お盆 前 に お 墓参り。 お墓参りに行くベストな時間を解説!時期と目的別の紹介

お盆の期間とお供え・お盆の意味

お盆 前 に お 墓参り

この記事の目次• お墓参りはいつでも可能!しかし気をつけるべき時間帯はある お墓参りをしてはいけない時間帯はありません。 ただ、霊園の形態によっては、気をつけるべき時間帯があります。 また、一緒にお墓参りをする相手によっては、時間帯を考えなければならない場合もあります。 気をつけるべき3つのケースについて説明します。 管理人のいる霊園や納骨堂は開園時間内に出向く 霊園のなかには、管理人を配置して、開園時間以外は門を閉めてしまうところがあります。 防犯上、夜間や早朝は閉館してしまう納骨堂も少なくありません。 管理人のいる霊園や納骨堂へお参りする場合は、開園時間をきちんと調べ、時間内に出向きましょう。 照明の少ない霊園に夜行くのは危険 昔ながらの霊園はとくに、夜のお墓参りを想定していないため、照明を設置していないところが多いものです。 石階段や砂利道など、ただでさえ足もとに気をつけなければならない霊園に、夜出向くのは危険です。 「懐中電灯を持っていけばよい」と思われるかもしれません。 しかし、寺院裏手の墓地などを夜更けに歩いていると、寺院から懐中電灯がチラチラ見えて、寺院の家族を何とも不安な気持ちにさせてしまいます。 照明が整備されていない霊園に、 陽が落ちてから出かけるのは避けましょう。 ついで参りは年配者に良い印象を与えない 何かの用事のついでにお墓参りをする 「ついで参り」は、昔からタブーとされてきたため、年配者にはいい印象を与えません。 例えば、父親のお見舞いに実家へ立ち寄った「ついで」にお墓参りをするなどです。 お墓参りを何より優先させるべき事項と捉え、午前中に行くべきだとする人は、まだ一定数います。 最近ではお墓が遠方にあることが多いといった事情から、若い世代のなかには、午後にお墓参りをすることに抵抗をあらわす人はあまりいません。 ただ、一緒にお墓参りをする親族のなかに、 しきたりを重んじる年配者がいるときには、意見を尊重しましょう。 みんなが集まる時間などの事情から午前中に行くのは無理でも、他の用事を優先してお墓参りを後ろ倒しにすることは避けるべきです。 お墓参りはいつ行っても結構だけれど、配慮すべき事情もあることがおわかりいただけたと思います。 では、時期によってお墓参りにベストな時間帯は違うのでしょうか。 次章で詳しく解説します。 お墓参りにベストな時間帯は時期によって違う お墓参りをしてはいけない時間帯はありませんが、ベストな時間帯というのはあり、それは時期によって違います。 多くの人がお墓参りを行うであろう、次の3つの場合に絞って解説します。 お盆のお墓参りは「お迎え」と「見送り」で時間帯が違う お盆のお墓参りは、 「お迎え」と「見送り」でベストな時間帯が違います。 お迎えとは、多くの地域で8月13日となるお盆の最初の日に、先祖を家の仏壇へ連れ帰るために、お墓まで迎えに行くことです。 見送りとは、多くの地域で8月16日となるお盆の最終日に、先祖を家からお墓までお見送りをすることです。 お盆のお迎えは午後3時から5時あたりまでに行く お迎えのお墓参りは早い方がよいといわれています。 「早く帰ってきてほしい」という願いからです。 ただし、先祖は玄関先で焚く迎え火やお墓参りの提灯の明かりを頼りに家へ帰るといわれているため、あまりに日の高いうちからはお墓参りをしません。 午後3時から5時あたりまでをめどにお墓参りをする人が多いでしょう。 先祖が帰ってくるまで、盆棚を作ったり、ごちそうの準備をしたりして待ちます。 お盆の見送りは午後5時から7時あたりまでに行く 見送りのお墓参りは遅い方がよいといわれています。 「少しでも長く引き留めたい」という思いからです。 午後5時から7時あたりまでをめどに、家の前で送り火を焚いてから、提灯や懐中電灯を掲げてお墓参りをします。 その後、灯籠を川へ流す「精霊流し」を行う地方もあります。 一日しかいられない場合は自分の都合でお墓参りをしてよい 実家が遠方にある、一日しか里帰りができないなどの都合上、お迎えや見送りのタイミングにお墓参りができない人もいるでしょう。 その場合は、 8月13日から16日までの間であれば、どの日でも、どんな時間帯でも、都合に合わせてお墓参りをして構いません。 実家にはすでに誰もいないなどの事情で、しきたりにのっとったお盆を営めない場合は、中日の15日にお墓参りを行うことでお盆とする人が多いようです。 お彼岸のお墓参りはあまり時間を気にしなくてよい お彼岸のお墓参りは、それほど 時間帯を気にする必要はありません。 ただ、秋彼岸の頃は、だんだん日が短くなってくるため、時間帯には十分注意しましょう。 夏と同じ感覚でいると、「午後7時ごろまでは日があるだろう」と思い込み、準備が遅くなってしまいます。 曇りや雨の日は足元が見えづらくなるため、特に注意が必要です。 遅くとも 午後5時ごろまでにはお墓まいりを済ませたほうがいいでしょう。 お正月のお墓参りは神社への初詣と日を分ける お正月のお墓参りは、 神社への初詣と日付けを分けるのをおすすめします。 しかし、どうしても日を分けられないときは、神社への初詣の後に、お墓参りを行います。 なぜかといえば、 神社の神様は死のけがれを嫌うといわれているためです。 お正月でなくとも、お墓参りをした後に神社へお参りに行くのはタブーとされています。 他の時期、例えば故人の命日などに合わせたお墓参りの際は、時間帯を気にする必要はありません。 霊園の開園時間に気をつけて、できれば日の落ちないうちにお墓参りをしましょう。 お墓参りのタイミングについては「」を参考にして下さい。 お墓参りに行く日取りと時間帯が決まったら、次は持ち物や服装について準備する必要があります。 次章では、持ち物や服装、流れなど、お墓参りのマナーについて解説します。 お墓参りのマナー お墓参りには、時間帯の他にもマナーがあります。 持ち物、服装、流れについて確認し、準備を万端にしておきましょう。 お墓参りの持ち物 お墓参りの持ち物は、以下の通りです。 持ち物 目的など 線香、ろうそく、マッチやライター 線香をお供えするときに必要となるお参り用品 数珠 仏式であればお参りのために持参する 供花(一対) お墓の花立にお花をお供えする 供物 故人の好物や季節の果物を供物台にお供えする コップや湯呑 水をお供えするためのもの 水鉢があれば不要 お茶の葉を入れた急須 霊園に着いたら急須に水を入れ、水出しのお茶を作る しきたりがないときは不要 提灯 お盆などには地域や家のしきたりに合わせて持参する ほうき、ちりとり お墓周りの落ち葉やゴミを拾うための掃除用品 雑巾 墓石を水洗いした後に拭きあげる スポンジ 墓石の水洗い時に使う 歯ブラシ 香炉や花立の細かい部分を磨く 軍手 雑草抜きなどに使用する ゴム手袋 水作業に使用する ひしゃく・手桶、あるいはペットボトル 水掃除に使う ひしゃくや手桶は霊園に備え付けの場合もある ペットボトルは墓石に水をかけやすく便利 ごみ袋 敷地内のゴミを持ち帰る 線香やろうそく、花などは、霊園近くの売店に売られていることがありますから、忘れたときにも安心です。 なお、納骨堂へお墓参りをするときは、掃除用品を持参する必要はありません。 また、花立や供物台がない納骨堂の場合は、供花や供物も必要ありません。 納骨堂のなかには、線香を焚くことが禁じられているところもあるため、確認してから持参しましょう。 お墓参りの服装 お墓参りの服装のポイントは、以下の通りです。 派手な色柄は避ける お墓参りのために喪服を着る必要はありませんが、派手な色柄の服は極力避けましょう。 黒、紺、グレーなど地味な色、あるいはパステルカラーなどにとどめ、原色や蛍光カラーは控えます。 寺院墓地では殺生を思わせる毛皮などを避ける 仏教では殺生を嫌うため、ファーコートやアニマル柄の服、靴、バッグは避けましょう。 肌を露出しすぎない 暑い時期でも、タンクトップやホットパンツなど、肌を露出しすぎる格好は避けましょう。 霊園は緑が多く、虫に刺されやすい場所でもあります。 カーディガンなどを羽織り、肌を守ります。 歩きやすい靴を選ぶ 石畳や石階段、砂利道など、霊園内は歩きやすい環境とはいえないため、歩きやすい靴を選びましょう。 スニーカーやヒールの低いローファーなどがおすすめです。 お墓参りの流れ お墓参りの流れは、以下の通りです。 お墓掃除をする• お供えをする• お参りをする• 片づける 順を追って説明します。 お墓掃除をする お墓に向かって一礼した後、お墓掃除を始めます。 掃き掃除で枯葉やゴミを払ったら、墓石をスポンジで水洗いし、花立や線香立てなど取り外しできる部品も、水とブラシで洗います。 最後に墓石を雑巾で拭きあげて終了です。 お供えをする 供花、供物、水、お茶をお供えします。 供花を一束ずつ花立に入れ、供物を供物台に置き、水鉢またはコップなどに水を満たします。 お茶をお供えするしきたりがあれば、急須から水茶を湯呑に注ぎ、供物台の上にお供えします。 お参りをする ろうそくに火をつけて燭台に立て、線香に火をつけます。 血縁の近い順番に線香を線香立に供え、数珠を持って合掌します。 片づける 供物は、野良猫やカラスに漁られる可能性があるため、持ち帰るのがマナーです。 供物を持ってきた袋などにまとめ、持ち帰りましょう。 お墓参りは、以上のような持ち物や服装、流れに気をつければ、マナーを守った行動ができます。 まとめ この記事では、お墓参りにふさわしい時間帯や、お墓参りのマナーについて解説しました。 お墓参りに最適な、決まりきった時間帯があるわけではなく、事情や時期に合わせて考えるべきということがおわかりいただけたと思います。 「お墓参りをいつにしよう」「供物をどんなものにしよう」「どんな服を着ていこう」と考えるのは少し面倒で、準備は手間のかかることです。 でも、そんなふうに真剣に考え、真心を尽くしてお墓参りをすることこそが、先祖の供養につながっています。

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お墓参り》花・お盆・初盆/服装/作法仕方/時期時間/意味/お彼岸/春分/年末

お盆 前 に お 墓参り

お盆につきもの キュウリとナス 毎年夏の「 お盆」には、帰省ラッシュが始まり、毎年、日本人は大移動しています。 迎え火で始まり、送り火で終わるお盆の期間、そして、お供えのきゅうりやなす、提灯など、お盆独特の習慣があります。 一体お盆とは何なのでしょうか? お盆とは お盆とは、中国や日本で、祖先の霊を迎える行事です。 多くの所では、実家へ帰省してお墓参りをした後、親子兄弟同士、ご馳走を食べてお酒を飲んだりするのが恒例です。 お盆は、正式には「 盂蘭盆会(うらぼんえ)」といい、略して「 盆会」「 盆」といわれます。 さらには「 魂祭り」「 精霊祭り」「 盆祭」といわれることもあります。 期間は、地域によってまちまちですが、全国的には、 8月15日を中心とした数日で、ほとんどが8月13日から8月16日の4日間です。 もとは旧暦の7月を「 盆月」と呼んで、7月1日に地獄の釜があく日といって、1ヶ月間続きましたが、今はほとんど行われません。 ただ、地方によっては、7月13日から16日までの期間だったり、旧暦の7月13日から16日として、9月1日から4日の地域もありますので、確認が必要です。 お盆の初日を「 迎え盆」とか「 お盆の入り」と言い、 お盆の最終日を「 送り盆」とか「 お盆の明け」と言います。 お盆には、色々な習慣があります。 まず、迎え火と送り火です。 お盆の迎え火と送り火 多くの地域では、13日の迎え盆の夕方、玄関先や庭先で、麻の皮をむいた茎の部分である「 オガラ」で「 迎え火」を焚きます。 穀倉地帯ではワラの所もあります。 火を持って「 招来、招来」と言いながら墓の周りを回り、墓石を火で叩く所もあります。 お墓には、招来花を立てる所もあります。 そして盆灯籠に火を灯します。 中にはで焚いた火で提灯を灯して家に持ち帰り、玄関先に提灯を灯したりするところもあります。 16日の送り盆の夕方には、同じ場所でオガラを炊きます。 これが「 送り火」です。 これをやっている人は、先祖の霊がから家に戻ってきたり、またへ帰って行くときに迷わないようにという願いを込めたものです。 同じ考え方から、盆提灯というものもあります。 盆提灯 盆提灯も、先祖の霊が戻ってくるときの目印にと思って提灯に火を灯しておくものです。 盆提灯には、上からつるす「 御所提灯(ごしょちょうちん)」 下に置く「 大内行灯(おおうちあんどん)」などがあります。 御所町賃には、絵柄の入った提灯や、無地の新盆用の白提灯があります。 大内行灯には、火袋の中に和紙などが貼ってあり、走馬燈のように回転するものもあり、を観じさせられるものもあります。 盆提灯は、故人の供養にと贈られるもので、たくさん頂いた盆提灯を毎年飾るのが大変な場合は、新盆から毎年、少しずつ減らしていきます。 最近では、提灯の代わりに1〜2万円の現金を贈り、家族に提灯を買って貰うことも多くあります。 白提灯は、新盆だけに使うので、お盆の最終日の送り火で燃やすのですが、マンションでは燃やせないので可燃ゴミにして出す人もありますし、に納めたりもします。 そして、お盆には、独特のお供えがあります。 お盆のお供え お盆の入りに、お仏壇の前に「 精霊棚(しょうりょうだな)」をしつらえる地域もあります。 精霊棚で、もっともメジャーなお供えは、キュウリとナスに、つまようじや割り箸で四つ足をつけ、馬や牛に見立てたキュウリの馬やナスの牛を供えます。 これは、先祖の霊がから戻ってくるときは、へ帰るときは、牛に乗ってゆっくり帰って欲しいという願いを込めたものです。 他にも、初物の果物や野菜、亡くなった方の好物などをお供えする場合もありますし、「 お迎え団子」といって団子をお供えする場合もあります。 また、14日にそうめん、15日にもちやだんごを供える所もあります。 さらに精励棚には、お仏壇からお灯明や香炉、お仏花などをおろす場合もありますし、逆に場所が狭い場合は、精励棚を作らずに全部お仏壇にお供えする場合もあります。 この期間は、「 霊供膳(りょうぐぜん)」といって、朝昼晩と3食、家族と同じ食事を供えたり、家族もみんな魚や肉を使わない「 料理」にする場合もあります。 その他のも避けます。 お盆が終わると、昔はお供え物を小さな船に乗せて川や海へ流し、「 精霊流し」や「 灯籠流し」が行われていたのですが、最近は環境問題が問題化しているので、送り火で燃やしたり、に納めることが多くなりました。 新盆の迎え方 「 新盆(にいぼん)」とは、「 初盆(はつぼん)」とも言われ、故人のの後の最初のお盆のことです。 この時は、を招いて、を行います。 遺族の服装は喪服です。 このとき読まれるは、精霊棚の前で読まれるので、「 棚経(たなぎょう)」といわれる場合があります。 親戚や知人を招いた場合は、料理でもてなします。 のの目安はにならって1〜2万円 食事を辞退されたら「 御膳料」5千円から1万円とお車代を包みます。 また、を自宅には招かず、家族でに行ったときに「 」を届け、墓前で供養をお願いする人もあります。 では、お盆はどのように行われるようになったのでしょうか? お盆の歴史 中国のお盆 『仏祖統紀』によれば、日本に仏教が伝えられた538年、中国の梁の武帝が盂蘭盆の斎を設けたとあります。 「 斎」とはのことです。 他にも、は諸寺院でことごとく盆を営んでいたと『荊楚歳時記』に記されているので、この頃には中国では、お盆の行事が行われてたことがわかります。 唐の時代や宋の時代にもお盆が行われていた記録が残されています。 日本のお盆 日本で最初に最初にお盆の行事が営まれた形跡があるのは、の活躍されていた616年に、「 この年よりはじめてごとに4月8日、7月15日に斎を設く」とあります。 4月8日がのお誕生日で、7月15日がお盆です。 657年には、「 盂蘭盆会を設く」と「 盂蘭盆会」という言葉がつかわれ、 659年には、京都の色々なで『 盂蘭盆経』の講釈があったと記されています。 こうしてお盆は宮中の恒例行事になり、平安時代になると、公家にも広まります。 鎌倉時代になると、滅亡した平家をお盆に弔うようになり、室町時代では、軒先に盆灯籠を立てることが庶民に普及しました。 「 迎え火」と「 送り火」は、江戸時代に行われるようになります。 また、「 新盆」を迎える家では、7月1日からお盆を迎えたいと思い、「 7日盆」が始まりました。 「 七日盆」とは、7月1日にお盆を始めると、7月7日は七夕と重なるため、7日に念入りにや掃除をするというものです。 そのため、もともと七夕の供物だったそうめんがお盆の供物となり、お盆の供物だったキュウリの馬やナスの牛が七夕のほうへ加わりました。 このように、最初は仏教の『 盂蘭盆経』を講説するだったのが、だんだんが入り込み、今では仏教の教えからはかなり逸脱した行事になってしまったのがお盆です。 では、お盆の始まりである『 盂蘭盆経』とは一体どんなお経なのでしょうか? 仏説盂蘭盆経は中国でできた偽経? 『 盂蘭盆経』は、正しくは『 仏説盂蘭盆経(ぶっせつうらぼんきょう)』といい、の説かれたです。 ちなみに、盂蘭盆経を中国でできた偽経だと思っている人がありますが、そうではありません。 2013年、日本の仏教学者から出された論文で、偽経ではなく、 間違いなくが説かれたであることが、明らかになっています。 ではどんなことが説かれているのかというと、この仏説盂蘭盆経には、のの一人、尊者のエピソードが出ています。 仏説盂蘭盆経の内容 がにおられた頃のことです。 ある日、神通力第一といわれる目連尊者が、をしようと思い立ちました。 ところがその神通力によって、目連尊者の亡きお母さんが、に堕ちて骨と皮ばかりになって苦しんでいることが分かりました。 深く悲しんだ目連は、すぐに鉢にご飯を盛ってお母さんにあげようとします。 お母さんが喜んでそれを食べようとすると、たちまちそのご飯はぼっと燃え上り、どうしても食べることができません。 鉢を投げて泣きくずれるお母さんを尊者は悲しみ、のところに走っていくと、 「 どうしたらお母さんを救えるでしょうか」 と尋ねました。 その時、は 「そなたの母親の罪は深い。 そなた一人の力ではどうにもならない。 この7月15日に、飯、百味(ひゃくみ)、五果(ごか)等の珍味を十方の大徳衆僧に供養しなさい」。 百味とは、色々な美味しい食べ物や飲み物、 五果とは、 核果(かっか):なつめやあんずやもも、 膚果(ふか) :すももやなし、 穀果(こっか):くるみやざくろ、 檜果(かいか):松やかしわ 角果(かっか):菱や豆 です。 「 の功徳は大きいから、亡き母はの苦難からまぬがれるであろう」 と教えてくださいました。 目蓮が、の仰せにしたがったところ、お母さんは、たちどころにからに浮ぶことができたそうです。 この喜びの余り踊ったのが盆踊りの始まりだと言う人もあります。 盂蘭盆は、この目連尊者のエピソードから、だんだんとの日となって、今日に続いているのです。 ではこの『 盂蘭盆経』のエピソードは、本当は私達に何を教えているのでしょうか。 お盆のエピソードの意味 ウラボンは梵語(サンスクリット)ですが、「 倒懸(とうけん)」ということです。 倒懸とは、倒(さか)さに懸(かか)れる者ですから、逆立ちしている者ということです。 ですから『 盂蘭盆経』とは、 「 倒さに懸れる者を救う方法を教えた」 ということです。 では、「 倒さに懸って苦しむ者」とは誰のことでしょうか。 死後だけにがあるのではありません。 迷いを迷いと思わず、真実を真実と信じられず、迷いを真実と誤解して苦しみ悩んでいる人は、仏様からご覧になると、みんな 「 倒さに懸って苦しんでいる者」 であり、なのです。 日本で最も読まれている仏教書である『 歎異抄』には、 「 火宅の世界は、万のこと皆もって、空言たわごと真実あることなし」 と記されています。 「 今は忙しいから、いつかそのうち仏教を聞いて本当のを知ろう」 と考えている人が、多いのではないでしょうか。 それは、限りある命を持ちながら、限りないを満たしてからということです。 そんなことはできるのでしょうか。 普通に考えると、は限りがないので、を満たす前に命が終わります。 そんな考え方の人が、逆立ちしている人です。 だから、お金や財産、地位、名誉、才能や美貌、家族がある人は、それらによってますます苦しみ、それらの無い人は、これらを求めてますます悩んでいるのです。 有るも苦なら、無いのも苦、 です。 無ければ欲しい、有っても欲しい、欲しい欲しいと飢え続け、渇き続け、恨み続け、満足ということを知らず苦しんでいるのがのすがたです。 一体、どこに人間に生まれてよかったと本当の幸福を喜んでいる人があるでしょうか。 本当のを知らず、限りないを満たしてになれると思い込んで、 考えが逆立ちしていますからどこを見渡しても、ただ苦しみ悩みの声ばかり聞こえます。 亡くなった先祖のことばかりを案じて私たちは、自分がであることを忘れていますが、この深刻な自分の心の現実を見つめる時、そんなこそ本当の自分の姿だと驚くのです。 お盆は、亡くなられた方をご縁に仏法を聞いて、今、現に倒さに懸って飢え、渇き、苦しみ続けている自分自身を救う日なのです。 お盆の本当の意味 では、は無意味なのでしょうか? 仏教の根幹であるから言えば、お盆だからといって、先祖が墓に集まって来れるわけではありませんが、何もを無意味だと否定しているわけでもありません。 仏教では、 「 を観ずるはのはじめなり」 といわれて、死を観つめることが、本当の幸福への第一歩だ と教えられています。 お盆の本当の意味が分かっていれば、自分の人生を見つめ、を知る大変よいご縁です。 亡くなられた方をご縁に自分の人生を振り返り、仏法を聞いてを知る機会となれば、お盆もとても有意義になります。 では、仏教には、本当のをどのように教えられているのか 小冊子とメール講座にまとめて起きましたので、一度読んでみてください。

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お盆の墓参りの時期と必要なもの|葬儀・葬式なら【よりそうのお葬式】

お盆 前 に お 墓参り

お墓参り 「 お墓参り」というと、「 最近は行ってない」 という人も多いのではないでしょうか。 遠くていけないとか、「 正直めんどくさい」とか、 「 疲れる」「 意味ない」という人もあります。 逆に、お墓参りに積極的な人の中には、 色々な迷信によって苦しんでいる人もあります。 仏教で、正しいお墓参りの心がけとは 一体どんなものなのでしょうか? お墓参りの時期 まず、 お墓参りはいつ行けばいいのでしょうか? まずは故人の亡くなった日である、命日です。 1年目は一周忌、2年目は3回忌の法事がありますから、 そのときにお墓参りも行くと思いますが、それ以降も、 命日は最大のお墓参りの日です。 その次が、や、年末年始です。 さらに頑張る場合は、毎月の故人の亡くなった日付、 月命日もお墓参りの候補です。 そしてたまに、 「 仏滅や友引はお墓参りしてはいけないのではないか」 と思う人がありますが、そんなことはありません。 仏教では、 「 如来の法の中に吉日良辰をえらぶことなし」(涅槃経) と教えられています。 「 吉日良辰」とは、日の善し悪しですから、 仏教では、この日はいい日だとか、 この日はダメな日ということはないのです。 ですから、お墓参りに仏滅も友引も気にしなくて大丈夫です。 では、当日はどのようにお墓参りをすれば いいのでしょうか。 お墓参りの仕方 に着いたら、まず水を汲んで、の掃除をします。 雑草を抜いたり、ほうきで掃いたり、 スポンジで水洗いしたりします。 細かい部分は古くなった歯ブラシで磨くときれいになります。 その後、お花やお供えをして、お焼香し、 お参りします。 このことから、お墓参りの持ち物が決まってきます。 ほうきやちりとり、スポンジや歯ブラシなどの掃除用具、 お花、お供え、線香、ライターなどです。 では、お墓参りは、何のためにするのでしょうか? お墓参りの迷信 まず、 最近増えてきたよくある間違いですが、 お墓参りをすると、御利益があると思っている人があります。 よく言われるお墓参りの効果としては、ご先祖さまに感謝の気持ちを伝えると、 ご先祖さまのパワーを受け取って、運気が上がるとか、 お墓参りに行った途端、すべてがスムーズに進むようになるとか、 ご先祖様とのつながりが深くなって開運され、 結婚運、恋愛運が上がって結婚できるとか、 不妊が治って子宝に恵まれるとか、 さまざまな御利益がうたわれています。 そんな人は、お参りしているときに、心の中で、 「 運が良くなりますように」 「 結婚できますように」 「 子宝に恵まれますように」 とひそかに願いごとを言っていたりしますが、 仏教では、お墓参りで願いごとをしても、 まったく効果はありません。 仏教の目的は、を満たす現世利益ではなく、 もっとはるかにすごい目的があるからです。 それにもまして、お墓参り定番の迷信があります。 お墓参り最大の迷信 それは、「 お墓参りは、のためにしている」というものです。 中には、「 お墓参りはの基本」と思っている人もいます。 ところが、「 」というのは、仏教の教えにはないもので、 もともと儒教の教えです。 (もそうです) 儒教は先祖祭祀の教えだからです。 ですから、墓参りは、東アジアに広まっている習慣です。 仏教が説かれたインドでは、 人間は死に変わりを繰り返すことが常識なので、 現在でも人が死ぬと川べりで火葬にして、 遺骨はガンジス河をはじめとする河に流します。 お墓参りはありません。 では仏教では、人はというと、 生きているときに仏教を聞いて苦しみの根元を絶ちきられていれば 死ぬと同時にへしますし、 そうでなければ、死ぬまでのによって、にしたがって のいずれかにしていきますから、 しても、ご利益があるわけでもなければ、 先祖が喜ぶわけでもありません。 では仏教で、お墓参りは意味がないのでしょうか? お墓参りの意味と正しい心がけ お墓参りをすれば、どんな人も、 故人との思い出を思い浮かべたり、 その人の人生に思いを馳せます。 そして、色々なことをしながら、 あっという間に亡くなってしまった人生を考えると、 自分もやがては死ぬときがやってくると、 自分の死を意識することになります。 仏教では、 「 を観ずるはのはじめなり」 と教えられるように、死をみつめることが、 本当のへ向かうの第一歩だと教えられています。 現代人は忙しい忙しいで、 自分の人生を振り返る機会はなかなかありませんから、 亡くなられた方をご縁に自分の人生を振り返り、 本当のを考える機会となれば、 お墓参りもとても意味あるご縁になります。 こういうことからしますと、 最近出てきている墓参りの代理とか代行というものは リハビリの代行のようなもので、 仏教では意味がありません。 心がけ次第でお墓参りも有意義なものになりますから 仏教が目的とする、 を離れ、死が来ても崩れない本当のになれるよう、 よく仏教の教えをお聞き下さい。 では、仏教には何が教えられているのか ということについては、小冊子とメール講座に まとめてあります。 メニュー•

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