ。 参照元:、 Report: Photo:RocketNews24.

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【ネタバレ有】映画すみっコぐらしのあらすじと感想。噂ほどではなかったような?|チラシの裏

すみっこ ぐらし 映画 ネタバレ

もくじ• 評価:80点 おはようございます、チェ・ブンブンです。 今、巷を賑わせている作品がある。 それは『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』だ。 《すみっコぐらし》とはサンエックスの人気キャラクターで日本キャラクター大賞2019でグランプリを受賞しています。 ブンブンはサンリオよりもサンエックス派でにゃんにゃんにゃんこや最近だとリラックマが好きだ。 そんなブンブンも最近のキャラクターにはついていけず、《すみっコぐらし》とは今回初対面した。 イオンシネマ海老名20:15の回を観てきたのですが、平日にも拘らず多くのお客さんで賑わっており、驚いたことに大人の観客が圧倒的に多かったです。 というわけで ネタバレありで語っていきます。 『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』あらすじ 「日本キャラクター大賞 2019」でグランプリを受賞したサンエックス株式会社の大人気キャラクター「すみっコぐらし」の劇場版アニメーション。 すみっコを好む個性的なキャラクターたちが、不思議な絵本の中で繰り広げる大冒険を描く。 ある日の午後、お気に入りの喫茶店「喫茶すみっコ」を訪れたすみっコたちが注文した料理を待っていると、地下室から謎の物音が聞こえてくる。 音の正体を確かめに行ったすみっコたちは、そこで1冊の飛び出す絵本を発見する。 絵本はボロボロでページの大事なところがなくなっており、桃太郎のお話のページには背景があるだけでおじいさんもおばあさんもいない。 すると突然、大きな影が現れ、えびふらいのしっぽが絵本の中に吸い込まれてしまう。 「アイドルマスター シンデレラガールズ劇場」のまんきゅうがメガホンをとり、「銀河銭湯パンタくん」の角田貴志が脚本、「がんばれ!ルルロロ」のファンワークスがアニメーション制作を担当。 最近、私は強く思う。 今や、スノビズムの象徴ともなってしまったヌーヴェルヴァーグ映画は元々、アメリカのB級映画や通俗映画の職人の技術を賞賛する動きであった。 それによって アルフレッド・ヒッチコックやハワード・ホークスが神格化された訳だ。 その精神を現代に当てはめるとしたら、まさしく子ども映画がそれに該当するだろう。 子ども映画は、アート映画が必死に演出し、ドヤ顔で強調する演出をいとも簡単にやってのける。 また別の例をみてみよう。 『』は、実に奇妙な作品である。 動物が主役であるアニメであるミッフィーの長編映画なのだが、こともあろうことか動物園に行くというシュールな展開が待ち受ける。 そしてそこには明確なヒエラルキーが存在し、犬のスナッフィーは犬ということで入園を断られたり、茶熊の園長が飼育しているのがホッキョクグマだったりする斜め上を行く展開が所狭しと並んでいるのだ。 こういった自由さは、《常識》という鎧で盲目になってしまった大人がいかにして子どもの柔軟な発想、想像力に近づけるかといった挑戦として捉えることができます。 元々アニメ版のミッフィーは、幼少期故に善悪も常識もないが故に生じるヒリヒリした物語を描いてきた背景がある。 映画版も一貫して、大人になると忘れてしまう、《子どもの空っぽさ》とは何かという視点から面白さを見出そうとした哲学的な作品だったのだ。 どうでしょうか? ヌーヴェルヴァーグが昨今の演出を借用し、異次元の表現を見出すのと同じ匂いがしませんか? さて、その系譜をいく作品が今回サンエックスから出現した。 サンエックスは今年、Netflixオリジナルストップモーションアニメ『』を発表している。 これは、リラックマの持つリラックスという要素を本質から捉えた結果、カオルさんという友だちなし、お金なし、社畜暮らしのOLから滲み出す深淵にリラックマの癒しを浸す驚きの物語が紡がれた。 『すみっコぐらし』の場合、ウォールフラワーとして生きる《すみっコ》たちの友情を、絵本の世界閉じ込められ話という王道エピソードに絡めて演出していた。 今回、観賞して驚いたのは、《すみっコ》の前衛すぎるキャラクター像だ。 とんかつやエビフライの端っこ、タピオカの残り、ホコリに雑草といった日常にある《すみっコ》をキャラクター化しているのだ。 あまりに個性的すぎるキャラクター群を60分で映画にまとめなければならない。 サンエックスは古くから動画を用いたキャラクター宣伝をしているのだが、それでも長編映画化は難しいと思われる。 そこにヨーロッパ企画考案の脚本によって 《絵本の世界閉じ込められ話》という王道エピソードが手を貸した。 《絵本の世界閉じ込められ話》は子ども向けアニメによくあるエピソード。 この手のエピソードは 『カードキャプターさくら』や『おねがいマイメロディ』のように『不思議の国のアリス』が媒体として使われがちだ。 本の中の不思議な世界や、自由なようで自由ではない世界を表現するのにアリスは非常に使いやすいからだろう。 しかし、本作の場合はそれを封印し、桃太郎、マッチ売りの少女、赤ずきん、人魚姫、アラビアンナイトをシャッフルして描いていく。 こうすることで、飛び出す絵本もとい「《本》とは何か? 」という疑問に答えるのだ。 本は、高々紙の積み上げだ。 しかしながら、ページを繰ると別次元の物語が広がっている。 すみっコたちは、飛び出す絵本のギミックや、紙の裂け目から別の話に移動することができる。 そして、ネコが穴を掘れば、積み上げられた紙に断層が生じ、別ページにある物語が侵食しあってくる。 紙とそこに書かれた物語の構造を多層的に描く、その演出はなかなか実写映画ではできないこともあり、アニメーションという表現でできうる本描写の限界点に到達できたと言えよう。 本は、読むと物語が進む。 そして読んだ物語とそれを受け取った人の感情が混じり合って、映画以上に自由に物語が脳裏に広がっていく。 ただ、本は誰かに書かれたもの。 読み手の自由な解釈と矛盾するように書き手のルールにある程度従う必要がある。 すみっコたちは、桃太郎の世界にやってきて、自由気ままに動こうとする。 しかし、天から降ってくるナレーションが強制的に物語の主軸へ軌道修正しようとするのだ。 それが、物語が進んでいくうちに、物語のルールに従いながらも自分たちの意志で、世界を楽しめるようになる。 ニセツムリはEDMらしき音楽に併せて祭を楽しむ。 緑のペンギンは迷子のヒヨコの故郷を探しに縦横無尽に物語を駆け抜けるのだ。 もちろん、キャラクターの魅力を膨らませる描写のキレ味も保証されている。 例えば、あかずきんの話に迷い込んだ、とんかつとエビフライは、狼の家にやってくる。 当然ながら狼は彼らを捕食しようとするわけだが、彼らの夢は「食べられること」。 とんかつの食べ残し、エビフライの食べ残しである彼らは、悪役である狼に食べられることを千載一遇のチャンスだと捉え、「食べて」と迫るのだ。 そしてその圧で狼を撃退する。 童話を捻る手法に、キャラクターの個性を結びつける高度な技を披露しているのです。 そして、本作の肝となるヒヨコの存在が、 「《本》とは何か? 」に答えていった本作に、鋭い一撃を与えた。 ひよこの故郷を探し、旅する一行は、遂に『みにくいアヒルの子』こそが彼の居場所だと断定する。 しかし、そこは彼の居場所ではなかった。 彼は、絵本の最終ページの余白に書かれた落書きなのだ。 なので、彼はどこにも所属していないことが判明する。 そして本作は、安易に熱い友情を描くために、彼を絵本の外へ出すことはしない。 本の中の世界は、本の外に出ることができないのだから。 哀しい別れの後、すみっコたちがその悲劇に対して行うのは、ヒヨコしかいない空白に仲間を描いてあげること。 家を作ってあげることだった。 そしてカフェの奥に眠って死んでいた本を生き返らせることに成功し映画は終わるのだ。 どうでしょう? 単なる子ども映画でしょうか? イロモノでしょうか? 確かに、すみっコ達が飛び回る話がちゃんと物語れていなかったりといった 特に『アラビアン・ナイト』は全く語れていない 問題はあれども、ここまで本の本質に迫れた映画はないでしょう。 それも誰しもが本作を観ると、とんかつやタピオカ、雑草に根暗なネコへ愛着が湧く作りを維持しながら。 これは今年最重要なアニメーションの一本でありました。

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