ロッキン フィッシャーズ。 どうしたROCK IN JAPAN FES.2019!?本当にそれでいいのか!?【ロッキン,フィッシャーズ,Fischer's,出演決定,RIJFがUFES化】

ロッキンにフィッシャーズが出演することについて|つばさ|note

ロッキン フィッシャーズ

ロッキンがフィッシャーズをブッキングしたことで、荒れている。 スポンサーリンク 曰く、ロックフェスなのにyoutuberが出演するのはお門違いであるとか、頑張っているバンドの出演枠をひとつ奪うことが許せないとか。 気持ちはわからないでもない。 自分の好き嫌いの尺度で出演メンツにブーブー言うのは僕もよくやる。 これは好みの話なんだから好きにしたらいいと思う。 あと、ロックフェスなのにロックじゃない人をブッキングするのはどうなの???という話に関しては、何とも言えない。 ただ、「ロックとは何か?」とか「youtuberはロック足り得るのか?」という話は、結局、受け手の主観の問題になってしまうので、ここでは割愛する。 でも、後者に関しては、少し待ってほしいと思う。 あなたが本当に、頑張っているバンドが1組で多く報われてほしいと願っているならば、フィッシャーズを安易に叩くのは少し違うんじゃないだろうか? どういうことか? この記事ではそのことについて説明していきたい。 スポンサーリンク 頑張っているバンドがメガフェスに出れないのは、はっきり言ってしまうと、メガフェスに出るに見合う人気がないからだ。 もしかしたら、それ以外の大人の事情もあるかもしれないが、基本的には人気の問題だと思う。 そういうバンドの人気が、なぜ中途半端なものになってしまうのか? 理由は簡単だ。 ロックバンドのファン全体の母数に対して、それなりに活躍しているバンドが多いから。 これに尽きると思う。 よくこれ以上、推しのバンドを増やしてしまうと破産してしまうなんて人がいるけれど、新譜にはきちんとお金を払い、ツアーも必ず何ヶ所いって、グッズもきちんと買う。 そういう形でバンドを応援するとしたら、一人あたりで、追いかけることのできるバンドの数なんて、数組になってしまう。 そして、もし、全てのバンド音楽ファンが同じような形でバンドを応援するとしたら、果たして何組のバンドが「食える」状態になるだろう?という話である。 細かく数字を計算することはしない、そこに意味はないと思うけれど、こうやって現実的な数字を突きつけると、どうしても頑張っていても、食えるバンドと食えないバンドが出てくることは間違いない。 zeppツアーを回れるくらいになって、ようやく音楽だけでメシが食えるようになる、なんて言われている。 実際、Twitterなんかでは人気になってしまって寂しいなー。 あのバンドももう売れてしまって残念だ、なんて言われているバンドでも、音楽だけではメシが食えず、バイトをしているバンドなんてたくさんいる。 リスクヘッジをするために社会人をやりながらバンド活動をしている人も多いし、末永く音楽でメシを食う未来が想像できず、バンドメンバーの一人が、バンドから脱退する話もいとまに尽きない。 つまり、頑張っているバンドが1組でも多く、少しでも報われる可能性のある未来を作るためには、バンド音楽のファンを増やすしかないのだ。 今、音楽でメシを食う人は、こういうことに自覚的だと思う。 だから、WANIMAは初期ファンに残念がられることはわかっていても、嫌われるリスクは承知してでも、ああいう形に進んでいったと思うのだ 現代がハイスタが出てきたときと同じ環境だったならば、おそらくWANIMAはああいう風になっていなかったように思われる メガフェスというのは、あまりバンド音楽を嗜んでいない人が、バンド音楽のファンになる数少ないチャンスの一つだ。 報われないバンドを1組で減らすことができる未来を作ることができるかもしれない、ひとつのチャンスなのだ。 だから、ロッキンはブツクサ言われたとしてもバンド以外の人も意欲的にブッキングする。 もちろん、興業的な側面も大いにはあるけども もし。 youtuberしか興味がなかった中学生が、生のロックバンドのライブを目撃することで、ロックバンドのファンになって、ライブハウスに来るとしたら。 それは素敵なことだし、そういう積み重ねが、バンドに未来を作るのだろうと思う。 もちろん、1万人ファンがいたとして、そんな風になるのは、数十人くらいなのかもしれない。 でも、そういう数十人を少しずつ増やきていくことが、頑張っているバンドが報われるかもしれない可能性を生み出すことに繋がるのだ。 だから、フィッシャーズのブッキングは、頑張っているバンドの可能性を奪った、みたいや物言いはちょっと違うんじゃないかなーと思う。 僕は、そんな風に思ったりする。 関連記事: 関連記事: スポンサーリンク.

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ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2020

ロッキン フィッシャーズ

昨日(2019年5月8日)、ROCK IN JAPAN FESTIVAL(以下ロッキン)にYouTuberであり音楽活動もしているFischer'sの出演することが決定した。 このことに関してTwitterを見ていると批判的な意見が多く寄せられている。 「ロッキンにフィッシャーズ出るらしいけど、まじで場違いすぎる」 「やっぱロッキンに出るのは違うよな…そのステージに本当にロッキンとか目指してるロックバンドじゃなくてYouTuberってなるとあれ…?ってなる。 」 ここで疑問に思うことが二つある。 ・ロッキンがロックフェスであるという認識 ・YouTuberという括りによる批判である 『ロッキンがロックフェスであるという認識』は間違え? ロッキンにロックバンドだけが出ていたのは本当の初期だけであり、2003年にはすでに平井堅、2004年には森山直太朗、一青窈が出演しておりもう10年以上前からロックフェスではなくなっているのである。 またここ数年は必ず出ているアイドルも2008年のPerfumeから始まっており11年も経過している。 もちろん当時はPerfumeに対しての批判もあったそうだが今はアイドルが出演することに対する批判は少ない。 ロッキンがロックだけのフェスは当の昔に終わっており現在は国内最大級の音楽フェスなのである。 オーディエンス側もロックだけを聴きに来ているかといえば、そうでなく「フェスを楽しむ」人も増えており時代齟齬のように感じる。 もしロッキンがロックフェスであることを主張するならばアイドルやJ-popのアーティストに対しても意見を述べるべきではないだろうか。 『YouTuberという括りによる批判である』に違和感! 「YouTuberだから」を枕詞にして語られることにはどうしても違和感がある。 そこには音楽性、エンターティメントの話が一切ないからである。 ロッキン側がどのような理由でオファーしたのか分からないが、何かしらエンタメ性があると判断したからだろう。 その際に「YouTuberだから」が通用するだろうか。 またYouTuberは音楽をやっていけないのだろうか。 YouTuberであり音楽をやっているものは多く。 HIKAKIN、ワタナベマホトはすぐに名前が挙がるだろう。 それに加え音楽とYouTubeをどちらにも本腰を入れているという面では元カリブラのみの、レペゼン地球、夕闇に誘いし漆黒の天使。 音楽側の人間がYouTubeや動画をやっているということであると、グッドモーニングアメリカのたなしん、ReVision of Senceの河井教馬もあげられるだろう。 そして、先日までマキシマム ザ ホルモンもYouTubeで動画を配信していた。 もはやYouTuberという括りで批判するのは難しいと感じる。 ファッションで言えば、関西コレクションのような大きなイベントにYouTuberが出るのは当たり前になった。 もちろんこちらも始めは違う畑の人間が出演するように戸惑いがあっただろうがかなり寛容的である。 逆を言えばフェス側の受け入れが遅くも感じる。 今回のFischer'sの騒動によってロッキンをロックフェスだと思っている人の多さ、YouTuberに対する狭量さを感じた。 恐らくロッキン、CDJにYouTuberがどんどん出てくるだろう。 特に人気の高いHIKAKIN、ワタナベマホトはいつ出てもおかしくない。 もちろんそれは批判されるだろうが、いつしかアイドルのように出演することに対する批判はなくなるだろう。 またロッキンがロックフェスではなく音楽フェスとしてどのように進化していくのかも楽しみである。

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フィッシャーズ、国内最大級のロックフェス出演に賛否の声

ロッキン フィッシャーズ

国内最大級動員フェスのロッキンが20周年を迎える! 今年で20年目を迎えた ROCK IN JAPAN FESTIVAL。 記念すべき公演は過去最多の5日間開催と前代未聞の規模感で開催された。 この強気な姿勢も成立するというのは、20年間、着実にフェスの成功を繰り返しながら、音楽ジャンルを拡大させファン層を広げ、フェスの大衆化に舵を取って来た長年の実績の成す業だと思う。 vanillas プリティーが意識を戻しリハビリに励んでいると聞いて嬉しい。 ここ最近のバニラズのライヴが前のめり感が増し、以前より演奏がパワフルになったのは、この困難を乗り越えようとする彼らの決意の表れのように思えた。 ミディアムな「パラノーマルワンダーワールド」や、バニラズの新たなキラーチューンとなりつつある「No. 999」など今年発表された新曲が人気曲の中でも映えて、違和感なく聴けることが何よりバニラズの勢いが留まっていない確固たる証拠である。 パフォーマンス観ずして批判するのは言語道断ということで、気は進まなかったが鑑賞。 YOUTUBERってのは何がそんなに魅力的で凄いのか確かめたかったが、 素人芸で終わるだろうという想定そのままだった。 プロのバック・ミュージシャンを従えているので感触的に演奏の聞こえは良いが、その前でフラフラ突っ立っている素人連中からは、ステージに立つべきアーティストとしての風格が微塵も感じられない。 現に興味本位の客は相応に集まったが、数分見てその場を離れる離脱者のまぁ多いこと! ロックフェスとYOUTUBERの融合は失敗だった実証に思える。 中学時代に体育祭でやったという、これまた素人感丸出しのMCを挟んで披露された「ソーラン節」を踊る彼らを見ると、どこぞの大学の学園祭の方がよっぽどマシなことしてるとさえ感じた。 これが令和のフェスの在り方だと提示するなら、その方向性は間違えてると突き返したい。 [PR] 感覚ピエロ ドラマ「ゆとりですけど何か」バブルから3年が過ぎ、停滞していることが垣間見えたパフォーマンスだった。 3年前は様々なフェスで入場規制かかるほどだったのに。 熱く野心に満ち溢れたMCも小慣れた感が半端ない無難なものに変わり、ゆとり前後時の勢いを感じない。 バンドとしての最盛期を通り過ごした感がある。 「拝啓、いつかの君へ」で多くの客が離脱したことに表れている。 その打開のためには新たな代表曲や人気曲を生むことである。 大衆性もエンタメ性も兼ね揃えた実力派だけに、一発屋で終わるには勿体無い。 THE BAWDIES 今年に入り三度目の武道館公演を成功させるなど、結成15周年・デビュー10周年を迎えて再び勢いを増している感のあるTHE BAWDIES。 容姿も体型もキャラもメンバー間の仲の良さも。 自分たちの好きな音楽をとことん追求し、それをエンターテイメントとして観客に献上するスタンスが徹底されているのは言葉もない。 ステージの両サイドにいたスタッフが、終始笑顔でメンバーを盛り上げているのが印象的だった。 とことんTHE BAWDIESというバンドをスタッフ含めて楽しんでいる様が伝わって来る。 素敵なチームだなと感じた。 [PR] マキシマムザホルモン 昨年リリースの「拝啓VAP殿」から始まったのは移籍前レーベルに対する敬意だろうか。 その演奏後に一旦引き上げるというのはホルモン新章の開幕宣言と捉えてもいいのかも知れない。 今回は『これからの麺カタコッテリの話をしよう』の楽曲も惜しみなく披露され、ナオ(ドラムと女声と姉)のボーカルとダンスが際立つステージングが斬新且つ最高にキュート?だった。 いつもより化粧が濃い気がしたのは気のせいか?(笑) ミクスチャー・ロックとして革新的な試みを続ける新曲群が野外で大音量で聴けた喜びと、従来のホルモンらしい楽曲で、想定通り広大な土地がモッシュの戦場と化した中で汗だくになりながらライヴが堪能できたのは楽しいのひと言に尽きる。 個人的好みの「F」「便所サンダルダンス」が嬉しかった。 UVERworld  ウーバーは今まで敢えてフェスでのトリを断って来た。 なかなか大衆バンド扱いを受け続けロックバンドとして認められなかった過去があるから、あらゆる場所で渾身のメッセージをぶつけて来た。 トリをやるに相応しい己のタイミングと場が納得のいく形で実現するまでストイックにバンドを昇華させていたのかも知れない。 それだ叶った。 この初トリは悲願だったに違いない。 クルーは皆この日を待っていた。 そんな物語性も手伝ってか、感動に磨きがかかる。 現に、メンバー全員が輝いて見えた。 「ナノ・セカンド」「ODD FUTURE」「PRAYING RUN」「ALL ALONE」など近年楽曲中心のセトリは相変わらずだったが、そんな中で過去の人気曲「君の好きなうた」を演ったことに驚く。 希代の名曲は夜空に映えた。 過去を振り返る余裕が出来たのか、このステージをより特殊なものにした気がする。 ホルモンとの「恋のメガラバ」の共演然り。 この日のウーバーは己のキャリアの最高潮の高みに達したと言っても過言ではない。 今年は東京ドーム2Days(男祭りファイナルを含む)がある。 勢いは止まらない。 このままどう進化するのか非常に楽しみで仕方ない。 (文・ROCKinNET. 引用の際はURLとサイト名の記述必須。 [PR].

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