あいりん 地区。 【日本のスラム街】あいりん地区ってホントにヤバいの?大阪・釜ヶ崎を歩いて撮影して感じたこと

【日本のスラム街】あいりん地区ってホントにヤバいの?大阪・釜ヶ崎を歩いて撮影して感じたこと

あいりん 地区

あいりん地区とは、萩ノ屋および太子周辺にあるドヤの通称である。 概要 最大のドヤ・寄り場。 ドヤとは安宿のこと。 寄り場もしくは寄せ場とは、日雇い労働者の集まるところのこと。 一般的に、内でも屈のの悪さで有名。 ので一の起こる場所でもあった。 (直近ではに16年ぶりに勃発した。 ) 住民の患率が高い、のやが点在し、ぞっとしないには事欠かず、・客に関わらず、一般的に立ち寄ることは避けられるだった。 ちなみに、際的に「が悪い」と認められるのスが、内で確認されたのは、直後の周辺数カ所以来である。 しかし、に、が「構想」を推し進めた結果、全体の認知件数が3割減少し、拠点として発展。 路上密売拠点がほとんど壊滅し、の不法投棄が減少した。 「密売人がはびこっていた以前」とべると「時代が変わった」と感じさせるほどの変化が起きている。 km 2の範囲をす。 これは区ののうち約8. 3である。 、から近く、徒歩で行ける圏内にある。 しばしば、時にはまとめ系のなどで面半分に、あいりん地区をし「」と称するなどされるが、実際は萩之屋周辺、住所では萩之屋一丁、二丁、太子一丁、二丁だけである。 が示す通り、 「 区 」「あいりん地区 ドヤ 」ではないので、「」で括らないよう注意。 ドヤはあくまで区の一部分にすぎず、区内はこれとは関係な下町やがもっとも多くを占めている。 民をもっとも悩ませているのは、あいりん地区の存在よりも、上記誤解によるかもしれない。 名称 とは『隣』であり、やが年代に決めた共称。 本来の名称はであり、地元民、あるいは日雇い労働者達は今でもこちらの呼び方を使う。 安宿 ドヤとは、宿=ヤドをひっくり返して、その質の悪さをにした言い方。 本来は、工場などで働く日雇い労働者のためのものという性格が強く、館・のような業からはかけ離れたもの。 日で入れると言ったほいだろう。 具体的には、なしの3~4畳一間付に、素泊まり1泊数といった価格帯である。 食事を出すところもあるにはあるが、基本的にはそのようなは一切いと思ってよい。 内の重工業が活性化した高度成長期に形成され、から出稼ぎに来た就業者などの宿として活躍した。 が、工場の・移転や、の導入による効率化などによる、日雇い労働そのものの減少に伴い、いずれも消滅、あるいは規模を縮小した。 今や、内には3ヶ所程度しか残っていない。 あいりん地区はその中の1つであり、でも最大のドヤではあるが、本来はもっと多くの人々が行き交っていた。 、ひいては工業地帯の発展を、この地区が支えたといっても過言ではないだろう。 もっとも、内の工業の現状や、地区内に居住する日雇い労働者のを鑑みるに、今後も縮小を続けて行くことが予想される。 にされてからにされるまで逃走を続けた犯「」も、一時期はここに滞在していた。 また、安宿の一部は、のような綺麗で整った設備を備えたものに変貌している。 これらは、客室が狭くは共同であるものの、極倹約したい者や、からのパッなどにとって、に代わる手頃な宿として活躍している。 これらは大手からも簡単に予約もできる。 沿線にあり、からもが楽なことや、再開発が進んでいる、急速に地化されが高まっているが徒歩圏内であることから、最近注されている。 とはいえ、これはにあいりん地区の中心からを置いた、もしくは地区外のものであり、地区内には、的も設備も変わらず、とても客が利用するものではない安宿は多く残されている。 住民 ここでは、 日雇い労働者・などについて扱う。 ただし、あいりん地区とされる部分にも一般住民はいるし、ましてや民 11万人強 のうちの大半は関係がなく、これに全く該当しないため注意。 あいりん地区を形成するのは、ドヤに集まる日雇い労働者である。 また、あいりん地区に住む日雇い労働者がみな安宿に泊まっているわけではなく、路上生活を余儀なくされているものも多い。 あいりん地区にはおよそ3万人が住んでおり、うち日雇い労働者は約2万人と推定されている。 さらにそのうち8割は、外から労働をめやってきた者とされている。 生活に困窮している者が多いことが、この地区のが悪い要因とされていた。 ある程度の年齢のには、暴動(暴動)も記憶に残っているだろう。 今ではのでしか見られないような暴動が、内でも確かに起こっていた。 また、には医療をに受けられない者が多い、路上生活がの低下を招いているなどから、患率は全均の約14倍という。 日雇い労働は減しており、あいりん地区の住民が手に入れられるも減り続けている。 これにより、困窮する住民が増していた。 露店 怪しいものを売る露店が多かった。 売りなどはもはや内ではここでしかおにかかれないだろう。 露店が多くかった。 その中には売る気があるのかすら怪しい代物を扱っているものから、 を売っているものまで様々。 しかし、に、が向上を課題として提起して以降、は密売人の取り締強化。 浄化への本を入れた。 密売人が場所を移しても、摘発を続け、にはの路上密売が止んだ。 ただ、区の統計における件数(ひったくりなど含む)は、やたら先行する先入観的なとは異なり、全体の数字を大きく押し上げるには至らない。 近年でも暴動が起きたとは言え、直近は16~年間隔の頻度であるうえ、仮に起きたとしても、何も知らずに偶然巻き込まれるようなことはないだろう。 なので、一般住民やを利用する近隣のなども通るし、さすがにがただ通りがかるだけで沙汰のようなに遭うこともはない。 とはいえ、ごく小さなも避けたいなら、中にが一人で歩いたり、本位であちこち・撮影したりはやめておいた方が良いだろう。 頻繁にされるがある、のが多い、生活系のの建物が点在していた。 、常時に酔っている人がいる、近隣の商店が日雇い労働者が集まるだらけなど、地区内の自体全然良くないので、間接的に気が滅入ってしまうこともあった。 近隣にあるも、あいりん地区からの日雇い労働者が多く流れ込んで一時(代~前半頃)は「労働者の盛り場」となってしまい、敬遠され衰退しれてしまうほどの影があった。 ちなみにこちらは停滞していた町並みがの面影を感じさせると近年急に再評価され、今は名物のとともに息を吹き返し、は内外からの客でごった返している。 一方で、地区中心部に位置する署は、格子と柵で周囲を防護しているばかりか、は強化・正面は製で、2間体制で周囲を警官がパしている、といういわば要塞である。 この全防護は、もちろん官を守るための武装である。 また、地区内のあるのに、『器を流さないでください』という注意書きがあるばかりか、内であるにも関わらず監視が設置されていることが徴づけられることもある。 ただし器については、ないではなく、「患者の用」の器がに捨てられ、同様の注意書きが貼られていたが他の地域でしている。 前述についても同様である可性が高い 関連動画 関連項目• 内のな地名 |中之||||| ||| あいりん地区|.

次の

【恐怖】間違って大阪西成のドヤ街「あいりん地区」の格安ホテルに泊まってしまった話。

あいりん 地区

秋山謙一郎 [フリージャーナリスト] あきやま・けんいちろう/1971年兵庫県生まれ。 『弁護士の格差』『友達以上、不倫未満』(以上、朝日新書)、『ブラック企業経営者の本音』(扶桑社新書)、『最新証券業界の動向とカラクリがよーくわかる本』『いまこそ知っておきた い! 本当の中国経済とビジネス』(以上、秀和システム)など著書多数。 共著に『知られざる自衛隊と軍事ビジネス』『自衛隊の真実』 別冊宝島)などがある。 週刊ダイヤモンドでの主な参加特集は、『自衛隊 防衛ビジネス 本当の実力』『創価学会と共産党』がある。 JAPAN Another Face 白昼の世界からは窺い知ることのできない、闇の世界や夜の世界。 日本社会の「もうひとつの貌」に迫る。 西成ならではの秩序があるのだ (写真:秋山謙一郎、以下同) 人が寝ている路上には、乾いた吐瀉物、未だ乾いていない立小便の跡、そして明らかに人のものと思われる糞便があちこちにある。 辺りには、これらにアルコールとタバコが入り混じった、むせぶような匂いが立ち込めている。 数年前に比べると随分と薄くなったといわれるその匂いは、鼻腔と喉の奥からしばらくの間、取れることはない。 何度すすいでも丸一日残っていた。 もちろん服にもこびりつく。 記者の場合は2度洗濯してやっと取れたくらいである。 だが今、その時着ていた服を見る度に、あの「西成の匂い」が鼻腔の奥から蘇ってくるのが不思議だ。 日雇い労働者や路上生活者の求職の場である「あいりん労働福祉センター」や簡易宿泊所がある。 今では随分と整備され、その街並みはかつてとは比べ物にならないほど綺麗になったという。 それでも、一歩足を踏み入れると、まるで中学校の歴史の教科書に出てくる「戦後すぐの日本」のような光景が目に飛び込んでくる。

次の

あいりん地区

あいりん 地区

あいりん地区はかつて、覚せい剤を打ったとみられる空の注射器などが道路に散乱していたが、ごみの不法投棄が一掃され、随分きれいになった。 しかし、貧困地域特有のすえたような臭いが漂い、どこか近寄りがたい雰囲気も残る。 通りを歩いていて出会うのは大半が労働者の男性だ。 タバコをせびってきた1人に話を聞いた。 年齢は60代後半だろうか。 靴はすり減り、作業着も薄汚れていた。 白髪頭でうっすらと無精ひげをたくわえている。 九州出身というが、「本名も年齢も忘れた」と笑う。 地区へ来たのは高度経済成長期が終わってから。 地区内にあるあいりん総合センターで紹介される日雇い仕事は1995年度に1日平均3,700人分あったが、今は1,000人分を切った。 なかなか仕事にありつけないそうだ。 それでも生活保護は受けていない。 体が動くうちは働きたいと考えている。 「昔は警官や役人相手に大声を出したこともあった。 そんな元気はなくなったけど、奴らの世話にはなりたくない」という。 地区は西成区の北東部、山王、太子、萩之茶屋を中心とする一角にあり、別名釜ヶ崎。 大正時代から失業者のたまり場となり、ドヤと呼ばれる簡易宿泊所が並んでいる。 暮らしている労働者は1万5,000人ともいわれ、南部の三角公園周辺では路上生活者も多い。 (写真:筆者撮影) 3分の1以上が生活保護を受け、結核罹患率が全国平均の28倍。 まるで世界最貧国のスラム街並みの状況が続く。 労働者の多くが高度成長期に住みついたことから、高齢化も深刻だ。 大阪市立大の推計では2020年に65歳以上の高齢者が占める割合が50%を超すという。 単身者が多く、孤独死や路上死も珍しくない。 労働者の数は急減している。 1960年代に3万人を数えたが、2035年に8,000人以下になるという推計もある。 労働者の支援活動をするNPO法人釜ヶ崎支援機構の松本裕文事務局長は「地区自体が急激に縮小している」と指摘する。 南海電鉄、星野リゾートが大型再開発を計画 そんなあいりん地区に最近、大きな変化が見え始めた。 簡易宿泊所が労働者の減少から外国人バックパッカー向けに改装を始めたことだ。 缶コーヒー1本50円、簡易宿泊所1泊1,500~2,500円。 圧倒的な価格破壊が好評を呼び、リュックサックを背負う外国人の姿が年ごとに目立ってきた。 簡易宿泊所前で会ったオーストリア出身の男性(30)は初めての来日。 「治安が悪いと聞いていたが、地域の人は親切で優しい。 料金が安いのに、食べ物がおいしいのが何より良かった」と笑顔を見せた。 複数のホテルや簡易宿泊所を経営して海外サイトに広告を掲載、大勢の外国人を集める業者があるほか、ここ1、2年はより広い客室を備えた格安ホテルの開業も相次いでいる。 その傾向をさらに助長させそうなのが南海電鉄と星野リゾートの計画だ。 ともに計画場所は西成区のあいりん地区から新今宮駅をはさんで北側の浪速区。 大阪下町のシンボル「通天閣」の近くにある。 南海電鉄が計画するのは外国人向けの交流施設。 建設地は1962年から生活困窮者を受け入れ、自立支援してきた旧馬淵生活館跡で、市から約4,800平方メートルの土地を購入、日本で働きたい外国人と日本企業のマッチング拠点やゲストハウス、飲食店、バス駐車場などを整備する。

次の