あずましいの意味。 ここは、あずましい

「あずましい」方言の意味と使い方や例文。【北海道・青森津軽】

あずましいの意味

北海道の方言で有名なものは、「なまら(とても・非常に)」「けっぱる(頑張る)」などでしょうか。 ここでは、北海道で使われている、「あずましい」のような形容詞の一例をご紹介します。 あやつける:かっこつける。 …「何、あやつけてんの?(何、かっこつけてるの)」• きかない:勝気。 わんぱく。 …「なまらきかねぇわ(とても勝気な人だな)」• こわい:疲れた。 …「こわいこわい。 (疲れた疲れた)」• :ばか。 まぬけ。 …「はんかくせーんでない?(バカじゃないの?)」• みったくない:醜い。 …「あの子、みったくないわ。 (あの子、醜いわね)」 北海道弁の中には、「北海道から離れている地域だけど、私の住んでるあたりでも使うよ」というものもあるかもしれません。 それは、北海道にはいろいろな地域の人が入植してきた歴史があり、日本全国の言葉が持ち込まれてたことによるものだと考えられます。

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ここは、あずましい

あずましいの意味

東北から北海道にかけて、「あずましい」という方言があります。 意味は、こう言うことだそうです。 「具合が良い」「すごく落ち着く」「居心地がいい」「快適」 漢字で書くと、「吾妻しい」となると言います。 「我が妻がそばにいるような居心地のよさ、安心感」が、語源なのだそうです。 反対に「なぜかしっくりこない」「どうも落ち着かない」という場合には、否定形の「あずましくない」を使います。 「違和感」や「不快感」「不具合」を意味する言葉なのです。 東北や北海道で、夫になる人は良いですねえ。 妻は、「具合が良い」「すごく落ち着く」「居心地がいい」「快適」な状態を作ってくれるわけでしょ。 妻は、今でこそ、男性に対する女性の配偶者のことをさします。 婚姻による場合と内縁によるものが、あります。 ところが、古くは男性のことも指したのですよ。 じゃあ、妻も夫に、「具合が良い」「すごく落ち着く」「居心地がいい」「快適」な状態を作ってもらわないと、損ですね。 妻は夫を慕いつつ、夫は妻をいたわりつつ、と言いますものね。 ところで、 上代には、東国、つまり、都から東方の諸国の総称が、「あづま」でしたよね。 中世には、京都からさして、鎌倉、また鎌倉幕府をいうようになり、近世には、上方 かみがた からみて、江戸をいうようになるけど。 都の人は、東国を「あずましい」ところだと思っていたのでしょうか。 それとも、「あずましくない」から、「あずましい」ところになって欲しいと、思ったのでしょうか。 まあ、都から見て、最後まで平定に手間取ったという意味では、「あずましくない」から「あずましい」ところになって欲しいという気持ちはあったでしょうねえ。 一方、面白いことに、ヤマトタケルの行動は、西と東では、まったく違うでしょ。 策を弄して攻略した西国に対し、穏やかに接していこうとしているように、見えますね。 その点では、東国は「あずましい」ところであった。 そうなると、東と書いて「あづま」と読むのも、こういう言い回しが元になっている可能性はありそうですよ。 「あづましい東」 「飛ぶ鳥のあすか」から「飛鳥 あすか 」となったのと、同じような事があったのではないでしょうか。 ただ、気になる点があるのですよ。 妻は、古くは男性のことも指したというところ、ですね。 聖書には、主なるイエスに付き従う人々を指して、花嫁と呼ぶ箇所は多いのですよ。 そうなると、夫を指して主人と呼ぶことがあるけれど、本来従うべき主人は、主なるイエスであるということですか。 主なるイエスにかしずいて従う人が、妻であった。 そういえば、聖書は我々に似せて人を作ろうといって、まず、アダムを作りますね。 そして、配偶者としてイブを後から与える。 主なるイエスと人の関係の相似形が、夫と妻の関係と聖書は言いたいようですね。 面白いことに、夫と天は、元になった甲骨文字や金文は、よく似た形です。 まるで、聖書の我々に似せて人を作ろうといってアダムを創造しイブを配偶者として与えた話を下敷きにしているかのようです。 そういえば、縄文人の血を最も濃く引いているのがアイヌであり、アイヌの生活文物は古代イスラエルのものに似ているという指摘がある。 日本とチベットに古代中東の遺伝子が残るが、チベット人はもともとは放牧の民であった。 日本人の多くが外反母趾に悩む原因は、日本人の大半を占めるエジプトタイプの足にある。 東国は、なかなか弥生人や天孫一族の築いた大和朝廷に従わなかったし、今でも縄文的な顔の人が多くないですか。 沖縄も、縄文的な顔の人、多いですけど。 その東国に、「あづま」の異名があり、「あずましい」という言葉が残る。 なにか、ありそうですね。

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あずましいの意味

東北から北海道にかけて、「あずましい」という方言があります。 意味は、こう言うことだそうです。 「具合が良い」「すごく落ち着く」「居心地がいい」「快適」 漢字で書くと、「吾妻しい」となると言います。 「我が妻がそばにいるような居心地のよさ、安心感」が、語源なのだそうです。 反対に「なぜかしっくりこない」「どうも落ち着かない」という場合には、否定形の「あずましくない」を使います。 「違和感」や「不快感」「不具合」を意味する言葉なのです。 東北や北海道で、夫になる人は良いですねえ。 妻は、「具合が良い」「すごく落ち着く」「居心地がいい」「快適」な状態を作ってくれるわけでしょ。 妻は、今でこそ、男性に対する女性の配偶者のことをさします。 婚姻による場合と内縁によるものが、あります。 ところが、古くは男性のことも指したのですよ。 じゃあ、妻も夫に、「具合が良い」「すごく落ち着く」「居心地がいい」「快適」な状態を作ってもらわないと、損ですね。 妻は夫を慕いつつ、夫は妻をいたわりつつ、と言いますものね。 ところで、 上代には、東国、つまり、都から東方の諸国の総称が、「あづま」でしたよね。 中世には、京都からさして、鎌倉、また鎌倉幕府をいうようになり、近世には、上方 かみがた からみて、江戸をいうようになるけど。 都の人は、東国を「あずましい」ところだと思っていたのでしょうか。 それとも、「あずましくない」から、「あずましい」ところになって欲しいと、思ったのでしょうか。 まあ、都から見て、最後まで平定に手間取ったという意味では、「あずましくない」から「あずましい」ところになって欲しいという気持ちはあったでしょうねえ。 一方、面白いことに、ヤマトタケルの行動は、西と東では、まったく違うでしょ。 策を弄して攻略した西国に対し、穏やかに接していこうとしているように、見えますね。 その点では、東国は「あずましい」ところであった。 そうなると、東と書いて「あづま」と読むのも、こういう言い回しが元になっている可能性はありそうですよ。 「あづましい東」 「飛ぶ鳥のあすか」から「飛鳥 あすか 」となったのと、同じような事があったのではないでしょうか。 ただ、気になる点があるのですよ。 妻は、古くは男性のことも指したというところ、ですね。 聖書には、主なるイエスに付き従う人々を指して、花嫁と呼ぶ箇所は多いのですよ。 そうなると、夫を指して主人と呼ぶことがあるけれど、本来従うべき主人は、主なるイエスであるということですか。 主なるイエスにかしずいて従う人が、妻であった。 そういえば、聖書は我々に似せて人を作ろうといって、まず、アダムを作りますね。 そして、配偶者としてイブを後から与える。 主なるイエスと人の関係の相似形が、夫と妻の関係と聖書は言いたいようですね。 面白いことに、夫と天は、元になった甲骨文字や金文は、よく似た形です。 まるで、聖書の我々に似せて人を作ろうといってアダムを創造しイブを配偶者として与えた話を下敷きにしているかのようです。 そういえば、縄文人の血を最も濃く引いているのがアイヌであり、アイヌの生活文物は古代イスラエルのものに似ているという指摘がある。 日本とチベットに古代中東の遺伝子が残るが、チベット人はもともとは放牧の民であった。 日本人の多くが外反母趾に悩む原因は、日本人の大半を占めるエジプトタイプの足にある。 東国は、なかなか弥生人や天孫一族の築いた大和朝廷に従わなかったし、今でも縄文的な顔の人が多くないですか。 沖縄も、縄文的な顔の人、多いですけど。 その東国に、「あづま」の異名があり、「あずましい」という言葉が残る。 なにか、ありそうですね。

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