シリウス ロマネ コンティ。 ロマネ・コンティ

その澱を飲ませてくれと彼は言った。ロマネ コンティ 当たり年 1978年

シリウス ロマネ コンティ

ロマネ・コンティ 醸造元を象徴する畑で、ドメーヌのもつ赤ワインの長所を凝縮した見事な味わいを生みだし続けています。 壮麗、豪奢、神秘、奇跡、気品…と賛辞は限りありません。 そのワインは信じられないほど長い間、口中に香りをとどめます。 ヴォーヌ・ロマネ村 ロマネ・コンティ畑 グラン クリュ 1. 8haの全てを所有。 平均樹齢52年 ラ ターシュ ロマネ・コンティ畑の南に位置し、斜面の上下に広がるため、上部の重厚さと、下部の繊細さがひとつになって奏でる独特の複雑な深みをもちます。 色濃く、凝縮された印象のワインでしばしば「ロマネ・コンティの腕白な弟」と表現されます。 ヴォーヌ・ロマネ村 ラ・ターシュ畑 グラン クリュ 6. 1haの全てを所有。 平均樹齢年 45年 リシュブール ロマネ・コンティ畑のすぐ北に隣接。 果実味に富んだ極めて魅惑的なワインで、熟成されるにつれて信じがたいような華やぎと官能的なまでの艶やかさを身につけていきます。 その香りは「百の花の香りを集めてきたような」と形容されます。 ヴォーヌ・ロマネ村 リシュブール畑 グラン クリュ 8ha中3. 5ha所有。 平均樹齢年 39年 ロマネ・サン・ヴィヴァン ロマネ・コンティとリシュブールの東に広がり、斜面の下部に位置。 繊細さの極みともいうべき風味の中に、大地からくるミネラルやハーブを思わせるようなニュアンスがまじり、特有の気品ある世界を織り成しています。 ヴォーヌ・ロマネ村ロマネ・サン・ヴィヴァン畑 グラン クリュ 9. 4ha中5. 3ha所有。 平均樹齢33年 グラン エシェゾー ロマネ・コンティの北方約1km、有名なクロ・ド・ヴージョのすぐ西に隣接。 赤や黒の果実の香りが凝縮されたようなまろやかで、コクのある極めて魅力的なワインを生み出します。 「深い森を散策する夢見がちな貴族」という形容も。 フラジェ・エシェゾー村 グラン・エシェゾー畑 グラン クリュ 9. 1ha中3. 5ha所有。 平均樹齢51年 エシェゾー グラン エシェゾーの西と南に広がる畑で、味わいはしばしば「グラン エシェゾーの弟」と表現されます。 ドメーヌ ド ラ ロマネ・コンティのワインの中では最も早熟で、早くから楽しめます。 軽やかで優美な、親しみやすいワインです。 フラジェ・エシェゾー村 エシェゾー畑 グラン クリュ 37. 7ha中4. 7ha所有。 平均樹齢31年.

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『Re:ゼロから始める異世界生活16』感想。シリウス・ロマネコンティの登場で、再び魔女教との戦いが始まるっぽいですな…。

シリウス ロマネ コンティ

DRC ドメーヌ・ド・ロマネ・コンティ 世界で最も高価なワインとして知られるロマネコンティ。 フランス、ブルゴーニュ地方、ヴォーヌ・ロマネ村にある約1. 8ヘクタールの畑から生産されるピノ・ノワール種の葡萄で造られる、この高価なワインを生産するのが、DRC社 (Domaine de la Romanee-Conti) というワイン製造会社です。 DRCではロマネコンティの他、同じヴォーヌ・ロマネ村で造られるワインを中心としていくつかのワインを製造していますが、そのうち ロマネコンティ と ラ・ターシュ は モノポールと言いその畑すべてをDRCが所有しているため、他の生産者が生産することはなく、この二つのワイン、ロマネコンティ そして ラ・ターシュ といえば、DRCのワインとなります。 ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティが生産するワインと弊社の在庫リスト• (特級畑・モノポール) Romanee Conti Grand Cru Monopole• (特級畑)• (特級畑・モノポール) La Tache Grand Cru Monopole• (特級畑) Richebourg Grand Cru• (特級畑・モノポール) Romanee Saint Viviant• (特級畑) Grands Echezeaux• (特級畑) Echezeaux• Vosne-Romanee 1er cru Cuvee Duvault Blochet• (特級畑) Corton ロマネコンティの価格・値段 ロマネコンティといえば世界中に数あるワインの中で最も高価、高額なワインとして知られていますが、そのロマネコンティも近年特に価格が上昇しています。 7〜8年くらい前は100万円程度だったものが、その後150、200万円と上がって行き、今では300万円を超えるものも珍しくありません。 値段が上がっている最大の理由はその「人々を魅了する味わい、そして知名度と少ない生産量」でしょう。 「世界一のワイン!」と称されるワインが毎年たったの6000本程度しか造られていないのです。 有名な十字架とロマネコンティの畑(ヴォーヌ・ロマネ村) 少ない生産量 ロマネコンティの葡萄が造られる畑はブルゴーニュ地方ヴォーヌロマネ村にあるたった1. 8haの畑で、そこで栽培される葡萄以外はロマネコンティになる事は絶対にありません。 自然のものなので、葡萄は豊作の年もあれば不作の年もある為生産量は一定ではありませんが、作られる本数はおおよそ毎年6000本前後と言われ、ラベルにはナンバリングもされていますが、一方、シャトー・マルゴー、ラトゥールなどで有名なボルドーの1級シャトー(5大シャトー)などは何処も80ha前後の畑を所有し、生産本数も毎年数十万本になります。 まさにロマネコンティは一般的に有名な他のワインと比べると生産量が桁違いに少ないのです。 高いのか? 安いのか? 「葡萄から作ったお酒が1本300万円だなんてありえない、クレイジーだ」と考えるのは一般的、常識的かもしれません。 しかし、世の中にはワインを飲むためのものだけではなく「投資」と考える人も少なくありません。 ワインの流通は複雑で、ロマネコンティなどの有名ワインは毎年決められた割り当てが昔から決まった仲買業者などを介して世界中に販売されていくシステムなので買い占める事は事実上不可能ですが、もし仮にロマネコンティを買い占める事が出来たら、例え1本300万円の価格だったとしても、その総額は180億円。 200億円以下でその年のロマネコンティを全て買い占める事ができるという事になります。 世界中にお金が溢れ、数十、数百兆円という資金がファンドなど様々な形で世界中で投資運用されている事を考えれば、絶対にその数が増えることなく知名度もナンバーワンであるこのワインを「決して高くない」と思う人がたくさんいても不思議ではありません。 一度生産されたワインは飲まれて減る事はあっても、もう増えることは無く、世の中からは減っていく一方です。 新興国の発展により富裕層も増え、世界的にワイン人気も高まって行く中、「ワインの王様ロマネ・コンティ」はこれからもますます価格が上昇し続けていく事が予想されています。 かつてフランスの王族、貴族がロマネコンティの畑の所有権を争い、は有名ですが、そこまで人々を魅了するこのワイン、「一度飲んだら忘れられない」その優美な味わいと香りだけでなく、その他様々な理由によってその価値が上がり続けているのです。 ロマネ・コンティの歴史 現在DRC(ドメーヌ・ド・ロマネ・コンティ)社が所有するロマネコンティの畑は、16世紀ごろに畑の境界線によろ区画が分けられ、17世紀中頃に非常に良いワインが出来るとが知られるようになりました。 そして、有名な話で「ロマネコンティ」の名前の由来ともなった、 ルイ15世の寵妃で当時権勢を欲しいままにしていたポンパドール夫人とルイ15世のいとこであるコンティ王子が畑の所有権を争いを演じ、莫大な金額を提示したコンティ王子が争奪戦に勝利し、この畑の名前を「ロマネ・コンティ」としました。 そしてその後長い期間、この畑から造られるワインはコンティ王子とその宴に招待された客にしか味わうことが出来ない特別なワインとなってしまいました。 DRCドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ社の歴史 ロマネ・コンティの畑を所有するのはドメーヌ・ド・ラ・ロマネ=コンティ(DRC)社ですが、その会社を所有するのは、ド・ヴィレーヌ家とルロワ家。 現在はオベール・ド・ヴィレーヌとアンリ・フレデリック・ロック(ラルー・ビーズ・ルロワの甥)の二人がドメーヌを共同経営しています。 そのドメーヌ・ド・ラ・ロマネ=コンティの発祥は1867年、名前の由来となったロマネ・コンティの畑が、サントネのネゴシアンJ・M・デュヴォ・ブロシェに売られた時にさかのぼります。 現在の当主ヴィレーヌ家はこの一族の子孫に当たります。 1942年、デュヴォ・ブロシェの子孫にあたるオベール・ド・ヴィレーヌの父は、ドメーヌの半分をオークセイ・デュレスのネゴシアンであったアンリ・ルロワに売却しました。 そして1979年アンリ・ルロワの死後二人の娘であるラルー・ビーズ・ルロワと姉のポリーヌがドメーヌの四分の一ずつを受け継ぐことになります。 その後1992年にラルー・ビーズ・ルロワは共同経営者を退き、現在はポリーヌの次男(ラルー・ビーズ・ルロワの甥)である、アンリ・フレデリック・ロックが共同経営者となり、現在にいたります。 彼は1988年に自らのドメーヌ、プリューレ・ロックを立ち上げ、自然派ワインの先駆者の1人として成功を収めている人物でもあります。 現在でも畑はとても小さく、生産本数が限られているため、価格は非常に高額で近年通常のサイズで200万円を超えるヴィンテージも出てきています。 今尚、ロマネ・コンティは限られた人にしか飲むことが出来ないお酒なのかもしれません。 縦に長いブルゴーニュ地方の中でも特に優れたワインが生み出される地域として人気の高い「ヴォーヌ・ロマネ村」。 全体が南東をむいた斜面に位置するこの村からは素晴らしいワインの数々が生み出されています。 果実味の強さ、香りの豊かさ、力強さなどそれぞれの個性で際立つ産地は他にもありますが、ヴォーヌ・ロマネの素晴らしさは、なんといってもそのバランス。 全てを兼ね備え、全てが際立ち、そして大きな花のように咲き誇る。 複雑さをもちながらエレガントさが際立ち、果実味が際立ちながらも単純なだけでは終わらない。 この総合点の高さに、世界中の熱い視線が注がれているのです。 しかし、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティでは1945年まで葡萄をそのままに栽培し続け、1760年にこの畑を所有し素晴らしいワインを造り上げたコンティ伯爵時代の葡萄を守る努力を重ねてきました。 とうとうロマネ・コンティの畑の葡萄を抜かなくてはならなくなった際にも、ラ・ターシュの畑に植わる葡萄に、ロマネ・コンティの葡萄からとった枝を接ぎ、その枝を再度ロマネ・コンティの畑に植える当為方法で大切な葡萄を守ってきました。 現在、ロマネ・コンティの畑に植わる葡萄もコンティ伯爵時代の直系の子孫のみが植えられているのです。 また、一部の畑では馬による耕作を行っています。 馬による耕作は見た目にも目をひく光景ですが、実際にトラクターを使用するのにくらべ、土が踏み固められることがないため、表土に存在する有機物の構成が整い、その結果、根っこがミネラルを吸収するのに必要なバクテリアが成長するとともに、葡萄の根そのものが深く大地に根を張ることを促すなど、具体的なメリットがあるのです。 また、徹底した収量制限をしていることでも有名です。 天候に恵まれた優良年でも30hl、そして天候に恵まれたなかった年には10hlまで落とすこともあります。 醗酵温度は32-33度を保ち、醗酵および醸しはできるだけ緩やかに長めに行います。 トロンセ産の新樽を100%使用して熟成を行います。 8haの特級畑で生み出されるワイン。 1年で生産される本数は平均で6000本程度と極めて少ないにもかかわらず、世界中からひくてあまたの人気を誇るワインであるため、最も高額で取引されるワインとしても有名です。 ドメーヌの名称ともなっていることからも推察できるとおり、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC を代表する畑です。 それは、戦時中に葡萄樹の天敵であるフィロキセラ(ブドウネアブラムシ)が蔓延したのですが、農薬の入手が困難な時代だったためロマネ・コンティの畑もこの害虫の犠牲となりました。 そして、1945年のヴィンテージを最後に、アンリ・ルロワはすべての葡萄樹を伐採する決断をしました。 そのため、葡萄の樹が成熟するまでの5年間、この畑からワインを造ることが不可能となったのです。 なお、通常フィロキセラの被害にあった畑では、アメリカなどから取り寄せた台樹を使用して接ぎ木をしていますが、DRCではロマネ・コンティの畑についてはラ・ターシュの畑に植わっていたピノ・ノワールを台樹としており、あくまでもDRCが維持してきた純血の畑と葡萄樹へのこだわりを通しています。 もちろん、この落札価格はオークションで取引されたワインとしては過去最高値です。 このワインをオークションに出したのは、メゾン・ジョセフ・ドルーアンの当主 ロベール・ドルーアン氏。 600本しか造られていない 1945年のロマネ・コンティですが、所蔵者が名門ドルーアン一族であることからもその真偽に疑いの余地はなくこの高値での取引となりました。 さらに、ロマネ・コンティでは戦時中に蔓延したフィロキセラにより、対策をうつこともままならないまま多くの葡萄樹が被害に合い、よく1946年にはすべての葡萄樹がひきぬかれることとなりました。 そのため、自家根の葡萄樹で実った葡萄で造られた最後のロマネ・コンティということで、1945年に造られた600本は別格の扱い、取引対象となっています。 10世紀初頭からこの地を所有したのは、サン・ヴィヴァン修道院で、ルイ14世の時代には彼の持病の治療薬として、この畑で造られたワインをスプーンに数杯づつ飲んでいたという言い伝えも残っています。 1760年には、売りに出されたこの畑をポンパドール夫人に競り勝ったコンティ公爵が手に入れました。 そして、現在の畑名「ロマネ・コンティ」となり、フランス革命で没収された後も現在に至るまでこの名が使われています。 DRC2009年からコルトンをリリース DRCでは2009年ヴィンテージから「コルトン」をそのラインナップとして加えることを発表しました。 コート・ド・ボーヌ地区から初めて生産する赤ワインとして、多くの愛好家に驚きをもって迎え入れられましたが、既にリリースされたものの、6000本をわずかに上回る程度という生産量の少なさも影響し、その人気たるや凄まじく、10万円近くになる取引価格にもかかわらず、ほぼ入手することが出来ない人気のワインとなってしまいました。 このDRCコルトンは ドメーヌ・プランス・フローラン・ド・メルロードから借りたブレッサンド、クロ・デュ・ロワ、レナルドの3区画2・5ヘクタールの高樹齢の葡萄だけをブレンドして造られますが、今後、過去に生産された ドメーヌ・プランス・フローラン・ド・メルロードが生産したこれらの畑のワインの人気も上昇していくものと考えられます。 DRCコルトン2009 ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ(Domaine de la Romanee-Conti、DRC)社。 世界中のワイン愛好家達の憧れであり、世界で最も高値で取引されるワインと云われる、最高級赤ワイン「ロマネ・コンティ」の畑を単独所有し、生産・販売を行っています。 ブルゴーニュ地方、ヴォーヌ・ロマネ村に本拠地を構え、ロマネ・コンティの他に、ラ・ターシュ(単独所有)、リシュブール 、ロマネ・サン・ヴィヴァン、グラン・エシェゾー、エシェゾー、モンラッシェを生産しています。 このサイトではDRC社の造るそれらのワインを販売しております。 お気軽にお問合せください。 現在、オベール・ド・ヴィレーヌとアンリ・フレデリック・ロックの二人によって運営されていますが、このような組織となったのは1942年のことですが、彼らがワイン造りをおこなうヴォーヌ・ロマネの畑では2000年以上にわたり、実にローマ時代からワイン用の葡萄栽培が行われていました。 そして、素晴らしい出来栄えのワインを生み出してくれるこの畑に敬意を表して「ロマネ」という名前がローマ人によって付けられたです。 10世紀初頭からは、この地で権力を振るったサン・ヴィヴァン修道院がこの畑を所有し、さらに18世紀には持病を持つルイ14世が治療のために、この畑で造られたワインを毎日一口づつ口にしていたという逸話も残されています。 1760年にはコンティ侯爵がロマネの畑を所有し、自らの邸宅でこのワインを振舞ったといいます。 その後、フランス革命により畑や領土はコンティ侯爵の元から没収されてしまいましたが、「ロマネ・コンティ」という名前は現在に至るまで残されることとなります。 1869年現在の当主の一人であるヴィレーヌ家がこの土地の所有権を獲得したのです。 ロマネコンティの歴史 パーカーポイント DRC ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティの販売 DRC ラ・ターシュ 1989 DRC ラ・ターシュ 1995 DRC リシュブール 2000 DRC ロマネ・サン・ヴィヴァン 1989 DRC ロマネ・サン・ヴィヴァン 1995 DRC エシェゾー 1991 DRC エシェゾー 1996 4つのモノポール畑を所有 ブルゴーニュの中でも最高の赤ワインを生み出すことで有名な偉大なワイン生産地ヴォーヌ・ロマネ村。 この村のトップ生産者として名高いドメーヌ・ド・ラ・ロマネ=コンティ(DRC)は、この村を語る上で必要不可欠な存在です。 ブルゴーニュは大多数の畑が複数の人間によって分割所有され、複数の生産者がその畑から別々にワインを造る事が殆どですが、例外的に分割されない単独所有の畑があり、それらはモノポールと呼ばれます。 ヴォーヌ・ロマネ村には、ロマネ・コンティ、ラ・ターシュ、ラ・ロマネ、ラ・グランドリュという、グランクリュのモノポールが4つもあり、その中で最も偉大で最も有名な畑ロマネ・コンティを所有しているのが、DRCなのです。 ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ=コンティ(DRC)が所有するグランクリュは、ロマネ・コンティ 1. 8050ha とラターシュ 6. 062ha の全部と、ロマネサンヴィヴァン 9. 4374ha の半分、リシュブール 8. 0345ha 、グラン・エシェゾー 9. 7445ha はそれぞれ三分の一と、エシェゾー 37. 6922ha の一部、そしてコート・ド・ボーヌ、モンラッシェ村のグランクリュであるル・モンラッシェの一部です。 これらの畑から生まれたワインは全てドメーヌで元詰めされリリースされます。 その他にDRCはバタールモンラッシェや一級畑、村名格の畑を所有していますが、それらはワイン若しくは葡萄のまま、バルク売りでネゴシアンの手に渡ります。 常にナンバーワンのワインと言われるロマネ・コンティは、ラ・ターシュよりもそして他のどのワインよりも高額な値段で取り引きされています。 その味わいを知ることが出来るのは世界中でも一握りの人のみ・・・いつかは飲んでみたいと思う永遠の憧れです。 また、下記の写真でご覧いただけるオリジナルバックも、ワイン1本に対して1袋、無料でおつけしております。 <無料サービス:オリジナル木箱について> オリジナル木箱は1本用と2本用のタイプをご用意してあります。 2本以上ご購入いただいた場合、基本的には1本用木箱に1本ずつお入れしラッピングをいたしておりますが、2本用木箱をご希望の場合はご注文の際、通信欄にご記載下さい。 <無料ラッピングサービス:包装紙について> ラッピングの 包装紙はワインレッドとダークブラウンの2種類をご用意させていただいております。 特にご指定がない場合はダークブラウンの包装紙でお包みしております。 ご希望のある方はショッピングカート内の通信欄に「ワインレッドの包装紙希望」とご記入下さい。 ()) <無料サービス: プラチナワイン・オリジナルゴールドバックについて> オリジナルゴールドバックは、 ワインボトルのデザインを 施し、 しっかり丈夫な厚紙を使用、木箱にぴったりのサイズで 作られた、弊社オリジナルの紙袋です。 こちらはワイン1本に対し、1袋無料でサービスいたしております。 ご注文の際画面上にメッセージカードの記入欄が表示されますので、ご記入下さい。 はがきサイズのクリーム色の用紙に印刷し、ご購入いただきましたワインと共に木箱にお入れしております。 ふたりのおかげで、今日という日を迎えることができました。 二人のような夫婦になれるよう、明るく楽しい家庭を築いていきたいと思います。 今までの感謝の気持ちを込めて、自分達の生まれた年のワインを贈ります。 これからもどうぞよろしくお願いします。 本当にお世話になりました。 これからも宜しくね。 日頃の感謝を込めて、二人にとって記念の年のワインを贈ります。 いつまでも仲良く元気でいて下さい。 ささやかですが、この年代のワインを贈ります。 末永くお幸せに! 下の写真はフラワーギフトご利用の際のカードです。 ご注文はこちらから> こちらに関しては1週間ほどお時間をいただきますため、お気をつけ下さい。 (送られてくる際のイメージ画像) 「死ぬまでに一度は飲みたい」 誰もが憧れるロマネ・コンティ こんにちは、デリバリーワインの酒井です。 「 死ぬまでに一度は飲んでみたいワインは何?」 そう聞かれ「 ロマネ・コンティ」の名を挙げる人は少なくないでしょう。 最高の年には、並外れた芳香、パワーと浸透性があり、霊妙な何かすらあるという ロマネ・コンティ。 毎年生産される量はたったの5,500本。 1本の価格は高騰をうなぎ上りの状態で円安や中国人への人気の影響もあり、そうそう手の届く価格ではないだけに、その感動と至福を味わえるのはごく僅かな人だけ・・・。 それでも、ロマネ・コンティはいつの日もワインを飲む人々の興味を惹きつけ続けています。 ニセモノが多数出回っている!? そんなロマネ・コンティですが、世の中には沢山の偽者が出回っている事も事実です。 数年前にカリフォルニアである男性が逮捕されました。 彼は逮捕されるまでの12年間、自宅地価でロマネコンティを含む沢山の高級ワインを造りだし、そして売りさばき多額の利益を得ていたと言います。 作られた偽者の多くはオークションなどを通し、中国に渡ったと言われていますが、そもそも中国ではシャトー・ラフィット、ロマネ・コンティなどの高級ワインはむしろ本物の方が少ないと言われるほど多くのニセモノが出回っています。 信頼できる日本の高級ワイン 日本では古くからワインブームがあり、いくつもの業者がフランスの生産者や業者から信頼ある取引先とされ、毎年生産されるロマネコンティをはじめとする高級ワインを割り当てられ輸入して来ました。 世界の中でも日本は高級ワインの消費国として歴史と信頼があり、そしてワインに対する扱いも熟知しているので、数多くコンディションの良い高級ワインが市場に残っているのです。 日本の輸入業者が輸入したことを証明するバックラベルが貼られたワインなどは本場フランスで売られているものよりも信頼が高いと言っても過言ではありません。 液面、ラベル、ご確認下さい! 当日・翌日発送可! ご来店 白金台 にて現品確認可! こんな高額のお買物をするのに、海外からのお取り寄せの場合が多い為、現物や写真を確認した上で購入できることって少ないと思います。 ラベルは綺麗?液面の状態は?シリアルナンバーはちゃんと入ってる?等など、確認したい事も多いのに・・・。 今回は全て弊社の倉庫にあるものですので、白金台にご来店頂ければ現品を確認する事も出来ます。 お問合せいただければお写真等もお送りします! 皆さんが納得し安心した上で購入して頂きたいので、遠慮なくご相談下さい。 (北海道・沖縄は+1日。 振込・コンビニ決済は前払いとなります。 その他の有名生産者• その他の有名生産者• お酒は20歳になってから Copyright C 2020 Delivery-Wine Corporation. 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『Re:ゼロから始める異世界生活16』感想。シリウス・ロマネコンティの登場で、再び魔女教との戦いが始まるっぽいですな…。

シリウス ロマネ コンティ

目次から読む• 1978年 ロマネ コンティを飲む会(2002年) 瓶熟成は24年。 さらに熟成は可能と思われましたが、ピークが続くうちに飲もうということになりました。 人数9人で割りました。 一人80mlほど。 グラス1杯を経過を見ながらゆっくり飲めるギリギリの量です。 ワインの質感を比較する対象として同じ1978年のシャトーラトゥールを用意しました。 ラトゥールはワイン会開始前に抜栓し、直後は固かったので2時間放置すると、強い揮発性の香り(アロマ)が立ちはじめました。 ポイヤックらしいスパイス、ハーブの濃密さの後からベリー系が顔を覗かせ、甘やかさよりも非常に野生的な香り。 タンニンは滑らかで多量。 余韻にモカ、燻したニュアンス、空のグラスからはプルーン、樽のバニラ香。 味わいの固い印象はリコルクによるものと思われました。 いよいよロマネ コンティのコルクを抜く 左ロマネコンティ/右ラトゥールのコルクが若い(リコルク) 24年を経たロマネコンティのコルクはまだ強度があり、割れることなく抜くことができました。 そっと1杯目のグラスに注いですぐに立ち昇る薫り高さ。 皆の顔がほころびました。 「ロマネコンティを開けると、部屋中に香りが立ちこめる」といわれることがありますが、それがよくわかります。 おそらく薫り高さでは、良い年のDRCリシュブールも引けをとらないので、現実的な価格で集まる会として仲間でリシュブールを開けてもロマネコンティと共通する香りが楽しめます。 当日のテイスティングメモを読み返してみます。 土、枯れ草、熟成香の荘厳な香り、香ばしさに特徴のある、まさに「DRC(ドメーヌ ド ラ ロマネ コンティ)」の香り。 時間をおいて一口飲むと果実の甘み、レーズンの凝縮感があるのがわかる。 ラトゥールの濃さよりロマネコンティの甘やかさを感じるところに、このヴィンテージのロマネコンティがいかに熟度が高いかを示している。 強さよりもバランスが素晴らしく、香りと味と触感が丸く調和していることを愛でながらいただく。 このレベルのワインを飲んでわかったことは、飲み手がワインを問うのではなく、 ワインが飲み手を問うということ。 ワインはただそこに存在し、飲み手と交じわる刹那に「あなたに私のことがわかりますか」「あなたに私は響きますか」と、静かに問いかけてくるのです。 バカラ製 ロマネコンティ グラスで飲むと・・・ 参加メンバーの中に、著名な歯科医で相当なワイン通がいらっしゃいました。 彼はこの日のためにBacarrat<バカラ>のワイングラス、その名も「ロマネコンティ」デギュスタシオン モデルを持参されました。 ロマネコンティを味わうのにこれ以上のグラスはない、はずでした。 ところが、このグラスはボウル部分の容量が1500ml(ワイン2本分)もあり、人の顔が入りそうな大きさゆえ、相対的に中のロマネコンティ量がとても少ない状態になってしまいました。 せっかくの香りがグラス内に溜まらないことがわかり、結局皆と同じグラスに移し変えることになりました。 「ロマネコンティは澱まで旨い」 以上、参加した全員の記憶に残る「ロマネコンティ 1978年 を飲む会」は終了しました。 ワインの審美眼が磨かれ、上質なワインを選ぶ物差しのレベルが上がった、非常に重要な経験値となりました。 某ワイン輸入元の営業さんは自腹で参加し、その後10年以上経った今でも「あの会は凄かった。 当日の資料を大事に保管しています」と言ってくれます。 ロマネコンティの味の描写をもっと知りたい方は、をどうぞ。 (但しそのお話に出てくる描写は予習や追体験としては使えないのです。 理由はお読みになればわかります。 ) ロマネ コンティは世界一高い価格のワイン ロマネコンティが世界一高い価格で取引されるワインであることは間違いないでしょう。 よく引用されるのが、ワインオークションでの落札価格です。 各Auction Resultsの記録リンク付きでご紹介します。 特定のヴィンテージは時間が経つほど世の中から無くなっていきますので、今後のオークションでさらに高値が更新されることも予想されます。 オンラインショップの価格と在庫をヴィンテージ順に調べてみました。 (2017年10月時点/価格・在庫は予告なく変更される場合があります) 1875年 ロマネコンティ ¥2,211,429 1923年 ロマネコンティ ¥1,080,000 1957年 ロマネコンティ ¥2,138,400 1972年 ロマネコンティ ¥2,723,000 1975年 ロマネコンティ ¥1,280,000 1976年 ロマネコンティ ¥1,280,000 1976年 ロマネコンティ ¥2,721,600 1978年 ロマネコンティ ¥2,160,000 1981年 ロマネコンティ ¥1,944,000 1983年 ロマネコンティ ¥1,480,000 1990年 ロマネコンティ ¥3,085,714 1990年 ロマネコンティ ¥4,195,800 2002年 ロマネコンティ ¥1,512,000 2007年 ロマネコンティ ¥2,160,000 2007年 ロマネコンティ ¥2,462,400 2008年 ロマネコンティ ¥1,720,000 2009年 ロマネコンティ ¥1,890,000 2009年 ロマネコンティ ¥2,570,400 2010年 ロマネコンティ ¥2,538,000 2010年 ロマネコンティ ¥2,570,400 2013年 ロマネコンティ ¥2,570,400 1997年 ロマネコンティ ¥3,380,000 1500ml 2010年 ロマネコンティ ¥4,320,000 1500ml 最後に価格が一番高い「ロマネコンティ 1945年 3リットル 10億円」という桁違いのがあります。 このレギュラーボトル4本分の特大ロマネコンティ1945年には貴重なストーリーが積み重なっており、「特別な年の特別な大きさの特別珍しいロマネコンティ(しかもフィロキセラで樹が抜かれる前)」という高付加価値が生んだ 大富豪向けの骨董品・歴史的遺物です。 もはや飲み物の価値ではありませんね。 数年前のオンラインショップの在庫や輸入元の取り扱いリストを見返してみると軒並み完売しているのです。 (つまり年々安い順から無くなって、市場価格が切り上がっている) 買い手は日本人以外に、中国や韓国から買い付けに来られることもあります。 自分で飲むのか、転売目的なのかは不明ですが、価格推移を見る限りロマネ コンティはずっと値上がりし続けており、投資対象としても優良なのです。 冒頭でご紹介したロマネコンティを飲む会用に買った時、1978ヴィンテージの仕入値(ワインショップへ納入価格)は2002年頃で安いものは70万円でした。 2007年頃には100万円~になり、2017年は150万円~になっています。 ロマネコンティはお店によって価格が全然違うこともよくあります(上記リスト内の1976年、1990年、2009年は違うショップ)。 当たり年の1978年もまだかろうじて買えるようですが、ほとんど見かけません。 200万円という販売価格は現在手に入るものとしては真っ当な価格(むしろ安い)、価格推移を見ると今後下がることは難しいと推測されます。 但し購入に際しては、古酒の特性として品質のボトル差が避けられません。 開けて飲むまでわからないのです。 状態が良い「当たり」に出会えれば幸い、もし外れても話のネタにして楽しみましょう。 万が一フェイク(偽物)の場合は、重要な物証としてしかるべき機関に提出すべきでしょう。 それもまたワインを巡る旅の大切なエピソードになります。 ロマネ コンティの空き瓶が7万円!? image by wineberserkers. com ヤフオクなどでは、 空き瓶に数万円とは意味がわかりませんね。 しかも、ロマネコンティを含むDRCや高級ワインの空き瓶を販売するのは止めたほうがいいのです。 空き瓶を使ってフェイク(偽物)が造られる可能性があるからです。 中身が偽物でも瓶が本物だと、より騙し易くなるのは自明。 コスト数万円が百万円以上に化けるのだから買い手がいるとみて出品しているのでしょう。 上の画像右端の1978年 ロマネコンティは、 別ヴィンテージのボトルが使われたフェイクです。 キャップシールがプレーンなのとボトル下部にエンボスがあること、ルロワラベルの色で見破られています。 フェイクに悩まされるブルゴーニュのトップドメーヌの中には「飲み終わったら瓶は割って欲しい」と言っている当主もいます。 フェイクを憎む気持ちが伝わってきます。 飲まれるより語られることのほうが多い酒 それがロマネ コンティ ロマネコンティはワインを知らない人でも「聞いたことがある」有名な銘柄です。 よく知られているのに本当に知っている人は少なく、伝説のように語られて高値に祀り上げられ、飲み物としての評価から遠ざかってしまっているのがロマネコンティの実情だと思います。 その境遇を想うと、なんだか可哀想になってミニ寓話を書きました。 ぜひご覧ください。

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