まま なら ぬ。 「ままならない」の意味とは?使い方と例文をわかりやすく解説

前世が“魔王”だった少女のピュアラブコメ。『魔王の恋、ままならぬ。』日常生活を破壊する魔王軍幹部(前世)たちがハチャメチャで恋どころじゃない

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みなさんこんにちは。 文芸学科で講師をしているトミヤマと申します。 芸工大に着任し、ちょうど1年が経ちました。 学科のオリエンテーションで、在学生のみなさんに「年齢こそかなり上ですが、芸工大のことに関してはみなさんの方が先輩ですから、いろいろと教えてくださいね」とお願いしたのが去年の今頃だなんてにわかに信じられません。 1年というのは本当にあっという間ですね。 あの頃は右も左もわからずとても不安でしたが、2年目になっても若干不安なので、引き続き先輩たちに頼る気まんまんです。 そもそも、山形にも馴染みがないですし、なんというかこう、まだ軸がグラグラしています。 そんなわたしがなぜ東京の大学を辞めてまで芸工大にやって来たかというと、以前から「芸術系の大学で教えたい!」と思っていたからです。 一生のうちに一度くらい、そういう大学で教えられたらいいなあ、と夢想していたので、採用が決まったときは心の底から嬉しかった!東京と山形を往復しながら教えることが体力的にキツいのはわかっていましたが、夢がかなった喜びの方が大きかったです。 芸術系大学で学ぶこと・教えること ところでみなさん、芸術系大学の長所ってなんだと思いますか? わたしは 「提案型の人間が大いに歓迎されること」だと思っています。 ここでちょっと高校までの勉強を思い出してほしいのですが、教科書に書いてあることや、先生の言ったことを、なるべくそのまま理解・暗記するのにかなりの時間を費やしたんじゃないかと思います。 自分なりにアレンジすることは、あまり求められてないというか。 授業以外の場面でも「これが正解なんだろうなあ」という暗黙のルールがあって、学校にいる間は、それに合わせたふるまいをしておくと、なにかと安心だったりして……。 集団行動の基本ルールを高校までに学ぶこと自体はとても大切ですし、ぜひ身につけていただきたいところですが、集団としてのまとまりを重視するあまり、個人の感覚・感情がある種の「ノイズ」と捉えられ、スルーされてしまいがちなのも事実です。 特に、文学や美術など、正解が一つではない、というより、正解があるかどうかすら分からない学問領域では、生徒たちの個性をもっと尊重した方がよいはずなのですが、現実はそう簡単ではありません。 その結果、個人の感覚・感情を大事にするタイプの活動は、放課後もしくは学校の外でやるしかなくなっていき、人によっては、そこまで手が回らない、ということにもなりかねません(わたしはそういうのを「もったいないなあ」と思う人間です)。 その点、芸術系大学では、教員の言ったとおりにしても「うーん、悪くはないけど、ちょっと物足りないかな?」となるわけです。 自分が何を感じ、どう考えたかを表現すればするほど「おっ、いいね!」となる。 わたしが法学部出身で、法律を暗記するのが心底苦手だったために、芸術系大学への憧れがすごいことになっているだけかも知れませんが、とにかく、 自分のアイデアを口にできる環境というのは、純粋にいいものです。 それこそが、 世界をカラフルにする営みだと思うからです。 昨年のトミヤマゼミの様子。 で、そんな「理想」を携えて芸工大にやってきて、実際どうだったの? という話なんですが、想像していた以上に楽しいですね! 教員の顔色を一切窺わない(褒めています)パワフルな提案がガンガン出てきて最高! それが芸工大生にとっての「当たり前」になっていることも素晴らしいです。 「先生、わたしはこんな風に考えたんですけど、どうですか!?」と訊かれるたび、ああ、山形まで来て正解だったなあと思っています。 学生が教員の言いなりにならない、ということは、それ相応の対応力を求められるということで、もちろん緊張もするのですが、それによって指導力が鍛えられると思っているので、個人的には大歓迎です。 わたしはフリーライターとしても活動していますから、所属している文芸学科の学生さんとは、ある意味「ライバル同士」のようなもの。 肩書きも年齢も飛び越えてお互いに日々精進していければ、それが一番よいと思っています。 5月から始まる自宅からのリモート授業用に、グリーンスクリーンを準備しました。 しかし、いま現在、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により例年通りの大学生活が送れない状況にあります。 大学に集まり直接対面する形で学生さんと授業を進めることができません。 本当に不便をかけていると思いますし、戸惑っているだろうとも思います。 わたし自身も大いに戸惑っています。 わりと機械音痴なのに、リモート授業をやれるようにならないといけなくてあたふたしていますし、フリーライターの仕事も、予定されていた取材が延期になったり、なくなったりしています。 あと、完全に私事ですが、わたしの夫はバンドマンです。 コロナ禍の最初期から活動自粛を求められた業種ということもあり、まったく身動きが取れません。 あー、この先どうなっちゃうんだろう。 不安です。 大人だから冷静なふりはできますが、内心はみなさんと同じように揺れています。 みんなそれぞれに不安なことがあるかと思いますが、とくに親元を離れ山形でひとり暮らしをスタートさせた新入生は、慣れない土地で、友達もおらず、本当に不安だろうと想像します。 アルバイト代を生活の足しにする計画だったひとは、経済的な不安感もあるでしょう。 また、不安よりイライラが勝っているひともいそうですね。 思い描いていたキャンパスライフが手に入らないことに対し、損をしたような気分になっているひとも少なくないと思います。 その不安やイライラはとても自然なものだと思いますから、「なかったこと」にしなくて大丈夫です。 不安になってしまう自分を弱すぎるのではないかと責めたり、襲い来るイライラをひとりで解決したりしようとしないでほしいのです。 自己責任論や根性論で乗り越えようとすると、かえってうまくいきません。 これまで経験したことのない状況に自分を適応させていくには、時間がかかって当然。 慌てずマイペースに気持ちを立て直していくのが一番の近道なのです。 知人の星野さん(精神科医)から聞いたのですが、いわゆる心の病にとって孤独感ほど厄介なものはないらしく、リアルでもバーチャルでも「ここが自分の居場所だ」と思えるところがあるとすごくいいのだそうです。 家族や、高校までの友人、あるいはインターネット上の繋がりが居場所になっているひとは、どうかそれを大事にしてください。 繰り返しになりますが、このような状況下においては、あなたがほっとできる居場所でのんびり過ごすことが、 正しい「ご自愛」の形なのだと知っていてください。 断じて「サボり」なんかじゃありませんので。 星野さん曰く、居場所はたくさんあって困るものではないらしいので、わたしとしては、大学もみなさんの居場所のひとつになれたらいいなと思っています。 いま、芸工大の教職員は、みなさんのために何ができるかみんなで考え、さまざまなプロジェクトを同時多発的に立ち上げようとしています(ですので、大学からの情報発信をどうか見逃さないようにしてください)。 大学に通う、教室で会う、という形でなくとも、大学がみなさんを支える居場所のひとつになれるよう、わたしも教員として精一杯努力します。 『新しい日常』として受け入れてみる 新型コロナのパンデミックがいつ終わるのか、いまの時点ではなんとも言えません。 早く終息すればそれに越したことはありませんが、どうやら長くかかりそうです。 多くの専門家も長期戦になることを予測しています。 不安にさせてしまったら申し訳ないのですが、わたしたちが享受していた「いつもの日常」がそっくりそのまま戻って来るということは、まずないんじゃないかと思います。 過去を振り返ってみても、14世紀にヨーロッパの人口の三分の一が命を落としたと言われるペストは、有効な治療法が存在するとは言え、いまだに感染リスクがありますし、1918年から20年にかけて猛威をふるったスペイン風邪では、第一次世界大戦の犠牲者1,500万人を上回る2,000万人以上が亡くなっています。 こうした例から考えれば、新型コロナとも粘り強く付き合っていくほかないように思います。 そうであるならば、とりあえずわたしたちは「いつもの日常」を待つよりも、この「新しい日常」をいったんは受け入れ、できるだけ快適なものになるよう工夫をはじめた方がよさそうです。 まあ、そんな簡単に前向きになれないのはわかっているのですが、今後の指針としては、それしかないと思わざるを得ません。 情熱的なひとは情熱的に、平熱のひとは平熱のままで 今般のコロナ禍は、言ってみれば、わたしたち人類に与えられた「課題」であり、その「答え」はひとつではありません。 医療従事者には医療従事者の、政治家には政治家の答えがあるのだと思います。 ということは、 芸工生にも芸工生のなり答えがあっていいはずです。 さきほどわたしは、提案型の人間が大いに歓迎されることが芸術系大学のいいところだと書きました。 いまこそお家の中で、あるいは頭の中で、みなさんの提案力を発揮するときなのではないでしょうか。 芸工大生の感覚・感情がどのように動き、与えられた課題に対してどんな答えを導き出すのか……? どうやって点数化すればいいかもわからないし、単位も出せない課題ではありますが、ひとりのクリエイターとして、取り組んでみるだけの価値はあると思います。 なぜなら、 ままならない人生に何らかの解決策を提案することもまたアートでありデザインだからです。 さきほども言いましたが、正解はひとつではありません。 「絆を大切にして明るく前向きにやる!」といった態度だけが正解ではないということです(ちなみにわたしはこの奇妙な孤独感を味わい尽くしてやろうと思っています。 暗いのか前向きなのかわかりませんね、笑)。 情熱的なひとは情熱的に、平熱のひとは平熱のまま、己の生活に工夫をこらしていきましょう。

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「ままならない」の意味と語源、使い方、例文、類語・言い換え、英語表現を解説

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「ままならない」とは 「ままならない」の意味は「思い通りにならない」 「ままならない」の意味は、「 思い通りにならない」です。 「こうしたい」「こうであるべき」という思いとは裏腹に、思うようにできないことを「ままならない」という言葉を使って言い表すことができます。 「〜することができない」というネガティブなニュアンスで使用される言葉です。 「ままならない」の品詞は形容詞です。 「ままならない」の漢字は「儘ならない」 「ままならない」を漢字で表記すると「儘ならない」となります。 「儘」は音読みで「ジン」、訓読みで「まま・ことごとく」と読む漢字です。 「ままならない」の語源は「随(まにま)」 「ままならない」の「まま」は、「まにま」「まにまに」という和語から転じた言葉です。 「まにま」「まにまに」は現代ではほぼ使用されず、古語だと認識して問題ないでしょう。 「まにま」の漢字は「随」または「随意」です。 「まにま」も「まま」も和語なので、漢字は当て字です。 「随」と「儘」は同義語です。 もう一つある同義の漢字が「任」です。 このように語源が同じでも言葉の形が変わると当てる漢字も変わることがあります。 ここに明確な規則性はありませんので、なぜ我々の先祖が「まにま」は「随」で、「まま」は「儘」という漢字を当てたのかは不明です・・・。 「儘」はあまり馴染みのない漢字ですよね。 成り立ちは、ニンベンに「盡」です。 「盡」という漢字は「尽」の旧字体です。 つまり、「人に尽くす」で「儘」です。 よって、人に尽くすということはそこにはエゴがなく、「他人のそのままに任せる」「物事の成り行きに逆らわない」という意味です。 この「成り行きに任せる」という意味が「儘」の基本義です。 「ままならない」は「思い通りにならない」という意味なので、この「まま」は「思い通りになる」という意味のはずですよね。 しかし「成り行きに任せる」と「思い通りになる」はむしろ反対語のような気がします・・・。 この違和感には仏教的思想が影響しています。 「成り行きに任せる」という他力本願的思想は、諦めを表しているわけではなく、阿弥陀仏の本願(力)に頼って生きていくことを示します。 つまり、エゴを持たずに流れのままに生きることが結局は人生思い通りになる、というニュアンスなのです。 (深い・・・!) したがって、「儘」は「思い通り」という意味になります。 「わがまま(我儘)」の「まま」と同じ意味 皆さん馴染みのある言葉に「わがまま」があると思います。 「わがまま」の漢字は「我儘」です。 「我儘」の「儘」は、「ままならない」の「まま」と同じ意味です。 「我儘」は文字通り「自分の思い通り」という意味ですね。 「我儘」は単に自分の思うようにするという意味で、元々は現代の使い方のようなネガティブな意味合いはありませんでした。 「まま」は「まんま」と発音することも 「まま」は「まんま」と発音することがあります。 これは「撥音添加」と言われるもので、言葉の間に「ん」が入ることで発音が変わるものです。 例えば、「同じ」は、口語で「おんなじ」と言われたり「何も」は「なんも」と言われることがありますよね。 これが、「撥音添加」なのです。 しかし、「まんまならず」と言うことはほとんどないでしょう。 「ままならない」の使い方と例文 「〜はままならない」「〜はままならぬ」で言い切り 「ままならない」は、「〜はままならない」「〜はままならぬ」で言い切る形で使用することができます。 「〜はままならない」で、「〜は思うようにならない」「思うようにできない」という意味になります。 古い語感がありますが「ままならぬ」の形でも使います。 「ぬ」は、否定の助動詞「ない」の別形となります。 また、「思うがままにならない」も少し時代がかった言い回しですが、同じ意味です。 例文 ・とにかく人生はままならぬ。 ・このご時世では商売はままならない。 ・人間関係はいつも、思うがままにならない。 例えば、 ・ままならない状況だ ・ままならない人生 といった使い方をします。 「思いどおりにならない状況だ」「思い通りにならない人生」とう不満を伝えるような場面でよく使用される言い回しです。 少し回りくどいですが「思うがままにならないものだ」などと表現することも可能となります。 例文 ・今の集客では営業もままならない状況だ。 ・ままならない人生だからこそ、妥協することも時には必要なのだ。 ・初恋はたいてい思うがままにならないものだ。 「〜することもまま に ならない」で「〜も自由にできない」 「〜することもままならない」で、「〜も自由にできない」という意味になります。 「〜することもまま にならない」と「に」を入れることもあります。 「水を飲むこともままならない」などと、最低限のことすらできる状態にないことを表すときに使います。 例文 ・小さい子供がいると、食事をすることもままならない。 ・生活することもままならず、消費者金融に手を出してしまったそうです。 ・疲労で自宅に帰ることもままならなかった。 「思うがままに〜する」「思いのままに〜する」の形で肯定文でも使う 「思い通りになる」「思い通りにする」を意味する「まま」は「思うがまま〜する」「思いのままに〜する」などの形で肯定文でも使います。 「ままならない」のように、「まま」の後に否定の言葉である「ならない」をつけていないので反対に「思い通りに〜をする」という意味になるのです。 自分の好き勝手自由にできる状況や状態を言い表す表現です。 例文 ・後輩を思うがままに操る先輩の姿は恐ろしかった。 ・飛行機は海外への移動を思いのままにするために重要な交通手段だ。 ・愛犬が思いのままに走り回れる場所に連れていきたいと考えている。 「ままならない」は敬語変換は敬語表現と組み合わせる 「ままならない」は、かしこまった表現のように漢字ますが「ままならない」自体は敬語表現ではありません。 「ままならない」を敬語表現にする場合は、「ない」の敬語表現である「〜ません」を使用するなど敬語表現と組み合わせて使用する必要があります。 「ままなりません」 「ままならない状況であると言えます」 といった敬語表現と組み合わせて使用することで、目上の相手やかしこまった場面で失礼なく使用することができます。 例文 ・その日は体調が悪く、仕事もままならない状態であったためお休みをいただいていました。 ・このままでは、社員へのボーナス支給もままならない状況であると言えるでしょう。 「ままならない」の類語 不如意 「不如意(ふにょい)」の意味は、「 思うようにならないこと」です。 特に「経済状態が苦しいこと」を言い表す言葉としてよく使用される言葉です。 よく使用される「手元不如意(てもとふにょい)」は、手元にある資金が少なく思い通りにならないことを言います。 例文 ・手元不如意のため、本日の飲み会は欠席させていただきます。 ・昔は不如意のせいで持病の治療もできず困ったことが何度もあります。 不自由 「不自由」は「 自由にできずに困ること」です。 「自由」は「何に縛られることもなく、思うままに振る舞えること」を言います。 「自由」に打ち消しの「不」をつけることで、「自由にできない」という意味になります。 例文 ・利き手を骨折してしまい暫く不自由な生活を余儀なくされた。 ・主人に十分な収入があるので専業主婦でも不自由な思いをしたことはありません。 「まま」の他の意味と使い方 その場の成り行きに任せる 基本の意味としては、「その場の成り行きに任せる」という意味で使用されます。 例えば、 ・足の向くままに歩き続ける ・人にされるがままに、〜をする ・言われるがまま、〜をした といったように、自分の意思ではなくその場の雰囲気や周りの人の影響を受けて成り行きに任せているような場合に「まま」という言葉を使います。 例文 ・足のむくままに有るき続けていたら、おしゃれなカフェを見つけたので立ち寄ってみた。 ・断ることが苦手で勧誘の人にされるがまま契約を結んでしまったこともあります。 ・母に言われるがまま、学業に専念するためアルバイトをやめることになってしまいました。 もとと同じ状態(「ままならないまま」の二つ目の「まま」はこれ!) また、「もとと同じ状態」という意味で使用されることもあります。 例えば、 昔のままの風景 生のまま食べる 見たままを話す などといった表現です。 例えば、「昔のままの風景」は、「昔の状態から変わっていない風景」という意味です。 先葉の間に「ん」が入る「撥音添加」の説明を前述しましたが、この場合の「まま」は、「まんま」と言われることも多いです。 「ままならないまま」と表現した場合、二つ目の「まま」の意味はこれです。 「まま」が二度使われているので不自然に感じる人も多いかもしれませんが、正しい日本語です。 例文 ・久しぶりに帰郷したが、昔のままの風景で心がほっとしました。 ・食中毒が怖いので、生のままで牡蠣を食べることに抵抗があります。 ・偽りはなしであなたの見たままを話してくれれば良いです。 次の事態に進展しない 「次の事態に進展しない」と言う意味でも使用されます。 例えば、 ・座ったまま、動かない ・休載になったまま再開されない ・このまま待っていてください などです。 この場合の「まま」も口語では「まんま」と言われることが多いです。 例文 ・体調が悪いのか、座ったまま動かなくなってしまった。 ・何が面白かったのがツボったまま暫くまともに話もできない状態が続いた。 ・写真を撮りたいのでこのまま此処にいてもらってもいいですか?.

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「極めて多数の利用者の利益損なった」──「どんなときもWiFi」運営元に行政指導 “無制限”うたうも通信ままならず

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ままならないは歴史が古く江戸時代からある言葉です。 その語源は我儘の儘から来ています。 我儘の意味は周りの人間の意見や主張を聞かず、自分のやりたいようにするという意味です。 この事からままならないは、我の儘にならない。 つまり、自分の思う通りにいかないという意味を指し、自由にならないという意味で使われることが多くなりました。 普段、ままらないという言葉を聞いたら、自分の思う通りにならない。 そういう意味で使っていると理解しましょう。 ちなみに、ままならないは敬語ではありません。 丁寧に聞こえるため、敬語と誤解されれている方もいるでしょうが、会社の上司や先輩に敬語の意味でままならないを使われている方がいましたら、違いますのでその人のためにフォローしてあげましょう。 ままならないという言葉は、それ自体は敬語でありません。 ままならないという言葉はその言葉の響きが柔らかく聞こえるため、遠回しな言い方をするときに使っている方が多いです。 ビジネスにおいてもそのような場面で使っているのではないでしょうか。 ですので、使い方を例文にすると、「プロジェクトに不明な点が多く、ままならない進捗です」や「仕事が忙しく本日のランチには同席することがままなりません」などの使い方が出来ます。 意味合いとしては、前者は「プロジェクトに不明な点が多く、思う通りに進捗していません」という意味になり、後者は「仕事が忙しく本日のランチには同席できません」という意味になります。 どちらの例文もままならないを使うことによって、丁寧な使い回しになっています。 ままならないの類語に、不如意という言葉があります。 意味は同じで思い通りにならないです。 不如意の語源は如意という仏教語が語源です。 ですので、不如意はお坊さんが説法などで使うことが多いかもしれません。 例文としては、「お金がなく、今月は生活が不如意だ」や「給料が少なすぎて、旅行に行けず不如意だ」などの使い方が出来ます。 意味としては、前者は、「お金がなく、今月は生活が思う通りにいかない」になり後者は、「給料が少なすぎて、旅行が思う通りいけない」になります。 不如意は、その語源からままならないと比べると、お金に困っている時などの場合に使われることが多いです。 どちらかと言えば、不如意はままならないよりも限定的な場面で使われる言葉かもしれません。

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