頭文字d で770 exp。 【ツムツム】イニシャルDのツム一覧

【ツムツム】イニシャルDのツム一覧【ミッション用】|ゲームエイト

頭文字d で770 exp

歴史 [ ] 近畿日本鉄道の母体ともいえる (大軌)は、1910年(明治43年)9月16日にとを結ぶ路線を敷設すべく 奈良軌道として設立され、同年10月に大阪電気軌道へ改称した。 そしてを難工事の末に完成させ、1914年(大正3年)に最初の路線である上本町 - 奈良間を開業させた(現在の)。 その後、1927年(昭和2年)には・方面への路線網を確立した。 同年にを目指すため (参急)を設立し、1931年(昭和6年)にまで開通、大阪からへの日帰り参拝を可能とした(現在の・)。 さらに、(伊勢電)の合併、(関急電)の設立により、1938年(昭和13年)にはへのルートを確立した(現在の)。 戦時中のにより周辺の鉄道会社と次々に合併し、さらに、大阪電気軌道は参宮急行電鉄や関西急行電鉄などと統合して、1940年(昭和15年)に 関西急行鉄道(関急)へ再編され、1府4県に総延長437kmの路線を有する一大私鉄となった。 1943年(昭和18年)には現在のなどを経営していて、既に関急の資本下に置かれていた(大鉄)を合併し、この時点で現在の近畿日本鉄道の原型となる路線網が確立された。 1944年(昭和19年)には国からの強い要請を受け、長い歴史を有する(南海)とする形で今に至る 近畿日本鉄道(近鉄)が発足、資本金2億3147万円、総延長約630kmの路線を有する日本最大の民営鉄道会社となった。 この時点では上本町・名古屋・天王寺・難波の4営業局体制であった。 だが、こうして国からの要請に応える形で発足した近畿日本鉄道であるが、その天王寺営業局は元大阪鉄道の社員、難波営業局は元南海鉄道の社員をそのまま引き継いだような形となった ため、いかにも無理矢理まとめたという印象が当初から強く、特に南海は関急との沿革上の接点がほとんどなかったのを、強引に戦時体制の名でつないだようなものであり、戦後の労働運動の高まりとともに、難波営業局では分離運動が盛り上がった。 なお大鉄は、初期には既に大軌の傘下となっていて、大軌の路線とのも行っていた。 そのため、会社発足4年目の1947年(昭和22年)に難波・天王寺営業局管轄の旧・南海鉄道の路線を、旧・南海の系列会社で現在の - 間と極楽橋 - 間を運営していたが改称したへ譲渡し、関西急行鉄道時代の路線網に復することになった。 その後、(奈良電)や、の鉄道線を承継した三重電気鉄道(三重電)などの合併により、1965年(昭和40年)には現在の路線網がほぼ完成した。 の終戦3年目に当たる1947年(昭和22年)10月には、早くも上本町 - 近鉄名古屋間に有料の運転を開始している。 これは日本における有料特急列車の戦後初の復活であり、現在のの元となった。 翌1948年(昭和23年)には特急の山田線直通運転を再開し、1958年(昭和33年)にはを連結した「」が登場した。 元伊勢電気鉄道・関西急行電鉄の路線により成立した名古屋線は1,067mmのであり、近畿日本鉄道の主流となる元大阪電気軌道・参宮急行電鉄によって建設された大阪線・山田線などといった路線群は軌間1,435mmのであって線路幅が異なっていたため、名阪間の直通客は途中ので乗り換えを強いられていた。 この問題については、第2次世界大戦後に名古屋線の改軌が計画され、橋梁架け替えに伴う線路移設などと併せて準備工事が徐々に進められていたが、1959年(昭和34年)9月のによる被災を機に、当時の社長であったの判断で工事が復旧工事と同時進行で当初の計画を前倒しして実施されることになった。 この復旧・改軌工事は、最も手間の掛かる枕木の交換作業などの準備が前もってかなりの規模で進められていて、かつ架け替え工事中であった・・の各新橋梁は当日落成した上、台風で致命的な被害を受けずに済んだ、という幸運も手伝って、被災からわずか2か月後の同年11月27日に名古屋線および神戸線(現在の)の工事が完了し、さらに同年12月には新造のによる名阪間直通特急の運転が開始された。 1970年(昭和45年)に大阪の千里丘陵で(大阪万博)が開催されることになり、万博来場者をやなど沿線観光地へ誘致する計画を立て、孤立路線だったの改良と建設による直通化に取り組み、同年3月に完成させた。 さらに同月には、も完成し、1947年(昭和22年)6月1日の南海分離以来となる悲願の乗り入れを自力で果たした。 特急列車網も整備され、1988年(昭和63年)には「」、1990年(平成2年)には「」、1994年(平成6年)「」、2013年(平成25年)「」などといった、特色・個性あふれる車両を登場させている(その他の車両の登場年は年表参照)。 2009年(平成21年)3月20日には大阪難波まで延伸開業したとの相互直通運転により、奈良方面から・方面への乗り入れを開始した(当該路線の記事および「」の節も参照)。 2010年(平成22年)9月16日に、創業100周年を迎えた。 また、2014年(平成26年)4月30日に最初の営業区間である上本町 - 奈良間の開業から100周年を迎えた。 2015年(平成27年)4月1日に、これまでの(旧)近畿日本鉄道を に社名変更した上で、により鉄軌道事業を近畿日本鉄道分割準備(2014年4月20日設立)に、不動産事業をに、ホテル・旅館事業を、流通事業をにそれぞれ継承させ、制に移行した。 鉄軌道事業を継承した近畿日本鉄道分割準備は(新) 近畿日本鉄道に社名変更し 、近鉄グループホールディングス傘下の事業会社となった。 年表 [ ] 本表では現在の近畿日本鉄道の母体会社である大阪電気軌道の創業より記述する。 ()・などの創業についてはそれぞれの記事を参照のこと。 また、特急列車の歴史は「」を、後のの変遷は「」を、各路線の歴史は各路線ごとの項目を参照のこと。 公式サイトの「」も参照のこと。 大阪電気軌道・関西急行鉄道 [ ]• (43年)• : 奈良軌道として設立。 : に社名変更。 (3年):生駒トンネルの開削により上本町駅 - 奈良駅間が開業。 (大正5年):大阪電気軌道が東大阪土地建物を設立し、不動産事業を開始。 (大正10年):を買収。 (大正11年):生駒鋼索鉄道を合併、生駒鋼索線となる。 (大正12年):畝傍線(現在の橿原線)が全通。 (大正15年)• :菖蒲池駅前にが開園。 9月16日:上本町ターミナルビル(初代)が開業。 (2年)• :八木線(現在の大阪線布施駅 - 大和八木駅間)が全通。 :参宮急行電鉄を設立。 (昭和3年)• :大阪電気軌道が長谷鉄道を合併。 となる。 :と半分ずつ出資の合弁会社であるにより、京都駅 - 西大寺駅間(現在の京都線京都駅 - 大和西大寺駅間)が全通。 (昭和4年)• :大阪電気軌道がを開園。 :大阪電気軌道が伊賀電気鉄道を合併、伊賀線となる。 :大阪電気軌道がバス営業開始(奈良春日奥山周遊線)。 :大阪電気軌道がを合併、吉野線となる。 (昭和5年)• :大阪電気軌道の信貴線が開業。 :参宮急行電鉄の桜井駅 - 山田駅(現在の伊勢市駅)間が全通し、上本町駅 - 山田駅間直通運転が開始。 (昭和6年):参宮急行電鉄の山田駅 - 宇治山田駅間が開業。 (昭和7年)1月1日:上本町駅 - 宇治山田駅間に特急が運転開始。 (昭和11年)• :関西急行電鉄を設立。 :参宮急行電鉄が伊勢電気鉄道を合併、桑名駅 - 大神宮前駅間を伊勢線とする。 (昭和13年)• :大阪電気軌道の長谷線が廃止。 :参宮急行電鉄が津線参急中川駅 - 江戸橋駅間を全通させ、伊勢線と接続。 :関西急行電鉄が桑名駅 - 関急名古屋駅(現在の近鉄名古屋)間を開業。 (昭和15年)• 1月1日:参宮急行電鉄が関西急行電鉄を合併。 8月1日:参宮急行電鉄が養老鉄道を合併、養老線となる。 (昭和16年):大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併し、 関西急行鉄道になる。 (昭和17年)• :電気供給事業を関西配電(現在の)に譲渡。 :元伊勢電気鉄道の路線の一部だった伊勢線の新松阪駅 - 大神宮前駅間がも含めた3路線競合区間ということもあり、として廃止。 (昭和18年)2月1日:大阪鉄道を合併。 現在の南大阪線などの前身。 この時、本社を上本町から旧大阪鉄道本社のあった阿部野橋に移転。 (昭和19年)• 4月1日:・を合併。 近畿日本鉄道 [ ] 1944年 - 2014年 [ ]• 1944年(昭和19年):関西急行鉄道と南海鉄道が合併、(旧) 近畿日本鉄道が設立。 この時、4営業局体制(難波・天王寺・上本町・名古屋の各営業局)になる。 難波営業局は旧南海鉄道本社に置かれる。 (昭和22年)• 6月1日:旧・南海鉄道の路線(南海線・高野線など難波営業局管内全路線と天王寺営業局管内のうち阪堺線・上町線・平野線)をから社名を改めたへ譲渡。 上本町・天王寺・名古屋の3営業局制になる。 :名阪特急が運転開始。 (昭和23年)• 3月31日:構内で追突事故()が発生。 7月1日:信貴線が東高安線に改称。 :特急で車内販売の営業開始。 (昭和24年):球団近鉄パールス(のちの、現在はオリックス球団と統合して)が発足。 (昭和25年):事業をとして分社化。 (昭和29年):を近畿日本航空観光(のちの初代・、現在の)に譲渡。 (昭和31年)• 9月28日:名古屋線川原町駅 - 諏訪駅 - - 海山道駅間が新線に切り換えられ、国鉄四日市駅を経由しなくなる。 同駅北に存在した半径100mの急曲線()も解消され、同線の速度向上と車両大型化に貢献した。 :大阪線上本町 - 布施間の複々線化が完成。 (昭和32年)• 3月21日:東高安線が信貴線に改称。 :日本初の高加減速車両「()」が登場。 (昭和33年)• :伊勢特急に2階建て車両付きの特急「()」が登場。 :名古屋線の軌間拡幅(標準軌化)計画を決定• (昭和34年)• :(現在の)で自社提供番組「」の放送開始(2004年3月27日、2,314回で終了)。 :により被災し、不通区間が多数発生する。 :名古屋線と神戸線(現在の鈴鹿線)の復旧および標準軌化工事開始。 :名古屋線全線と神戸線の復旧・標準軌化完了。 神戸線以外の名古屋線の支線は狭軌で復旧。 :伊勢中川駅構内に大阪線と名古屋線との交差渡り線を取り付け、同時に名古屋線と山田線との線路を接続し、3路線直通化工事完了。 :名阪特急の直通運転開始、伊勢中川駅での乗り換え解消。 「」が登場。 (昭和35年)• :による特急座席予約業務が開始。 9月15日:日本初の2階建てバス「ビスタコーチ」の営業を開始。 12月1日:が開館。 (昭和36年)• :伊勢線の残りの区間である江戸橋駅 - 新松阪駅間廃止。 :中川短絡線が開通。 同線経由で上本町駅 - 名古屋駅間にノンストップ特急(甲特急)運転開始(乙特急の短絡線使用開始は1963年3月1日より)。 (昭和37年):2階建て団体列車用車両「」が登場。 (昭和38年)• 4月8日:神戸線が平田町駅まで延長され鈴鹿線に改称。 10月1日:奈良電気鉄道を合併。 京都線となる。 (昭和39年)• :が全通。 :が開通。 10月1日:信貴生駒電鉄を合併、生駒線・東信貴鋼索線・田原本線となる。 伊賀線伊賀神戸駅 - 西名張駅間が廃止。 (昭和40年)• 4月1日:三重電気鉄道を合併、志摩線・北勢線・湯の山線・内部線・八王子線となる。 現在の路線網がほぼ完成する。 7月1日:の事業を譲り受ける。 (昭和42年)• 3月26日:葛城索道線(葛城山ロープウェイ)が営業開始。 :奈良線で近鉄初のが使用開始。 (昭和43年)• 4月1日:不動産事業をに分社化。 12月20日:丹波橋駅での京阪電気鉄道との相互直通運転が廃止。 これに伴い近畿日本丹波橋駅を同駅から分離の上で本格開業。 (昭和44年)• 9月21日:京都線・奈良線・橿原線・天理線・生駒線・田原本線の架線電圧が600Vから1,500Vに昇圧。 :上本町ターミナルビル新館第一期が完成(現在のビルの南半分。 北半分は1973年6月15日に完成)。 :上本町付近の石ヶ辻町に地上8階建ての現本社ビルが完成(設計)。 これにより本社が阿部野橋から再度上本町に戻る。 :奈良線近畿日本奈良駅が地下化され、同駅付近のが解消。 (昭和45年)• :鳥羽線が全通。 志摩線の改軌が完成。 上本町駅地下ホームの使用開始。 また「近畿日本」を冠していた駅名を「近鉄」に改める(近畿日本名古屋駅から近鉄名古屋駅へなど)。 :特急座席予約システムが更新され、即時発券開始。 世界初の(指定券)特急券自動発売機が実用化。 :旧奈良駅跡地に奈良近鉄ビルが完成。 3月15日:難波線が開業し、奈良線列車が直通運転開始。 3月21日:近鉄難波駅(現在の大阪難波駅) - 賢島駅間直通の特急の運転が開始。 (昭和46年):大阪線榊原温泉口駅 - 東青山駅間で列車衝突事故()が発生。 (昭和47年)6月1日:百貨店事業をに分社化。 (昭和50年):が開通し、大阪線の全線複線化が完成。 (昭和53年):「ビスタカー3世」(現在のビスタEX)が営業運転開始。 (昭和58年):東信貴鋼索線が廃止。 (昭和59年):制御車の1250系(現在の)が落成。 (昭和60年):上本町ターミナル整備が完成、と都ホテル大阪が開業。 の運用が開始。 (昭和61年)• 3月1日:VVVFインバータ搭載量産車のが営業運転開始。 10月1日:東大阪線(現在のけいはんな線長田駅 - 生駒駅間)が開業。 「」「」発売開始。 (昭和62年)• 2月1日:特急座席予約システムを新システム「ASKAシステム」に更新。 特急券の前売発売を最大3週間前から最大1か月前に変更。 (昭和63年)• :と相互直通運転開始。 :の増築が完成、発着場(あべの橋バスステーション)も開設。 (元年)• 10月3日:団体列車用車両「旧あおぞらII」が登場。 :名古屋営業局を名古屋市(名古屋近鉄ビル)から四日市市(近鉄四日市駅近接地)に移転。 (平成2年)• 3月15日:吉野特急に「さくらライナー」が登場。 前後して駅係員・乗務員の制服を灰色地のものに変更。 11月23日:団体列車用車両「楽」が登場。 (平成4年)• :特急用電車「ACE」が登場。 12月1日:全駅の構内で朝夕の禁煙タイムを実施。 (平成6年)• 3月22日:奈良市に開館。 :が開業。 (平成8年)• :公式「K's PLAZA」開設。 :改造車にてデュアルシート車()の試験を開始。 (平成11年)10月1日:自動車局(バス部門)をに分社化(2006年9月1日に近鉄観光バスは近鉄バスに統合)。 (平成12年)3月15日:京都線・橿原線・天理線・奈良線で新型通勤車両「」が営業運転開始。 以後大阪線・南大阪線にも登場。 (平成13年)• 2月1日:関西共通乗車カードシステム「」に参加、青山町駅以西で開始。 :青山町駅以西で「」が利用可能になる。 (平成14年)• :特急でのが休止される。 4月1日:近鉄不動産を合併、宅地開発を直営化。 建設販売は近鉄不動産販売に承継、同日付けで同社は近鉄不動産に社名変更。 (平成15年)• 3月6日:名阪特急に「アーバンライナーnext」登場(ただし2002年よりで暫定営業)。 4月1日:北勢線をへ譲渡。 :上本町・天王寺の両営業局を統合して大阪輸送統括部に、名古屋営業局は名古屋輸送統括部に名称変更し、旧南海鉄道の路線の分離以来56年間続いた3営業局体制から2輸送統括部体制に変更。 また、駅業務・営業部門をに分社(同日に近鉄サービスネットより社名変更。 また駅係員のみ制服も一新した)。 同時に英文社名を「Kinki Nippon Railway Co. , Ltd. 」から「Kintetsu Corporation」に変更。 (平成16年)• 6月6日:が閉園。 :大阪近鉄バファローズの経営権をオリックス野球クラブ株式会社に売却。 球団合併によりオリックス・バファローズとなる。 (平成17年)12月1日:団体列車用車両「」が運転開始。 公式サイトを鉄道情報と企業情報に分離(2012年3月、両者を再度統合し「近畿日本鉄道ホームページ」としてリニューアルするが、企業情報ドメインは継続して一部コンテンツで使用)。 (平成18年)• 3月1日:近鉄ステーションサービスを合併し、駅業務を再び直営化。 3月27日:けいはんな線生駒駅 - 学研奈良登美ヶ丘駅間が開業。 東大阪線がけいはんな線に改称(既存路線名の改称は1963年の神戸線の鈴鹿線への改称以来43年ぶり)。 同時にけいはんな線に駅番号導入(番号はと通しで付与)。 :伊勢志摩方面への土曜・休日の伊勢志摩ライナーに限り、車内販売の営業が再開。 (平成19年)• 4月1日:ICカード「」サービス開始。 同時に近鉄線で「」も利用可能になる。 乗務員用の制服を変更。 10月1日:伊賀線および養老線をそれぞれ、(いずれも近鉄〈当時〉の子会社で、)に運営を移管。 線路や車両などは近鉄がとして保有。 (平成20年)• 3月17日:を用いた日本国内2例目となる「」をワンマン列車など一部の列車を除く全列車に導入。 搭載されているパナソニック製タブレット(運転支援システム)• :車上速度パターン照査式ATS ATS-SP を難波線全線と大阪線・京都線・南大阪線・名古屋線の一部区間で使用開始。 9月15日:Jスルーカード・パールカードの発売が終了。 (平成21年)• 3月1日:Jスルーカード・パールカードの自動改札機・自動精算機での利用が終了(自動券売機での切符への引き換えは、当面の間継続)。 3月20日:と相互直通運転開始。 近鉄難波駅が大阪難波駅、上本町駅が大阪上本町駅、富洲原駅が川越富洲原駅に改称。 (平成22年)• 2月12日:当時の近鉄2社(・)の問題の影響で、2009年10-12月期の決算報告書のまでの提出が不可能となり、近鉄のがに (決算報告書の再提出により、同年3月13日付で解除)。 8月26日:大阪上本町駅南側(近鉄劇場跡地)に、再開発ビル「」が開業。 9月1日:が運営していた高速道路サービスエリアと旅館事業を同社の会社分割により継承(旅館については子会社の近鉄旅館システムズに運営委託)。 (平成24年)• 3月20日:ダイヤ変更で名阪甲特急の全列車が津駅に停車するようになり、ノンストップ運行ではなくなる(これにともない中川短絡線の走行中の乗務員交代が廃止)。 12月1日:自社でのICOCA・ICOCA定期券(JR西日本・京阪・阪神各社との連絡定期券も)および「KIPS ICOCAカード」(近鉄グループの「KIPSポイントカード」(現金払い専用)との一体型)の発売を開始。 (平成25年)• 3月21日:伊勢志摩方面の観光特急用電車「しまかぜ」が登場。 3月23日:開始により・・・・・・・が鉄軌道路線で利用可能になる。 6月13日:大阪阿部野橋駅の「」のうち、低層階の百貨店部分(あべのハルカス近鉄本店)が先行開業。 (平成26年)• 3月7日:展望台やホテル・美術館を含む、「あべのハルカス」が全面開業。 4月1日:消費税増税に伴う運賃改定。 4月29日:奈良線で、開業100周年を記念して開業当時の車両の塗装を再現した列車「ヒストリートレイン」を運行。 4月30日:持株会社制移行時に近畿日本鉄道の鉄軌道事業を継承する事業会社として 近畿日本鉄道分割準備を設立。 2015年 - [ ]• (平成27年)• 4月1日:(旧)近畿日本鉄道を に社名変更した上で、鉄軌道事業を近畿日本鉄道分割準備に、不動産事業をに、ホテル・旅館事業を、流通事業をにそれぞれし、制に移行。 近畿日本鉄道分割準備を(新) 近畿日本鉄道に社名変更。 英文社名を「Kintetsu Corporation」より「Kintetsu Railway Co. , Ltd. 」に変更。 大阪輸送統括部・名古屋輸送統括部に代わって、大阪統括部・名古屋統括部を設置。 また、同日・を(近鉄と四日市市が出資)に運営を移管。 8月20日以降:既に導入済のけいはんな線を除く全路線にを導入。 これにあわせ駅名標の英文表記も全大文字から他社と同様に頭文字のみ大文字に変更。 (平成29年)• 3月31日:「スルッとKANSAI」カードの発売終了。 4月1日:伊賀線の鉄道施設を伊賀市に譲渡、近鉄に代わって伊賀市が伊賀線の第三種鉄道事業者となる。 7月6日:近鉄グループホールディングスがと友好協定締結。 (平成30年)• 1月1日:養老線の第三種鉄道事業を廃止し、代わってが同線の第三種鉄道事業者となる。 1月31日:「スルッとKANSAI」カードの自動改札機での利用終了。 5月15日:京都 - 吉野間直通を視野にの開発を進めると発表。 (令和元年)• :全駅の構内において、喫煙ルームを除いて終日全面禁煙になる。 10月1日:消費税増税に伴う運賃改定。 3月14日:新型名阪特急電車「ひのとり」が登場。 社名 [ ] 近江鉄道の「近鉄」 営業している路線のほとんどがにあり、近畿日本鉄道を社名としているが、近畿地方ではない愛知県にまで(2017年までは岐阜県にも)及ぶを有している。 近畿日本鉄道が発足した当時の社長は、「ゆくゆくは、民営の日本鉄道をつくりたいと思っていた。 そのためには、と静岡電鉄 とを結び、この両線を延長してに連絡し、さらに、これと近畿日本鉄道を結ぶという構想を持っていた。 」 という、近畿地方の範囲を超えた日本の私鉄経営に関する雄大な構想を持っていた。 これは、元々のが「近鉄」(おうてつ・きんてつ)の略称を使用していたため、誤解を防ぐ観点から使用しにくかったからではないかといわれている。 しかし「近鉄」の愛称も早くから使われ、1948年には「近畿日本鉄道百貨店」を「」と改称し、1949年に発足した近畿日本鉄道出資のプロ野球球団は「」を名乗った。 1950年には近畿日本鉄道自身の略称も「近鉄」とした。 なお、傍系の旅行会社には、近畿日本航空観光と日本ツーリストの合併によるため「近畿日本」の名が残っている。 また、近鉄レンタリースは2017年12月20日まで 近畿ニッポンレンタカーという商号であった が、この場合は近畿日本鉄道の「近畿」との「ニッポン」である。 一方、や、南海軍を前身とするプロ野球球団グレートリング(略称:近畿。 現:) は「近畿日本」とはしなかった事例である。 他社線からの乗換案内では、JR西日本では「近鉄電車」、JR東海では「近鉄線」と呼称される。 近鉄本社や近鉄百貨店などに書かれていた「近鉄」の文字は、1967年3月まで「鉄」を「金」編に「失」でなく「矢」にした物(「鉃」、元は「」を意味する字)にしていた。 「金を失う」が「金が矢のように集まる」になるという縁起担ぎが理由であったが、後にその看板を見たが「鉄」の字を間違って覚えてしまうと沿線住民などから指摘され、正式な表記に直している。 なお、現在の(JR四国)を除いたJR各社も同じような理由により、では「鉄」の字を「鉃」にしている。 英文社名は以前は Kinki Nippon Railway Co. , Ltd. であったが、2003年6月28日から Kintetsu Corporation に変更した。 同時期に和文・英文の会社名ロゴのデザインも変更された。 2015年4月1日の近鉄グループホールディングス発足を機に再度英文社名が変更され、 Kintetsu Railway Co. , Ltd. となった。 この表記は、乗務員の制帽及び駅員の制帽及び職帽の帽章にも用いられている。 駅員は一時期「近鉄ステーションサービス」に分社化していたときは「Kintetsu Station Service」の表記だった。 社章・シンボルマーク [ ] 大阪電気軌道時代には大阪を象徴すると奈良の「奈」を組み合わせたを使用していたが、名古屋などへの延伸や会社の合併で路線網が拡大した関西急行鉄道時代には新体制への節目として関西の「関」を図案化した社章に変更した。 現社章への変更も南海鉄道との合併で近畿日本鉄道が発足した際に検討され、社内外から提案された200もの候補から選定されたものである。 全体の図形がを発する日輪と転動驀進する車輪をかたどり、内側の図形が社名の頭文字「近」と「人」の文字を図案化して「人の和」を表現している。 、、など、一部のグループ会社ではこの社章をベースに変更を加えた社章を使用している。 この社章は鉄軌道事業を継承した(新)近畿日本鉄道に引き継がれ、持株会社となった近鉄グループホールディングスには新たなシンボルマークが制定されている。 傾きの異なる2つの図形によって会社の理念である「静と動」を具現化し、またその形状から近鉄の「K」をも表現している。 近畿日本鉄道(黄)の営業キロ推移(クリックで拡大) 東南部から西部に至るの付け根を横断して、・・といったを始め、の大阪府東南部・・南部、・の愛知県西部・の各都市・観光地を結ぶ路線網を持つ。 関西の他に大手私鉄が発達している他都市圏(この場合、)にまでまだがる大手私鉄は近鉄が唯一である。 総営業キロ程は、を除く日本の鉄道事業者中最長の501. 1km におよび、続く463. 3kmの(東武) 、444. 2kmの(名鉄) とともに400km以上の路線網を擁する日本の大手私鉄の一つとなっている(各キロ程は2017年4月1日現在)。 近鉄の保有路線は、の幅では(1,435mm。 近鉄では公式には「広軌」と称する)、(1,067mm軌間)の2つに分けられる。 かつては(762mm軌間)も有していた。 かつて有していた762mm軌間の特殊狭軌線はの流れを受け継いだものであるが、が廃止された1991年以降、日本では近鉄が三重県のに譲渡した、に移管した、それにを一般営業路線にした程度しか存在していない。 は基本的に1500Vのとなっているが、けいはんな線はと相互直通運転を行う関係で750Vの、かつて有していた特殊狭軌各線は時代の流れを受け継いで750Vの架空電車線方式となっている。 なお、田原本線や生駒鋼索線のように他の近鉄各線とは徒歩連絡となる路線はあるが、他の近鉄線と互いに乗り継ぐ際、徒歩連絡ではなく他社の鉄道線やバス路線を介さなければならないほどの孤立路線 は、を除き存在しない。 ただし過去には、鳥羽線開業以前の志摩線が他の近鉄の路線群と離れ、国鉄を介さなければ乗り継ぐことができない孤立路線となっていた。 近畿・中部エリアの大手私鉄では唯一、旅客2社(・)の在来線管内を直接結んでいる。 それと関連して、近鉄名古屋駅と京都駅はともにの乗換駅であり、前者は、後者は の乗換駅になる予定である。 現有路線 [ ] 路線名の前のアルファベットはの路線記号。 標準軌 1,435mm [ ] 奈良・京都線系(大阪府・奈良県・京都府)• A : - 間• A : - 間• G : - 間• C : - 間(このうち生駒駅 - 学研奈良登美ヶ丘駅間はが第三種鉄道事業者として施設を保有)• B : - 間• B :大和西大寺駅 - 間• H : - 間• I : - 間 大阪・名古屋線系(大阪府・奈良県・三重県・愛知県)• D : - 間• J : - 間• E :伊勢中川駅 - 間• K : - 間• L : - 間• M :伊勢中川駅 - 間• M :宇治山田駅 - 間• M :鳥羽駅 - 間• 正式な呼び方ではないが鳥羽線・志摩線はまとめて 賢島線と呼ばれることがある。 さらに山田線を含めた3線の総称として、 伊勢志摩線と呼ばれる場合もある。 路線図(クリックで拡大) 廃線・譲渡・運営移管路線 [ ] 近畿日本鉄道における廃止路線は、すべて他社を合併したことにより生まれた路線で、その廃止理由も既存路線と並行していることなどから、乗客・貨物が減少していたことによるものが大半である。 なお、近畿日本鉄道の直系前身である大阪電気軌道(大軌)および関西急行鉄道(関急)時代に廃線になったものも含める。 : - 初瀬駅間(大阪電気軌道時代の1938年2月1日廃止)• : - 信貴山門駅間(信貴山急行電鉄時代の1944年1月7日休止、近鉄発足後の1957年3月21日廃止)• : - 平端駅間(1945年2月11日休止、1952年4月1日廃止)• : - 間(1950年7月1日休止、1952年9月1日廃止)• : 間(関西急行鉄道時代の1942年8月11日に新松阪 - 大神宮前間廃止、近鉄発足後の1961年1月22日に残区間廃止)• : - 間(1964年10月1日廃止)• :賢島駅 - 間(1969年7月1日廃止)• :西日野駅 - 間(1974年7月25日休止、1976年4月1日廃止)• : - 間(1983年9月1日廃止)• : - 間(2003年4月1日にへ譲渡)• : - 伊賀神戸駅間(2007年10月1日に第一種鉄道事業廃止。 第二種鉄道事業者のへ運営移管。 施設は2017年4月からが第三種鉄道事業者として保有 )• : - 間(2007年10月1日に第一種鉄道事業廃止。 第二種鉄道事業者のへ運営移管。 施設は2018年1月からが第三種鉄道事業者として保有 )• 内部・八王子線:(2015年4月1日に第一種鉄道事業廃止。 第二種鉄道事業者のへ運営移管。 施設はが第三種鉄道事業者として保有)• : - 間• : - 間• 南海電気鉄道の路線の大半は、かつては近畿日本鉄道の路線の一部であった。 近畿日本鉄道発足時に旧南海鉄道から継承した路線。 ただし松江線は近畿日本鉄道発足後に開業した。 いずれも、旧関西急行鉄道と旧南海鉄道の路線を分離するため、を改めたへ1947年6月1日に譲渡された。 詳しくは「」を参照。 難波営業局管轄路線 - 天王寺支線は南海本線の支線であったため天王寺営業局管轄ではなく難波営業局の管轄となった。 : - 間• : - 間(1984年11月18日天下茶屋駅 - 間廃止、1993年4月1日全線廃止)• : - 間• : - 間• : - 間(1955年2月15日に加太線に編入)• :和歌山市駅 - 間(1955年2月15日に和歌山市駅 - 東松江駅をとして分離、同区間は1966年12月1日廃止)• 国社連絡線:和歌山市駅 - 国社分界点間(後にJR西日本に貸与)• : - 間• :妻信号所 - 紀ノ川口駅間(1959年12月20日廃止)• : - 間(1980年12月1日にが継承)• : - 大浜北町駅 - 大浜海岸駅間(1945年2月11日に大浜北町駅 - 大浜海岸駅間休止、1949年3月3日に残区間休止、1980年11月28日全線廃止)• : - 間(1980年12月1日に阪堺電気軌道が継承)• : - 間(1980年11月28日廃止) 路線切替区間 [ ] 単なる高架化などは除く。 日付は竣工日。 - 間(新玉手山トンネル開削による改良、1991年12月6日)• 構内(曲線緩和、1995年)• - 間(などの新トンネル開削による複線化と線形改良、1975年11月23日)• - 間(橋脚の付け替えと複線化、1959年9月19日 - 26日)• - 間(内線形改良、1956年9月23日。 なお、当時は新正駅は未開設)• - 間(線形改良、1955年7月15日)• - 間(橋脚架け替えと高架化、1997年10月4日)• 周辺(線形改良と駅移設、1964年3月1日 )• - 間(線形改良と複線化、1970年3月1日)• - 間(線形改良と複線化、1993年6月1日)• - 間(線形改良と複線化、1993年9月11日)• - 間(規格大型化のための開削・鷲尾トンネルオープンカット、1964年7月23日)• 生駒駅 - 間(規格大型化のための新向谷トンネル開削・山田トンネルオープンカット、1964年10月1日。 なお、当時はは未開設)• - 間(解消のための地下線化、1969年12月8日。 なお、線路移設時に油阪駅を廃止し新大宮駅を設置)• 周辺(への乗り入れおよび廃止、1945年12月21日と1968年12月19日)• - (駅移設のための迂回線路建設、1965年)• - (拡張のための線路移設、1939年3月1日)• 周辺(橿原線とホーム分離、1973年9月20日)• 周辺(国鉄・近鉄駅統合化のための線路短縮・移設、1964年10月30日)• 但し複線化は同年3月17日) 未成線 [ ]• : -• 近鉄の直系母体である(大軌)が、競合線(など)への免許交付に対抗する目的で着工したもの。 も参照のこと。 : - ないし• 養老線の前身である養老電気鉄道が計画し、近鉄発足後はへの延伸も計画した。 大神宮前(仮) - (0. 7km・参宮急行電鉄により免許取得、失効)• - 鈴鹿川(5. 2km・失効)• - (6. 9km・南大阪電気鉄道により免許取得、失効)• - (13. 3km・南和電気鉄道により免許取得、1958年5月6日失効)• - (3. 3km・1927年大阪鉄道により免許取得、失効)• - (14. 2km・1927年10月18日参宮急行電鉄により免許取得、1959年6月5日失効)• - 宇陀松山(7. 1km・1926年2月18日大和鉄道により免許取得、1958年2月に大宇陀鉄道に譲渡、1959年11月10日失効 )• - (4. 7km・失効)• - (0. 9km・1927年9月28日奈良電気鉄道により免許取得、1963年失効)• - (33. 7km・1929年6月26日奈良電気鉄道により免許取得、1965 - 69年頃失効)• 三塚 - (3. 9km・1927年10月18日参宮急行電鉄により免許取得、以後不明)• - 岐阜起点13. 7km(13. 7km・1927年10月18日・1929年4月11日参宮急行電鉄により免許取得、うち起点8. 0 - 13. 7kmについては失効)• - (12. 8km・南大阪電気鉄道により免許取得、失効)• - 五条(14. 2km・南和電気鉄道により免許取得、1991年2月15日失効) 他社線との直通運転 [ ] 現在実施中 [ ]• :・・が(・・奈良線)と、・・ - 大阪難波駅 - 近鉄奈良駅間で相互直通運転。 神戸三宮駅・尼崎駅との間はより開始された。 これによって、近鉄の車両が初めてを走行することになった。 や神戸高速線・への乗り入れは阪神の車両のみを使用し、3月20日より神戸高速線新開地発近鉄奈良行き快速急行の運転を土曜・休日の朝のみ行っている。 には阪神の車両により山陽姫路駅から近鉄奈良駅までの直通の貸切列車の運転が行われた ほか、さらに2014年7月13日には近鉄奈良駅から山陽姫路駅までの直通貸切列車も運行された。 2019年の阪神なんば線開業10周年の節目にも阪神・近鉄の2社および山陽・阪神・近鉄の3社直通の貸切列車を運行する。 また、山陽電気鉄道へは後述のように近鉄特急が乗り入れる構想がある。 2014年3月22日からは特急車両による団体向け臨時列車の運行が阪神三宮駅(現・神戸三宮駅) - 賢島駅間で開始された。 Osaka Metro :がと、 - 長田駅 - 生駒駅・学研奈良登美ヶ丘駅間で相互直通運転。 このうち、生駒駅まではより、学研奈良登美ヶ丘駅まではの同駅までの延伸開業に伴いそれぞれ開始。 ():が・奈良線と、 - - ・近鉄奈良駅間で相互直通運転。 このうち、新田辺駅まではより、近鉄奈良駅まではよりそれぞれ開始。 阪神尼崎駅で離合する・・ 過去の事例 [ ]• :名鉄各線と系統各線• 近鉄名古屋駅とはともに地下駅だが、壁1枚および連絡改札で隣接している。 1950年代まで連絡線があり、線路がつながっていた。 名古屋線が狭軌だったこともあり、に関してのみ相互を実施し、近鉄側からは・(・経由)・など、名鉄側からは・(の問題で、ここで乗り換えを要した)などへの観光列車が運行された。 しかし、列車本数の増加、名鉄新名古屋駅改修工事など様々な不都合があり、直通列車は8月 - 9月の間のみ運転と、約2年間で打ち切られた。 京阪神急行電鉄(現:)・:・と• 京都線は戦前、京阪と近鉄の前身である大軌が共同出資したの運営であった。 戦前は大軌との間でしか直通運転が実施されていなかったが、奈良電線堀内駅(後にとして復活)と京阪線を後者に統合する工事が実施され、終戦直後の1945年12月に完成し、当時京阪線を運営していた京阪神急行電鉄(1949年に京阪が再分離)・奈良電・近鉄の3社間での直通運転が開始された。 1963年に奈良電が近鉄へ統合された後もしばらく直通運転は継続されたが、1968年12月に廃止された。 その理由は、丹波橋駅での線路容量不足と、両社でそれぞれ別種のATSを導入したこと、それに近鉄京都線を京阪本線に先駆けて600Vから1,500Vに昇圧し、大型車投入も実施する予定があったためである。 「」も参照のこと。 :テクノポート線と近鉄東大阪線(当時)• に - コスモスクエア駅間が開業し、近鉄も大阪市営(当時)地下鉄中央線と共に乗り入れを開始したが、大阪港トランスポートシステムの鉄道事業運営方法の見直し(第一種から第三種へ変更され、第二種鉄道事業者はとなり、一般営業上は交通局の路線に組み込まれた)により、から営業上の乗り入れ相手ではなくなった。 なお、大阪港トランスポートシステム自身が旅客運送を行っていたこの区間は、大阪市営地下鉄中央線編入後も大阪港トランスポートシステムが線路を保有しており、近鉄の車両が引き続き乗り入れている。 このほか、近鉄に合併した会社のうち、奈良電気鉄道(現在の京都線、1963年9月30日まで)と三重電気鉄道(現在ののみ、後、1964年3月23日のダイヤ変更から 1965年3月31日まで)は、合併前から直通運転が行われていた。 運行管理システム [ ] として、・・・・( - 間)・・・・・・・・との( - 間)にはを、・(一部除く)・・・・・との( - ・間)にはを供用している。 このほか、にも列車運行管理システムが導入されている(名称不明)。 列車 [ ] 列車種別 [ ] 詳細は「」および「」を参照 は近鉄の列車種別のうちで最上位の列車である。 会社の看板列車であり、特に 近鉄特急と呼称される。 近鉄の特急は走行路線・停車駅区別のためのを持たない。 例えば、2012年3月19日まで運転されていた近鉄名古屋駅 - 大阪難波駅間のうち近鉄名古屋駅 - 間を途中で運行する特急は「名阪ノンストップ特急」と系統の通称で呼ばれていた。 対して、特急に使用される車両は「」「」「」「」「」「」などの愛称を持つ。 特急は全車であり、利用するにはとは別に特急料金が必要である。 近鉄の特急料金には指定席の料金が含まれる。 特急料金はの購入によって支払う。 なお、近鉄特急の中でも、「しまかぜ」には通常の特別急行券のほかにしまかぜ車両券が、「ひのとり」にはひのとり特別車両券が必要となる。 また、「」(青のシンフォニー)も特別車両券が必要となる。 ビスタEXやしまかぜなどに連結されている個室には通常の特別急行券のほかに個室券が必要となる。 すなわち、しまかぜの個室に乗車する際は、乗車区間の普通運賃に加え、特別急行券、しまかぜ車両券、個室券が必要となる。 種別カラーは快速急行と同じ赤だが、駅のLCD・LEDタイプの発車標では特急の種別表示に白い縁取りをすることで快速急行と区別している。 駅到着時ので流すチャイムは「汎用チャイム」と「駅別チャイム」の2種類に大別される。 「駅別チャイム」は主な駅に設定されている。 「」を参照。 近鉄特急 特急以外の速達列車 [ ] 詳しくは、各種別および各路線の記事を参照のこと。 近鉄は、特急料金の必要な列車のほかに、運賃のみで利用可能な速達列車を以下の線区に設定している。 設定されている列車種別は次の通りである。 奈良線系統の大阪上本町駅 - 布施駅間は正確には大阪線だが、上表では奈良線とする。 このほか、全線区で各駅に停車する「」 LOCAL も運転されている。 なお、上記列車種別のほかに一般客は利用ができないのためのとして「」が宇治山田駅 - 大阪上本町駅(復路は松阪駅まで)間に設定されていたが、2020年3月13日で運転を終了した。 同年3月16日以降は通常の快速急行に鮮魚運搬専用車両として「」を連結して運行する。 京都線では1998年3月に快速急行の運転が開始されたが、利用者数が乏しく急行と誤乗するケースが多かったため、2003年3月のダイヤ変更を機に廃止された。 2012年3月19日までは大阪線・山田線の大阪上本町駅 - 松阪駅間で「区間快速急行」 SUBURBAN RAPID EXPRESS という種別が運転されていた。 また、1980年代の一時期に、「」という種別が上本町駅 - 鳥羽駅間に存在していた。 「伊勢志摩号」という愛称名が付いている臨時列車で、長距離用通勤車(など)か団体専用車を使って運行されていた。 乙特急よりも停車駅が少ない(ただし甲特急よりは多い)にもかかわらず、特急料金は不要であった。 しかし、停車駅が少ないため近距離・中距離客が利用できず、長距離客は特急料金を払ってでも乗り心地の良い特急を利用するため、利用者数が伸びず数年で廃止された。 列車種別の表示 [ ] 列車種別は先頭車両前面のやで識別できる。 かつてはや車側の種別表示灯(けいはんな線を除く)が使用されていたが、までに種別表示器に置き換えられた。 通過標識灯の点灯パターンは以下の通りである。 阪神線直通列車の場合は阪神を境に切り替わる。 正面から見て両側が点灯 - 快速急行以上の速達列車(団体・・試運転列車・鮮魚列車・も含む)および阪神線内区間準急• 正面から見て右側が点灯 - 急行・区間急行および阪神線内準急• 正面から見て左側が点灯 - 準急・区間準急(いずれも近鉄線内のみ)• 無点灯 - 普通• 正面から見て両側が赤点灯 - 回送(入庫時) 急行の点灯パターンは・と同じである。 通過標識灯と種別表示器の表示例• 詳細は「」および「」を参照 を除く関西の私鉄としては、ダイヤ変更()の頻度が比較的多く、おおむね毎年3月に規模の大小関係なしにダイヤ変更が実施される(時刻表も同時期に刊行される)。 1993年には、京都線の開業・志摩線複線化工事の進捗・同年10月のにおける輸送対応に伴って9月にもダイヤ変更が実施された。 なお、近鉄では長年「ダイヤ改正」ではなく「ダイヤ変更」という言い方を使用していたが、2007年以降2009年まで毎年3月に実施したものには「ダイヤ改正」という言葉を用いている(同年7月に伊賀線が再度ダイヤを変えた時のみ従来どおり「ダイヤ変更」を用いた)。 阪神なんば線の開業にともない行われた2009年3月のダイヤ改正では、近鉄奈良線以外の近鉄線内では小規模な改正に留まったもの、実際は阪神なんば線の直通運転が開始された関係上、阪神電気鉄道・山陽電気鉄道・(・系統のみ)・でも同時にダイヤ改正を行うなど、かなり大規模なものになっている。 2010年10月16日には、急行の停車駅を増やすなどして準急を廃止 、準急を中心に運転本数を減らす などという報道があったが、この時点では近鉄からは新しいダイヤについての正式な発表はなく、準急の廃止・削減については決定事項ではないことが発表されていた。 特急列車関係では時間帯や季節に応じて料金を割り引くサービスを導入する予定としている。 ダイヤについては2012年1月にこの白紙変更の正式な内容が発表され、大阪線における快速急行と区間快速急行の種別統合や特急の名阪間ノンストップ運転の中止(名阪甲特急全列車がに停車)、その他の路線でも昼間時間帯の一般列車を中心に大幅な減便を行った。 2014年は3月にダイヤ変更が実施されず 、同年9月21日に奈良線の八戸ノ里駅 - 瓢箪山駅間の上り線の高架化が完成したのに合わせて、例年より半年遅れでダイヤ変更が実施された。 2016年以降は1年半 - 2年間隔でのダイヤ変更が行われている。 大晦日から正月にかけては、毎年( 越年ダイヤ)が実施されている。 特に近鉄大阪線や名古屋線に関しては宇治山田駅(一部・鳥羽駅・賢島駅)発着の特急が大幅に増発されるが、後半以降は以前と比較して縮小傾向になっている。 また、南大阪線に関しても大阪阿部野橋駅 - 橿原神宮前駅間の特急が大幅に増発される。 これらを総じて「 越年特急」とPRしていることが多い。 特急の本数が通常時より多くなり、通常ダイヤでは停車しないにも停車する。 この越年特急のPRとして、過去には近鉄にまつわる著名人をで出演させた時期もあった。 (平成11年)の初詣PRでは、投手(当時)のが「背番号11」にちなんで登場した。 ワンマン運転 [ ] 近鉄は・に広大な路線を保有しているが、その中には不採算路線も保有している。 このため、大手私鉄の中では比較的早くからを行って経費削減を図ってきた。 1990年代頃から長期不況による乗客の減少が目立ち、支線のほとんどがワンマン化されたほか、南大阪線や山田線のような幹線でも、普通列車に関しては輸送量が少なく2両編成の列車も多いため、ワンマン運転が行われつつある。 このような現象は近鉄に限らず、近年のや・といった大都市近郊の私鉄にも共通して見られるものである。 さらに採算性の厳しい路線(や)においては、(経営は近鉄グループホールディングス子会社の・、施設はそれぞれ伊賀市、が保有)の形式を採っている。 ワンマン運転を行う路線のうち、名古屋線 - 山田線 - 鳥羽線 - 志摩線の系統のみは、無人駅において(1両目後乗り・前降り)を実施した上で、運転士が運賃精算を行う(駅員配置駅のみすべてのドアが開く)方式が採用されていた。 しかし、ICカードの導入にあわせてドアカットは廃止され、無人駅でも、すべてのドアが開くようになった。 それ以外の路線では、ワンマン運転開始後も無人駅においてすべてのドアを開けており、運転士は運賃精算などに一切関わらず、完全に利用者の良心に任せる姿勢()であるが、時々対策として無人駅のホーム上に臨時で係員を配備し、有人駅同様の集札・発券対応を行うこともある。 旅客案内 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2018年3月) 2009年3月20日の阪神なんば線開通により、正式駅名が「大阪難波」「大阪上本町」に変更されるまで、名古屋輸送統括部(大阪線の西青山駅以東)では難波行きと上本町行きの場合は、「大阪難波行き」などと「大阪」を強調する意味で用いられていた(大阪輸送統括部の管轄路線では「大阪」の冠名を用いることはほとんどなかった)。 大阪阿部野橋行きは正式駅名が「大阪阿部野橋」のため、すべての場合において「大阪阿部野橋行き」と案内される。 大手私鉄だけではなく在阪私鉄では珍しく、車掌は終着駅に着く際は「終点」や「終着」ではなく「この電車はこの駅までです」とアナウンスする。 これは終端駅到着時にも使われていたが、名古屋輸送統括部管内や南大阪線系統(旧・天王寺営業局管内)では、終端駅到着時に限りこのフレーズが省かれることや稀に奈良線系統で「終点」とアナウンスすることもあった。 2010年代以降は、大阪阿部野橋駅や京都駅などの終端駅に到着する前に「大阪阿部野橋、阿部野橋、終点です」もしくは「まもなく、京都、京都、終点です」とアナウンスする(車掌による放送および、日本語による車内自動放送)。 英語による車内自動放送でも、"This is the final stop for this train. "とアナウンスするほか、終端駅に着く前に"This is the final stop, Osaka-Abenobashi: station number F1. "もしくは"We will soon arrive at the final stop, Kyoto: station number B1. "とアナウンスする。 また、「普通」は大阪輸送統括部管内のみ「各駅停車」と案内される。 名古屋輸送統括部管内では「普通電車」と案内されるが、車掌によっては「各駅停車」の表現も使われている。 "とアナウンスされる。 列車の運転取りやめは「運休」ではなく、「運転取り消し」と案内している。 運転取りやめをあらわすは一般的に「ウヤ」が使用されるが、近鉄では宇治山田駅と紛らわしいため「トケ」を用いている。 ・など途中駅から運転する列車に関しては、大抵の鉄道会社では「当駅始発」としているが、近鉄の駅掲出時刻表には「当駅仕立」として表記している(大阪輸送統括部管内のみ。 名古屋輸送統括部では2010年3月改正より表記されず。 車内自動放送 [ ] 2016年3月から車掌の端末(製TOUGHPAD FZ-B2 )の操作によるを・系統や全線の特急列車に本格的に導入した(ただし特急には既に車内放送が自動化されていたが、この時に4か国語の自動放送を開始)。 2017年春からは・・系統においても車内自動放送システムを展開する。 旧国名・会社略称を冠した駅名の扱い [ ] 国鉄とのや近傍の他事業者の駅との区別のために、、、、、などのや会社略称である「近鉄」(の通り1970年以前は「近畿日本」)を冠称とした駅名が複数存在するが、やなどごく一部の例外を除いて長らくや・・では一切省略されてきた(ただし、南大阪線・吉野線などの旧・天王寺営業局管内の駅の旧国名については、路線図では記載されていた。 ・など)。 これについて、路線図は3月以降、旧国名や会社名を含む正式な駅名に変更され、続いて案内放送などは同年6月1日以降、河内長野駅・伊賀神戸駅・伊賀上野駅を除き以下のように変更された。 案内放送 … 旧国名のみ冠して放送する。 ただし、日本語による放送で2度繰り返す場合は、2度目の旧国名は省略できる。 会社名は省略して放送する。 英語による放送でも旧国名のみ冠して放送し、会社名は省略する。 例「次は、大和西大寺、西大寺です。 」"The next stop is Yamato-Saidaiji: station number A26 or B26. "「まもなく、丹波橋、丹波橋です。 」"We will soon make a stop at Tambabashi: station number B7. 方向幕 … 旧国名のみ小さく表記したものに順次置き換わっているが、旧来の省略したままのものも多く見られる。 会社名は省略する。 英語表示も旧国名をそのまま表示。 例「普通| 大和西大寺」「LOCAL YAMATO-SAIDAIJI」「急行|名古屋」「EXP. NAGOYA」• 駅名標・運賃表 … 旧国名・会社名とも小さく表記する。 例「 大和西大寺」「 大阪難波」「 近鉄奈良」 なお、大阪阿部野橋駅・大阪難波駅・大阪上本町駅の「大阪」についても、旧国名と同様の扱いとなっている。 「河内」の文字が大文字:(例)「河内長野駅」…「」が存在する(現在でもシリーズ21以前の車両の方向幕で「長野」のままになっている編成が存在する。 同駅の到着時の駅自動放送では「河内長野。 長野でございます」と案内されていた)。 「河内」の文字が小文字で縦書き:(例)「河内松原駅」「」(ともに現在は駅名標を除く)• 「河内」の文字が小文字で横書き:(例)「」「」など…「河内松原市」「河内天美市」「河内国分市」というのは存在しない。 ただし「」は存在する(方向幕に関しては「河内松原行」が存在しないため、この表示方法は存在しない)。 2 のパターンについては旧・天王寺営業局管内特有の表記であったが、同営業局が上本町営業局と統合され大阪輸送統括部となったこともあり、徐々に 3 のパターンへの移行が進められている。 車内放送に関しては、上記 1 に限り「次は、河内長野、河内長野です」、到着前は「ご乗車ありがとうございました。 車両 [ ]• (名古屋線)• 富吉車庫• 米野車庫(旧・米野検車区)• (大阪線・名古屋線・山田線・鳥羽線・志摩線)• 明星車庫• 白塚車庫(旧・)• (南大阪線・吉野線)• 古市車庫• 天美車庫(旧・天美検車区)• 六田車庫 検修車庫・検修センター [ ] 出典• (旧・塩浜工場)• (旧・高安工場) 廃止された車庫・工場 [ ]• 小阪車庫(奈良線、1914年 - 1950年、八戸ノ里車庫に移転。 跡地は小阪近鉄ビルに)• 八戸ノ里車庫(奈良線、1950年 - 1967年、東花園車庫に移転。 跡地はマンションに)• 中之郷車庫(志摩線、? - 1969年、狭軌時代)• 賢島車庫(志摩線、1970年 - 1993年)• 西名張車庫(伊賀線、1926年 - 1964年、上野市車庫に移転)• 布施工場(奈良線、1946年 - 1952年、玉川車庫に移転)• 玉川工場(奈良線、1952年 - 1982年、五位堂検修車庫に統合、跡地はとなった後、2011年からに)• 南生駒車庫(生駒線、? 天美工場(南大阪線、1929年 - 1950年、古市工場に移転)• 古市工場(南大阪線、1950年 - 1982年、五位堂検修車庫に統合)• 西桑名車庫(北勢線、? - 1977年、北大社車庫に移転)• 北大社車庫(北勢線、1977年 - 2003年、三岐鉄道に移管)• 内部車庫(内部線、? - 2015年、四日市あすなろう鉄道に移管)• 上野市車庫(伊賀線、? - 2017年、伊賀鉄道に移管)• 大垣車庫(養老線、? - 2018年、養老鉄道に移管) 昭和40年代半ばまで、車両に所属検車区を表す銘板が取り付けられており、所属区の頭文字が刻印されていた。 東花園検車区と富吉検車区は所属区の銘板取り付け中止後に開設されたため、略号は制定されていない。 新:新田辺車庫(現在車両配置はない)• 八:八戸ノ里車庫• 西:西大寺車庫• 高:高安車庫• 明:明星車庫• 白:白塚車庫(現在車両配置はない)• 古:古市車庫• 天:天美車庫(現在車両配置はない) 乗務員区所 [ ] 近鉄では運転士と車掌は同じ職場に所属する。 大阪統括部 [ ] 奈良線系• 東花園列車区 けいはんな線• 東生駒列車区 京都線・橿原線系• 西大寺列車区• 新田辺列車区 大阪線系• 高安列車区• 名張列車区 南大阪線・吉野線系• 古市列車区• 六田列車区 名古屋統括部 [ ] 名古屋線・山田線系• 富吉列車区• 塩浜列車区• 白塚列車区 鳥羽線・志摩線系• 明星列車区 駅管区・駅長所在駅 [ ] 近鉄では駅業務を近鉄ステーションサービスに委託していた時代、業務円滑化・採算性向上のため全線を8管区に分割し管区支配人制を導入した。 その後、同社が近鉄に合併されてからも管区支配人制度は続けられており、現在では各輸送統括部担当課と駅長との間に位置するポストとされている。 また、管区支配人は駅長と兼務しているため、管区支配人を兼務している駅には副駅長が配置されている。 近鉄では駅長室の入口には、駅長・副駅長・首席助役と当務の助役の職名と氏名の書かれた表札がそれぞれ掲げられている。 2010年9月時点での管轄及び駅長所在駅 は以下の通り。 奈良南管区(支配人は長が兼務)• - 間• - 橿原神宮前駅間• - 間• 駅長所在駅:・・・・橿原神宮前・• 分離独立前の伊賀線(現在の伊賀鉄道)も管内であった。 名古屋管区(支配人は長が兼務)• 近鉄名古屋駅 - 間• 駅長所在駅:近鉄名古屋・・• 三重北管区(支配人は長が兼務)• - 間• 近鉄四日市駅 - 間• - 間• 駅長所在駅:近鉄四日市・・• 三重南管区(支配人は長が兼務)• - 間• - 伊勢中川駅間• 駅長所在駅:伊勢中川・宇治山田・ 2018年時点では、大阪統括部の192駅を24駅管区に、名古屋統括部の94駅を9駅管区で管理している。 運賃 [ ] 大人普通旅客運賃(小児半額・端数は10円単位で切り上げ)。 2019年10月1日改定。 基本普通運賃 キロ程 運賃(円) キロ程 運賃(円) キロ程 運賃(円) 初乗り3km 160 56 - 60 900 141 - 150 1,950 4 - 6 210 61 - 65 960 151 - 160 2,050 7 - 10 260 66 - 70 1,020 161 - 170 2,160 11 - 14 300 71 - 75 1,090 171 - 180 2,290 15 - 18 360 76 - 80 1,160 181 - 190 2,410 19 - 22 410 81 - 85 1,220 191 - 200 2,530 23 - 26 450 86 - 90 1,290 201 - 210 2,640 27 - 30 500 91 - 95 1,350 211 - 220 2,770 31 - 35 570 96 - 100 1,410 221 - 230 2,880 36 - 40 640 101 - 110 1,470 231 - 240 3,000 41 - 45 700 111 - 120 1,590 241 - 250 3,110 46 - 50 770 121 - 130 1,720 51 - 55 840 131 - 140 1,830 吉野線・志摩線・湯の山線の各線内またはこれらの路線と他の路線にまたがる区間の場合は、これらの路線の乗車キロ数の合計に応じて下表の金額を加算する。 普通運賃加算額 乗車キロ程 加算額(円) 1 - 10 20 11 - 30 30 31 - 40 伊勢市駅 - 宇治山田駅間を通って鳥羽線にまたがる区間の場合は、鳥羽線内の乗車キロ数に応じて下表の金額を加算する(鳥羽線内だけまたは鳥羽線と志摩線の駅間だけを乗車する場合は加算しない)。 鳥羽線加算額 乗車キロ程 加算額(円) 1 - 6 10 7 - 12 20 13 - 30 けいはんな線内または同線と他の路線をまたがる区間の場合は、けいはんな線内の乗車キロに応じて下表の金額を加算する。 けいはんな線加算額 乗車キロ程 加算額(円) 1 - 3 40 4 - 6 60 7 - 10 70 11 - 14 90 15 - 18 110 19 130 鋼索線普通運賃• 生駒鋼索線• 宝山寺線(鳥居前駅 - 宝山寺駅)または山上線(宝山寺駅 - 生駒山上駅)のみ 290円• 宝山寺線・山上線をまたがる場合 370円• 西信貴鋼索線 560円 運賃計算の特例 [ ] 運賃は、乗車経路通りキロ程を計算し算出するのが原則であるが、近鉄には以下のような特例が存在する。 徒歩連絡制度 定期券・回数券・普通乗車券で、と間、と間を徒歩連絡で乗車する場合は、キロ程を通算して運賃を算出する。 例:大和八木駅 - 箸尾駅間を「大和八木駅 - 田原本駅(徒歩連絡)西田原本駅 - 箸尾駅」と乗車する場合 定期券で、と間または、と間を徒歩連絡で乗車する場合は、キロ程を通算して運賃を算出する。 例:五位堂駅 - 道明寺駅間を「五位堂駅 - 安堂駅(徒歩連絡)柏原南口駅 - 道明寺駅」と乗車する場合 大阪環状線経由の定期券(通称「鶴・天経由」) 定期券で、と大阪阿部野橋駅()間をJRを経由して近鉄線を利用する場合、近鉄線のキロ程を通算することができる。 定期運賃は、先のキロ程を通算して算出した近鉄運賃にJR運賃を合算した額となる。 例:河内小阪駅 - 河内天美駅間を「河内小阪駅 - 鶴橋駅(JR大阪環状線)天王寺駅(徒歩連絡)大阪阿部野橋駅 - 河内天美駅」と乗車する場合 定期券における鶴橋駅または大阪上本町駅折り返し特例 定期券で、奈良線以東と大阪線以東の各駅をを通過する列車を利用し、鶴橋または大阪上本町駅で折り返す場合、発駅 - 鶴橋駅もしくは大阪上本町駅 - 着駅のキロ程を通算することができる。 例:奈良線生駒駅 - 大阪線弥刀駅間を「生駒駅 - (快速急行) - 鶴橋 - (普通) - 弥刀」と乗車する場合、本来であれば「生駒駅 - 鶴橋駅(布施駅)」と「布施駅(鶴橋駅) - 弥刀駅」の2枚の定期券が必要であるが、上記特例により生駒駅 - 鶴橋駅・鶴橋駅 - 弥刀間のキロ程を通算して算出した運賃で定期券を購入できる。 この場合、定期券の発着駅名は「生駒 - 弥刀」で経由地に「鶴橋」と記載される。 また、布施駅 - 鶴橋駅間での途中下車もできる。 環状経路乗車制度 回数券・普通乗車券で、布施駅 - (奈良線) - 大和西大寺駅 - (橿原線) - 大和八木駅 - (大阪線) - 布施駅間の環状経路の一部を通る場合は、遠回りの経路でも乗車でき、指定がなければ最短経路で運賃が計算される。 例:桜井駅 - 石切駅間を乗車する場合、大和西大寺駅を経由しても布施駅を経由しても最短経路の大和西大寺駅経由で計算した運賃で乗車できる。 ただし、田原本線・生駒線を経由する「桜井駅 - 大和八木駅 - 田原本駅(徒歩)西田原本駅 - 新王寺駅(徒歩)王寺駅 - 生駒駅 - 石切駅」という経路の乗車は選択できない。 布施駅通過列車に対する特例 回数券・普通乗車券・団体乗車券で、奈良線河内永和駅以東と大阪線俊徳道駅以東の各駅を布施を通過する列車を利用する場合、鶴橋で折り返すことができる。 例:奈良線生駒駅 - 大阪線弥刀駅間を「生駒駅 - (快速急行) - 鶴橋駅 - (普通) - 弥刀駅」と乗車する場合、上記特例により生駒駅 - 布施駅 - 弥刀駅の運賃で乗車できる。 なお、この特例は布施駅およびを発駅もしくは着駅とする場合にも適用される。 例:布施駅 - 名古屋線近鉄名古屋駅間を「布施駅 - (準急) - 鶴橋駅 - (特急) - 近鉄名古屋駅」と乗車する場合、上記特例により布施駅 - 近鉄名古屋駅の運賃で乗車できる。 途中下車制度 [ ] 現在の近鉄には定期券と生駒鋼索線(でのみ可能)のみ制度が存在する。 2月にが導入されるまでは、鉄道線でも途中下車指定駅(上本町・布施・生駒・大和西大寺・田原本・大和八木・橿原神宮前・伊勢中川・近鉄四日市・桑名)や長距離乗車券(制度廃止直前時点では片道運賃が1400円を超える区間の乗車券)で途中下車が可能であった。 なお当時の長距離乗車券は有効期間が片道2日であったが、途中下車制度廃止時に1日に統一されている。 阪神電気鉄道との連絡運輸(大阪難波接続) [ ] との連絡運輸(大阪難波接続)は、次の区間で行っている。 近鉄側• 難波線(大阪上本町 - 大阪難波)• 大阪線(大阪上本町 - 青山町)• 奈良線(布施 - 近鉄奈良)• けいはんな線(生駒 - 学研奈良登美ヶ丘)• 京都線(大和西大寺 - 高の原)• 橿原線(全線)• 天理線(全線)• 生駒線(生駒 - 東山)• 信貴線(全線) 阪神側• なんば線(大阪難波 - 尼崎)• 本線(福島 - 元町)• 武庫川線(全線) 範囲外を利用する場合は降車駅または生駒駅中間改札での精算となる。 ただし、必要な残額がある各種を利用する場合は、(大阪難波・西代経由)、(大阪難波・高速神戸経由)、(大阪難波・高速神戸・川西能勢口経由)、(大阪難波・新開地経由)、(2020年6月から)(大阪難波・新開地・谷上経由)、(大阪難波・新開地・谷上・新神戸経由)、(大阪難波・高速神戸・天神橋筋六丁目経由)、(大阪難波・高速神戸・天神橋筋六丁目・江坂経由)の各駅を含め、そのまま改札を通過できる。 京都市交通局との連絡運輸(竹田接続) [ ] との連絡運輸(竹田接続)は、次の区間で行っている。 近鉄側• 京都線(竹田 - 大和西大寺)• 奈良線(生駒 - 近鉄奈良)• 橿原線(全線)• 天理線(全線) 京都市交通局側• 全駅 範囲外を利用する場合は降車駅または生駒駅中間改札での精算となる。 ただし、必要な残額がある各種を利用する場合は、京阪電気鉄道(竹田・御陵経由)の各駅を含め、そのまま改札を通過できる。 大阪市高速電気軌道との連絡運輸(長田接続) [ ] との連絡運輸(長田接続)は、次の区間で行っている。 近鉄側• けいはんな線(全線)• 奈良線(生駒 - 近鉄奈良)• 京都線(大和西大寺 - 新田辺)• 橿原線(大和西大寺 - 平端)• 天理線(全線)• 生駒線(全線) 大阪市高速電気軌道側• 全駅 範囲外を利用する場合は降車駅または生駒駅中間改札での精算となる。 ただし、必要な残額がある各種を利用する場合は、(長田・天神橋筋六丁目経由)、(長田・江坂経由)、(長田・天神橋筋六丁目・高速神戸または新開地経由)、(長田・天神橋筋六丁目・高速神戸または新開地・西代経由)、(長田・天神橋筋六丁目・川西能勢口経由)、(長田・天神橋筋六丁目・新開地・湊川経由)、(2020年6月から)(長田・天神橋筋六丁目・新開地・谷上経由)、(長田・天神橋筋六丁目・新開地・谷上・新神戸経由)の各駅を含め、そのまま改札を通過できる。 改札外の連絡運輸 [ ] 以下の駅で行っている。 近鉄 - 鶴橋 - - 京阪• 南海電気鉄道 - 河内長野• KIPS ICOCAカード - 近鉄が2012年12月1日より発行開始したカード。 近鉄グループの「KIPSポイントカード」(現金払い専用)との一体型である。 - 近鉄が発行するカード• (回数券カード)• 利用可能時間帯・利用可能日に制限がある代わりに割引率が大きくなるオフピークチケット・サンキューチケットもある(「パールカード11」の項を参照)。 2019年9月30日まで発売予定 だったが、2019年10月1日以降も2020年9月30日まで発売されている。 販売を終了した(特急回数券)の後継にあたる。 但し特急料金は含まれていないため、特急列車を利用する際は別途特急券を購入する必要がある。 2012年7月発売の「夏の関西1デイパス」より、JR西日本との共同企画商品として、JR西日本のエリアのに、近畿日本鉄道および・のいずれか一社の一日乗車券への引換クーポンが付属したものが発売されている。 (全線フリーきっぷ)• ・を含む3日間有効。 乗車開始日の前日までに購入する必要がある。 毎年2月から12月まで発売される。 このほかに信者の参拝向けに販売する普通割引切符があるが、天理教教会および天理教本部限定販売である。 また、としてが使える路線(鋼索線を除く全線)でJR西日本のICカード「」およびこれらと相互利用可能なICカード(・・・・・・・ )が利用可能である。 かつては志摩線に一部利用できない駅があったが2015年8月1日に志摩線全駅と西信貴鋼索線でこれらのICカードが利用可能となった。 さらに、自社でのICOCA・ICOCA定期券(JR西日本・京阪・阪神各社との連絡定期券も)、ならびに近鉄グループの「KIPSポイントカード」(現金払い専用)との一体型である「KIPS ICOCAカード」が発売されている(一部の路線・区間を除く)。 2013年3月23日からは近鉄とJR東海のIC連絡定期券も発売が開始されており 、2014年3月14日にはとの連絡ICOCA連絡定期券も発売を開始した(南海ではPiTaPa連絡定期券として発売)。 また、2014年9月21日には名古屋鉄道とのIC連絡定期券も発行を開始し 、2017年にはとの連絡ICOCA連絡定期券も発売を開始した。 なお、とでカードに印字される符号は KTである。 販売を終了したもの [ ]• - 2008年9月15日の終電をもって発売終了。 その後での利用は2009年3月1日に終了した。 なおでは引き続き利用できるが、2020年5月31日をもって利用終了予定。 - 2008年9月15日の終電をもって発売終了。 その後や自動精算機での利用は2009年3月1日に終了した。 なお自動券売機では引き続き利用できる。 - 名鉄・南海との共同企画。 2006年8月発売終了。 - グループ各社でも使える。 2006年3月発売終了。 - より西(吉野線・道明寺線・田原本線など一部路線を除く)で使用可能な乗車カード。 2017年3月31日をもって発売終了、2018年1月31日をもって自動改札機での利用を終了した。 なお自動券売機と自動精算機では引き続き利用できる。 (特急回数券) - 2017年12月30日をもって発売終了。 入場券 [ ] の発売額は以下の通り(小児半額・端数は10円単位で切り上げ。 ただし、桑名駅・津駅・松阪駅・伊勢市駅・吉野口駅・柏原駅については端数は10円単位で切り捨て)。 2019年10月1日改定。 2020年3月18日鳥羽駅の入場券料金変更。 JR西日本やJR東海とのの入場券は、発売額が他の近鉄の駅と異なる。 駅名 入場券の料金 下記以外の各駅 160 ・・・・ 150 130 駅設備 [ ] 自動改札機 [ ] の導入開始はきわめて早く、現在主流の磁気乗車券方式のものは1969年に試験導入が始まっており、これが本格実用化のきっかけとなった。 その後1971年4月より、など19の駅で対応の自動改札機の本格導入が開始された。 また、それ以前にも光学読み取り式自動改札の試験が大阪阿部野橋駅で行われている。 しかしながら、近鉄には奈良や三重を中心にローカル駅やが多いという実情から、40年以上経った2019年現在でも全線全駅での自動改札の導入は行われていない。 またの導入も遅れ、結局は青山町駅以西の一部支線を除いたエリアでの導入となっていた。 一方で、他の関西私鉄では導入されなかったにも近鉄グループのとともに対応していた。 さらに、東海エリアの駅に関しては2000年代前半まで主要駅を除いて自動改札が存在していなかったが、2007年4月の「」導入を機にこれらの駅の大半でも自動改札の導入が実施され、これらの駅では2枚対応改札(赤い改札)が導入された。 またICカードに限れば、2018年3月現在、生駒鋼索線と葛城索道線を除く全線全駅で利用可能である。 改札機のメーカーは、大阪線系・南大阪線系が、奈良線・京都橿原線系が、名古屋線系が製と分けられている。 2007年11月28日に近畿日本鉄道は、鉄道向け自動改札システムの開発・実用化に関して、電気・電子・情報・通信分野における世界最大の学会である(アメリカ電気電子学会)より、「」に認定され、同システムを共同で研究・開発してきた、・オムロン・阪急電鉄と共に受賞したと発表した。 前述した自動改札機の試験導入が行われた大阪阿部野橋駅には、受賞記念の銘板が設置されている。 ICカードの対応 [ ] ICカードを用いた乗降(改札通過処理)については前述の通りだが、精算やについてはすべての駅では対応しておらず、都市近郊の駅でも一部の駅でこれらの処理ができず、閑散区間に至っては主要駅でしか扱っていない。 そのため、十分な残額が無いままで無人駅などへ乗車した場合、その駅での降車ができないケースがある。 精算機については導入開始以降、都心部や近郊区間の駅を中心にICカード対応のタイプへの置き換えが進んでおり、この機械ではICカードの精算やチャージが可能となっている。 チャージに関してはこのほかにも、改札内のICカードチャージ機、改札外のICカード対応切符券売機で対応している。 また2016年からは、関西私鉄(かつPiTaPa導入社局)で初めて券売機でICカードの残額を利用してきっぷを購入することができるようになった。 物販支払いにおけるICカードの対応については、コンビニ型店舗「」で「PiTaPa」(も利用可能)が、「」(「」から転換)では、「ICOCA」や「TOICA」「manaca」など同カードと相互利用可能なICカードや、「」などが使用可能となっている。 一方で、小型店舗、型店舗が中心の「Pocket Plat」については、「PiTaPa」に対応していた古市駅の店舗を除いてICカードに対応していなかったが、2013年度中に、旧「K PLAT」の店舗を含め、ファミリーマートへの転換(愛称:「近鉄エキファミ」)が進められ、転換が完了した店舗からファミリーマートが導入している各電子マネーおよびPiTaPaが随時使用可能になった。 その他の業種の店舗でも駅ナカを中心に導入が進められており、でも対応している物がある。 発車標・駅の案内表示 [ ] ホームに設置されている(列車発着案内表示器)のタイプに関しては、頃までは行灯式や字幕式、それ以降頃まで設置されたものは(ソラリー式)が主流であった。 しかし一部の主要駅では LED や LCD タイプのものに交換され、さらに奈良線系統においては2009年3月の阪神なんば線開通に伴い、表示する情報量が格段に増えることなどからLCDタイプのものへの交換が一部の駅を除いて行われた。 このLCDタイプは奈良線以外ではやを皮切りに主要駅を中心に順次設置されている。 なお都心部やその近郊区間での下位種別しか停車しない駅などではほとんどが列車の通過到着を知らせるだけのLED一段タイプのものであるほか、閑散区間の駅や支線の駅に至っては全く設置されていない場合がほとんどである。 このほか、生駒ケーブルやなどでは昔ながらの行灯式が現在でも使用されている。 なお、字幕式の発車標はでの2020年1月30日の使用終了をもって全て姿を消した。 また、近鉄特有のものとして、主にターミナル駅のホーム階段付近やコンコース、改札などに設置されている各方面別の発車案内を表示する式や液晶式の表示装置が存在する。 早い所ではから設置されていたもので、長らくブラウン管タイプが使用されていたが、最近になって大半が液晶式に交換されている。 また、この液晶式表示装置はダイヤの乱れなどが発生した時に、運行情報を表示する機能も導入されている。 このほか、一部の主要駅では列車運行情報専用(平常運転時は旅客案内用)の液晶ディスプレイが設置されている。 発車標は、全列車を表示するもののほかに、大阪難波駅や近鉄名古屋駅などでは特急のみ表示するものも設置されている。 また、特急停車駅ではホームに乗車位置の案内表示器が設置されており、発車標と同様にソラリー、LED、LCDが混在する。 さらに、各方式で号車番号のみ表示するもの、発車時刻の「分」と号車番号を表示するもの、発車時刻・行先・号車番号を表示するものがある。 なお、発車標での特急の表示は2013年のダイヤ変更まで一部の駅を除いて使用車種にかかわらず「特急」のみであったが、このダイヤ変更以降は全ての駅でしまかぜ・アーバンライナー・伊勢志摩ライナー・さくらライナー・青の交響曲に限り使用車種の名称が併記されるようになった。 なお、2000年代以降に設置された案内サインの多くには、・のほかにおよびでの案内が印字されており、また2009年以降近鉄奈良線を皮切りに更新された案内板・駅名標からのや、とが共同開発 したユニバーサルデザイン対応フォント「」が採用されている。 2015年8月から2016年4月にかけて駅ナンバリングの導入、及び主要駅の案内サインや行先表示装置、駅・車内放送における多言語対応の充実に伴い、再度駅の案内板のリニューアルが行われ、シンプルでかつ文字サイズが幾分大きめになったデザインに変更されている。 また、LCDタイプの発車標では、英語表記を小さいフォントで日本語の下に配置していたもの(鶴橋駅の画像を参照)から、主要駅25駅 においては『日本語』と『英語(頭文字のみ大文字、以下小文字。 駅ナンバリング込み)』とを交互表示させるものになった。 ただし、主要駅以外では従来の表示形式のままである。 行灯式(湯の山温泉駅) 方面を示す看板は、基本的に前述の「」に記した案内放送の通りに駅名の表記を行い、途中で乗り換えることで行くことができる駅名も表記している。 2015年ごろからは路線記号とラインカラーを組み合わせたものとなっている(公式英語サイト内の"Boarding a Train: Confirming the train type and platform"に記載)。 駅によっては地区名もしくは都市名で示す場合もある。 大阪地区においては山田線・鳥羽線・志摩線の各駅を示す意味で「伊勢志摩方面」の表記を用い、名古屋地区や伊勢志摩地区においては大阪上本町駅・大阪難波駅・阪神電鉄の神戸三宮駅を示す意味で「大阪・神戸方面」の表記を用いている。 バリアフリー対応 [ ] 対応のため、特急停車駅など主要駅、都心部や近郊区間の駅ではや、、障害者対応などの設置が逐次進められている。 しかし、前述の通り所有駅数が多いという実情から、閑散駅ではなかなか対応が進まないのが現状である。 近年では中之郷駅のように、一旦エスカレータが設置されたものの、その後の乗降客減少と駅無人化によって利用停止、解体された事例も発生している。 トイレの設置 [ ] 大半の駅で設置されている。 水洗式や障害者対応トイレの整備が進められている一方で、利用者が比較的多いにも関わらずのままの駅も多数残存する。 また、を中心に閑散区間の駅で駅員配置駅だったものが無人駅化される際に、清掃・維持費用の観点からトイレそのものを撤去したケースも複数存在する。 しかし、これらに該当する駅が多かった北勢線・養老線・伊賀線が経営分離されたことで、近鉄としての水洗化率・トイレ設置率は大幅に向上している。 は、ほぼ全駅のトイレに設置されている。 このうち、関西エリアでトイレットペーパーの設置が進んだのは2008年冬頃からであり、それ以前は関西エリアでは紙の備え付けはされず、別途入口付近ので購入する方式を採っていた。 東海エリアでは以前からローカル駅においてもロール式が備え付けられていた。 特急券・定期券の販売 [ ] ほとんどの特急停車駅においてはは有人窓口、自動券売機など、何らかの形で常時発売されている。 これらの駅ではも発売されている場合が多いが、観光地の駅や山間部の駅などでは必ずしもその限りではない。 また、本線格の路線においては速達種別の停車駅や特に利用客の多い駅、学生利用の多い駅などに有人の定期券・特急券発売窓口を設置している。 2010年のダイヤ変更で特急停車駅となったは唯一の例外で、同駅ではこれまで有人の切符販売窓口が未設置だったこと、特急停車にあたって「定期券・特急券自動発売機」(後述)の設置もされなかったこと、加えて特急が停車するのが観光需要のある日中のみであることから、発売時間も同駅に特急が停車する時間帯のみに設定している。 また、定期券についてはローカル駅などで事前予約による販売のみを行う駅も存在する。 最近では「定期券・特急券自動発売機」の設置が進められている。 この機械の導入により、これまでの有人窓口と比べて販売時間が大幅に拡大した(基本的に早朝から深夜まで購入可能)ものの、新規の通学定期券やバス連絡定期券、各種割引きっぷが買えなくなるデメリットも発生している。 特急停車駅ではない駅の中にはこの機械の設置に替えて有人窓口の営業時間を大幅縮小、または廃止、臨時営業とする駅も出てきている(機械の代替設置を行わず、特急券・定期券類が完全に買えなくなった駅も存在する)。 また、2008年10月には自動発売機の整備と有人窓口の廃止縮小を軸とした販売窓口の一斉整理が全線で行われ、それ以降も自動発売機の設置と有人窓口の営業時間縮小、廃止が少しずつ進められている。 構内店舗・売店 [ ] 大半の特急停車駅やある程度の乗降客がある駅にはコンコース・ホーム上などに駅売店「Pocket Plat」を、などにはタイプの売店「」が営業している。 かつては「365」というブランドで展開しており、現在でも一部の駅の自動販売機コーナーなどにその名残りがある。 また、最近ではターミナル駅での事業の拡充に取り組んでおり、や、などでは「Time's Place」という様々な業種の店舗が立ち並ぶようになっている。 しかし、その一方では乗降客の減少した駅での店舗廃止も進めている。 売店の営業は近鉄が直営として、近鉄グループの近鉄リテールサービス(現・)に運営委託という形を取っているが、以前(「365」時代)はによる運営であった。 2013年3月には近畿日本鉄道との業務提携と、「K PLAT」、「PocketPlat」の2013年度中のファミリーマートへの順次転換が発表された(愛称:「近鉄エキファミ」)。 転換後は近畿日本鉄道がファミリーマートのになる。 ファミリーマートへの転換が完了した店舗では、買物での支払いにICOCAやTOICA・manaca・PiTaPaなどの各種交通系ICカードや、iD・楽天Edyなどが使用可能になった(「」節も参照)。 特に駅ホームのキオスク型店舗でICカードが使用可能になるのは近鉄としては初めてのケースとなる。 なお、かつてあったコンビニエンスストアの(現在はファミリーマートに統合・移管済)は、関西圏では近鉄がフランチャイジーを行っていた。 テレビモニター [ ] 奈良県内ではの局、「 KCN 」がケーブルテレビ・事業を行っており、それの宣伝を兼ねる目的で、奈良県内の主要駅やスタジオにもっとも近いには主に()のが映る多数のテレビを壁状に配置し、様々なチャンネルを同時に視聴できるようにしたテレビモニターが設置されている。 基本的に音は出ないが、大和西大寺駅などに設置されているものは中央に大型のテレビが据えられ(主にが放映されている)、これのみスピーカーから音声が発信されている。 特徴的な設置物であるがゆえに待ち合わせに利用されるケースも見受けられる。 このほか、三重県内でもとに、にのテレビモニターが設置されている。 時刻表 [ ] 駅掲出の時刻表及び駅配布のポケット時刻表はけいはんな線を除いて独特の形式をしており、行先ごとに枠を作って大分類し、それを種別ごとにさらに分類して時刻の「分」を記入していくような形になっている(駅によっては行先と種別の順序が逆になることがある)。 までは1日に1本しかないような列車に対しても枠が分けられるなど、かなり厳格な運用がされていた。 ただし近年では、類似の種別や行き先は一纏めにされ、その上で色分けしたり略号を付けたりして区別されることも多くなり、他の鉄道の形式にも幾分近くなってきている。 頃までは、2003年まではでもこの体裁が採用されていた。 なお駅掲出時刻表は、全駅について公式ウェブサイトで閲覧できる。 また、駅配布のポケット時刻表は、大阪地区と名古屋地区で体裁が異なる。 さらに大阪地区においても京都線は休日ダイヤが表面になっている(それ以外の路線は平日ダイヤが表面である)。 2020年3月以降の大阪地区では一部の駅でポケット時刻表独自の体裁から駅掲出時刻表をそのまま印刷したものに変更されている。 時刻表では、「当駅から乗客扱いを始める列車」については「当駅始発列車」ではなく「 当駅仕立列車」という独特の用語で表現される。 駅で配布している大阪地区版のポケット時刻表(大和西大寺駅) 他社との関係 [ ] 以下では近鉄と同業他社との関係(グループを含む)を記す。 なお、この他にも大分県への近鉄グループ進出を巡り、とも対立していた時期もあった。 奈良県・三重県における近鉄 [ ] 近鉄が多く路線を保有するおよびにおいては、近鉄はよりはるかに運転速度・規格・本数などで勝っている面が多い。 また、と、となど、同県のある地区にJRと近鉄の2社の代表駅がそれぞれ別の場所に設けられている場合、それぞれの沿線人口の違いもあり、JRの駅前は閑散しているのに対して、近鉄の駅前は賑やかというのが一般的である。 (国鉄)時代から国有鉄道の意義が低く、近鉄の意義が沿線住民には高かったからである。 これは、同地区の国鉄線を建設したのが元々・などといった私鉄であり、に基いてそれを国有化した後は一地方路線扱いとしてほとんど投資がなされなかったため、国鉄時代には近鉄と並行する・などは都市近郊路線にもかかわらず、・の時代が長く続いているといった状況となったからである。 これに対して、近鉄の元となるは、始めから高規格の高速運転を行う路線として主要路線を建設し、さらに買収路線(を買収した、を買収したなど)を含めて何度も複線化・線形改良などを行い、速達列車を多く設定したため、輸送において国鉄よりはるかに優位に立つことができた。 後は、JR西日本が・奈良線・・・といった「」の一部路線で近鉄との対抗としてなどの速達列車を設定したり 、JR東海が - 間に「」を走らせたりするなど、国鉄時代に比べて大きく改善されているが、それでも、列車本数等で近鉄が有利である区間が多い。 そのため、奈良・三重両県においては、や(・)などの交通事業、不動産やホテル・百貨店などの付帯事業において強い影響力を持ち、両県では「近鉄王国」と称されているほど、県民にとって近鉄グループは生活に欠かせないものとなっている。 一例として、古くから皇室関係の奈良・三重方面への移動には京都やから近鉄を利用することが多く、このことからの運行実績も他私鉄に比べて多い。 また、毎年のの参拝に関しても慣例的にが利用される。 また、両県においては交通事業のほかに、に代表される流通事業、やに代表される通信・サービス事業、に代表される不動産・開発事業、(・など)に代表される観光・レジャー事業など、近鉄グループ各社の影響を大きく受けている。 他にはや本舗たなか、またや・など、グループ企業ではないものの、近鉄との関わりの強い企業も非常に多い。 名古屋と三重県下の間では、JR東海の快速「みえ」などの関西本線・紀勢本線・参宮線の列車と競合関係にある。 京阪電気鉄道との関係 [ ] は(以下 奈良電)を合併したことから始まるが、奈良電は(以下 京阪)と当時の大阪電気軌道の両者がほぼ同額を出資する形で設立された。 9月に近畿地方を襲ったによる被害で、奈良電は経営悪化に陥っていた。 その際、京阪と合併するという案が出されている。 しかし、これを京阪側は淀屋橋延長線(淀屋橋 - 天満橋)の建設工事による巨額投資を行ったため不可能だとして拒否していた。 その時期を見込んで京阪寄りだった奈良電の経営権を取得し、京都への進出を図った近鉄だったが、京阪側はこの事態に反発した。 しかし、近鉄は株式の取得を進め、関西電力会長だったの斡旋を経て、に奈良電は近鉄に合併された。 当時の近鉄社長である佐伯勇は、京阪の社長だったが英断を下して「持株も譲っていい、そのかわり奈良電を一流にたて直しなはれ」という言葉をかけられたと述べている。 なお、など、近鉄京都線沿線(新田辺駅以北)のバス路線が京阪バス・京都京阪バス等により運行されているのは、近鉄への株式譲渡の際、京都 - 奈良間のバス事業免許は京阪側に引き渡すという条件によるものである。 国鉄・JR東海・JR西日本との関係 [ ] 国鉄への対抗意識から、関西私鉄の多くが国鉄の駅との連絡に消極的であったのに対し、近鉄は大軌子会社の参急発足の頃から、積極的な連絡を図ろうとした。 その名残で特に三重県には、・・・といった、JRと近鉄が同じ構内を共同で管理する駅が存在する。 さらに名古屋線などの前身である、南大阪線などの前身である、吉野線の前身であるなどといった会社も、元々は「国鉄と貨物の連携輸送を行うこと」を目的に設立されたことから、それらの会社が建設した路線にもや・など、JRの駅への乗り入れている駅がいくつか存在している。 他にもやのように、JR線との乗り換え改札口を設けている駅もある。 一方で近年は、やのように、JRと改札が分離された事例もある。 また近鉄四日市駅は、かつて国鉄四日市駅に近接していたが、名古屋線の付け替え(いわゆる「」の解消)により、独自の駅に分離した。 加えて、の導入には最初は消極的であったり、JR西日本の「カード」が、近鉄の鉄道路線(青山町駅以西の「スルッとKANSAI」対応線区に準ずるが、けいはんな線を除き、道明寺線が含まれる)や近鉄バス(地区を除く)でも利用可能だった(2009年3月1日で自動改札機・自動精算機での利用を停止。 以後は自動券売機での乗車券への引き換えのみ可能)という関係もある。 近鉄特急も近鉄京都駅、近鉄名古屋駅では遠方からの利用客を考慮して東海道新幹線の接続を意識したダイヤを設定している。 2009年11月から近鉄グループとの(2011年4月26日にを開業)の共同企画として行われている・阿倍野地区のイメージ向上を目指す「Welcoming(ウェルカミング)アベノ・天王寺キャンペーン」に、翌年2010年5月よりなども参加している。 2012年5月10日には、近鉄グループの鉄道車両メーカーであるにJR西日本が資本参加し、人事交流や車両の共同開発などを目的とした、業務・技術提携が締結された。 2012年夏には、JR西日本で発売された「」では鶴橋駅または京都駅からまでの往復乗車券と(生駒ケーブル)の乗車券が引き替えできるオプションが用意された。 これ以降も季節ごとに、近鉄のオプション乗車券引き替えが選択可能な「関西1デイパス」が順次発売されている。 九州、伊勢志摩」の旅行商品の販売キャンペーンも行われている。 近鉄でのIC定期は、同様にではなく、JR西日本ので発行されることになった。 2012年12月1日に発売を開始し、JR西日本・京阪・阪神各社との連絡定期券も同時に発売開始した (阪神ではPiTaPa連絡定期券として発売)。 さらに2013年3月23日からは、JR東海とのICOCA連絡定期券も発売開始し(JR東海ではTOICA連絡定期券として発売)、2014年3月14日にはとのICOCA連絡定期券も発売を開始している(南海ではPiTaPa連絡定期券として発売) ほか、9月21日には名古屋鉄道とのICOCA連絡定期券も発売を開始した。 後にJR東海が展開する「」キャンペーンにも協力しており、近鉄の駅構内や車内において、同キャンペーンの広告を2社共同で出稿しているものもある。 近鉄がJR西日本と共同発行しているKIPS ICOCAカード。 近鉄とJR西日本の関係性を示す物の一つである 名古屋鉄道との関係 [ ] 他社線との直通運転ので前述したように、(名鉄)との間では、かつて名古屋線が狭軌であった時代に、新名古屋駅と近畿日本名古屋駅(いずれも当時の駅名)とを結ぶ地下連絡線を通り、名鉄 - 近鉄間両社直通の臨時観光列車の相互乗り入れをしていたこともあった。 その後、相互乗り入れは中止したが、現在も近鉄名古屋駅の地下コンコース内には、への連絡改札口が設けられている。 しかしその一方、名鉄との間では、一時期激しく対立したこともあった。 戦前では伊勢電を巡る争いが最も大きなものであったが、戦後の期にはにおける支援を名鉄が行った際に、近鉄では北陸鉄道に対抗するバス路線の敷設を目論んで北陸日本交通との名義で会社を設立しようとしたり(これは後に同社を合併して近鉄の子会社化した北日本観光自動車のバス路線網拡大へ方針転換するが、当時のの方針で却下された)、近鉄が大垣から岐阜・羽島への新線敷設を計画した(「」を参照)のに対抗して、名鉄が岐阜から養老・羽島に至る建設を発表(後にの建設へ変更)したという事例がある。 また、に航路を新設するに当たっては、営業免許を巡って両社共激しく競合したが(当時の新聞紙上では「 伊勢湾海戦」と報道された)、これも当時の運輸省の仲裁により、が両社折半で設立されることになった(現在は両社の手を離れて第三セクターとして運営)。 さらには、に開通したを走る路線であるにおいて、(現在はとして・が共同運行)以外に多数の民間会社による運行計画が乱立したため、運輸省の調整により、近鉄を中心とした(現在の、当時は阪神・も出資)と、名鉄を中心とした(当時は・阪急・なども出資、その後からを経て、現在はへ移管)の2社が設立される事態となった。 これらの対立・競合状態が解消して、協力関係に入ったのはの中頃に入った1980年代のことだった。 近鉄の駅構内や車内広告、および「近鉄時刻表」などにおいて、主に・や、行き空港特急「」など名鉄グループの広告が、また名鉄の駅構内や車内広告、および「名鉄時刻表」などにおいては、主になど地区の観光広告や、近鉄名阪特急「アーバンライナー」など、近鉄グループの広告が相互に掲載されるようになるなど、名鉄と完全に相互協力関係にある。 その後1997年から2006年までの間、と共に3社の鉄道路線・およびグループ各社の交通機関も利用可能であった、乗り放題切符「」も発売されていた。 2013年3月23日には「」開始により、近鉄で発行しているICカード乗車券「」「」を名鉄線で、名鉄で発行しているICカード乗車券「」を近鉄線で、それぞれ利用することが可能となった。 また、2014年9月21日には両社のIC連絡定期券も発行を開始した。 2012年6月には開業に向けての名古屋駅周辺の再整備により、近鉄名古屋駅と名鉄名古屋駅の統合化を検討していることが明らかになった。 スポーツ [ ] プロ野球球団 [ ] 近鉄のプロ野球事業は、公式には1949年結成の「近鉄パールス(後の)」からとされているが、既述の通り1944年の発足から1947年までは旧・南海鉄道を合併していたため、南海軍(1938年発足。 のちの南海ホークス・福岡ダイエーホークス、現在の)を改めた「近畿日本軍」が近鉄の球団経営史の嚆矢となる。 戦後、近畿日本軍は社章「」にちなみ「グレートリング」と改称。 1947年6月のシーズン途中、近鉄から南海電気鉄道の分離発足(の節参照)に伴い、同球団は近鉄から南海の傘下に移り、同社の社章「羽車」にちなみ、「南海ホークス」と改称した。 1949年、グレートリングを所有したこととプロ野球人気がきっかけとなり、近鉄は再び球団経営を検討し、今度は自力で新たにパールスを発足させた。 その球団経営も当時の社長の手により「球団は 回収の見込みがない経営資源」と見なされ、2004年の(大手リース会社傘下)との統合により55年の歴史に幕を下ろし、統合球団「オリックス・バファローズ」への出資・スポンサー協力も2007年シーズンをもって終了、名実ともにプロ野球事業から撤退した(「」も参照)。 なお、かつて近鉄が運営していた球団である近畿グレートリング(近畿日本ホークス )と近鉄バファローズは、球団経営母体がそれぞれとオリックスとなった現在でもの「」として時々交流試合をしている。 ラグビー [ ] 1929年に設立された大軌部を源流とする社会人ラグビーチーム「」は、昭和40年代にで3度優勝するなど古豪として知られる。 かつてはラグビーの聖地とも称される近鉄花園ラグビー場を所有しており、プロ野球事業からの撤退後はラグビー部の運営に力を入れるようになった。 花園ラグビー場は開催に備えて、に施設をに譲渡 して「」として運営されているが、引き続き近鉄はライナーズの本拠地としての使用、並びに東大阪市のラグビーの普及・啓蒙のための支援活動を実施している。 これについては「」の項を参照。 その他の事業 [ ] SAレストラン事業 [ ] バス事業、旅行業など多くは子会社化していたが、2015年4月の会社再編まで直営していたものとして、のにおけるレストラン事業があった。 下記の各サービスエリア(6箇所7店舗)で運営していたが、会社再編後は近鉄リテールサービス(に社名変更)に移管された。 上下共通()• 下り(、近鉄名神ハイウェイサービスから移管)• 上り(、から移管)• 下り()• 上り・下り(、下り線はから継承)• 下り(、近鉄観光から継承) 農業事業 [ ] 近鉄ふぁーむ花吉野 2012年7月より、近畿日本鉄道・・の3者連携()により、吉野線前の遊休地に開設された施設。 施設内のでは、などのやなどのミニ類が、農業用ハウスではが生産されており、「花吉野からやさい。 」シリーズとして、近鉄グループのでの販売や、ホテル・レストラン向け食材として供給されている。 労働組合 [ ] 第108期有価証券報告書によると、近畿日本鉄道労働組合が組織されており、に加盟している。 ストライキ [ ] ・・などと同様に、原則は列車運行のを行わない方針を採っている(集改札ストライキはあり)。 後半当時のやストライキ情報では、ストライキを予定していた近鉄が集改札スト(鉄道の営業は行うが駅での改札や乗車券類の発売などの業務を一切行わない戦術。 なお、ストライキ中の乗車券は車掌が車内で発売する体制を採っていた)に変更すると「戦術ダウン」と報道されることもあった。 また、名阪ノンストップ特急の利用者が低迷した時代は、それに関してのみ例外として運休とされていたことがあった。 ただし、戦後に組合が発足した当初は争議に積極的で、他社が収束した後も独自にストを行ったこともあった。 特に1958年の春闘では激しく対立し、全面ストを含む41日に及ぶ争議となったが、並行する他社の路線がほとんどないなどの理由で、利用者からは強い反発を受け「沿線住民を無視できない」という理由でストを中止した。 翌1959年、組合は対話を尊重する方針を打ち出し、秋の伊勢湾台風被害から労使一体で再建に取り組む過程でこの路線がさらに固まった。 その後十年間にこの方針が組合の基調となり今日に至っている。 関連する人物 [ ] 歴代社長 [ ] カッコ内は就任期間。 代数は大阪電気軌道設立から数える。 初代:(1910年9月15日 - 1912年12月15日) - 他に社長などを務めた• 2代:(1913年1月8日 - 1914年11月2日)- 近鉄の前身となる大阪電気軌道創業に尽力• 3代:大槻龍治(1915年8月16日 - 1927年3月10日) - 長などを務めた元官僚。 大軌の経営を建て直した• 4代:(1927年3月31日 - 1937年2月9日)• 5代:(1937年2月10日 - 1947年4月25日) - 大軌・参急合併、近畿日本鉄道設立• 6代:(1947年4月25日 - 1951年12月24日) - と兼任• 7代:(1951年12月24日 - 1973年5月25日) - 近鉄中興の祖、のち会長・名誉会長• 8代:(1973年5月25日 - 1977年6月22日)• 9代:富和宗一(1977年6月22日 - 1981年6月22日)• 10代:(1981年6月22日 - 1987年6月26日)• 11代:(1987年6月26日 - 1994年6月29日) - 金森又一郎の孫• 12代:(1994年6月29日 - 1999年6月29日)• 13代:(1999年6月29日 - 2003年6月27日)• 14代:(2003年6月27日 - 2007年6月28日)• 15代:(2007年6月28日 - 2015年4月1日) 事業会社発足後• 2代:都司尚(2019年6月13日 - ) 歴代会長 [ ] カッコ内は就任期間。 代数は公式には存在しないので就任順に掲載。 (1944年6月1日 - 1946年12月12日) - 旧南海鉄道社長• 金森乾次(1951年12月24日 - 1954年12月8日) - 金森又一郎の二男・金森茂一郎の父• (1954年12月20日 - 1969年6月6日)• 佐伯 勇(1973年5月25日 - 1987年6月26日) - のち(-1989年10月5日)• 上山善紀(1987年6月26日 - 1994年6月29日)• 金森茂一郎(1994年6月29日 - 1999年6月29日)• 田代 和(1999年6月29日 - 2003年6月27日)• 辻井昭雄(2003年6月27日 - 2007年6月28日)• 山口昌紀(2007年6月28日 - 2015年4月1日) 事業会社発足後• 2015年4月1日から近鉄グループホールディングス会長兼任(現在は専任)• 和田林道宜(2019年6月13日 - ) その他の役員 [ ]• (参急専務)• (元・専務、やの開発者)• (元・副社長、三重県商工会議所連合会会長) 主な社外役員 [ ]• (元・大軌相談役、社長)• (元・参急取締役、大軌・関急監査役、社長)• (元社外取締役、社長)• (元・監査役・取締役、会長)• (元・取締役、大阪瓦斯社長)• (元・監査役、法学者) その他の主な出身者 [ ]• (近鉄では本名の原進として活動) - 、近鉄ラグビー部OB、元・近鉄駅係員・乗務員など• - 地方競馬予想家・評論家、元・近鉄駅係員・乗務員• - 代表取締役・中央競馬馬主、元・百貨店部(現・)OB 関連する企業 [ ] や・など近鉄グループ企業各社については、「」を参照のこと。 放送局は「」の節を参照のこと。 鉄道事業者 [ ]• (JR西日本) - したとおり、ICOCAの発行や共同での観光プロモーションなどで関係が深い。 - 戦時中統合していた旧・南海鉄道の路線を継承した会社。 - 2009年3月20日より阪神なんば線経由で相互直通運転を開始した。 (元)・ - 相互直通運転を実施。 - かつて京都線と相互直通運転を行っていた。 - かつて名古屋線と相互直通運転を行っていたほか、共同で「3・3・SUNフリーきっぷ」を発行していた。 「」節も参照。 - かつて直営路線および自社車両を保有し、大阪市営地下鉄中央線を経由して東大阪線(現・けいはんな線)と相互直通運転を行っていた。 「」節を参照。 - 東武鉄道が運営する高さ日本一の電波塔である「」と近鉄が運営する高さ日本一のビル「」との間での相互PRを行っている ほか、した通り東武鉄道の2代目社長であるは近畿日本鉄道の社外取締役を務めたことがある。 2016年以降は年間数回京成のの旅客誘致ポスターを近鉄の主要駅や一部編成の車内の広告に掲出したり、その逆に近鉄も奈良大和路や伊勢志摩への旅客誘致広告を京成に掲出したりしている。 - 2015年度より両社間の列車内中吊り広告や駅掲出ポスターにおいて互いの沿線を宣伝する広告を掲出している(西武側は秩父、近鉄側は奈良大和路と伊勢志摩)。 - 2003年に近鉄からを譲り受けた会社。 ・ - 2007年10月1日に近鉄からそれぞれ・の運営を移管した会社。 ただし近鉄は以後も2017年まで両線の施設等を保有していた。 - 2015年に近鉄から・を譲り受けた会社。 - (愛知万博、「愛・地球博」)期間中に「」が運行されることに伴い乗務員が不足しており、期間中は不足した人員を近鉄からの出向でまかなっていた(近鉄の他にJR東海からも出向を受け入れていた)。 各種メーカー [ ]• - 近鉄グループ。 戦後一時期を除きすべての近鉄車両を納入。

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歴史 [ ] 近畿日本鉄道の母体ともいえる (大軌)は、1910年(明治43年)9月16日にとを結ぶ路線を敷設すべく 奈良軌道として設立され、同年10月に大阪電気軌道へ改称した。 そしてを難工事の末に完成させ、1914年(大正3年)に最初の路線である上本町 - 奈良間を開業させた(現在の)。 その後、1927年(昭和2年)には・方面への路線網を確立した。 同年にを目指すため (参急)を設立し、1931年(昭和6年)にまで開通、大阪からへの日帰り参拝を可能とした(現在の・)。 さらに、(伊勢電)の合併、(関急電)の設立により、1938年(昭和13年)にはへのルートを確立した(現在の)。 戦時中のにより周辺の鉄道会社と次々に合併し、さらに、大阪電気軌道は参宮急行電鉄や関西急行電鉄などと統合して、1940年(昭和15年)に 関西急行鉄道(関急)へ再編され、1府4県に総延長437kmの路線を有する一大私鉄となった。 1943年(昭和18年)には現在のなどを経営していて、既に関急の資本下に置かれていた(大鉄)を合併し、この時点で現在の近畿日本鉄道の原型となる路線網が確立された。 1944年(昭和19年)には国からの強い要請を受け、長い歴史を有する(南海)とする形で今に至る 近畿日本鉄道(近鉄)が発足、資本金2億3147万円、総延長約630kmの路線を有する日本最大の民営鉄道会社となった。 この時点では上本町・名古屋・天王寺・難波の4営業局体制であった。 だが、こうして国からの要請に応える形で発足した近畿日本鉄道であるが、その天王寺営業局は元大阪鉄道の社員、難波営業局は元南海鉄道の社員をそのまま引き継いだような形となった ため、いかにも無理矢理まとめたという印象が当初から強く、特に南海は関急との沿革上の接点がほとんどなかったのを、強引に戦時体制の名でつないだようなものであり、戦後の労働運動の高まりとともに、難波営業局では分離運動が盛り上がった。 なお大鉄は、初期には既に大軌の傘下となっていて、大軌の路線とのも行っていた。 そのため、会社発足4年目の1947年(昭和22年)に難波・天王寺営業局管轄の旧・南海鉄道の路線を、旧・南海の系列会社で現在の - 間と極楽橋 - 間を運営していたが改称したへ譲渡し、関西急行鉄道時代の路線網に復することになった。 その後、(奈良電)や、の鉄道線を承継した三重電気鉄道(三重電)などの合併により、1965年(昭和40年)には現在の路線網がほぼ完成した。 の終戦3年目に当たる1947年(昭和22年)10月には、早くも上本町 - 近鉄名古屋間に有料の運転を開始している。 これは日本における有料特急列車の戦後初の復活であり、現在のの元となった。 翌1948年(昭和23年)には特急の山田線直通運転を再開し、1958年(昭和33年)にはを連結した「」が登場した。 元伊勢電気鉄道・関西急行電鉄の路線により成立した名古屋線は1,067mmのであり、近畿日本鉄道の主流となる元大阪電気軌道・参宮急行電鉄によって建設された大阪線・山田線などといった路線群は軌間1,435mmのであって線路幅が異なっていたため、名阪間の直通客は途中ので乗り換えを強いられていた。 この問題については、第2次世界大戦後に名古屋線の改軌が計画され、橋梁架け替えに伴う線路移設などと併せて準備工事が徐々に進められていたが、1959年(昭和34年)9月のによる被災を機に、当時の社長であったの判断で工事が復旧工事と同時進行で当初の計画を前倒しして実施されることになった。 この復旧・改軌工事は、最も手間の掛かる枕木の交換作業などの準備が前もってかなりの規模で進められていて、かつ架け替え工事中であった・・の各新橋梁は当日落成した上、台風で致命的な被害を受けずに済んだ、という幸運も手伝って、被災からわずか2か月後の同年11月27日に名古屋線および神戸線(現在の)の工事が完了し、さらに同年12月には新造のによる名阪間直通特急の運転が開始された。 1970年(昭和45年)に大阪の千里丘陵で(大阪万博)が開催されることになり、万博来場者をやなど沿線観光地へ誘致する計画を立て、孤立路線だったの改良と建設による直通化に取り組み、同年3月に完成させた。 さらに同月には、も完成し、1947年(昭和22年)6月1日の南海分離以来となる悲願の乗り入れを自力で果たした。 特急列車網も整備され、1988年(昭和63年)には「」、1990年(平成2年)には「」、1994年(平成6年)「」、2013年(平成25年)「」などといった、特色・個性あふれる車両を登場させている(その他の車両の登場年は年表参照)。 2009年(平成21年)3月20日には大阪難波まで延伸開業したとの相互直通運転により、奈良方面から・方面への乗り入れを開始した(当該路線の記事および「」の節も参照)。 2010年(平成22年)9月16日に、創業100周年を迎えた。 また、2014年(平成26年)4月30日に最初の営業区間である上本町 - 奈良間の開業から100周年を迎えた。 2015年(平成27年)4月1日に、これまでの(旧)近畿日本鉄道を に社名変更した上で、により鉄軌道事業を近畿日本鉄道分割準備(2014年4月20日設立)に、不動産事業をに、ホテル・旅館事業を、流通事業をにそれぞれ継承させ、制に移行した。 鉄軌道事業を継承した近畿日本鉄道分割準備は(新) 近畿日本鉄道に社名変更し 、近鉄グループホールディングス傘下の事業会社となった。 年表 [ ] 本表では現在の近畿日本鉄道の母体会社である大阪電気軌道の創業より記述する。 ()・などの創業についてはそれぞれの記事を参照のこと。 また、特急列車の歴史は「」を、後のの変遷は「」を、各路線の歴史は各路線ごとの項目を参照のこと。 公式サイトの「」も参照のこと。 大阪電気軌道・関西急行鉄道 [ ]• (43年)• : 奈良軌道として設立。 : に社名変更。 (3年):生駒トンネルの開削により上本町駅 - 奈良駅間が開業。 (大正5年):大阪電気軌道が東大阪土地建物を設立し、不動産事業を開始。 (大正10年):を買収。 (大正11年):生駒鋼索鉄道を合併、生駒鋼索線となる。 (大正12年):畝傍線(現在の橿原線)が全通。 (大正15年)• :菖蒲池駅前にが開園。 9月16日:上本町ターミナルビル(初代)が開業。 (2年)• :八木線(現在の大阪線布施駅 - 大和八木駅間)が全通。 :参宮急行電鉄を設立。 (昭和3年)• :大阪電気軌道が長谷鉄道を合併。 となる。 :と半分ずつ出資の合弁会社であるにより、京都駅 - 西大寺駅間(現在の京都線京都駅 - 大和西大寺駅間)が全通。 (昭和4年)• :大阪電気軌道がを開園。 :大阪電気軌道が伊賀電気鉄道を合併、伊賀線となる。 :大阪電気軌道がバス営業開始(奈良春日奥山周遊線)。 :大阪電気軌道がを合併、吉野線となる。 (昭和5年)• :大阪電気軌道の信貴線が開業。 :参宮急行電鉄の桜井駅 - 山田駅(現在の伊勢市駅)間が全通し、上本町駅 - 山田駅間直通運転が開始。 (昭和6年):参宮急行電鉄の山田駅 - 宇治山田駅間が開業。 (昭和7年)1月1日:上本町駅 - 宇治山田駅間に特急が運転開始。 (昭和11年)• :関西急行電鉄を設立。 :参宮急行電鉄が伊勢電気鉄道を合併、桑名駅 - 大神宮前駅間を伊勢線とする。 (昭和13年)• :大阪電気軌道の長谷線が廃止。 :参宮急行電鉄が津線参急中川駅 - 江戸橋駅間を全通させ、伊勢線と接続。 :関西急行電鉄が桑名駅 - 関急名古屋駅(現在の近鉄名古屋)間を開業。 (昭和15年)• 1月1日:参宮急行電鉄が関西急行電鉄を合併。 8月1日:参宮急行電鉄が養老鉄道を合併、養老線となる。 (昭和16年):大阪電気軌道が参宮急行電鉄を合併し、 関西急行鉄道になる。 (昭和17年)• :電気供給事業を関西配電(現在の)に譲渡。 :元伊勢電気鉄道の路線の一部だった伊勢線の新松阪駅 - 大神宮前駅間がも含めた3路線競合区間ということもあり、として廃止。 (昭和18年)2月1日:大阪鉄道を合併。 現在の南大阪線などの前身。 この時、本社を上本町から旧大阪鉄道本社のあった阿部野橋に移転。 (昭和19年)• 4月1日:・を合併。 近畿日本鉄道 [ ] 1944年 - 2014年 [ ]• 1944年(昭和19年):関西急行鉄道と南海鉄道が合併、(旧) 近畿日本鉄道が設立。 この時、4営業局体制(難波・天王寺・上本町・名古屋の各営業局)になる。 難波営業局は旧南海鉄道本社に置かれる。 (昭和22年)• 6月1日:旧・南海鉄道の路線(南海線・高野線など難波営業局管内全路線と天王寺営業局管内のうち阪堺線・上町線・平野線)をから社名を改めたへ譲渡。 上本町・天王寺・名古屋の3営業局制になる。 :名阪特急が運転開始。 (昭和23年)• 3月31日:構内で追突事故()が発生。 7月1日:信貴線が東高安線に改称。 :特急で車内販売の営業開始。 (昭和24年):球団近鉄パールス(のちの、現在はオリックス球団と統合して)が発足。 (昭和25年):事業をとして分社化。 (昭和29年):を近畿日本航空観光(のちの初代・、現在の)に譲渡。 (昭和31年)• 9月28日:名古屋線川原町駅 - 諏訪駅 - - 海山道駅間が新線に切り換えられ、国鉄四日市駅を経由しなくなる。 同駅北に存在した半径100mの急曲線()も解消され、同線の速度向上と車両大型化に貢献した。 :大阪線上本町 - 布施間の複々線化が完成。 (昭和32年)• 3月21日:東高安線が信貴線に改称。 :日本初の高加減速車両「()」が登場。 (昭和33年)• :伊勢特急に2階建て車両付きの特急「()」が登場。 :名古屋線の軌間拡幅(標準軌化)計画を決定• (昭和34年)• :(現在の)で自社提供番組「」の放送開始(2004年3月27日、2,314回で終了)。 :により被災し、不通区間が多数発生する。 :名古屋線と神戸線(現在の鈴鹿線)の復旧および標準軌化工事開始。 :名古屋線全線と神戸線の復旧・標準軌化完了。 神戸線以外の名古屋線の支線は狭軌で復旧。 :伊勢中川駅構内に大阪線と名古屋線との交差渡り線を取り付け、同時に名古屋線と山田線との線路を接続し、3路線直通化工事完了。 :名阪特急の直通運転開始、伊勢中川駅での乗り換え解消。 「」が登場。 (昭和35年)• :による特急座席予約業務が開始。 9月15日:日本初の2階建てバス「ビスタコーチ」の営業を開始。 12月1日:が開館。 (昭和36年)• :伊勢線の残りの区間である江戸橋駅 - 新松阪駅間廃止。 :中川短絡線が開通。 同線経由で上本町駅 - 名古屋駅間にノンストップ特急(甲特急)運転開始(乙特急の短絡線使用開始は1963年3月1日より)。 (昭和37年):2階建て団体列車用車両「」が登場。 (昭和38年)• 4月8日:神戸線が平田町駅まで延長され鈴鹿線に改称。 10月1日:奈良電気鉄道を合併。 京都線となる。 (昭和39年)• :が全通。 :が開通。 10月1日:信貴生駒電鉄を合併、生駒線・東信貴鋼索線・田原本線となる。 伊賀線伊賀神戸駅 - 西名張駅間が廃止。 (昭和40年)• 4月1日:三重電気鉄道を合併、志摩線・北勢線・湯の山線・内部線・八王子線となる。 現在の路線網がほぼ完成する。 7月1日:の事業を譲り受ける。 (昭和42年)• 3月26日:葛城索道線(葛城山ロープウェイ)が営業開始。 :奈良線で近鉄初のが使用開始。 (昭和43年)• 4月1日:不動産事業をに分社化。 12月20日:丹波橋駅での京阪電気鉄道との相互直通運転が廃止。 これに伴い近畿日本丹波橋駅を同駅から分離の上で本格開業。 (昭和44年)• 9月21日:京都線・奈良線・橿原線・天理線・生駒線・田原本線の架線電圧が600Vから1,500Vに昇圧。 :上本町ターミナルビル新館第一期が完成(現在のビルの南半分。 北半分は1973年6月15日に完成)。 :上本町付近の石ヶ辻町に地上8階建ての現本社ビルが完成(設計)。 これにより本社が阿部野橋から再度上本町に戻る。 :奈良線近畿日本奈良駅が地下化され、同駅付近のが解消。 (昭和45年)• :鳥羽線が全通。 志摩線の改軌が完成。 上本町駅地下ホームの使用開始。 また「近畿日本」を冠していた駅名を「近鉄」に改める(近畿日本名古屋駅から近鉄名古屋駅へなど)。 :特急座席予約システムが更新され、即時発券開始。 世界初の(指定券)特急券自動発売機が実用化。 :旧奈良駅跡地に奈良近鉄ビルが完成。 3月15日:難波線が開業し、奈良線列車が直通運転開始。 3月21日:近鉄難波駅(現在の大阪難波駅) - 賢島駅間直通の特急の運転が開始。 (昭和46年):大阪線榊原温泉口駅 - 東青山駅間で列車衝突事故()が発生。 (昭和47年)6月1日:百貨店事業をに分社化。 (昭和50年):が開通し、大阪線の全線複線化が完成。 (昭和53年):「ビスタカー3世」(現在のビスタEX)が営業運転開始。 (昭和58年):東信貴鋼索線が廃止。 (昭和59年):制御車の1250系(現在の)が落成。 (昭和60年):上本町ターミナル整備が完成、と都ホテル大阪が開業。 の運用が開始。 (昭和61年)• 3月1日:VVVFインバータ搭載量産車のが営業運転開始。 10月1日:東大阪線(現在のけいはんな線長田駅 - 生駒駅間)が開業。 「」「」発売開始。 (昭和62年)• 2月1日:特急座席予約システムを新システム「ASKAシステム」に更新。 特急券の前売発売を最大3週間前から最大1か月前に変更。 (昭和63年)• :と相互直通運転開始。 :の増築が完成、発着場(あべの橋バスステーション)も開設。 (元年)• 10月3日:団体列車用車両「旧あおぞらII」が登場。 :名古屋営業局を名古屋市(名古屋近鉄ビル)から四日市市(近鉄四日市駅近接地)に移転。 (平成2年)• 3月15日:吉野特急に「さくらライナー」が登場。 前後して駅係員・乗務員の制服を灰色地のものに変更。 11月23日:団体列車用車両「楽」が登場。 (平成4年)• :特急用電車「ACE」が登場。 12月1日:全駅の構内で朝夕の禁煙タイムを実施。 (平成6年)• 3月22日:奈良市に開館。 :が開業。 (平成8年)• :公式「K's PLAZA」開設。 :改造車にてデュアルシート車()の試験を開始。 (平成11年)10月1日:自動車局(バス部門)をに分社化(2006年9月1日に近鉄観光バスは近鉄バスに統合)。 (平成12年)3月15日:京都線・橿原線・天理線・奈良線で新型通勤車両「」が営業運転開始。 以後大阪線・南大阪線にも登場。 (平成13年)• 2月1日:関西共通乗車カードシステム「」に参加、青山町駅以西で開始。 :青山町駅以西で「」が利用可能になる。 (平成14年)• :特急でのが休止される。 4月1日:近鉄不動産を合併、宅地開発を直営化。 建設販売は近鉄不動産販売に承継、同日付けで同社は近鉄不動産に社名変更。 (平成15年)• 3月6日:名阪特急に「アーバンライナーnext」登場(ただし2002年よりで暫定営業)。 4月1日:北勢線をへ譲渡。 :上本町・天王寺の両営業局を統合して大阪輸送統括部に、名古屋営業局は名古屋輸送統括部に名称変更し、旧南海鉄道の路線の分離以来56年間続いた3営業局体制から2輸送統括部体制に変更。 また、駅業務・営業部門をに分社(同日に近鉄サービスネットより社名変更。 また駅係員のみ制服も一新した)。 同時に英文社名を「Kinki Nippon Railway Co. , Ltd. 」から「Kintetsu Corporation」に変更。 (平成16年)• 6月6日:が閉園。 :大阪近鉄バファローズの経営権をオリックス野球クラブ株式会社に売却。 球団合併によりオリックス・バファローズとなる。 (平成17年)12月1日:団体列車用車両「」が運転開始。 公式サイトを鉄道情報と企業情報に分離(2012年3月、両者を再度統合し「近畿日本鉄道ホームページ」としてリニューアルするが、企業情報ドメインは継続して一部コンテンツで使用)。 (平成18年)• 3月1日:近鉄ステーションサービスを合併し、駅業務を再び直営化。 3月27日:けいはんな線生駒駅 - 学研奈良登美ヶ丘駅間が開業。 東大阪線がけいはんな線に改称(既存路線名の改称は1963年の神戸線の鈴鹿線への改称以来43年ぶり)。 同時にけいはんな線に駅番号導入(番号はと通しで付与)。 :伊勢志摩方面への土曜・休日の伊勢志摩ライナーに限り、車内販売の営業が再開。 (平成19年)• 4月1日:ICカード「」サービス開始。 同時に近鉄線で「」も利用可能になる。 乗務員用の制服を変更。 10月1日:伊賀線および養老線をそれぞれ、(いずれも近鉄〈当時〉の子会社で、)に運営を移管。 線路や車両などは近鉄がとして保有。 (平成20年)• 3月17日:を用いた日本国内2例目となる「」をワンマン列車など一部の列車を除く全列車に導入。 搭載されているパナソニック製タブレット(運転支援システム)• :車上速度パターン照査式ATS ATS-SP を難波線全線と大阪線・京都線・南大阪線・名古屋線の一部区間で使用開始。 9月15日:Jスルーカード・パールカードの発売が終了。 (平成21年)• 3月1日:Jスルーカード・パールカードの自動改札機・自動精算機での利用が終了(自動券売機での切符への引き換えは、当面の間継続)。 3月20日:と相互直通運転開始。 近鉄難波駅が大阪難波駅、上本町駅が大阪上本町駅、富洲原駅が川越富洲原駅に改称。 (平成22年)• 2月12日:当時の近鉄2社(・)の問題の影響で、2009年10-12月期の決算報告書のまでの提出が不可能となり、近鉄のがに (決算報告書の再提出により、同年3月13日付で解除)。 8月26日:大阪上本町駅南側(近鉄劇場跡地)に、再開発ビル「」が開業。 9月1日:が運営していた高速道路サービスエリアと旅館事業を同社の会社分割により継承(旅館については子会社の近鉄旅館システムズに運営委託)。 (平成24年)• 3月20日:ダイヤ変更で名阪甲特急の全列車が津駅に停車するようになり、ノンストップ運行ではなくなる(これにともない中川短絡線の走行中の乗務員交代が廃止)。 12月1日:自社でのICOCA・ICOCA定期券(JR西日本・京阪・阪神各社との連絡定期券も)および「KIPS ICOCAカード」(近鉄グループの「KIPSポイントカード」(現金払い専用)との一体型)の発売を開始。 (平成25年)• 3月21日:伊勢志摩方面の観光特急用電車「しまかぜ」が登場。 3月23日:開始により・・・・・・・が鉄軌道路線で利用可能になる。 6月13日:大阪阿部野橋駅の「」のうち、低層階の百貨店部分(あべのハルカス近鉄本店)が先行開業。 (平成26年)• 3月7日:展望台やホテル・美術館を含む、「あべのハルカス」が全面開業。 4月1日:消費税増税に伴う運賃改定。 4月29日:奈良線で、開業100周年を記念して開業当時の車両の塗装を再現した列車「ヒストリートレイン」を運行。 4月30日:持株会社制移行時に近畿日本鉄道の鉄軌道事業を継承する事業会社として 近畿日本鉄道分割準備を設立。 2015年 - [ ]• (平成27年)• 4月1日:(旧)近畿日本鉄道を に社名変更した上で、鉄軌道事業を近畿日本鉄道分割準備に、不動産事業をに、ホテル・旅館事業を、流通事業をにそれぞれし、制に移行。 近畿日本鉄道分割準備を(新) 近畿日本鉄道に社名変更。 英文社名を「Kintetsu Corporation」より「Kintetsu Railway Co. , Ltd. 」に変更。 大阪輸送統括部・名古屋輸送統括部に代わって、大阪統括部・名古屋統括部を設置。 また、同日・を(近鉄と四日市市が出資)に運営を移管。 8月20日以降:既に導入済のけいはんな線を除く全路線にを導入。 これにあわせ駅名標の英文表記も全大文字から他社と同様に頭文字のみ大文字に変更。 (平成29年)• 3月31日:「スルッとKANSAI」カードの発売終了。 4月1日:伊賀線の鉄道施設を伊賀市に譲渡、近鉄に代わって伊賀市が伊賀線の第三種鉄道事業者となる。 7月6日:近鉄グループホールディングスがと友好協定締結。 (平成30年)• 1月1日:養老線の第三種鉄道事業を廃止し、代わってが同線の第三種鉄道事業者となる。 1月31日:「スルッとKANSAI」カードの自動改札機での利用終了。 5月15日:京都 - 吉野間直通を視野にの開発を進めると発表。 (令和元年)• :全駅の構内において、喫煙ルームを除いて終日全面禁煙になる。 10月1日:消費税増税に伴う運賃改定。 3月14日:新型名阪特急電車「ひのとり」が登場。 社名 [ ] 近江鉄道の「近鉄」 営業している路線のほとんどがにあり、近畿日本鉄道を社名としているが、近畿地方ではない愛知県にまで(2017年までは岐阜県にも)及ぶを有している。 近畿日本鉄道が発足した当時の社長は、「ゆくゆくは、民営の日本鉄道をつくりたいと思っていた。 そのためには、と静岡電鉄 とを結び、この両線を延長してに連絡し、さらに、これと近畿日本鉄道を結ぶという構想を持っていた。 」 という、近畿地方の範囲を超えた日本の私鉄経営に関する雄大な構想を持っていた。 これは、元々のが「近鉄」(おうてつ・きんてつ)の略称を使用していたため、誤解を防ぐ観点から使用しにくかったからではないかといわれている。 しかし「近鉄」の愛称も早くから使われ、1948年には「近畿日本鉄道百貨店」を「」と改称し、1949年に発足した近畿日本鉄道出資のプロ野球球団は「」を名乗った。 1950年には近畿日本鉄道自身の略称も「近鉄」とした。 なお、傍系の旅行会社には、近畿日本航空観光と日本ツーリストの合併によるため「近畿日本」の名が残っている。 また、近鉄レンタリースは2017年12月20日まで 近畿ニッポンレンタカーという商号であった が、この場合は近畿日本鉄道の「近畿」との「ニッポン」である。 一方、や、南海軍を前身とするプロ野球球団グレートリング(略称:近畿。 現:) は「近畿日本」とはしなかった事例である。 他社線からの乗換案内では、JR西日本では「近鉄電車」、JR東海では「近鉄線」と呼称される。 近鉄本社や近鉄百貨店などに書かれていた「近鉄」の文字は、1967年3月まで「鉄」を「金」編に「失」でなく「矢」にした物(「鉃」、元は「」を意味する字)にしていた。 「金を失う」が「金が矢のように集まる」になるという縁起担ぎが理由であったが、後にその看板を見たが「鉄」の字を間違って覚えてしまうと沿線住民などから指摘され、正式な表記に直している。 なお、現在の(JR四国)を除いたJR各社も同じような理由により、では「鉄」の字を「鉃」にしている。 英文社名は以前は Kinki Nippon Railway Co. , Ltd. であったが、2003年6月28日から Kintetsu Corporation に変更した。 同時期に和文・英文の会社名ロゴのデザインも変更された。 2015年4月1日の近鉄グループホールディングス発足を機に再度英文社名が変更され、 Kintetsu Railway Co. , Ltd. となった。 この表記は、乗務員の制帽及び駅員の制帽及び職帽の帽章にも用いられている。 駅員は一時期「近鉄ステーションサービス」に分社化していたときは「Kintetsu Station Service」の表記だった。 社章・シンボルマーク [ ] 大阪電気軌道時代には大阪を象徴すると奈良の「奈」を組み合わせたを使用していたが、名古屋などへの延伸や会社の合併で路線網が拡大した関西急行鉄道時代には新体制への節目として関西の「関」を図案化した社章に変更した。 現社章への変更も南海鉄道との合併で近畿日本鉄道が発足した際に検討され、社内外から提案された200もの候補から選定されたものである。 全体の図形がを発する日輪と転動驀進する車輪をかたどり、内側の図形が社名の頭文字「近」と「人」の文字を図案化して「人の和」を表現している。 、、など、一部のグループ会社ではこの社章をベースに変更を加えた社章を使用している。 この社章は鉄軌道事業を継承した(新)近畿日本鉄道に引き継がれ、持株会社となった近鉄グループホールディングスには新たなシンボルマークが制定されている。 傾きの異なる2つの図形によって会社の理念である「静と動」を具現化し、またその形状から近鉄の「K」をも表現している。 近畿日本鉄道(黄)の営業キロ推移(クリックで拡大) 東南部から西部に至るの付け根を横断して、・・といったを始め、の大阪府東南部・・南部、・の愛知県西部・の各都市・観光地を結ぶ路線網を持つ。 関西の他に大手私鉄が発達している他都市圏(この場合、)にまでまだがる大手私鉄は近鉄が唯一である。 総営業キロ程は、を除く日本の鉄道事業者中最長の501. 1km におよび、続く463. 3kmの(東武) 、444. 2kmの(名鉄) とともに400km以上の路線網を擁する日本の大手私鉄の一つとなっている(各キロ程は2017年4月1日現在)。 近鉄の保有路線は、の幅では(1,435mm。 近鉄では公式には「広軌」と称する)、(1,067mm軌間)の2つに分けられる。 かつては(762mm軌間)も有していた。 かつて有していた762mm軌間の特殊狭軌線はの流れを受け継いだものであるが、が廃止された1991年以降、日本では近鉄が三重県のに譲渡した、に移管した、それにを一般営業路線にした程度しか存在していない。 は基本的に1500Vのとなっているが、けいはんな線はと相互直通運転を行う関係で750Vの、かつて有していた特殊狭軌各線は時代の流れを受け継いで750Vの架空電車線方式となっている。 なお、田原本線や生駒鋼索線のように他の近鉄各線とは徒歩連絡となる路線はあるが、他の近鉄線と互いに乗り継ぐ際、徒歩連絡ではなく他社の鉄道線やバス路線を介さなければならないほどの孤立路線 は、を除き存在しない。 ただし過去には、鳥羽線開業以前の志摩線が他の近鉄の路線群と離れ、国鉄を介さなければ乗り継ぐことができない孤立路線となっていた。 近畿・中部エリアの大手私鉄では唯一、旅客2社(・)の在来線管内を直接結んでいる。 それと関連して、近鉄名古屋駅と京都駅はともにの乗換駅であり、前者は、後者は の乗換駅になる予定である。 現有路線 [ ] 路線名の前のアルファベットはの路線記号。 標準軌 1,435mm [ ] 奈良・京都線系(大阪府・奈良県・京都府)• A : - 間• A : - 間• G : - 間• C : - 間(このうち生駒駅 - 学研奈良登美ヶ丘駅間はが第三種鉄道事業者として施設を保有)• B : - 間• B :大和西大寺駅 - 間• H : - 間• I : - 間 大阪・名古屋線系(大阪府・奈良県・三重県・愛知県)• D : - 間• J : - 間• E :伊勢中川駅 - 間• K : - 間• L : - 間• M :伊勢中川駅 - 間• M :宇治山田駅 - 間• M :鳥羽駅 - 間• 正式な呼び方ではないが鳥羽線・志摩線はまとめて 賢島線と呼ばれることがある。 さらに山田線を含めた3線の総称として、 伊勢志摩線と呼ばれる場合もある。 路線図(クリックで拡大) 廃線・譲渡・運営移管路線 [ ] 近畿日本鉄道における廃止路線は、すべて他社を合併したことにより生まれた路線で、その廃止理由も既存路線と並行していることなどから、乗客・貨物が減少していたことによるものが大半である。 なお、近畿日本鉄道の直系前身である大阪電気軌道(大軌)および関西急行鉄道(関急)時代に廃線になったものも含める。 : - 初瀬駅間(大阪電気軌道時代の1938年2月1日廃止)• : - 信貴山門駅間(信貴山急行電鉄時代の1944年1月7日休止、近鉄発足後の1957年3月21日廃止)• : - 平端駅間(1945年2月11日休止、1952年4月1日廃止)• : - 間(1950年7月1日休止、1952年9月1日廃止)• : 間(関西急行鉄道時代の1942年8月11日に新松阪 - 大神宮前間廃止、近鉄発足後の1961年1月22日に残区間廃止)• : - 間(1964年10月1日廃止)• :賢島駅 - 間(1969年7月1日廃止)• :西日野駅 - 間(1974年7月25日休止、1976年4月1日廃止)• : - 間(1983年9月1日廃止)• : - 間(2003年4月1日にへ譲渡)• : - 伊賀神戸駅間(2007年10月1日に第一種鉄道事業廃止。 第二種鉄道事業者のへ運営移管。 施設は2017年4月からが第三種鉄道事業者として保有 )• : - 間(2007年10月1日に第一種鉄道事業廃止。 第二種鉄道事業者のへ運営移管。 施設は2018年1月からが第三種鉄道事業者として保有 )• 内部・八王子線:(2015年4月1日に第一種鉄道事業廃止。 第二種鉄道事業者のへ運営移管。 施設はが第三種鉄道事業者として保有)• : - 間• : - 間• 南海電気鉄道の路線の大半は、かつては近畿日本鉄道の路線の一部であった。 近畿日本鉄道発足時に旧南海鉄道から継承した路線。 ただし松江線は近畿日本鉄道発足後に開業した。 いずれも、旧関西急行鉄道と旧南海鉄道の路線を分離するため、を改めたへ1947年6月1日に譲渡された。 詳しくは「」を参照。 難波営業局管轄路線 - 天王寺支線は南海本線の支線であったため天王寺営業局管轄ではなく難波営業局の管轄となった。 : - 間• : - 間(1984年11月18日天下茶屋駅 - 間廃止、1993年4月1日全線廃止)• : - 間• : - 間• : - 間(1955年2月15日に加太線に編入)• :和歌山市駅 - 間(1955年2月15日に和歌山市駅 - 東松江駅をとして分離、同区間は1966年12月1日廃止)• 国社連絡線:和歌山市駅 - 国社分界点間(後にJR西日本に貸与)• : - 間• :妻信号所 - 紀ノ川口駅間(1959年12月20日廃止)• : - 間(1980年12月1日にが継承)• : - 大浜北町駅 - 大浜海岸駅間(1945年2月11日に大浜北町駅 - 大浜海岸駅間休止、1949年3月3日に残区間休止、1980年11月28日全線廃止)• : - 間(1980年12月1日に阪堺電気軌道が継承)• : - 間(1980年11月28日廃止) 路線切替区間 [ ] 単なる高架化などは除く。 日付は竣工日。 - 間(新玉手山トンネル開削による改良、1991年12月6日)• 構内(曲線緩和、1995年)• - 間(などの新トンネル開削による複線化と線形改良、1975年11月23日)• - 間(橋脚の付け替えと複線化、1959年9月19日 - 26日)• - 間(内線形改良、1956年9月23日。 なお、当時は新正駅は未開設)• - 間(線形改良、1955年7月15日)• - 間(橋脚架け替えと高架化、1997年10月4日)• 周辺(線形改良と駅移設、1964年3月1日 )• - 間(線形改良と複線化、1970年3月1日)• - 間(線形改良と複線化、1993年6月1日)• - 間(線形改良と複線化、1993年9月11日)• - 間(規格大型化のための開削・鷲尾トンネルオープンカット、1964年7月23日)• 生駒駅 - 間(規格大型化のための新向谷トンネル開削・山田トンネルオープンカット、1964年10月1日。 なお、当時はは未開設)• - 間(解消のための地下線化、1969年12月8日。 なお、線路移設時に油阪駅を廃止し新大宮駅を設置)• 周辺(への乗り入れおよび廃止、1945年12月21日と1968年12月19日)• - (駅移設のための迂回線路建設、1965年)• - (拡張のための線路移設、1939年3月1日)• 周辺(橿原線とホーム分離、1973年9月20日)• 周辺(国鉄・近鉄駅統合化のための線路短縮・移設、1964年10月30日)• 但し複線化は同年3月17日) 未成線 [ ]• : -• 近鉄の直系母体である(大軌)が、競合線(など)への免許交付に対抗する目的で着工したもの。 も参照のこと。 : - ないし• 養老線の前身である養老電気鉄道が計画し、近鉄発足後はへの延伸も計画した。 大神宮前(仮) - (0. 7km・参宮急行電鉄により免許取得、失効)• - 鈴鹿川(5. 2km・失効)• - (6. 9km・南大阪電気鉄道により免許取得、失効)• - (13. 3km・南和電気鉄道により免許取得、1958年5月6日失効)• - (3. 3km・1927年大阪鉄道により免許取得、失効)• - (14. 2km・1927年10月18日参宮急行電鉄により免許取得、1959年6月5日失効)• - 宇陀松山(7. 1km・1926年2月18日大和鉄道により免許取得、1958年2月に大宇陀鉄道に譲渡、1959年11月10日失効 )• - (4. 7km・失効)• - (0. 9km・1927年9月28日奈良電気鉄道により免許取得、1963年失効)• - (33. 7km・1929年6月26日奈良電気鉄道により免許取得、1965 - 69年頃失効)• 三塚 - (3. 9km・1927年10月18日参宮急行電鉄により免許取得、以後不明)• - 岐阜起点13. 7km(13. 7km・1927年10月18日・1929年4月11日参宮急行電鉄により免許取得、うち起点8. 0 - 13. 7kmについては失効)• - (12. 8km・南大阪電気鉄道により免許取得、失効)• - 五条(14. 2km・南和電気鉄道により免許取得、1991年2月15日失効) 他社線との直通運転 [ ] 現在実施中 [ ]• :・・が(・・奈良線)と、・・ - 大阪難波駅 - 近鉄奈良駅間で相互直通運転。 神戸三宮駅・尼崎駅との間はより開始された。 これによって、近鉄の車両が初めてを走行することになった。 や神戸高速線・への乗り入れは阪神の車両のみを使用し、3月20日より神戸高速線新開地発近鉄奈良行き快速急行の運転を土曜・休日の朝のみ行っている。 には阪神の車両により山陽姫路駅から近鉄奈良駅までの直通の貸切列車の運転が行われた ほか、さらに2014年7月13日には近鉄奈良駅から山陽姫路駅までの直通貸切列車も運行された。 2019年の阪神なんば線開業10周年の節目にも阪神・近鉄の2社および山陽・阪神・近鉄の3社直通の貸切列車を運行する。 また、山陽電気鉄道へは後述のように近鉄特急が乗り入れる構想がある。 2014年3月22日からは特急車両による団体向け臨時列車の運行が阪神三宮駅(現・神戸三宮駅) - 賢島駅間で開始された。 Osaka Metro :がと、 - 長田駅 - 生駒駅・学研奈良登美ヶ丘駅間で相互直通運転。 このうち、生駒駅まではより、学研奈良登美ヶ丘駅まではの同駅までの延伸開業に伴いそれぞれ開始。 ():が・奈良線と、 - - ・近鉄奈良駅間で相互直通運転。 このうち、新田辺駅まではより、近鉄奈良駅まではよりそれぞれ開始。 阪神尼崎駅で離合する・・ 過去の事例 [ ]• :名鉄各線と系統各線• 近鉄名古屋駅とはともに地下駅だが、壁1枚および連絡改札で隣接している。 1950年代まで連絡線があり、線路がつながっていた。 名古屋線が狭軌だったこともあり、に関してのみ相互を実施し、近鉄側からは・(・経由)・など、名鉄側からは・(の問題で、ここで乗り換えを要した)などへの観光列車が運行された。 しかし、列車本数の増加、名鉄新名古屋駅改修工事など様々な不都合があり、直通列車は8月 - 9月の間のみ運転と、約2年間で打ち切られた。 京阪神急行電鉄(現:)・:・と• 京都線は戦前、京阪と近鉄の前身である大軌が共同出資したの運営であった。 戦前は大軌との間でしか直通運転が実施されていなかったが、奈良電線堀内駅(後にとして復活)と京阪線を後者に統合する工事が実施され、終戦直後の1945年12月に完成し、当時京阪線を運営していた京阪神急行電鉄(1949年に京阪が再分離)・奈良電・近鉄の3社間での直通運転が開始された。 1963年に奈良電が近鉄へ統合された後もしばらく直通運転は継続されたが、1968年12月に廃止された。 その理由は、丹波橋駅での線路容量不足と、両社でそれぞれ別種のATSを導入したこと、それに近鉄京都線を京阪本線に先駆けて600Vから1,500Vに昇圧し、大型車投入も実施する予定があったためである。 「」も参照のこと。 :テクノポート線と近鉄東大阪線(当時)• に - コスモスクエア駅間が開業し、近鉄も大阪市営(当時)地下鉄中央線と共に乗り入れを開始したが、大阪港トランスポートシステムの鉄道事業運営方法の見直し(第一種から第三種へ変更され、第二種鉄道事業者はとなり、一般営業上は交通局の路線に組み込まれた)により、から営業上の乗り入れ相手ではなくなった。 なお、大阪港トランスポートシステム自身が旅客運送を行っていたこの区間は、大阪市営地下鉄中央線編入後も大阪港トランスポートシステムが線路を保有しており、近鉄の車両が引き続き乗り入れている。 このほか、近鉄に合併した会社のうち、奈良電気鉄道(現在の京都線、1963年9月30日まで)と三重電気鉄道(現在ののみ、後、1964年3月23日のダイヤ変更から 1965年3月31日まで)は、合併前から直通運転が行われていた。 運行管理システム [ ] として、・・・・( - 間)・・・・・・・・との( - 間)にはを、・(一部除く)・・・・・との( - ・間)にはを供用している。 このほか、にも列車運行管理システムが導入されている(名称不明)。 列車 [ ] 列車種別 [ ] 詳細は「」および「」を参照 は近鉄の列車種別のうちで最上位の列車である。 会社の看板列車であり、特に 近鉄特急と呼称される。 近鉄の特急は走行路線・停車駅区別のためのを持たない。 例えば、2012年3月19日まで運転されていた近鉄名古屋駅 - 大阪難波駅間のうち近鉄名古屋駅 - 間を途中で運行する特急は「名阪ノンストップ特急」と系統の通称で呼ばれていた。 対して、特急に使用される車両は「」「」「」「」「」「」などの愛称を持つ。 特急は全車であり、利用するにはとは別に特急料金が必要である。 近鉄の特急料金には指定席の料金が含まれる。 特急料金はの購入によって支払う。 なお、近鉄特急の中でも、「しまかぜ」には通常の特別急行券のほかにしまかぜ車両券が、「ひのとり」にはひのとり特別車両券が必要となる。 また、「」(青のシンフォニー)も特別車両券が必要となる。 ビスタEXやしまかぜなどに連結されている個室には通常の特別急行券のほかに個室券が必要となる。 すなわち、しまかぜの個室に乗車する際は、乗車区間の普通運賃に加え、特別急行券、しまかぜ車両券、個室券が必要となる。 種別カラーは快速急行と同じ赤だが、駅のLCD・LEDタイプの発車標では特急の種別表示に白い縁取りをすることで快速急行と区別している。 駅到着時ので流すチャイムは「汎用チャイム」と「駅別チャイム」の2種類に大別される。 「駅別チャイム」は主な駅に設定されている。 「」を参照。 近鉄特急 特急以外の速達列車 [ ] 詳しくは、各種別および各路線の記事を参照のこと。 近鉄は、特急料金の必要な列車のほかに、運賃のみで利用可能な速達列車を以下の線区に設定している。 設定されている列車種別は次の通りである。 奈良線系統の大阪上本町駅 - 布施駅間は正確には大阪線だが、上表では奈良線とする。 このほか、全線区で各駅に停車する「」 LOCAL も運転されている。 なお、上記列車種別のほかに一般客は利用ができないのためのとして「」が宇治山田駅 - 大阪上本町駅(復路は松阪駅まで)間に設定されていたが、2020年3月13日で運転を終了した。 同年3月16日以降は通常の快速急行に鮮魚運搬専用車両として「」を連結して運行する。 京都線では1998年3月に快速急行の運転が開始されたが、利用者数が乏しく急行と誤乗するケースが多かったため、2003年3月のダイヤ変更を機に廃止された。 2012年3月19日までは大阪線・山田線の大阪上本町駅 - 松阪駅間で「区間快速急行」 SUBURBAN RAPID EXPRESS という種別が運転されていた。 また、1980年代の一時期に、「」という種別が上本町駅 - 鳥羽駅間に存在していた。 「伊勢志摩号」という愛称名が付いている臨時列車で、長距離用通勤車(など)か団体専用車を使って運行されていた。 乙特急よりも停車駅が少ない(ただし甲特急よりは多い)にもかかわらず、特急料金は不要であった。 しかし、停車駅が少ないため近距離・中距離客が利用できず、長距離客は特急料金を払ってでも乗り心地の良い特急を利用するため、利用者数が伸びず数年で廃止された。 列車種別の表示 [ ] 列車種別は先頭車両前面のやで識別できる。 かつてはや車側の種別表示灯(けいはんな線を除く)が使用されていたが、までに種別表示器に置き換えられた。 通過標識灯の点灯パターンは以下の通りである。 阪神線直通列車の場合は阪神を境に切り替わる。 正面から見て両側が点灯 - 快速急行以上の速達列車(団体・・試運転列車・鮮魚列車・も含む)および阪神線内区間準急• 正面から見て右側が点灯 - 急行・区間急行および阪神線内準急• 正面から見て左側が点灯 - 準急・区間準急(いずれも近鉄線内のみ)• 無点灯 - 普通• 正面から見て両側が赤点灯 - 回送(入庫時) 急行の点灯パターンは・と同じである。 通過標識灯と種別表示器の表示例• 詳細は「」および「」を参照 を除く関西の私鉄としては、ダイヤ変更()の頻度が比較的多く、おおむね毎年3月に規模の大小関係なしにダイヤ変更が実施される(時刻表も同時期に刊行される)。 1993年には、京都線の開業・志摩線複線化工事の進捗・同年10月のにおける輸送対応に伴って9月にもダイヤ変更が実施された。 なお、近鉄では長年「ダイヤ改正」ではなく「ダイヤ変更」という言い方を使用していたが、2007年以降2009年まで毎年3月に実施したものには「ダイヤ改正」という言葉を用いている(同年7月に伊賀線が再度ダイヤを変えた時のみ従来どおり「ダイヤ変更」を用いた)。 阪神なんば線の開業にともない行われた2009年3月のダイヤ改正では、近鉄奈良線以外の近鉄線内では小規模な改正に留まったもの、実際は阪神なんば線の直通運転が開始された関係上、阪神電気鉄道・山陽電気鉄道・(・系統のみ)・でも同時にダイヤ改正を行うなど、かなり大規模なものになっている。 2010年10月16日には、急行の停車駅を増やすなどして準急を廃止 、準急を中心に運転本数を減らす などという報道があったが、この時点では近鉄からは新しいダイヤについての正式な発表はなく、準急の廃止・削減については決定事項ではないことが発表されていた。 特急列車関係では時間帯や季節に応じて料金を割り引くサービスを導入する予定としている。 ダイヤについては2012年1月にこの白紙変更の正式な内容が発表され、大阪線における快速急行と区間快速急行の種別統合や特急の名阪間ノンストップ運転の中止(名阪甲特急全列車がに停車)、その他の路線でも昼間時間帯の一般列車を中心に大幅な減便を行った。 2014年は3月にダイヤ変更が実施されず 、同年9月21日に奈良線の八戸ノ里駅 - 瓢箪山駅間の上り線の高架化が完成したのに合わせて、例年より半年遅れでダイヤ変更が実施された。 2016年以降は1年半 - 2年間隔でのダイヤ変更が行われている。 大晦日から正月にかけては、毎年( 越年ダイヤ)が実施されている。 特に近鉄大阪線や名古屋線に関しては宇治山田駅(一部・鳥羽駅・賢島駅)発着の特急が大幅に増発されるが、後半以降は以前と比較して縮小傾向になっている。 また、南大阪線に関しても大阪阿部野橋駅 - 橿原神宮前駅間の特急が大幅に増発される。 これらを総じて「 越年特急」とPRしていることが多い。 特急の本数が通常時より多くなり、通常ダイヤでは停車しないにも停車する。 この越年特急のPRとして、過去には近鉄にまつわる著名人をで出演させた時期もあった。 (平成11年)の初詣PRでは、投手(当時)のが「背番号11」にちなんで登場した。 ワンマン運転 [ ] 近鉄は・に広大な路線を保有しているが、その中には不採算路線も保有している。 このため、大手私鉄の中では比較的早くからを行って経費削減を図ってきた。 1990年代頃から長期不況による乗客の減少が目立ち、支線のほとんどがワンマン化されたほか、南大阪線や山田線のような幹線でも、普通列車に関しては輸送量が少なく2両編成の列車も多いため、ワンマン運転が行われつつある。 このような現象は近鉄に限らず、近年のや・といった大都市近郊の私鉄にも共通して見られるものである。 さらに採算性の厳しい路線(や)においては、(経営は近鉄グループホールディングス子会社の・、施設はそれぞれ伊賀市、が保有)の形式を採っている。 ワンマン運転を行う路線のうち、名古屋線 - 山田線 - 鳥羽線 - 志摩線の系統のみは、無人駅において(1両目後乗り・前降り)を実施した上で、運転士が運賃精算を行う(駅員配置駅のみすべてのドアが開く)方式が採用されていた。 しかし、ICカードの導入にあわせてドアカットは廃止され、無人駅でも、すべてのドアが開くようになった。 それ以外の路線では、ワンマン運転開始後も無人駅においてすべてのドアを開けており、運転士は運賃精算などに一切関わらず、完全に利用者の良心に任せる姿勢()であるが、時々対策として無人駅のホーム上に臨時で係員を配備し、有人駅同様の集札・発券対応を行うこともある。 旅客案内 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2018年3月) 2009年3月20日の阪神なんば線開通により、正式駅名が「大阪難波」「大阪上本町」に変更されるまで、名古屋輸送統括部(大阪線の西青山駅以東)では難波行きと上本町行きの場合は、「大阪難波行き」などと「大阪」を強調する意味で用いられていた(大阪輸送統括部の管轄路線では「大阪」の冠名を用いることはほとんどなかった)。 大阪阿部野橋行きは正式駅名が「大阪阿部野橋」のため、すべての場合において「大阪阿部野橋行き」と案内される。 大手私鉄だけではなく在阪私鉄では珍しく、車掌は終着駅に着く際は「終点」や「終着」ではなく「この電車はこの駅までです」とアナウンスする。 これは終端駅到着時にも使われていたが、名古屋輸送統括部管内や南大阪線系統(旧・天王寺営業局管内)では、終端駅到着時に限りこのフレーズが省かれることや稀に奈良線系統で「終点」とアナウンスすることもあった。 2010年代以降は、大阪阿部野橋駅や京都駅などの終端駅に到着する前に「大阪阿部野橋、阿部野橋、終点です」もしくは「まもなく、京都、京都、終点です」とアナウンスする(車掌による放送および、日本語による車内自動放送)。 英語による車内自動放送でも、"This is the final stop for this train. "とアナウンスするほか、終端駅に着く前に"This is the final stop, Osaka-Abenobashi: station number F1. "もしくは"We will soon arrive at the final stop, Kyoto: station number B1. "とアナウンスする。 また、「普通」は大阪輸送統括部管内のみ「各駅停車」と案内される。 名古屋輸送統括部管内では「普通電車」と案内されるが、車掌によっては「各駅停車」の表現も使われている。 "とアナウンスされる。 列車の運転取りやめは「運休」ではなく、「運転取り消し」と案内している。 運転取りやめをあらわすは一般的に「ウヤ」が使用されるが、近鉄では宇治山田駅と紛らわしいため「トケ」を用いている。 ・など途中駅から運転する列車に関しては、大抵の鉄道会社では「当駅始発」としているが、近鉄の駅掲出時刻表には「当駅仕立」として表記している(大阪輸送統括部管内のみ。 名古屋輸送統括部では2010年3月改正より表記されず。 車内自動放送 [ ] 2016年3月から車掌の端末(製TOUGHPAD FZ-B2 )の操作によるを・系統や全線の特急列車に本格的に導入した(ただし特急には既に車内放送が自動化されていたが、この時に4か国語の自動放送を開始)。 2017年春からは・・系統においても車内自動放送システムを展開する。 旧国名・会社略称を冠した駅名の扱い [ ] 国鉄とのや近傍の他事業者の駅との区別のために、、、、、などのや会社略称である「近鉄」(の通り1970年以前は「近畿日本」)を冠称とした駅名が複数存在するが、やなどごく一部の例外を除いて長らくや・・では一切省略されてきた(ただし、南大阪線・吉野線などの旧・天王寺営業局管内の駅の旧国名については、路線図では記載されていた。 ・など)。 これについて、路線図は3月以降、旧国名や会社名を含む正式な駅名に変更され、続いて案内放送などは同年6月1日以降、河内長野駅・伊賀神戸駅・伊賀上野駅を除き以下のように変更された。 案内放送 … 旧国名のみ冠して放送する。 ただし、日本語による放送で2度繰り返す場合は、2度目の旧国名は省略できる。 会社名は省略して放送する。 英語による放送でも旧国名のみ冠して放送し、会社名は省略する。 例「次は、大和西大寺、西大寺です。 」"The next stop is Yamato-Saidaiji: station number A26 or B26. "「まもなく、丹波橋、丹波橋です。 」"We will soon make a stop at Tambabashi: station number B7. 方向幕 … 旧国名のみ小さく表記したものに順次置き換わっているが、旧来の省略したままのものも多く見られる。 会社名は省略する。 英語表示も旧国名をそのまま表示。 例「普通| 大和西大寺」「LOCAL YAMATO-SAIDAIJI」「急行|名古屋」「EXP. NAGOYA」• 駅名標・運賃表 … 旧国名・会社名とも小さく表記する。 例「 大和西大寺」「 大阪難波」「 近鉄奈良」 なお、大阪阿部野橋駅・大阪難波駅・大阪上本町駅の「大阪」についても、旧国名と同様の扱いとなっている。 「河内」の文字が大文字:(例)「河内長野駅」…「」が存在する(現在でもシリーズ21以前の車両の方向幕で「長野」のままになっている編成が存在する。 同駅の到着時の駅自動放送では「河内長野。 長野でございます」と案内されていた)。 「河内」の文字が小文字で縦書き:(例)「河内松原駅」「」(ともに現在は駅名標を除く)• 「河内」の文字が小文字で横書き:(例)「」「」など…「河内松原市」「河内天美市」「河内国分市」というのは存在しない。 ただし「」は存在する(方向幕に関しては「河内松原行」が存在しないため、この表示方法は存在しない)。 2 のパターンについては旧・天王寺営業局管内特有の表記であったが、同営業局が上本町営業局と統合され大阪輸送統括部となったこともあり、徐々に 3 のパターンへの移行が進められている。 車内放送に関しては、上記 1 に限り「次は、河内長野、河内長野です」、到着前は「ご乗車ありがとうございました。 車両 [ ]• (名古屋線)• 富吉車庫• 米野車庫(旧・米野検車区)• (大阪線・名古屋線・山田線・鳥羽線・志摩線)• 明星車庫• 白塚車庫(旧・)• (南大阪線・吉野線)• 古市車庫• 天美車庫(旧・天美検車区)• 六田車庫 検修車庫・検修センター [ ] 出典• (旧・塩浜工場)• (旧・高安工場) 廃止された車庫・工場 [ ]• 小阪車庫(奈良線、1914年 - 1950年、八戸ノ里車庫に移転。 跡地は小阪近鉄ビルに)• 八戸ノ里車庫(奈良線、1950年 - 1967年、東花園車庫に移転。 跡地はマンションに)• 中之郷車庫(志摩線、? - 1969年、狭軌時代)• 賢島車庫(志摩線、1970年 - 1993年)• 西名張車庫(伊賀線、1926年 - 1964年、上野市車庫に移転)• 布施工場(奈良線、1946年 - 1952年、玉川車庫に移転)• 玉川工場(奈良線、1952年 - 1982年、五位堂検修車庫に統合、跡地はとなった後、2011年からに)• 南生駒車庫(生駒線、? 天美工場(南大阪線、1929年 - 1950年、古市工場に移転)• 古市工場(南大阪線、1950年 - 1982年、五位堂検修車庫に統合)• 西桑名車庫(北勢線、? - 1977年、北大社車庫に移転)• 北大社車庫(北勢線、1977年 - 2003年、三岐鉄道に移管)• 内部車庫(内部線、? - 2015年、四日市あすなろう鉄道に移管)• 上野市車庫(伊賀線、? - 2017年、伊賀鉄道に移管)• 大垣車庫(養老線、? - 2018年、養老鉄道に移管) 昭和40年代半ばまで、車両に所属検車区を表す銘板が取り付けられており、所属区の頭文字が刻印されていた。 東花園検車区と富吉検車区は所属区の銘板取り付け中止後に開設されたため、略号は制定されていない。 新:新田辺車庫(現在車両配置はない)• 八:八戸ノ里車庫• 西:西大寺車庫• 高:高安車庫• 明:明星車庫• 白:白塚車庫(現在車両配置はない)• 古:古市車庫• 天:天美車庫(現在車両配置はない) 乗務員区所 [ ] 近鉄では運転士と車掌は同じ職場に所属する。 大阪統括部 [ ] 奈良線系• 東花園列車区 けいはんな線• 東生駒列車区 京都線・橿原線系• 西大寺列車区• 新田辺列車区 大阪線系• 高安列車区• 名張列車区 南大阪線・吉野線系• 古市列車区• 六田列車区 名古屋統括部 [ ] 名古屋線・山田線系• 富吉列車区• 塩浜列車区• 白塚列車区 鳥羽線・志摩線系• 明星列車区 駅管区・駅長所在駅 [ ] 近鉄では駅業務を近鉄ステーションサービスに委託していた時代、業務円滑化・採算性向上のため全線を8管区に分割し管区支配人制を導入した。 その後、同社が近鉄に合併されてからも管区支配人制度は続けられており、現在では各輸送統括部担当課と駅長との間に位置するポストとされている。 また、管区支配人は駅長と兼務しているため、管区支配人を兼務している駅には副駅長が配置されている。 近鉄では駅長室の入口には、駅長・副駅長・首席助役と当務の助役の職名と氏名の書かれた表札がそれぞれ掲げられている。 2010年9月時点での管轄及び駅長所在駅 は以下の通り。 奈良南管区(支配人は長が兼務)• - 間• - 橿原神宮前駅間• - 間• 駅長所在駅:・・・・橿原神宮前・• 分離独立前の伊賀線(現在の伊賀鉄道)も管内であった。 名古屋管区(支配人は長が兼務)• 近鉄名古屋駅 - 間• 駅長所在駅:近鉄名古屋・・• 三重北管区(支配人は長が兼務)• - 間• 近鉄四日市駅 - 間• - 間• 駅長所在駅:近鉄四日市・・• 三重南管区(支配人は長が兼務)• - 間• - 伊勢中川駅間• 駅長所在駅:伊勢中川・宇治山田・ 2018年時点では、大阪統括部の192駅を24駅管区に、名古屋統括部の94駅を9駅管区で管理している。 運賃 [ ] 大人普通旅客運賃(小児半額・端数は10円単位で切り上げ)。 2019年10月1日改定。 基本普通運賃 キロ程 運賃(円) キロ程 運賃(円) キロ程 運賃(円) 初乗り3km 160 56 - 60 900 141 - 150 1,950 4 - 6 210 61 - 65 960 151 - 160 2,050 7 - 10 260 66 - 70 1,020 161 - 170 2,160 11 - 14 300 71 - 75 1,090 171 - 180 2,290 15 - 18 360 76 - 80 1,160 181 - 190 2,410 19 - 22 410 81 - 85 1,220 191 - 200 2,530 23 - 26 450 86 - 90 1,290 201 - 210 2,640 27 - 30 500 91 - 95 1,350 211 - 220 2,770 31 - 35 570 96 - 100 1,410 221 - 230 2,880 36 - 40 640 101 - 110 1,470 231 - 240 3,000 41 - 45 700 111 - 120 1,590 241 - 250 3,110 46 - 50 770 121 - 130 1,720 51 - 55 840 131 - 140 1,830 吉野線・志摩線・湯の山線の各線内またはこれらの路線と他の路線にまたがる区間の場合は、これらの路線の乗車キロ数の合計に応じて下表の金額を加算する。 普通運賃加算額 乗車キロ程 加算額(円) 1 - 10 20 11 - 30 30 31 - 40 伊勢市駅 - 宇治山田駅間を通って鳥羽線にまたがる区間の場合は、鳥羽線内の乗車キロ数に応じて下表の金額を加算する(鳥羽線内だけまたは鳥羽線と志摩線の駅間だけを乗車する場合は加算しない)。 鳥羽線加算額 乗車キロ程 加算額(円) 1 - 6 10 7 - 12 20 13 - 30 けいはんな線内または同線と他の路線をまたがる区間の場合は、けいはんな線内の乗車キロに応じて下表の金額を加算する。 けいはんな線加算額 乗車キロ程 加算額(円) 1 - 3 40 4 - 6 60 7 - 10 70 11 - 14 90 15 - 18 110 19 130 鋼索線普通運賃• 生駒鋼索線• 宝山寺線(鳥居前駅 - 宝山寺駅)または山上線(宝山寺駅 - 生駒山上駅)のみ 290円• 宝山寺線・山上線をまたがる場合 370円• 西信貴鋼索線 560円 運賃計算の特例 [ ] 運賃は、乗車経路通りキロ程を計算し算出するのが原則であるが、近鉄には以下のような特例が存在する。 徒歩連絡制度 定期券・回数券・普通乗車券で、と間、と間を徒歩連絡で乗車する場合は、キロ程を通算して運賃を算出する。 例:大和八木駅 - 箸尾駅間を「大和八木駅 - 田原本駅(徒歩連絡)西田原本駅 - 箸尾駅」と乗車する場合 定期券で、と間または、と間を徒歩連絡で乗車する場合は、キロ程を通算して運賃を算出する。 例:五位堂駅 - 道明寺駅間を「五位堂駅 - 安堂駅(徒歩連絡)柏原南口駅 - 道明寺駅」と乗車する場合 大阪環状線経由の定期券(通称「鶴・天経由」) 定期券で、と大阪阿部野橋駅()間をJRを経由して近鉄線を利用する場合、近鉄線のキロ程を通算することができる。 定期運賃は、先のキロ程を通算して算出した近鉄運賃にJR運賃を合算した額となる。 例:河内小阪駅 - 河内天美駅間を「河内小阪駅 - 鶴橋駅(JR大阪環状線)天王寺駅(徒歩連絡)大阪阿部野橋駅 - 河内天美駅」と乗車する場合 定期券における鶴橋駅または大阪上本町駅折り返し特例 定期券で、奈良線以東と大阪線以東の各駅をを通過する列車を利用し、鶴橋または大阪上本町駅で折り返す場合、発駅 - 鶴橋駅もしくは大阪上本町駅 - 着駅のキロ程を通算することができる。 例:奈良線生駒駅 - 大阪線弥刀駅間を「生駒駅 - (快速急行) - 鶴橋 - (普通) - 弥刀」と乗車する場合、本来であれば「生駒駅 - 鶴橋駅(布施駅)」と「布施駅(鶴橋駅) - 弥刀駅」の2枚の定期券が必要であるが、上記特例により生駒駅 - 鶴橋駅・鶴橋駅 - 弥刀間のキロ程を通算して算出した運賃で定期券を購入できる。 この場合、定期券の発着駅名は「生駒 - 弥刀」で経由地に「鶴橋」と記載される。 また、布施駅 - 鶴橋駅間での途中下車もできる。 環状経路乗車制度 回数券・普通乗車券で、布施駅 - (奈良線) - 大和西大寺駅 - (橿原線) - 大和八木駅 - (大阪線) - 布施駅間の環状経路の一部を通る場合は、遠回りの経路でも乗車でき、指定がなければ最短経路で運賃が計算される。 例:桜井駅 - 石切駅間を乗車する場合、大和西大寺駅を経由しても布施駅を経由しても最短経路の大和西大寺駅経由で計算した運賃で乗車できる。 ただし、田原本線・生駒線を経由する「桜井駅 - 大和八木駅 - 田原本駅(徒歩)西田原本駅 - 新王寺駅(徒歩)王寺駅 - 生駒駅 - 石切駅」という経路の乗車は選択できない。 布施駅通過列車に対する特例 回数券・普通乗車券・団体乗車券で、奈良線河内永和駅以東と大阪線俊徳道駅以東の各駅を布施を通過する列車を利用する場合、鶴橋で折り返すことができる。 例:奈良線生駒駅 - 大阪線弥刀駅間を「生駒駅 - (快速急行) - 鶴橋駅 - (普通) - 弥刀駅」と乗車する場合、上記特例により生駒駅 - 布施駅 - 弥刀駅の運賃で乗車できる。 なお、この特例は布施駅およびを発駅もしくは着駅とする場合にも適用される。 例:布施駅 - 名古屋線近鉄名古屋駅間を「布施駅 - (準急) - 鶴橋駅 - (特急) - 近鉄名古屋駅」と乗車する場合、上記特例により布施駅 - 近鉄名古屋駅の運賃で乗車できる。 途中下車制度 [ ] 現在の近鉄には定期券と生駒鋼索線(でのみ可能)のみ制度が存在する。 2月にが導入されるまでは、鉄道線でも途中下車指定駅(上本町・布施・生駒・大和西大寺・田原本・大和八木・橿原神宮前・伊勢中川・近鉄四日市・桑名)や長距離乗車券(制度廃止直前時点では片道運賃が1400円を超える区間の乗車券)で途中下車が可能であった。 なお当時の長距離乗車券は有効期間が片道2日であったが、途中下車制度廃止時に1日に統一されている。 阪神電気鉄道との連絡運輸(大阪難波接続) [ ] との連絡運輸(大阪難波接続)は、次の区間で行っている。 近鉄側• 難波線(大阪上本町 - 大阪難波)• 大阪線(大阪上本町 - 青山町)• 奈良線(布施 - 近鉄奈良)• けいはんな線(生駒 - 学研奈良登美ヶ丘)• 京都線(大和西大寺 - 高の原)• 橿原線(全線)• 天理線(全線)• 生駒線(生駒 - 東山)• 信貴線(全線) 阪神側• なんば線(大阪難波 - 尼崎)• 本線(福島 - 元町)• 武庫川線(全線) 範囲外を利用する場合は降車駅または生駒駅中間改札での精算となる。 ただし、必要な残額がある各種を利用する場合は、(大阪難波・西代経由)、(大阪難波・高速神戸経由)、(大阪難波・高速神戸・川西能勢口経由)、(大阪難波・新開地経由)、(2020年6月から)(大阪難波・新開地・谷上経由)、(大阪難波・新開地・谷上・新神戸経由)、(大阪難波・高速神戸・天神橋筋六丁目経由)、(大阪難波・高速神戸・天神橋筋六丁目・江坂経由)の各駅を含め、そのまま改札を通過できる。 京都市交通局との連絡運輸(竹田接続) [ ] との連絡運輸(竹田接続)は、次の区間で行っている。 近鉄側• 京都線(竹田 - 大和西大寺)• 奈良線(生駒 - 近鉄奈良)• 橿原線(全線)• 天理線(全線) 京都市交通局側• 全駅 範囲外を利用する場合は降車駅または生駒駅中間改札での精算となる。 ただし、必要な残額がある各種を利用する場合は、京阪電気鉄道(竹田・御陵経由)の各駅を含め、そのまま改札を通過できる。 大阪市高速電気軌道との連絡運輸(長田接続) [ ] との連絡運輸(長田接続)は、次の区間で行っている。 近鉄側• けいはんな線(全線)• 奈良線(生駒 - 近鉄奈良)• 京都線(大和西大寺 - 新田辺)• 橿原線(大和西大寺 - 平端)• 天理線(全線)• 生駒線(全線) 大阪市高速電気軌道側• 全駅 範囲外を利用する場合は降車駅または生駒駅中間改札での精算となる。 ただし、必要な残額がある各種を利用する場合は、(長田・天神橋筋六丁目経由)、(長田・江坂経由)、(長田・天神橋筋六丁目・高速神戸または新開地経由)、(長田・天神橋筋六丁目・高速神戸または新開地・西代経由)、(長田・天神橋筋六丁目・川西能勢口経由)、(長田・天神橋筋六丁目・新開地・湊川経由)、(2020年6月から)(長田・天神橋筋六丁目・新開地・谷上経由)、(長田・天神橋筋六丁目・新開地・谷上・新神戸経由)の各駅を含め、そのまま改札を通過できる。 改札外の連絡運輸 [ ] 以下の駅で行っている。 近鉄 - 鶴橋 - - 京阪• 南海電気鉄道 - 河内長野• KIPS ICOCAカード - 近鉄が2012年12月1日より発行開始したカード。 近鉄グループの「KIPSポイントカード」(現金払い専用)との一体型である。 - 近鉄が発行するカード• (回数券カード)• 利用可能時間帯・利用可能日に制限がある代わりに割引率が大きくなるオフピークチケット・サンキューチケットもある(「パールカード11」の項を参照)。 2019年9月30日まで発売予定 だったが、2019年10月1日以降も2020年9月30日まで発売されている。 販売を終了した(特急回数券)の後継にあたる。 但し特急料金は含まれていないため、特急列車を利用する際は別途特急券を購入する必要がある。 2012年7月発売の「夏の関西1デイパス」より、JR西日本との共同企画商品として、JR西日本のエリアのに、近畿日本鉄道および・のいずれか一社の一日乗車券への引換クーポンが付属したものが発売されている。 (全線フリーきっぷ)• ・を含む3日間有効。 乗車開始日の前日までに購入する必要がある。 毎年2月から12月まで発売される。 このほかに信者の参拝向けに販売する普通割引切符があるが、天理教教会および天理教本部限定販売である。 また、としてが使える路線(鋼索線を除く全線)でJR西日本のICカード「」およびこれらと相互利用可能なICカード(・・・・・・・ )が利用可能である。 かつては志摩線に一部利用できない駅があったが2015年8月1日に志摩線全駅と西信貴鋼索線でこれらのICカードが利用可能となった。 さらに、自社でのICOCA・ICOCA定期券(JR西日本・京阪・阪神各社との連絡定期券も)、ならびに近鉄グループの「KIPSポイントカード」(現金払い専用)との一体型である「KIPS ICOCAカード」が発売されている(一部の路線・区間を除く)。 2013年3月23日からは近鉄とJR東海のIC連絡定期券も発売が開始されており 、2014年3月14日にはとの連絡ICOCA連絡定期券も発売を開始した(南海ではPiTaPa連絡定期券として発売)。 また、2014年9月21日には名古屋鉄道とのIC連絡定期券も発行を開始し 、2017年にはとの連絡ICOCA連絡定期券も発売を開始した。 なお、とでカードに印字される符号は KTである。 販売を終了したもの [ ]• - 2008年9月15日の終電をもって発売終了。 その後での利用は2009年3月1日に終了した。 なおでは引き続き利用できるが、2020年5月31日をもって利用終了予定。 - 2008年9月15日の終電をもって発売終了。 その後や自動精算機での利用は2009年3月1日に終了した。 なお自動券売機では引き続き利用できる。 - 名鉄・南海との共同企画。 2006年8月発売終了。 - グループ各社でも使える。 2006年3月発売終了。 - より西(吉野線・道明寺線・田原本線など一部路線を除く)で使用可能な乗車カード。 2017年3月31日をもって発売終了、2018年1月31日をもって自動改札機での利用を終了した。 なお自動券売機と自動精算機では引き続き利用できる。 (特急回数券) - 2017年12月30日をもって発売終了。 入場券 [ ] の発売額は以下の通り(小児半額・端数は10円単位で切り上げ。 ただし、桑名駅・津駅・松阪駅・伊勢市駅・吉野口駅・柏原駅については端数は10円単位で切り捨て)。 2019年10月1日改定。 2020年3月18日鳥羽駅の入場券料金変更。 JR西日本やJR東海とのの入場券は、発売額が他の近鉄の駅と異なる。 駅名 入場券の料金 下記以外の各駅 160 ・・・・ 150 130 駅設備 [ ] 自動改札機 [ ] の導入開始はきわめて早く、現在主流の磁気乗車券方式のものは1969年に試験導入が始まっており、これが本格実用化のきっかけとなった。 その後1971年4月より、など19の駅で対応の自動改札機の本格導入が開始された。 また、それ以前にも光学読み取り式自動改札の試験が大阪阿部野橋駅で行われている。 しかしながら、近鉄には奈良や三重を中心にローカル駅やが多いという実情から、40年以上経った2019年現在でも全線全駅での自動改札の導入は行われていない。 またの導入も遅れ、結局は青山町駅以西の一部支線を除いたエリアでの導入となっていた。 一方で、他の関西私鉄では導入されなかったにも近鉄グループのとともに対応していた。 さらに、東海エリアの駅に関しては2000年代前半まで主要駅を除いて自動改札が存在していなかったが、2007年4月の「」導入を機にこれらの駅の大半でも自動改札の導入が実施され、これらの駅では2枚対応改札(赤い改札)が導入された。 またICカードに限れば、2018年3月現在、生駒鋼索線と葛城索道線を除く全線全駅で利用可能である。 改札機のメーカーは、大阪線系・南大阪線系が、奈良線・京都橿原線系が、名古屋線系が製と分けられている。 2007年11月28日に近畿日本鉄道は、鉄道向け自動改札システムの開発・実用化に関して、電気・電子・情報・通信分野における世界最大の学会である(アメリカ電気電子学会)より、「」に認定され、同システムを共同で研究・開発してきた、・オムロン・阪急電鉄と共に受賞したと発表した。 前述した自動改札機の試験導入が行われた大阪阿部野橋駅には、受賞記念の銘板が設置されている。 ICカードの対応 [ ] ICカードを用いた乗降(改札通過処理)については前述の通りだが、精算やについてはすべての駅では対応しておらず、都市近郊の駅でも一部の駅でこれらの処理ができず、閑散区間に至っては主要駅でしか扱っていない。 そのため、十分な残額が無いままで無人駅などへ乗車した場合、その駅での降車ができないケースがある。 精算機については導入開始以降、都心部や近郊区間の駅を中心にICカード対応のタイプへの置き換えが進んでおり、この機械ではICカードの精算やチャージが可能となっている。 チャージに関してはこのほかにも、改札内のICカードチャージ機、改札外のICカード対応切符券売機で対応している。 また2016年からは、関西私鉄(かつPiTaPa導入社局)で初めて券売機でICカードの残額を利用してきっぷを購入することができるようになった。 物販支払いにおけるICカードの対応については、コンビニ型店舗「」で「PiTaPa」(も利用可能)が、「」(「」から転換)では、「ICOCA」や「TOICA」「manaca」など同カードと相互利用可能なICカードや、「」などが使用可能となっている。 一方で、小型店舗、型店舗が中心の「Pocket Plat」については、「PiTaPa」に対応していた古市駅の店舗を除いてICカードに対応していなかったが、2013年度中に、旧「K PLAT」の店舗を含め、ファミリーマートへの転換(愛称:「近鉄エキファミ」)が進められ、転換が完了した店舗からファミリーマートが導入している各電子マネーおよびPiTaPaが随時使用可能になった。 その他の業種の店舗でも駅ナカを中心に導入が進められており、でも対応している物がある。 発車標・駅の案内表示 [ ] ホームに設置されている(列車発着案内表示器)のタイプに関しては、頃までは行灯式や字幕式、それ以降頃まで設置されたものは(ソラリー式)が主流であった。 しかし一部の主要駅では LED や LCD タイプのものに交換され、さらに奈良線系統においては2009年3月の阪神なんば線開通に伴い、表示する情報量が格段に増えることなどからLCDタイプのものへの交換が一部の駅を除いて行われた。 このLCDタイプは奈良線以外ではやを皮切りに主要駅を中心に順次設置されている。 なお都心部やその近郊区間での下位種別しか停車しない駅などではほとんどが列車の通過到着を知らせるだけのLED一段タイプのものであるほか、閑散区間の駅や支線の駅に至っては全く設置されていない場合がほとんどである。 このほか、生駒ケーブルやなどでは昔ながらの行灯式が現在でも使用されている。 なお、字幕式の発車標はでの2020年1月30日の使用終了をもって全て姿を消した。 また、近鉄特有のものとして、主にターミナル駅のホーム階段付近やコンコース、改札などに設置されている各方面別の発車案内を表示する式や液晶式の表示装置が存在する。 早い所ではから設置されていたもので、長らくブラウン管タイプが使用されていたが、最近になって大半が液晶式に交換されている。 また、この液晶式表示装置はダイヤの乱れなどが発生した時に、運行情報を表示する機能も導入されている。 このほか、一部の主要駅では列車運行情報専用(平常運転時は旅客案内用)の液晶ディスプレイが設置されている。 発車標は、全列車を表示するもののほかに、大阪難波駅や近鉄名古屋駅などでは特急のみ表示するものも設置されている。 また、特急停車駅ではホームに乗車位置の案内表示器が設置されており、発車標と同様にソラリー、LED、LCDが混在する。 さらに、各方式で号車番号のみ表示するもの、発車時刻の「分」と号車番号を表示するもの、発車時刻・行先・号車番号を表示するものがある。 なお、発車標での特急の表示は2013年のダイヤ変更まで一部の駅を除いて使用車種にかかわらず「特急」のみであったが、このダイヤ変更以降は全ての駅でしまかぜ・アーバンライナー・伊勢志摩ライナー・さくらライナー・青の交響曲に限り使用車種の名称が併記されるようになった。 なお、2000年代以降に設置された案内サインの多くには、・のほかにおよびでの案内が印字されており、また2009年以降近鉄奈良線を皮切りに更新された案内板・駅名標からのや、とが共同開発 したユニバーサルデザイン対応フォント「」が採用されている。 2015年8月から2016年4月にかけて駅ナンバリングの導入、及び主要駅の案内サインや行先表示装置、駅・車内放送における多言語対応の充実に伴い、再度駅の案内板のリニューアルが行われ、シンプルでかつ文字サイズが幾分大きめになったデザインに変更されている。 また、LCDタイプの発車標では、英語表記を小さいフォントで日本語の下に配置していたもの(鶴橋駅の画像を参照)から、主要駅25駅 においては『日本語』と『英語(頭文字のみ大文字、以下小文字。 駅ナンバリング込み)』とを交互表示させるものになった。 ただし、主要駅以外では従来の表示形式のままである。 行灯式(湯の山温泉駅) 方面を示す看板は、基本的に前述の「」に記した案内放送の通りに駅名の表記を行い、途中で乗り換えることで行くことができる駅名も表記している。 2015年ごろからは路線記号とラインカラーを組み合わせたものとなっている(公式英語サイト内の"Boarding a Train: Confirming the train type and platform"に記載)。 駅によっては地区名もしくは都市名で示す場合もある。 大阪地区においては山田線・鳥羽線・志摩線の各駅を示す意味で「伊勢志摩方面」の表記を用い、名古屋地区や伊勢志摩地区においては大阪上本町駅・大阪難波駅・阪神電鉄の神戸三宮駅を示す意味で「大阪・神戸方面」の表記を用いている。 バリアフリー対応 [ ] 対応のため、特急停車駅など主要駅、都心部や近郊区間の駅ではや、、障害者対応などの設置が逐次進められている。 しかし、前述の通り所有駅数が多いという実情から、閑散駅ではなかなか対応が進まないのが現状である。 近年では中之郷駅のように、一旦エスカレータが設置されたものの、その後の乗降客減少と駅無人化によって利用停止、解体された事例も発生している。 トイレの設置 [ ] 大半の駅で設置されている。 水洗式や障害者対応トイレの整備が進められている一方で、利用者が比較的多いにも関わらずのままの駅も多数残存する。 また、を中心に閑散区間の駅で駅員配置駅だったものが無人駅化される際に、清掃・維持費用の観点からトイレそのものを撤去したケースも複数存在する。 しかし、これらに該当する駅が多かった北勢線・養老線・伊賀線が経営分離されたことで、近鉄としての水洗化率・トイレ設置率は大幅に向上している。 は、ほぼ全駅のトイレに設置されている。 このうち、関西エリアでトイレットペーパーの設置が進んだのは2008年冬頃からであり、それ以前は関西エリアでは紙の備え付けはされず、別途入口付近ので購入する方式を採っていた。 東海エリアでは以前からローカル駅においてもロール式が備え付けられていた。 特急券・定期券の販売 [ ] ほとんどの特急停車駅においてはは有人窓口、自動券売機など、何らかの形で常時発売されている。 これらの駅ではも発売されている場合が多いが、観光地の駅や山間部の駅などでは必ずしもその限りではない。 また、本線格の路線においては速達種別の停車駅や特に利用客の多い駅、学生利用の多い駅などに有人の定期券・特急券発売窓口を設置している。 2010年のダイヤ変更で特急停車駅となったは唯一の例外で、同駅ではこれまで有人の切符販売窓口が未設置だったこと、特急停車にあたって「定期券・特急券自動発売機」(後述)の設置もされなかったこと、加えて特急が停車するのが観光需要のある日中のみであることから、発売時間も同駅に特急が停車する時間帯のみに設定している。 また、定期券についてはローカル駅などで事前予約による販売のみを行う駅も存在する。 最近では「定期券・特急券自動発売機」の設置が進められている。 この機械の導入により、これまでの有人窓口と比べて販売時間が大幅に拡大した(基本的に早朝から深夜まで購入可能)ものの、新規の通学定期券やバス連絡定期券、各種割引きっぷが買えなくなるデメリットも発生している。 特急停車駅ではない駅の中にはこの機械の設置に替えて有人窓口の営業時間を大幅縮小、または廃止、臨時営業とする駅も出てきている(機械の代替設置を行わず、特急券・定期券類が完全に買えなくなった駅も存在する)。 また、2008年10月には自動発売機の整備と有人窓口の廃止縮小を軸とした販売窓口の一斉整理が全線で行われ、それ以降も自動発売機の設置と有人窓口の営業時間縮小、廃止が少しずつ進められている。 構内店舗・売店 [ ] 大半の特急停車駅やある程度の乗降客がある駅にはコンコース・ホーム上などに駅売店「Pocket Plat」を、などにはタイプの売店「」が営業している。 かつては「365」というブランドで展開しており、現在でも一部の駅の自動販売機コーナーなどにその名残りがある。 また、最近ではターミナル駅での事業の拡充に取り組んでおり、や、などでは「Time's Place」という様々な業種の店舗が立ち並ぶようになっている。 しかし、その一方では乗降客の減少した駅での店舗廃止も進めている。 売店の営業は近鉄が直営として、近鉄グループの近鉄リテールサービス(現・)に運営委託という形を取っているが、以前(「365」時代)はによる運営であった。 2013年3月には近畿日本鉄道との業務提携と、「K PLAT」、「PocketPlat」の2013年度中のファミリーマートへの順次転換が発表された(愛称:「近鉄エキファミ」)。 転換後は近畿日本鉄道がファミリーマートのになる。 ファミリーマートへの転換が完了した店舗では、買物での支払いにICOCAやTOICA・manaca・PiTaPaなどの各種交通系ICカードや、iD・楽天Edyなどが使用可能になった(「」節も参照)。 特に駅ホームのキオスク型店舗でICカードが使用可能になるのは近鉄としては初めてのケースとなる。 なお、かつてあったコンビニエンスストアの(現在はファミリーマートに統合・移管済)は、関西圏では近鉄がフランチャイジーを行っていた。 テレビモニター [ ] 奈良県内ではの局、「 KCN 」がケーブルテレビ・事業を行っており、それの宣伝を兼ねる目的で、奈良県内の主要駅やスタジオにもっとも近いには主に()のが映る多数のテレビを壁状に配置し、様々なチャンネルを同時に視聴できるようにしたテレビモニターが設置されている。 基本的に音は出ないが、大和西大寺駅などに設置されているものは中央に大型のテレビが据えられ(主にが放映されている)、これのみスピーカーから音声が発信されている。 特徴的な設置物であるがゆえに待ち合わせに利用されるケースも見受けられる。 このほか、三重県内でもとに、にのテレビモニターが設置されている。 時刻表 [ ] 駅掲出の時刻表及び駅配布のポケット時刻表はけいはんな線を除いて独特の形式をしており、行先ごとに枠を作って大分類し、それを種別ごとにさらに分類して時刻の「分」を記入していくような形になっている(駅によっては行先と種別の順序が逆になることがある)。 までは1日に1本しかないような列車に対しても枠が分けられるなど、かなり厳格な運用がされていた。 ただし近年では、類似の種別や行き先は一纏めにされ、その上で色分けしたり略号を付けたりして区別されることも多くなり、他の鉄道の形式にも幾分近くなってきている。 頃までは、2003年まではでもこの体裁が採用されていた。 なお駅掲出時刻表は、全駅について公式ウェブサイトで閲覧できる。 また、駅配布のポケット時刻表は、大阪地区と名古屋地区で体裁が異なる。 さらに大阪地区においても京都線は休日ダイヤが表面になっている(それ以外の路線は平日ダイヤが表面である)。 2020年3月以降の大阪地区では一部の駅でポケット時刻表独自の体裁から駅掲出時刻表をそのまま印刷したものに変更されている。 時刻表では、「当駅から乗客扱いを始める列車」については「当駅始発列車」ではなく「 当駅仕立列車」という独特の用語で表現される。 駅で配布している大阪地区版のポケット時刻表(大和西大寺駅) 他社との関係 [ ] 以下では近鉄と同業他社との関係(グループを含む)を記す。 なお、この他にも大分県への近鉄グループ進出を巡り、とも対立していた時期もあった。 奈良県・三重県における近鉄 [ ] 近鉄が多く路線を保有するおよびにおいては、近鉄はよりはるかに運転速度・規格・本数などで勝っている面が多い。 また、と、となど、同県のある地区にJRと近鉄の2社の代表駅がそれぞれ別の場所に設けられている場合、それぞれの沿線人口の違いもあり、JRの駅前は閑散しているのに対して、近鉄の駅前は賑やかというのが一般的である。 (国鉄)時代から国有鉄道の意義が低く、近鉄の意義が沿線住民には高かったからである。 これは、同地区の国鉄線を建設したのが元々・などといった私鉄であり、に基いてそれを国有化した後は一地方路線扱いとしてほとんど投資がなされなかったため、国鉄時代には近鉄と並行する・などは都市近郊路線にもかかわらず、・の時代が長く続いているといった状況となったからである。 これに対して、近鉄の元となるは、始めから高規格の高速運転を行う路線として主要路線を建設し、さらに買収路線(を買収した、を買収したなど)を含めて何度も複線化・線形改良などを行い、速達列車を多く設定したため、輸送において国鉄よりはるかに優位に立つことができた。 後は、JR西日本が・奈良線・・・といった「」の一部路線で近鉄との対抗としてなどの速達列車を設定したり 、JR東海が - 間に「」を走らせたりするなど、国鉄時代に比べて大きく改善されているが、それでも、列車本数等で近鉄が有利である区間が多い。 そのため、奈良・三重両県においては、や(・)などの交通事業、不動産やホテル・百貨店などの付帯事業において強い影響力を持ち、両県では「近鉄王国」と称されているほど、県民にとって近鉄グループは生活に欠かせないものとなっている。 一例として、古くから皇室関係の奈良・三重方面への移動には京都やから近鉄を利用することが多く、このことからの運行実績も他私鉄に比べて多い。 また、毎年のの参拝に関しても慣例的にが利用される。 また、両県においては交通事業のほかに、に代表される流通事業、やに代表される通信・サービス事業、に代表される不動産・開発事業、(・など)に代表される観光・レジャー事業など、近鉄グループ各社の影響を大きく受けている。 他にはや本舗たなか、またや・など、グループ企業ではないものの、近鉄との関わりの強い企業も非常に多い。 名古屋と三重県下の間では、JR東海の快速「みえ」などの関西本線・紀勢本線・参宮線の列車と競合関係にある。 京阪電気鉄道との関係 [ ] は(以下 奈良電)を合併したことから始まるが、奈良電は(以下 京阪)と当時の大阪電気軌道の両者がほぼ同額を出資する形で設立された。 9月に近畿地方を襲ったによる被害で、奈良電は経営悪化に陥っていた。 その際、京阪と合併するという案が出されている。 しかし、これを京阪側は淀屋橋延長線(淀屋橋 - 天満橋)の建設工事による巨額投資を行ったため不可能だとして拒否していた。 その時期を見込んで京阪寄りだった奈良電の経営権を取得し、京都への進出を図った近鉄だったが、京阪側はこの事態に反発した。 しかし、近鉄は株式の取得を進め、関西電力会長だったの斡旋を経て、に奈良電は近鉄に合併された。 当時の近鉄社長である佐伯勇は、京阪の社長だったが英断を下して「持株も譲っていい、そのかわり奈良電を一流にたて直しなはれ」という言葉をかけられたと述べている。 なお、など、近鉄京都線沿線(新田辺駅以北)のバス路線が京阪バス・京都京阪バス等により運行されているのは、近鉄への株式譲渡の際、京都 - 奈良間のバス事業免許は京阪側に引き渡すという条件によるものである。 国鉄・JR東海・JR西日本との関係 [ ] 国鉄への対抗意識から、関西私鉄の多くが国鉄の駅との連絡に消極的であったのに対し、近鉄は大軌子会社の参急発足の頃から、積極的な連絡を図ろうとした。 その名残で特に三重県には、・・・といった、JRと近鉄が同じ構内を共同で管理する駅が存在する。 さらに名古屋線などの前身である、南大阪線などの前身である、吉野線の前身であるなどといった会社も、元々は「国鉄と貨物の連携輸送を行うこと」を目的に設立されたことから、それらの会社が建設した路線にもや・など、JRの駅への乗り入れている駅がいくつか存在している。 他にもやのように、JR線との乗り換え改札口を設けている駅もある。 一方で近年は、やのように、JRと改札が分離された事例もある。 また近鉄四日市駅は、かつて国鉄四日市駅に近接していたが、名古屋線の付け替え(いわゆる「」の解消)により、独自の駅に分離した。 加えて、の導入には最初は消極的であったり、JR西日本の「カード」が、近鉄の鉄道路線(青山町駅以西の「スルッとKANSAI」対応線区に準ずるが、けいはんな線を除き、道明寺線が含まれる)や近鉄バス(地区を除く)でも利用可能だった(2009年3月1日で自動改札機・自動精算機での利用を停止。 以後は自動券売機での乗車券への引き換えのみ可能)という関係もある。 近鉄特急も近鉄京都駅、近鉄名古屋駅では遠方からの利用客を考慮して東海道新幹線の接続を意識したダイヤを設定している。 2009年11月から近鉄グループとの(2011年4月26日にを開業)の共同企画として行われている・阿倍野地区のイメージ向上を目指す「Welcoming(ウェルカミング)アベノ・天王寺キャンペーン」に、翌年2010年5月よりなども参加している。 2012年5月10日には、近鉄グループの鉄道車両メーカーであるにJR西日本が資本参加し、人事交流や車両の共同開発などを目的とした、業務・技術提携が締結された。 2012年夏には、JR西日本で発売された「」では鶴橋駅または京都駅からまでの往復乗車券と(生駒ケーブル)の乗車券が引き替えできるオプションが用意された。 これ以降も季節ごとに、近鉄のオプション乗車券引き替えが選択可能な「関西1デイパス」が順次発売されている。 九州、伊勢志摩」の旅行商品の販売キャンペーンも行われている。 近鉄でのIC定期は、同様にではなく、JR西日本ので発行されることになった。 2012年12月1日に発売を開始し、JR西日本・京阪・阪神各社との連絡定期券も同時に発売開始した (阪神ではPiTaPa連絡定期券として発売)。 さらに2013年3月23日からは、JR東海とのICOCA連絡定期券も発売開始し(JR東海ではTOICA連絡定期券として発売)、2014年3月14日にはとのICOCA連絡定期券も発売を開始している(南海ではPiTaPa連絡定期券として発売) ほか、9月21日には名古屋鉄道とのICOCA連絡定期券も発売を開始した。 後にJR東海が展開する「」キャンペーンにも協力しており、近鉄の駅構内や車内において、同キャンペーンの広告を2社共同で出稿しているものもある。 近鉄がJR西日本と共同発行しているKIPS ICOCAカード。 近鉄とJR西日本の関係性を示す物の一つである 名古屋鉄道との関係 [ ] 他社線との直通運転ので前述したように、(名鉄)との間では、かつて名古屋線が狭軌であった時代に、新名古屋駅と近畿日本名古屋駅(いずれも当時の駅名)とを結ぶ地下連絡線を通り、名鉄 - 近鉄間両社直通の臨時観光列車の相互乗り入れをしていたこともあった。 その後、相互乗り入れは中止したが、現在も近鉄名古屋駅の地下コンコース内には、への連絡改札口が設けられている。 しかしその一方、名鉄との間では、一時期激しく対立したこともあった。 戦前では伊勢電を巡る争いが最も大きなものであったが、戦後の期にはにおける支援を名鉄が行った際に、近鉄では北陸鉄道に対抗するバス路線の敷設を目論んで北陸日本交通との名義で会社を設立しようとしたり(これは後に同社を合併して近鉄の子会社化した北日本観光自動車のバス路線網拡大へ方針転換するが、当時のの方針で却下された)、近鉄が大垣から岐阜・羽島への新線敷設を計画した(「」を参照)のに対抗して、名鉄が岐阜から養老・羽島に至る建設を発表(後にの建設へ変更)したという事例がある。 また、に航路を新設するに当たっては、営業免許を巡って両社共激しく競合したが(当時の新聞紙上では「 伊勢湾海戦」と報道された)、これも当時の運輸省の仲裁により、が両社折半で設立されることになった(現在は両社の手を離れて第三セクターとして運営)。 さらには、に開通したを走る路線であるにおいて、(現在はとして・が共同運行)以外に多数の民間会社による運行計画が乱立したため、運輸省の調整により、近鉄を中心とした(現在の、当時は阪神・も出資)と、名鉄を中心とした(当時は・阪急・なども出資、その後からを経て、現在はへ移管)の2社が設立される事態となった。 これらの対立・競合状態が解消して、協力関係に入ったのはの中頃に入った1980年代のことだった。 近鉄の駅構内や車内広告、および「近鉄時刻表」などにおいて、主に・や、行き空港特急「」など名鉄グループの広告が、また名鉄の駅構内や車内広告、および「名鉄時刻表」などにおいては、主になど地区の観光広告や、近鉄名阪特急「アーバンライナー」など、近鉄グループの広告が相互に掲載されるようになるなど、名鉄と完全に相互協力関係にある。 その後1997年から2006年までの間、と共に3社の鉄道路線・およびグループ各社の交通機関も利用可能であった、乗り放題切符「」も発売されていた。 2013年3月23日には「」開始により、近鉄で発行しているICカード乗車券「」「」を名鉄線で、名鉄で発行しているICカード乗車券「」を近鉄線で、それぞれ利用することが可能となった。 また、2014年9月21日には両社のIC連絡定期券も発行を開始した。 2012年6月には開業に向けての名古屋駅周辺の再整備により、近鉄名古屋駅と名鉄名古屋駅の統合化を検討していることが明らかになった。 スポーツ [ ] プロ野球球団 [ ] 近鉄のプロ野球事業は、公式には1949年結成の「近鉄パールス(後の)」からとされているが、既述の通り1944年の発足から1947年までは旧・南海鉄道を合併していたため、南海軍(1938年発足。 のちの南海ホークス・福岡ダイエーホークス、現在の)を改めた「近畿日本軍」が近鉄の球団経営史の嚆矢となる。 戦後、近畿日本軍は社章「」にちなみ「グレートリング」と改称。 1947年6月のシーズン途中、近鉄から南海電気鉄道の分離発足(の節参照)に伴い、同球団は近鉄から南海の傘下に移り、同社の社章「羽車」にちなみ、「南海ホークス」と改称した。 1949年、グレートリングを所有したこととプロ野球人気がきっかけとなり、近鉄は再び球団経営を検討し、今度は自力で新たにパールスを発足させた。 その球団経営も当時の社長の手により「球団は 回収の見込みがない経営資源」と見なされ、2004年の(大手リース会社傘下)との統合により55年の歴史に幕を下ろし、統合球団「オリックス・バファローズ」への出資・スポンサー協力も2007年シーズンをもって終了、名実ともにプロ野球事業から撤退した(「」も参照)。 なお、かつて近鉄が運営していた球団である近畿グレートリング(近畿日本ホークス )と近鉄バファローズは、球団経営母体がそれぞれとオリックスとなった現在でもの「」として時々交流試合をしている。 ラグビー [ ] 1929年に設立された大軌部を源流とする社会人ラグビーチーム「」は、昭和40年代にで3度優勝するなど古豪として知られる。 かつてはラグビーの聖地とも称される近鉄花園ラグビー場を所有しており、プロ野球事業からの撤退後はラグビー部の運営に力を入れるようになった。 花園ラグビー場は開催に備えて、に施設をに譲渡 して「」として運営されているが、引き続き近鉄はライナーズの本拠地としての使用、並びに東大阪市のラグビーの普及・啓蒙のための支援活動を実施している。 これについては「」の項を参照。 その他の事業 [ ] SAレストラン事業 [ ] バス事業、旅行業など多くは子会社化していたが、2015年4月の会社再編まで直営していたものとして、のにおけるレストラン事業があった。 下記の各サービスエリア(6箇所7店舗)で運営していたが、会社再編後は近鉄リテールサービス(に社名変更)に移管された。 上下共通()• 下り(、近鉄名神ハイウェイサービスから移管)• 上り(、から移管)• 下り()• 上り・下り(、下り線はから継承)• 下り(、近鉄観光から継承) 農業事業 [ ] 近鉄ふぁーむ花吉野 2012年7月より、近畿日本鉄道・・の3者連携()により、吉野線前の遊休地に開設された施設。 施設内のでは、などのやなどのミニ類が、農業用ハウスではが生産されており、「花吉野からやさい。 」シリーズとして、近鉄グループのでの販売や、ホテル・レストラン向け食材として供給されている。 労働組合 [ ] 第108期有価証券報告書によると、近畿日本鉄道労働組合が組織されており、に加盟している。 ストライキ [ ] ・・などと同様に、原則は列車運行のを行わない方針を採っている(集改札ストライキはあり)。 後半当時のやストライキ情報では、ストライキを予定していた近鉄が集改札スト(鉄道の営業は行うが駅での改札や乗車券類の発売などの業務を一切行わない戦術。 なお、ストライキ中の乗車券は車掌が車内で発売する体制を採っていた)に変更すると「戦術ダウン」と報道されることもあった。 また、名阪ノンストップ特急の利用者が低迷した時代は、それに関してのみ例外として運休とされていたことがあった。 ただし、戦後に組合が発足した当初は争議に積極的で、他社が収束した後も独自にストを行ったこともあった。 特に1958年の春闘では激しく対立し、全面ストを含む41日に及ぶ争議となったが、並行する他社の路線がほとんどないなどの理由で、利用者からは強い反発を受け「沿線住民を無視できない」という理由でストを中止した。 翌1959年、組合は対話を尊重する方針を打ち出し、秋の伊勢湾台風被害から労使一体で再建に取り組む過程でこの路線がさらに固まった。 その後十年間にこの方針が組合の基調となり今日に至っている。 関連する人物 [ ] 歴代社長 [ ] カッコ内は就任期間。 代数は大阪電気軌道設立から数える。 初代:(1910年9月15日 - 1912年12月15日) - 他に社長などを務めた• 2代:(1913年1月8日 - 1914年11月2日)- 近鉄の前身となる大阪電気軌道創業に尽力• 3代:大槻龍治(1915年8月16日 - 1927年3月10日) - 長などを務めた元官僚。 大軌の経営を建て直した• 4代:(1927年3月31日 - 1937年2月9日)• 5代:(1937年2月10日 - 1947年4月25日) - 大軌・参急合併、近畿日本鉄道設立• 6代:(1947年4月25日 - 1951年12月24日) - と兼任• 7代:(1951年12月24日 - 1973年5月25日) - 近鉄中興の祖、のち会長・名誉会長• 8代:(1973年5月25日 - 1977年6月22日)• 9代:富和宗一(1977年6月22日 - 1981年6月22日)• 10代:(1981年6月22日 - 1987年6月26日)• 11代:(1987年6月26日 - 1994年6月29日) - 金森又一郎の孫• 12代:(1994年6月29日 - 1999年6月29日)• 13代:(1999年6月29日 - 2003年6月27日)• 14代:(2003年6月27日 - 2007年6月28日)• 15代:(2007年6月28日 - 2015年4月1日) 事業会社発足後• 2代:都司尚(2019年6月13日 - ) 歴代会長 [ ] カッコ内は就任期間。 代数は公式には存在しないので就任順に掲載。 (1944年6月1日 - 1946年12月12日) - 旧南海鉄道社長• 金森乾次(1951年12月24日 - 1954年12月8日) - 金森又一郎の二男・金森茂一郎の父• (1954年12月20日 - 1969年6月6日)• 佐伯 勇(1973年5月25日 - 1987年6月26日) - のち(-1989年10月5日)• 上山善紀(1987年6月26日 - 1994年6月29日)• 金森茂一郎(1994年6月29日 - 1999年6月29日)• 田代 和(1999年6月29日 - 2003年6月27日)• 辻井昭雄(2003年6月27日 - 2007年6月28日)• 山口昌紀(2007年6月28日 - 2015年4月1日) 事業会社発足後• 2015年4月1日から近鉄グループホールディングス会長兼任(現在は専任)• 和田林道宜(2019年6月13日 - ) その他の役員 [ ]• (参急専務)• (元・専務、やの開発者)• (元・副社長、三重県商工会議所連合会会長) 主な社外役員 [ ]• (元・大軌相談役、社長)• (元・参急取締役、大軌・関急監査役、社長)• (元社外取締役、社長)• (元・監査役・取締役、会長)• (元・取締役、大阪瓦斯社長)• (元・監査役、法学者) その他の主な出身者 [ ]• (近鉄では本名の原進として活動) - 、近鉄ラグビー部OB、元・近鉄駅係員・乗務員など• - 地方競馬予想家・評論家、元・近鉄駅係員・乗務員• - 代表取締役・中央競馬馬主、元・百貨店部(現・)OB 関連する企業 [ ] や・など近鉄グループ企業各社については、「」を参照のこと。 放送局は「」の節を参照のこと。 鉄道事業者 [ ]• (JR西日本) - したとおり、ICOCAの発行や共同での観光プロモーションなどで関係が深い。 - 戦時中統合していた旧・南海鉄道の路線を継承した会社。 - 2009年3月20日より阪神なんば線経由で相互直通運転を開始した。 (元)・ - 相互直通運転を実施。 - かつて京都線と相互直通運転を行っていた。 - かつて名古屋線と相互直通運転を行っていたほか、共同で「3・3・SUNフリーきっぷ」を発行していた。 「」節も参照。 - かつて直営路線および自社車両を保有し、大阪市営地下鉄中央線を経由して東大阪線(現・けいはんな線)と相互直通運転を行っていた。 「」節を参照。 - 東武鉄道が運営する高さ日本一の電波塔である「」と近鉄が運営する高さ日本一のビル「」との間での相互PRを行っている ほか、した通り東武鉄道の2代目社長であるは近畿日本鉄道の社外取締役を務めたことがある。 2016年以降は年間数回京成のの旅客誘致ポスターを近鉄の主要駅や一部編成の車内の広告に掲出したり、その逆に近鉄も奈良大和路や伊勢志摩への旅客誘致広告を京成に掲出したりしている。 - 2015年度より両社間の列車内中吊り広告や駅掲出ポスターにおいて互いの沿線を宣伝する広告を掲出している(西武側は秩父、近鉄側は奈良大和路と伊勢志摩)。 - 2003年に近鉄からを譲り受けた会社。 ・ - 2007年10月1日に近鉄からそれぞれ・の運営を移管した会社。 ただし近鉄は以後も2017年まで両線の施設等を保有していた。 - 2015年に近鉄から・を譲り受けた会社。 - (愛知万博、「愛・地球博」)期間中に「」が運行されることに伴い乗務員が不足しており、期間中は不足した人員を近鉄からの出向でまかなっていた(近鉄の他にJR東海からも出向を受け入れていた)。 各種メーカー [ ]• - 近鉄グループ。 戦後一時期を除きすべての近鉄車両を納入。

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【ツムツム】マレフィセントドラゴンのミッション別攻略手順|ゲームエイト

頭文字d で770 exp

第19回 文字列の操作• 文字列の読み込み 文字列の各要素は、次の構文を使用して読み込みます。 文字列[インデックス] 使用方法は次のプログラムを見てください。 ただし、存在しないインデックスを読み込もうとすると、エラーになります。 使用方法は次のプログラムを見てください。 文字列の分割 次の構文を使用すると、文字列を分割できます。 split 区切り文字, 分割数. rsplit 区切り文字, 分割数 指定の文字列に対して、区切り文字で分割したリストを返します。 分割数はオプションで、分割する回数を制限できます。 splitは左から分割し、rsplitは右から分割するという違いがあります。 使用方法は次のプログラムを見てください。 split 'b' print a. split 'b', 1 rsplitで分割 print a. rsplit 'b' print a. rsplit 'b', 1 実行結果 ['a', 'ca', 'c'] ['a', 'cabc'] ['a', 'ca', 'c'] ['abca', 'c'] 4. 文字列の削除 次の構文を使用すると、文字列から特定の文字を削除できます。 strip 削除する文字列. lstrip 削除する文字列. rstrip 削除する文字列 stripは両端、lstripは左端、rstripは右端の文字列を削除します。 厳密にいうと、文字列は変更不可能なオブジェクトなので、 削除ではなく、特定の文字を取り除いた新しい文字列を返す処理となります。 使用方法は次のプログラムを見てください。 strip 'a' lstripで左端の削除 print a. lstrip 'a' rstripで右端の削除 print a. rstrip 'a' 削除する文字列を指定しない場合は、空白を削除 print ' abc '. strip 実行結果 bcabc bcabca abcabc abc 5. 文字列の検索 5. 指定の文字列を調べる 次の構文を使用すると、指定の文字列が含まれているかを調べることができます。 検索する文字列 in 検索対象の文字列 検索対象の文字列の中に、検索する文字列が存在していれば、Trueになり、そうでなければ、Falseとなります。 使用方法は次のプログラムを見てください。 開始文字・終了文字を調べる 次の構文を使用すると、開始文字・終了文字を調べることができます。 startswith 検索する文字列, 開始位置, 終了位置. endswith 検索する文字列, 開始位置, 終了位置 startswithは文字列の先頭を調べるのに対し、endswithは文字列の末尾を調べます。 検索する文字列が存在していれば、Trueになり、そうでなければ、Falseとなります。 開始位置と終了位置はオプションで、検索位置を指定することができます。 使用方法は次のプログラムを見てください。 startswith 'a' print a. startswith 'c' print a. startswith 'a', 1 endswithで末尾の文字列を検索 print a. endswith 'a' print a. endswith 'c' print a. endswith 'a', 0, 4 実行結果 True False False False True True 5. 検索した文字列のインデックスを調べる 次の構文を使用すると、検索した文字列のインデックスを調べることができます。 find 検索する文字列, 開始位置, 終了位置. rfind 検索する文字列, 開始位置, 終了位置. index 検索する文字列, 開始位置, 終了位置. rindex 検索する文字列, 開始位置, 終了位置 findとindexは文字列の左端から検索するのに対し、rfindとrindexは文字列の右端から検索します。 開始位置と終了位置はオプションで、検索範囲を指定することができます。 find またはrfind とindex またはrindex の違いは、検索する文字列が見つからない場合、 前者は-1となりますが、後者はエラーとなります。 使用方法は次のプログラムを見てください。 find 'a' print a. find 'a', 1 rfindで検索 print a. rfind 'a' print a. rfind 'a', 0, 1 indexで検索 print a. index 'a' print a. index 'a', 1 rindexで検索 print a. rindex 'a' print a. rindex 'a', 0, 1 findとindexで検索した文字列が見つからない場合 print a. find 'd' print a. index 'd' 実行結果 0 3 3 0 0 3 3 0 -1 Traceback most recent call last : : ValueError: substring not found 6. 文字列の置換 次の構文を使用すると、指定の文字列を置換することができます。 replace 置換される文字列, 置換する文字列, 置換回数 置換回数はオプションで、置換する回数を指定できます。 置換回数を指定しない場合は、全て置換されます。 使用方法は次のプログラムを見てください。 replace 'abc', 'X' 置換回数を1回にして指定文字列を置換する print a. replace 'abc', 'X', 1 実行結果 XX Xabc 7. その他の文字列の操作 他にさまざまな文字列の操作があります。 その一例として、次の構文があります。 len 文字列. upper. lower 使用方法は次のプログラムを見てください。 coding: utf-8 文字列の長さを調べる print len 'abc' 小文字を大文字に変換する print 'abc'. upper 大文字を小文字に変換する print 'ABC'. lower 実行結果 3 ABC abc 8. Javaとの比較 Javaのソースコードとの比較をします。 文字列はJavaにはStringクラスがあるため、 このクラスとの比較をします。 Javaを知っている方は参考にしてください。 split 'b' 両端の削除 print 'abcabca'. strip 'a' 検索する文字列が存在するかを検索 print 'bca' in 'abcabc' 先頭の文字列を検索 print 'abcabc'. startswith 'a' 末尾の文字列を検索 print 'abcabc'. endswith 'a' 検索する文字列のインデックスを調べる print 'abcabc'. find 'a' 検索する文字列のインデックスを調べる(末尾) print 'abcabc'. rfind 'a' 指定文字列を置換する print 'abcabc'. replace 'abc', 'X' 文字列の長さを調べる print len 'abc' 小文字を大文字に変換する print 'abc'. upper 大文字を小文字に変換する print 'ABC'. out. println "abc". out. out. print strs[i] ; System. out. out. out. println "abcabc". out. println "abcabc". out. println "abcabc". out. println "abcabc". out. println "abc". out. println "abc". out. println "ABC".

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