マレー フランクリン。 映画『ジョーカー』フル動画の無料視聴まとめ【字幕/日本語吹き替え】|映画自由館

[ネタバレあり]『ジョーカー』アーサーが◯◯せずに◯◯◯を◯◯した理由が明らかに|CINEMATRONIX(シネマトロニクス)

マレー フランクリン

『ジョーカー』とは、アメリカン・コミック出版社「DCコミックス」から出版されている『バットマン』に登場する人気ヴィラン、ジョーカーを主人公としたR15指定のスリラー映画である。 舞台はバットマンが活躍する以前の架空都市ゴッサム・シティで、ジョーカーがいかにして誕生したのかその経緯が描かれる。 なお、バットマンをはじめとした「DCコミックスのヒーローがチームを結成する『ジャスティス・リーグ』など、DCコミックスの実写映画作品が同一の世界観のクロスオーバーとして描かれる「DCエクステンデッド・ユニバース」シリーズとは別の作りとなっている。 配給はワーナー・ブラザースが行っており、製作会社はDCフィルムズ、ヴィレッジ・ロードショー・ピクチャーズ、ブロン・クリエイティブ、ジョイント・エフォートである。 監督はコメディ映画『ハングオーバー!』シリーズのトッド・フィリップス、主演は『グラディエーター』『ザ・マスター』『サイン』などに出演するホアキン・フェニックス。 2019年アカデミー賞11部門にノミネートされ、主演男優賞、作曲賞を受賞。 他には英国アカデミー賞で主演男優賞、キャスティング賞、作曲賞、ゴールデングローブ賞で主演男優賞 (ドラマ部門)、作曲賞、日本アカデミー賞で最優秀外国作品賞、全米映画俳優組合賞で主演男優賞、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞、放送映画批評家協会賞で主演男優賞、作曲賞をそれぞれ受賞している。 劇場公開当時のキャッチコピーは「本当の悪は笑顔の中にある」であった。 興行収入は全世界で10億ドルを超え、日本での興行収入も50億円を突破している。 なお、ワーナー・ブラザーズによると、R指定作品としては過去最高であった『デッドプール』の興行収入を超えて世界1位の記録となっている。 1981年、不景気により治安の悪化するゴッサム・シティ。 主人公アーサー・フレックは、老いて病を患う母の世話を1人で行いながら、コメディアンを目指しピエロの格好で大道芸人のアルバイトをして暮らしていた。 心優しく真面目なアーサーだったが、アーサーには緊張すると突然笑い出してしまうという脳神経の損傷を原因とする病があり、それが仕事や生活に影響を及ぼし貧しい暮らしを余儀なくされていた。 ある時、ストリートでの仕事中に街の不良から暴行を受けたアーサーは、同僚から護身用の拳銃を譲り受ける。 しかし、ピエロの仕事中に観客の前で拳銃を落としてしまったアーサーは、それがきっかけとなりアルバイトをクビになってしまう。 傷心のアーサーだったが、偶然読んでしまった母の手紙がきっかけで自分がゴッサム・シティの名士で大富豪のトーマス・ウェインの隠し子である、と言う可能性を知る。 アーサーは自らの過去を調べ始め、次第に妄想と現実が入り混じる狂気の世界へと入り込んで行く。 『ジョーカー』のあらすじ・ストーリー ピエロとして街で働くアーサーは、ある日不良少年たちに商売道具である借り物の手持ち看板を奪われてしまう。 取り戻そうと必死で追いかけるアーサー。 1981年、まだバットマンが現れる前のゴッサム・シティ。 貧富の差が拡大し、財政難から治安や雇用情勢が悪化する中、アーサー・フレックは母ペニーの介護をしながらピエロとして大道芸人のアルバイトをしつつ、コメディアンを目指し慎ましく暮らしていた。 アーサーは「どんな時でも笑顔で」という母の言葉を大切にしており、いつの日か大物コメディアンであるマレー・フランクリンが司会を務めるテレビショーに出演し、大勢の人を笑わせて注目されることを夢に見ながら、トークのネタをノートに書き綴る日々を送っていた。 ある日、靴屋の依頼でピエロの格好で街角に立ち、看板持ちのアルバイトをしていたアーサーは、街にたむろする不良少年たちからふざけて看板を奪われてしまう。 必死で追いかけるアーサーだったが、看板は壊され、路地裏で少年たちに取り囲まれて暴行される。 ボロボロの姿で会社に戻ったアーサーは、靴屋からのクレームで上司から厳しく叱責されたあげく看板の弁償費用を請求されてしまう。 落ち込み帰宅しようとしたアーサーは、同僚のランドルとゲイリーに慰められる。 また、ランドルからはこれで身を守るようにと、周囲には秘密で2人きりの時に護身用の拳銃を譲り受けた。 仕事上トラブル続きのアーサーだったが、ペニーに心配をかけないよう、市の紹介で定期的に通っているカウンセラーだけにその苦悩を打ち明けていた。 アーサーには幼い頃の脳と神経の損傷が原因で、緊張すると発作的に笑い出してしまうという病があり、それによって生活や仕事がうまくいかず、薬やカウンセリングに頼りながら経済的に苦しい生活を強いられていた。 ペニーは30年近く前にメイドとして勤めていた街の名士トーマス・ウェインの元へ、自分たちの生活の援助を求める手紙を何度か送っていたが、その返事が来たことはかつて一度もなかった。 更に不幸なことに、市の福祉予算の削減で、アーサーが受けていたカウンセリングと向精神薬の打ち切りが決定してしまう。 緊張やストレスから、バスの中でも所かまわず笑いの発作が起きてしまうアーサー。 ある時、病院の小児病棟でピエロの衣装を着て仕事をしていたアーサーは、観客の前で拳銃を落としてしまう。 仕事後会社に電話したアーサーは、病院からのクレームを受けた上司にその場で解雇を告げられる。 ランドルは、自らが巻き込まれる事を恐れて、アーサーの拳銃が自分が渡した物である事実を隠し、アーサーを庇わなかったのだった。 深く傷ついたアーサーは、着替える心の余裕もなく、ピエロ姿のまま地下鉄に乗り込む。 そこで3人のビジネスマンが女性を執拗に誘う所に出くわしたアーサーは、緊張のあまり笑いの発作が起こり、そのビジネスマンたちにからかわれ、ついには殴られてしまう。 我慢の限界に達したアーサーは、自らの拳銃を取り出し3人を射殺。 到着した駅で逃げ出しトイレに駆け込むが、その時のアーサーが感じたのは後悔や恐怖ではなく、不思議な高揚感であった。 やがて殺人事件のニュースが広まり、殺された3人がトーマス・ウェインの会社に勤めるエリートサラリーマンであったことから、「貧困層から富裕層への復讐」として不況と貧富の差の広がりに不満を抱えたゴッサム・シティの人々から支持される。 さらに、テレビ番組のインタビューを受けたトーマスが富裕層への抗議デモに参加する市民をピエロと揶揄した事で、事態はますます過熱し、デモに参加する人々は次々とピエロの仮面を被りはじめる。 自らの行動が注目されたアーサーはますます気分が高揚し、同じアパートに住む知人のシングルマザー、ソフィーの後をつけ強引に口説き落としてキスをし、自らが出演するナイトクラブのコメディショーに招待した。 しかし、ショーの最中にアーサーは緊張による笑いの発作が起きてしまう。 何とか最後までトークを続けるも、目を輝かせるソフィーをのぞいて、他の観客の反応は冷ややかだった。 自らの出自を知る為にトーマス邸を訪れたアーサーは、幼き日のブルース・ウェインに出会う。 ある日、ペニーが普段からトーマスへ送っている手紙を偶然目にしたアーサーは、自らがペニーとトーマスの間にできた隠し子であるという内容に驚く。 真実を確かめるために、1人トーマス邸に出向くアーサー。 そこで、門越しにトーマスの息子、のちのバットマンである子供時代のブルース・ウェインと出会う。 手品で気を引き近寄ってきたブルースに、自分と同じようなピエロのスマイルをさせようとしたアーサーは執事のアルフレッドに見つかってしまう。 アーサーはアルフレッドにペニーの手紙の内容を話したが、アルフレッドから「ペニーには虚言癖があり、それを理由に解雇された。 隠し子の話は気が狂ったペニーによる妄想だ」と告げられ、成す術もなく追い返されてしまう。 帰宅すると、母ペニーが救急車で運ばれている所だった。 留守中に警察が来て、アーサーが犯人であると疑っている刑事から問い詰められたペニーは、脳卒中を起こし倒れてしまったのだ。 ソフィーに付き添われて病室でペニーの回復を待つアーサー。 偶然病室のテレビで放送されていたマレー・フランクリンの番組に、ナイトクラブでの自分のショーが映し出され驚き喜ぶアーサーだったが、憧れていたマレーから自分のネタを酷評され、失望する。 後日、アーサーはトーマスと会って直接真相を確かめるべく、トーマスが訪れる劇場へ警備員のふりをして侵入する。 トイレで1人になったトーマスに、本当の父ではないかと問い詰めるアーサー。 しかし、トーマスは、子供ができれば虚言が落ち着くと考えたトーマスの計らいで孤児だったアーサーをペニーの養子にさせたこと、また当時ペニーの恋人だった男によるアーサーへの虐待を放置した罪で、ペニーが逮捕されたことをアーサーに告げる。 ブルースに近づかないようきつく注意するトーマスを無視して、父と呼び追いすがったアーサーは、とうとうトーマスに殴られてしまう。 放心状態で帰宅したアーサーはソフィーと話すため彼女の部屋を訪れたが、ソフィーからは今までの2人の日々がなかったかの様によそよそしく振舞われてしまう。 ソフィーを口説いたことも、母の病院に2人で訪れたことも全てアーサーの妄想で、2人は同じアパートに住む単なる顔見知りに過ぎなかったのだった。 それでも自分がトーマスの息子であるという希望を捨てきれないアーサーは、州立病院へ行きペニーの入院記録を調べた。 残されていたカルテや新聞記事から、自分が本当に養子であること、ペニーが精神の病で入院していたこと、ペニーの恋人がアーサーを虐待し、その結果アーサーが脳と神経に大怪我を負ったこと、ペニーが「殴られても笑っているから」という理由で恋人によるアーサーへの暴力を止めず放置した罪で逮捕されたことが判明してしまう。 今まで信じていたものが全て幻想と知ったアーサーの中で何かが崩壊し、そのまま病院に向かったアーサーは、病室のペニーを枕で窒息させ殺害。 帰宅したアーサーの元に、マレーのトークショーのスタッフから電話がかかってくる。 それは、以前番組で流したアーサーの映像に反響があり、アーサーにゲスト出演を依頼する内容だった。 マレーの番組へ出演する日、ジョーカーとしての化粧を自らに施すアーサー。 テレビ出演する当日、自宅で若き日のペニーの写真を見つけるアーサー。 写真の裏には、親しみを込めたメッセージと共にトーマス・ウェインを意味するイニシャルTWが書かれていた。 それはペニーとトーマスの親密な関係、トーマスが実際に本当の父である可能性をわずかに暗示させたが、アーサーにとってはもはや、どちらでもいいことであった。 そのまま写真を握りつぶすアーサー。 髪を緑色に染めピエロのメイクをするアーサーのもとに、心配した様子のランドルとゲイリーが訪れる。 以前にもアーサーを裏切ったランドルが、今回はサラリーマン殺しの証拠をつかむため警察から依頼されてやって来たことを見抜いていたアーサーは、そのままハサミでランドルを刺し、壁に頭を打ち付けて殺害。 命乞いするゲイリーは、以前から損得なく自分を同僚として心配してくれていたことから、そのまま見逃したアーサーだった。 テレビ局へ向かう途中、街角の階段の踊り場でダンスのステップを踏んでいたアーサーを見つけた刑事たちが追いかけてきた。 追っ手から逃げるためアーサーが地下鉄に乗り込むと、車両はデモに向かうためピエロに仮装した市民でいっぱいだった。 どれがアーサーか解らなくなった刑事の発砲した銃が、偶然市民に当たってしまう。 そのまま刑事は市民たちに暴行され、アーサーは無事逃げ出しスタジオへ到着する。 ショーの放送前、マレーにピエロのメイクは最近のデモの影響かと尋ねられたアーサーは、メイクはデモとは無関係であり、また自分をアーサーでなくジョーカーとして紹介するよう依頼する。 生放送が開始され、ジョークを間違え早速マレーたちに失笑されるアーサー。 新しいジョークを話すようマレーに言われたアーサーは、その場で地下鉄でのサラリーマン殺人の犯人が自分であると告白する。 ゴッサム・シティの貧富の差について批判し、社会に適合できない自分が誰からも蔑まれる存在であること、一部の金持ちや権力者が世の中の善悪、またジョークなどの廃りを決めていること、その金持ちや権力者はトーマスを含めろくでもない人間であることなど、積もった怒りを次々と言葉にしていくアーサー。 マレーに全て自己正当化だと反論されたアーサーは、マレーもまた権力者の1人で、自分を笑いものにするためにショーへ呼んだと主張。 更に、自分を偽るのはやめた、守る物も失う物ももうないと告げ、その場で持っていた拳銃を取り出しマレーを射殺する。 スタジオはパニックになり、皆が逃げ出すなか、テレビカメラの前で1人ダンスを踊るアーサーは、カメラに向かってマレーの決め台詞「That's life! (それが人生!)」の真似をしたところで警察に取り押さえられる。 生放送を見ていたゴッサム・シティの人々はジョーカーの主張に触発されて、溜まっていた不満を爆発させる様にそのまま暴徒と化し、町には火がつけられた。 富裕層に対する暴行がはじまり、妻と子供と一緒に観劇をしていたトーマス・ウェインは、暴徒によって劇場の外で妻と共に射殺される。 息子のブルースだけが生き残り、その一部始終を目撃していた。 その頃、逮捕されたアーサーが乗せられていたパトカーは、警察署へ向かう途中暴徒が運転する車の衝突によって横転。 そのまま脱出に成功したアーサーは、市民たちから歓迎される。 歓喜のなかアーサーは横転したパトカーの上に乗り、自らの血を口裂け男のように唇に塗り重ねて、燃え上がる街をバックにダンスのステップを踏むのだった。 後日、入院服を着て病院でカウンセリングを受けるアーサー。 ジョークを思いついたと笑い出すアーサーに、カウンセラーが内容を話すよう依頼する。 だが、アーサーは「君には理解できないさ」と告げ、フランク・シナトラの『That's Life』を歌いだす。 場面は変わり、血まみれの足跡を残しながら病院の白い廊下を歩いていくアーサー。 病院の職員に見つかり、追いかけられるところでエンディングとなる。 本作の主人公。 経済不況にあえぐゴッサム・シティで、軽い認知症を患う母の介護をしながら暮らす心優しい青年。 母の教えから笑顔を大切にすることをモットーとしている。 大道芸人としてピエロのアルバイトをしながらコメディアンを目指しており、日々トークのネタを考えたりナイトクラブでのアマチュアショーに出演するなど、地道な努力を重ねていた。 脳神経の疾患から、緊張したりストレスがたまると笑い出してしまうという病を持っており、精神科の投薬、カウンセリングなどの市の福祉サービスを受けている。 貧しい生活を送りながら慎ましく暮らしていたが、同僚からの裏切りと不運な出来事により失職。 更に地下鉄で喧嘩を売ってきたサラリーマンを銃で殺してしまったことに加え、信じていた母がついていた嘘、父親と思われた人物からの拒絶、貧困や世間の冷たさなど様々な不幸や辛い現実に押しつぶされ、やがて現実と妄想の区別がつかなくなるほど常識を逸脱し、狂気のピエロ「ジョーカー」へと変貌を遂げる。 ジョーカーとして覚醒したアーサーはかつて自分を裏切ったランドルを殺し、ナイトクラブでのショーがきっかけで出演したテレビトーク番組で、かつて自らが憧れていた番組司会者のマレーを銃殺。 のちに病院へ入院させられるが、職員を襲い逃亡しようとするところで物語は終わる。

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ジョーカーネタバレありのあらすじ!ラスト・結末の精神病院の謎を解説&考察!

マレー フランクリン

『ハング・オーバー』シリーズを手がけたトッド・フィリップス監督によって、心優しいアーサー・フレックが悪の化身ともいえる「ジョーカー」に変わっていく様子を描いた問題作『ジョーカー』。 本作は開発当初の予想を大きく上回り、公開2週間で6億ドルの世界興行収入を記録しています。 本作の魅力はなんと言っても、一言では語りつくせない多くの謎と、アーサー・フレックを演じるホアキン・フェニックスの圧巻の演技です。 の中で、ホアキン・フェニックスと監督のトッド・フィリップスが作中のあのシーンの疑問について語りました。 まだ本作をご覧になっていない方はご注意ください。 アーサーはなぜ自殺せずにマレーを殺害したのか 笑ってしまう病気によってダダスベりしたアーサーのステージの映像を見た人気コメディアンのマレー・フランクリンは、自身の人気番組「マレー・フランクリン・ショー」のゲストにアーサーを呼びました。 憧れのコメディアンであるマレーの番組に自分が呼ばれるなんて、と舞い上がったアーサーは自分がバカにされているとも気づかずに、番組で披露するネタの練習をします。 そのネタは「ノック、ノック」と言ってポケットから拳銃を取り出して自分の頭を撃つというものでした。 ですがマレー・フランクリン・ショーの本番で、アーサーは地下鉄の殺人犯であることを自供し、さらに自分をバカにしたマレーの頭部を撃って殺害します。 少なくとも楽屋にいた時のアーサーには、殺人事件の自供やマレー殺害なんて少しも考えていなかったと思います。 なぜ、生放送の本番であのような行為に及んだのでしょうか。 このことについてトッド・フィリップス監督は「アーサーはめちゃくちゃな方法でメッセージを伝えます。 映画を観てるとアーサーがテレビ番組の最中に自殺しようとしているのがわかると思います。 ですが彼はあの瞬間考えを変えたんです。 」と言います。 なぜ急に自殺ではなく殺害という考えに変わったのか。 ホアキン・フェニックスは「アーサーは 誰かに認められることを求めていて、そのやり方は自滅的だけども、自分の死は意味のあるものにしたいっていう人格なんです。 彼は誰かに認められる感覚を求めているんですよ。 」 そしてトッド・フィリップス監督はアーサーの「自己愛」について付け加えています。 「僕たちはアーサーの病状が何であるかについてはあまり語りません。 アーサーが考えていることを伝えたくないからです。 ただ、 アーサーが激しいナルシシズムを持っているって点には僕たち全員が合意しました。 それ以外に、彼の精神状態や彼が何を抱えていたのか、彼が何に苦しんでいるのかは本当にわかりません。 だけど私はナルシシズムについて考えています。 彼は自殺したい…だけどするなら人前で自殺したい。 こうした考えには何らかの意味があるんです」 つまりアーサーはあの番組中、どうせ死ぬならもっと注目を浴びてもっと大勢の人に観られる中で死にたい、と思ってマレー殺害に到ったということでしょうか。 本作は何が本当の結末なのかいまだに明らかにされていません。 それはトッド監督のみぞ知る… source :.

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「狂人ジョーカーのモデルは“喜劇王”チャップリン」監督語る

マレー フランクリン

マレースペースシューズとは? マレースペースシューズとは、サンフランシスコのグインダという村で暮らす靴職人、 フランクリンさんが一足ずつ丁寧に手造りする、オーダーメイドの靴工房です。 その履き心地は、まるで「雲の上を歩いているかのよう」と表現されるくらいです。 元々は、アイススケート選手だったアラン・マレー氏が自身の足のケガへのリハビリ用として、独自に開発された技術をもとに造られている靴でした。 それを受け継いだのが、フランクリンさんのお母さん、マリーさんだったのです。 マレー氏に弟子入りし、後継者となったマリーさんは、自然豊かなグインダ村に移り住み、息子であるフランクリンさんと一緒に靴を造るようになりました。 マリーさんは亡くなりましたが、 今はフランクリンさんが技術と工房を守っているのです。 僕がマレースペースシューズを知ったワケ 僕が、マレースペースシューズを知った理由。 それは、松浦弥太郎さんが書いた 『日々の100』という本との出会いです。 この本は、松浦さんが愛用する100のモノに対する想い出が綴られた本です。 この中に、フランクリンさんが造った靴のことが紹介されているページがあります。 僕は、純粋に興味を持ちました。 「自分の足にピッタリ合う靴の履き心地ってどうなんだろう?」と。 当時、就職活動を終えた僕は、卒業旅行として迷うことなく、フランクリンさんのもとを訪ねて、自分だけの革靴を造ってもらおうと思いました。 そして、お金を貯めて、旅の計画を立てはじめたのです。 靴のオーダー方法 マレースペースシューズの公式サイトには、 靴のオーダー方法が書いてあります。 その方法は2種類。 電話か手紙です。 今どき、古風なやり方だなと思う方もいることでしょう。 「僕の仕事は、人同士が繋がって成り立つことなんだ」 フランクリンさんのもとを訪れた際、彼は僕にこう伝えてくれました。 だからこそ、敢えて電話で声を聞いたり、文字を通じてその人の個性を知ろうとしているのだそうです。 では、詳しくお伝えしようと思います。 電話 公式サイトには電話番号も載っていますので、フランクリンさんに電話をかけられます。 ただ、注意したいことは、時差があるということ。 日本とサンフランシスコの時差は、約16時間だそうです。 例えば、日本が水曜日の午前10時なら、サンフランシスコは火曜日の午後6時になります。 ですので、時差を考慮して国際電話を利用しましょう。 僕も、当時はフランクリンさんに前もって電話をかけました。 国際電話は、通常の通話時のように「トゥルルル」といった呼び出し音はなりません。 「ザーッッザッッ」という、夜中のテレビから流れるような音が続きます。 そして、突然「Hello! 」という声が聞こえてきます。 電話が繋がった証拠ですが、国際電話を初めて使った僕は焦ってしまいました笑。 気を取り直して、日本に住んでいることや、靴を造ってほしいことなどを伝えます。 フランクリンさんは、優しい口調と英語で話をしてくださるので、安心しました。 手紙 電話をかけた際、手紙を出してほしいと頼まれました。 詳しい地図や、やり取りをするメールアドレスを教えたいからだそうです。 公式サイトにメールアドレスは載っておらず、手紙を出すことで教えてもらえます。 国際郵便の出し方をネットで調べ、拙い英語を駆使しながら手紙を出した4日後。 フランクリンさんからメールが届き、手紙を送ったことを知らせてくれました。 そして、さらに待つこと1週間。 フランクリンさんからの手紙が届きます。 そこには、連絡してくれたことのお礼、前もって伝えた工房を訪れる日の確認、そして、メールアドレスと手書きで道を書き加えた地図などが入っています。 これを手にして、僕はサンフランシスコに向かう準備をしていました。 国際郵便の出し方は、日本郵便のサイトに丁寧に書いてあります。 是非、参考にしてみてください。 オーダーの流れ 自然豊かな山道を走り抜けると、フランクリンさんが地図で教えてくれた、目印となる大きなクルミの木が見えてきます。 それでは、オーダーの流れをご紹介します。 フランクリンさんに挨拶 自宅と工房が一緒になったガレージの近くに車を停めると、フランクリンさんが出迎えてくれます。 とても柔らかい笑顔と、温かい手が印象的な方でした。 工房の案内 工房はガレージの中にあります。 そこには、世界中にお客さんがいることの証でもある、足型の石膏がたくさん置かれています。 どのように靴を造るのかも説明してくれるので、安心です。 サンプルをもとにしたヒアリング 工房内には、様々な形の靴が並べられています。 自分の好きな形を選択できます。 革の色や、靴に空気穴を開けるかどうかも相談しましょう。 フランクリンさんは、あなたの 暮らしについて様々な質問をしてくれます。 それをもとに一足の靴を造るので、正直に答えましょう。 僕の場合は、東京のアスファルトにも耐えられる、厚底のタイプを提案してもらいました。 足のデータを測定 靴の形や革の色などを決めたら、次は裸足になって足のデータを測定します。 フランクリンさんはメジャーを片手に、足の長さや幅などを細かく測り、紙に数字を記入していきます。 当たり前ですが、工房には自分とフランクリンさんの二人だけ。 そこに流れるのは、沈黙した時間です。 それでも、フランクリンさんの真剣な眼差しが忘れられません。 石膏を使った型取り 足のデータを測定し終わったら、いよいよ石膏で型取りがおこなわれます。 台の上に置かれた椅子に腰かけたら、あとはフランクリンさんに任せましょう。 話しながら、いつの間にか自分の足は石膏で包まれています。 石膏が固まるのを待って、慎重に足から外すと、自分の足の形が現れます。 ここから靴が出来あがることなど想像もつきませんが、 約1か月くらいで完成するそうです。 料金の支払いと諸事項の確認 造ってもらう靴の形にもよりますが、モカシンという基本の形であれば、975ドルでした。 そこに日本までの送料45ドルを上乗せして、計1,020ドルです。 靴についての注意事項なども、併せて教えてくれます。 ただ、カード払いはできません。 現金をフランクリンさんに、直接手渡しする必要があります。 大金を持ち歩くためドキドキですが、くれぐれも強盗に合わないように注意しましょう。 マレースペースシューズへの行き方 初めにお伝えした通り、サンフランシスコから車で片道約2時間はかかります。 もちろん、タクシーという手段もありますが、日本のように長距離の運転をしてくれる保証はありません。 そのため、 レンタカーを利用するという手段が確実だと思います。 現地で予約する必要はありません。 日本から日本語で書かれている予約サイトを使って簡単にできます。 僕は「Hertz ハーツ 」という、大手のレンタカー会社を利用しました。 ガソリン代込みで、1日約100ドルでレンタルできます。 価格は分かりませんが、海外でガソリン込みなら納得のお値段じゃないでしょうか。 僕は、フォードの車をレンタルしましたが、さすがアメリカ車だけあって、走行中の安定感や乗り心地も最高でした。 ガソリンタンクが大きいからか、片道180キロの道のりを往復しても、ガソリンのメーターは半分ほどしか減っていませんでした。 是非、レンタカーの利用がオススメです。 海外での運転は緊張するかもしれませんが、チャレンジしてみてはいかがでしょうか? 僕の手元に届いた自分だけの靴 「思ったよりも早く出来あがったので、君に向けて送りました」 帰国してすぐ、フランクリンさんからメールが届きました。 フランクリンさんに会ってから約3週間、ついにその時が訪れます。 住所が書いてあるので、一部にモザイクをかけていますが…… ロストバゲージをすることなく、ちゃんと僕の手元に届きました。 箱を開けてみると、そこに入っていたのは、丸くぽってりとした僕のための革靴でした。 足を入れると、内側も自分の足裏のカーブに合わせて作られていることが分かりました。 そして、僕の足はストレスなく、靴に包み込まれます。 それは、本当に雲の上を歩いているかのようでした。 「この靴が、きっと君の足を守り、支えてくれるよ」 箱にはフランクリンさんからの手紙も入っていて、一言こう書いてありました。 今では、僕の暮らしになくてはならない相棒です。 どれだけ履いて歩いても疲れることがないこの靴を履き、僕は今日も東京の街を歩きます。 僕は、フランクリンさんに靴を造ってもらえて幸せです。 いつだって、この靴が僕の足を守ってくれているからです。 まとめ 「靴ぐらいで、わざわざサンフランシスコに行くなんて」と、しばしば驚かれます。 でも、僕はマレースペースシューズのフランクリンさんに会えたこと、そして自分だけの革靴を造ってもらったことは、今でも忘れられない想い出です。 僕がフランクリンさんから学んだことは、靴というのは私たちの暮らしに欠かせないこと。 そして、自分の足にピッタリ合う靴を履くと、毎日がとても幸せになるということです。 今でも、あの時の風景を鮮明に思い出します。 フランクリンさんは、今日も靴を造り続けています。 僕もまたいつか、新しい靴をフランクリンさんにお願いしたいなと思っています。 松浦弥太郎さんのファンの皆さん、自分に合う靴を探している方。 遠い海外ですが、是非、マレースペースシューズのフランクリンさんを訪ねてみてはいかがでしょうか?.

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