抱えきれないほどの思いを。 「抱えきれないほどの愛」をありがとう。

「抱えきれないほどの愛」をありがとう。

抱えきれないほどの思いを

こんにちはmarupoです 人は生きていると、人生の中で必ずいくつかのつらい悔しい経験をします。 たとえば 一方的に酷いことをされた 信じていた人に裏切られた 親に否定ばかりされてきた とにかく許すことができない過去がある このように、自分がどうしても「つらい」「許せない」と思うような出来事にあうと、それを忘れることができなければ、その人の心には 深い傷となって残ってしまいます。 そうすると、自分にとって抱えきれず、生きること自体つらいものになってしまいます。 また、そのつらい過去がどうしても忘れることができないために、日常にふと頭にそのときの記憶と思いがよみがえり、心はそのたびに押しつぶれそうになってしまうのです。 そして、楽しそうに生きている人を見るたび、どうして自分だけがこんなつらい思いをしなくてはいけないのかと、悔しい気持ちにさえなってしまいます。 そもそも、自分をこんな気持ちにさせてしまった奴が、今でも平気でのうのうと生きていると思うと、はらわたが煮えるくらい悔しくなり、到底許すことなどできません。 また、そんな気持ちを「どうにかしたい」という思いから、いろんな本を読んではみたものの、恨んではダメだ、過去は忘れようなど書いてあるばかりで、頭ではわかっているけどできません。 なのに、どんなに復讐したくても、そんなことをすれば自分が犯罪者となってしまうため、それこそ自分の人生終わってしまいます。 このように、心に傷を負った側は苦しい日々を送っており、どんなに自分を変えたいと思っていても、周囲が思うほどそんな簡単なことではないのです。 そして、傷を負わせた相手は、そんなことすらわからないまま生きています。 また、傷を負わされた側の人間は、そんな恨んでばかりの自分を責めてしまい、毎日苦しんでいるのです。 けれど、そんなあなたを傷つけた奴なんて、恨んでも許せなくてもいいんです。 なので、その嫌な奴が脳裏に浮かび上がったら、その度に頭の中でそいつを ボッコボコに蹴り上げて殴り倒してください。 それが親であろうと誰であろうとかまいません。 あなたの大切な心に 傷をつけたのですから、恨まれて当然です。 そのかわり、ひとつ約束してほしいことがあります。 それは、自分の心や身体を、その苦しいストレスによって 病気にさせないことです。 なぜなら、自分が病気になってしまっては、その間自分の心を 守ってあげることができなくなってしまうからです。 もし、自分がこんな思いを抱えたまま病気になってしまうと、体も心も気力を奪われて、 生きようという気持ちを遠ざけてしまいます。 また、もうすでに病気を抱えているのなら、これ以上「悪化させない」という 強い気持ちをもつことが大切です。 なのでそのためには、今自分がしている心の傷に対する 扱い方を見直しながら、変えていくことが必要です。 では今回は一緒に、過去のつらい出来事で負ってしまった「心の傷」と向き合っていきましょう。 心の傷の扱い方 今、自分を守っているのは、他の誰でもなく自分自身でしかありません。 そんな自分が病気になってしまう一番の原因は、やはりつらい思いから感じてしまうストレスが原因です。 さらには、過去のつらい出来事のせいで、そんな自分を「生きる価値がない」などと間違った考えをしてしまう人もいます。 ただ、ここでどうしてもお伝えしたいのは、あなたを傷つけた奴なら、どんなに恨んでもかまいません。 けれど、自分で自らを「価値がない」など思うことは、それはいくら私でも絶対に許しません。 なぜなら、価値がないなどとは真逆で、そんな人ほど価値は 大ありだからです。 たとえば、ダイヤモンドの原石などは、最初はただ暗い土の中に埋まっていただけの石ころですが、そこに無数の傷をつけることで、信じられないくらい美しい輝きを生みだします。 そして、土の中から掘り起こされた時なんかより、あり得ないくらいの価値になり「宝石」となって世にでていくのです。 しかし、人の心もそれと同じです。 最初はみんなと同じように生まれてきたけれど、何かによって心が傷つき、そしてその傷をたくさん重ねた人ほど、その人の価値は高く、そんじょそこらの人間とは全く違って 大きな差ができるのです。 過去に受けたつらい経験は、心に傷を負わせるくらい本当にひどい事実であったことは確かですし、無理に忘れることはできません。 しかし、その傷を心にもったことで、その人には大きな価値がうまれたのです。 世の中には、似たようなつらい経験をしているのに、明るく前向きに生きている人がいます。 そんな人は、そのつらい経験や心の傷が、自分にとって どんなに 価値があるかわかっているのです。 そして、自分の人生を生きる中で、そのつらい経験をおおいに利用しているのです。 また、ここが人の 運命を変えていく、大事なポイントです。 何度もいうように、起こった過去は変えられません。 なので、ただ自分の人生を嘆いて落ち込んでしまうなら、あなたはそんな「嘆き悲しむ」人生しか歩めないというのが運命であり現実です。 また誰かを恨み続ければ、その人の生き方は単純に「恨む人生」となります。 確かに、そうなる原因をつくった憎い人物が存在することは間違いないのですが、その憎い相手を「恨む」という生き方を選んでいるのは まぎれもなく自分自身です。 しかし、もしそれが本当に嫌なら、その傷を逆に利用して、自分の 運命を変えていくのです。 経験は、良いも悪いも自分の人生にとって宝のようなものです。 いけないのは、良い経験ばかりを受け入れようとし、自分にとってのつらい経験を、心や人生の中で自ら 否定して 排除しようとすることです。 そんなことをすれば、心の奥にいる真実の自分が 絶対に許さないはずです。 なぜなら、それが自分を輝かせ、その人の価値をうーーーんと高くするため、何より人生ではどうしても必要なことだとわかっているからです。 自分という人間は、その見えない心の奥(潜在部分)に、運命を変えたいと本気で思い、またそうなった後の人生の真実を知っているもう一人の自分が必ずいます。 その真実の自分が、そこに近づけるよう味方となっていつも守っています。 なのでこれを信じることができれば、いつかそのつらい経験の意味がわかる日がくるまで、決して見放さず守り続けます。 またこれをわかりやすく言うと、自殺を考えたりなど、自分で自分を見放すようなことさえしなければ必ず大丈夫なのです。 時間はかかったとしても、その気持ちさえあればいつか必ずこれまでとは違う自分に出会うことができ、本当に生きてて良かったと思う日がきます。 そうなれば自分の心の傷を、今までとは逆に 大切に扱おうとさえ思えます。 また、自分が病に侵されてしまうと、その心の奥の自分の声が、どうしても届きにくくなってしまいます。 なので、今はまだ傷ついた心が嘆いてしまう日々を送っていても、どうにか自分を守ることを考えていきましょう。 そのためには、ダイヤモンドと同じように、自分には 素晴らしい 価値があると信じていきましょう。 まとめ 自分の心の傷を、ただ否定したりほったらかしにするのではなく、とにかく大事に大切に思いながら扱えば、自分は価値ある人間だといつか必ずわかってきます。 それは普通の人が経験しないようなことを、あなただから選ばれたということです。 言い換えると、神さまからその辺の人よりも「うんと強い」と信じてもらっているということでもあり、そのため人生の中にその経験がきたのです。 この強いというのは、その人の「心」ではなく、 魂が強いということです。 なので、心にわざわざ 繊細さを付け加えられたのです。 しかし、せっかく原石に強さをもっていても、心についてしまった傷に怯えたままでいると、そこから自分が磨こうとしないため、輝かせることができないのです。 なので過去のつらい経験をただ嘆いて悲観するのではなく、 逆に世の中のためになるように 利用する。 自分の大切な人生のために、いつかその時が来たら、自分のつらい気持ちも過去も最大限にいかしながらフルに活用していきましょう。 これは、自分があきらめさえしなければ、必ずできます。 なので今はつらくても、とにかくそれを信じること。 この心の傷は、自分の人生で真実を見抜くための重要なことだと、これまでの嘆いて怯える人生をぶち壊していく気持ちで、今はそれだけをとことん信じ貫いていくことが最も大切なことといえるでしょう。 お読みくださりありがとうございました以上marupoでした.

次の

「抱えきれないほどの愛」をありがとう。

抱えきれないほどの思いを

どうにかして断る力を強化したい。 仕事も抱えきれないほどの責任と質、量になり、抱えきれずパンクし身体を壊しました。 ストーカーの被害にも複数回遭い、警察にお世話になりました。 家族の愛情や気遣 いが過剰に感じ、本当は断りたいが、愛情だとわかるだけに断り辛い。 これらの問題の原因のひとつは、私がちゃんと断るということができていないからなのではないかと考えました。 断る力を身につけたい。 物、人間、感情に関して絶つ方法がわかりません。 どんな考え方、訓練をしたら断る力を身につけられますか? 教えてください。 補足小、中、大、院、社会人、どのライフステージでもイジメられていました。 イジメにあってたまるかと踏ん張っていた高校時代以外は、ずっとイジメにあっています。 そういうのも関連してるんでしょうか。 とても大切なことに気づかれたこと、祝福します。 NOをいうことは、自分自身を尊重することです。 自己尊重をちゃんとできた自分自身は、自分をよりよい状態にしていくことができます。 「さんきゅー・ばっと・のーさんきゅー」 他者からの過剰な好意に対してはこれでOK。 あなたをコントロールしようとして「好意」のフリしていたものたちは 少しキレるかもしれませんが、 キニシナイで流してしまいましょう。 仕事については、内容がわからないのでなんともいえませんが、 本来は、すべてにとって最適な量と質をひきうけることが、あなたにも相手にも利益になるはず。 お互いのためにこそ・断るべきときがある、ということをわかっていたら、それでいいのかもしれません。 (これもまた・あなたを都合よく使ってきた人たちははじめはキレるかもですが、 それはそれで、最適な状態をつくるための大掃除、ということで) NOをいうことは、いろいろあっても、結局安全なのだ、という経験を、量稽古をつむことで落とし込めると思います。 それとは別に、今までためこんできた「NOをいえないことに関連したストレス」はたっぷたまっていると思います。 これはこれで浄化していくと、ラクにNOをいいやすい自分になれると思います。 断らないというのは相手の反応を気にかけるという点では美徳とされやすいですが、相手の機嫌を損ねないか、自分の価値が下がらないかを恐れているとも捉えられるものです。 八方美人というやつです。 自分にできない(全力振り絞ればできることでも継続する生活を考慮したら無理ということもある)ことがあることを自分で認めていないから断らないという側面も持ちます。 他人の都合にとって「いい人」でいるのではなく、自分の都合と他人の都合のすり合わせをして決断すること、「自分は何でもできる」という幻想を捨てること。 それをするには試行錯誤していくしかありません。 すり合わせの度合いはやっていきながら自分で決めるしかありませんから。 その気質は親から受け継いでいると 考えることです。 親も幼少期かまってもらえないぐらい 生活にゆとりがなかったから子供に 関心を向けたくてもできなければ、 子供なりに親に気を遣い、おりこうさん を演じる癖が頑張るエネルギーに変えて 生きてこられた親御さんだったのかもしれません。 なので甘えの欲求不満を抱えたまま 子育てをしてあなたが存在していると したならば、あなたの今の性格が形成されるのは 納得できます。 想像力でこのことが理解できたならば、 後は簡単で、あなたが自分の意志を捻じ曲げて でも、親に関心を惹かせるテクニックとして 嫌われないことだけに全身全霊を向けて来てしまって いたとすれば自分のためになることに頑張れていないことにも 気づけ、相手にあなたが嫌われることが、 相手も甘やかされることなく精神が鍛えられる という愛のムチを相手にふるってあげられる ことになって、あなたは初めて人に関心を 向けられて人のために初めて行動が できた瞬間なのかもしれません。 自分が無理な時に人にお願いをすることが 相手に関心を持つことになるということが 初めてアハ体験できる瞬間なのかもしれません。 追記 イジメにあっても威嚇という自己防衛できないのは 潜在意識に不満から憎しみや敵意に変化したことを 自分でも気づけていない人がイジメられる側になり、 同じ甘えの欲求不満であっても魂が未熟な人はいじめる 側になって自己防衛をしようとしてしまうので、よくいじめられている 側がいじめる側にひるがえったりするのは、悪魔に魂を売ってしまう 弱い魂と強い魂の境目をうろうろしている人ということになると思います。 なのでイジメられ続けているということは一番魂は強いことになります。 だからこそ断ったって誰にも負けるわけがないのだと自信を持って 自分は魂に褒めてもらうことを最優先に生きるんだと決意と覚悟をすることで 生きるのが楽になれて生きることが楽しく一番先に出来る可能性は 持っていらっしゃると確信できます。 捕捉 自分の感情を出すことを怖れているのでしょう。 特に怒りの感情を。 感情を出さないから、相手は 「ああ なんにも感じていないんだな」と判断するわけです。 だからいじめられてしまうのです。 嫌がっていないから 別にいいだろう、という判断をされてしまうのです。 自己主張、アピールする自分が許せないんだと思います。 感情を抑圧するクセがついているのでしょう。 ・・・・・・・・・・・・・ 「嫌われることへの怖れ」を強く感じているのだと思います。 「断って嫌われるくらいなら、嫌でも引き受けよう…」と、 断れずに引き受けてしまうようです。 例えば、小さな子供の頃に、お父さんに「今度のお休みに遊園地 に連れて行ってよ!」とおねだりしたけれど、お父さんはどうしても 休めない大事な仕事が入っていて、その日に子供を遊園地に連れ て行ってあげることができなくて、子供に「今度の休みは忙しいから ダメだよ」と言ったという出来事があったとします。 この時、自分の望みを叶えてもらえなかった子供はがっかりして傷 つき連れて行ってくれないお父さんのことが大嫌いになったりします。 そして、自分がお父さんのことを嫌った分だけ、「お父さんが私を 遊園地に連れて行ってくれないのは、私のことが嫌いだからなんだ」 という誤解をしたりもします。 このような誤解から、嫌われる怖れが作り出され、嫌われないために 自分を後回しにして相手を優先させる犠牲のパターンが作り出されて いくのです。 こういった出来事がルーツとなっていた場合、この時の 心の痛みや、相手を嫌ったという経験が現在に影響を及ぼします。 「自分が断られた時にこんなに傷ついて相手のことを嫌ったのだから、 私が断った時には、相手は、自分が傷ついたのと同じように傷つき、 自分が嫌ったのと同じように私のことを嫌うだろう」と、過去の自分の 経験や感情を現在の相手に映すのです。 これを心理学では「投影」と呼びます。 大人になって成熟した自分の目でもう一度その出来事を見ると 「お父さんは自分のことが嫌いだから遊園地に連れて行ってくれな かったのではない、いろんな事情があったんだ」と理解できますね。

次の

FINAL FANTASY XIV, The Lodestone

抱えきれないほどの思いを

「いちばんじゃなきゃ、ダメですか?」 というさんのがありましたが、 生活費を見直して感じたのは、 やっぱり、いちばんじゃなきゃ!ということでした。 朝起きて、ごはんを食べて、遊んで、笑って、まったりして。 苦手だと思っていた雑事も、 毎日の掃除のように溜め込まずちょこちょこ済ませられれば、気持ちも軽い。 普通の日々の営みを大事にすることは、 そのまま自分を大事にすることだなぁと、日々感じます。 繰り返される普通の日々に、特別なものは必要なく、 ごはんとお味噌汁と、 シャツとジーンズとスニーカーと、 近所の公園と川沿いの散歩道と、 友だちとのおしゃべりと 離れた家族とのなんでもない会話と、 道ばたの小さな花や玄関先に活けられた花、 小鳥の鳴く声や子どもたちの笑い声、 生まれたての赤ちゃん、 近所の人たちとの挨拶やおすそ分け、 青く澄んだ空、木の葉が揺れる音。。 何もかもが自分にいちばんで、 なんでもない一日の中に もう十分すぎるほどあふれていて、 なんと満たされていることか、とじんわり感動します。 こんなに感動屋だったっけ、というくらいに。 必要なものを買うお金は十分にあって、 お金で買えないものは、もうしっかり与えられている。 そんなことを今朝ひとり、思いました。 お日さまは、うっすら。。 こんな空も、いとおしい。 yonhonda.

次の