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スポンサードリンク 確定申告でレシートの提出は必要? 確定申告をする時にレシートや領収書を提出すると思っている人がとても多いのですが、実はレシート類は提出する必要がありません。 私も初めて確定申告をする時はまとめた一年分のレシートをごそっともって税務署に行ったのですが、使ったのは支出金額をまとめた紙だけで肝心のレシートの束は全く使うことなく拍子抜けしたのを覚えています。 とはいえ、レシートは支出を証明してくれる大事な証拠品の様なものです。 万が一、税務調査が入った場合には提示する必要があるので、自分で大切に保管しておきましょう。 確定申告に必要なレシートの保管期間 レシートの保管期間は基本的には5年間です。 法人の大きさによって違うのですが大法人は7年、中小法人は5年となります。 副業などいくつも仕事をしている人、フリーランスでギャラでお仕事されてる人などはほとんど中小法人です。 この期間はもし申告に不備があったり、税務署が「何かおかしい」と思ったら税務調査が入ります。 その場合、呼び出しや支出の根拠となるレシートの提出があったりします。 申告された内容について、帳簿やレシートと照らし合わせながら経費として妥当かどうか、本当に支払いがあったのかなどを調べたりします。 つまり本当に大事な証拠品ということになりますので、この期間はレシートは大事に保管しておきましょうね。 と、こんな言い方をすると心配になってしまいますが、収入が数十万ほどと少なければまず調査が入ることはないと思います。 私は100万円を超える額でかれこれ5年以上自分で確定申告をしていますが一度もそんなことはありませんでした。 私の場合、白色申告なので完全に自分で書類を作って提出なんですが、ちょっと微妙だったりあいまいだったりするところがないわけでもない…でも、なんとかなってます。 それに、やり方がわからなかったり心配だったら確定申告の期間中に税務署に行けば税務署の人が一緒に書類を作ってくれますよ。 私も初めての時は税務署にいって申告しましたけど、署員の人が思いのほかざっくばらんというか大ざっぱという感じで意外でした。 私は初めて確定申告で緊張してましたが、たぶん毎年そういう人が山ほど来るんでしょうね。 税務署の人は慣れた感じで、それで大丈夫ですよ~それでいいですよ~、とサクサク手続きを進めてくれます。 あと、これは初めての確定申告の時に職場の先輩に言われたことなんですが、「税務署は大きな脱税をしている巨悪は調査するけど、私たちみたいな微々たる収入しかない庶民なんて気にしてないから」と。 最初は本当かな?大丈夫かな?とビクビクしてましたけど、今は確かにそうだなと納得です。 ちなみに、心配な方のために一応のせておくと、呼び出しなどを受ける主な原因としては赤字続きの申告や例年と大きな差があったり急激な減少申告などがあります。 継続する中で何か起こるということが多いので初年からいきない呼び出しなんてことはないと思いますが、心配なことがあるなら税務署に行って署員の方に相談しながら申告すれば大丈夫ですよ。 確定申告に必要なレシートのまとめ方のおすすめ さて、レシートも一年分ともなれば相当な量になります。 そこでまとめ方を紹介しておきますね。 まず、青色申告など税理士さんにお願いする場合はなるべく見やすい状態で保存しておくといいですね。 でも、自分でやるのであれば特に気にする必要はありません。 自分がわかる状態になってれば十分です。 簡単なのは月ごとに封筒やクリアファイルに入れておくだけ。 これでもオッケーです。 でも、結局、支出項目ごとの合計金額を出したりするの項目ごとにも分けておくと集計が楽ですよ。 私の場合はまず一か月分をまとめて封筒に入れておきます。 その月が終わったらレシートを交際費、材料費、消耗品費など項目ごとにわけてホッチキスでとめます。 別にクリップでもいいし、パンチで穴をあけて紐で綴じても構いません。 ノートに貼ってもいいんですけど、領主所の量が多いと手間がかかるので結構大変です。 領収書を日付や項目ごとに分けたり、合計金額を出したり、この作業は地味に時間がかかるので年末などにまとめてやろうとすると大変です。 一日かかったりします。 なので、毎月ちょっとずつやっておくと申告の時期にすんなり作業が進みますよ。 あとレシートで気を付けたいポイントが一つあります。 レジで発行されるレシートの場合、感熱紙のレシートが多いですよね。 これは年月が経つと色あせたり文字が薄くなって消えてしまうことが合うので要注意です。 せっかくレシートをとっておいても内容が読めなければ役に立ちません。 なので、大事なレシートはコピーをとっておきましょう。 原本は字を内側にして折り、封筒に入れてさらにビニールに入れるなど、光が当たるのを避け空気にも触れないようにすると長持ちします。 全部のレシートでこの作業をすると大変なので、大事なものだけしっかりと管理しましょう。 ちなみに「大事」の基準は金額ですね。 万が一レシート提出があった場合に経費と認められないと痛手になるものです。 例えばオフィス用品で考えるとしたら、30万円で買ったパソコンの量販店のレシート、これは大事ですね。 一方、30本600円の特価ボールペンのレシート、これはもし経費として認められなくてもそんなに困らない、ですよね? もしもの時に後悔しないように、ちょっと面倒でも高額のレシートや領収書は念入りに保管しておきましょう。 確定申告のレシートまとめ 初めての確定申告は緊張しますがそんなにびくびく心配することはありません。 レシートもほとんどの場合は必要になることはありませんが、何かあった時にはとても重要なので大事にとっておきましょう。 保険というよりは証拠品くらいの意識の方がいいと思います。 備えあれば憂いなしです。

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アートディレクター:さん、モデル:ジュリーで、2人が組んだ最初の作品。 上半身裸のショットが多いが、フィリピンのシコゴン島で撮影したフルヌードも披露。 水の皮膚:1980年発行のジュリー単体のヌード写真集。 パルコの広告が好評だったため、キャンペーン終了後に出版計画が持ち上がり、同じスタッフ・同じ場所で2度目の撮影が行われた。 「撮られる側」と「創る側」双方の解説が読める 私はですね、かなりモノを知らない人間でして。 さんがどれだけすごい人なのか、全然知らなかったわけです。 だからヌード写真集なのに、なぜ女性がディレクターを務めたんだろう?とずっと謎だったんですよね。 その謎を解いてくれたのが、これ。 分厚くずっしりと重い超大型本、作品集「- by 」(日本語版)です。 さんは「入社後にグラフィックデザイナー、アートディレクターとして活動し、独立後はパルコやなどの広告で1970年代の日本で活躍。 1980年代からは拠点をニューヨークに移し国際的に活動した。 2008年開会式では衣装デザインを担当」(より抜粋)という輝かしい経歴を持つ方で、1985年にはジュリー出演の映画「Mishima: A Life In Four Chapters」の美術も担当されています。 この作品集には1983年頃までの作品がオールカラーで載っており、そのひとつとして「パルコの広告」と「水の皮膚」が取り上げられています。 で、 ジュリーの掲載写真はなんと20カット以上(ありがたやー)。 この作品集がすごいのは、 すべての作品を石岡さん自身が解説していること。 もちろんジュリーの作品も製作経緯や、編集の意図、撮影時のエピソードなどが解説されています。 初心者の私にとっては「え?そうなの?」ってことが満載で、この解説を読む前と後では水の皮膚の見方が変わりました。 さらに ジュリーの寄稿文(文体が明らかに違うので、別の人がまとめたのだと思うけれど)もあるので、 「撮られる側」と「創る側」双方の解説を読むことができるという、すばらしい一冊となっております。 それでは石岡さんとジュリーの文章をヒントに 「ジュリーのヌード」を深読みしていきましょう。 撮られる側-ジュリーサイドからの考察 最初にジュリーの寄稿文の感想と考察です。 ジュリー初心者の私は知らないことだらけでした。 先輩ファンの皆さまには常識なのだと思いますが、なにとぞお付き合いを。 それが実はジュリーサイドからのアプローチで、しかも石岡さんに ジュリー本人がプレゼンしたというのはかなりびっくり。 これは美しい外国人青年がプールで泳ぐ映像で、「」にもカット割りされた写真が掲載されています。 昭和50年代の日本には 「男を美しく表現する」という概念はなかった…のかな?(はしていませんが)。 力強さ、たくましさ、無骨さあたりが男らしさの表現手段だったのでしょうかね。 そんな時代に、美貌の青年がありのままの姿で美しく表現された芸術性あふれるCMを見ちゃったら、そりゃジュリーだって衝撃に思うでしょう。 そして下記の考えを強めるわけです。 新曲を出すごとに変わる僕のメーキャップは、誉められたり、貶されたり、ファンはもとより、この世界に興味のない人達からも注目されてきた。 しかし僕は、 いつも不満でいっぱいだった。 もっと美しく、もっときわだった自分を創りたかった。 メーキャップやコスチュームに凝るより、 素顔のが持っている美しさが出したかった。 これ、語っている内容としては、だいたいいつものジュリーと同じなのですが、「おや?」と思う部分もありました。 そこまで言っちゃうと、タケジがショック受けないか?とちょっと心配に…(わたし、タケジが大好きだし)。 これは「あー、自分で美しいって言っちゃうんだ」と…(いや、間違いなく美しいんだけど、自分で言うのがちょっと意外に思えてツボりました)。 生まれ持つ素晴らしい美貌のジュリーが、そのCM映像を見て「自分の美しさはどう見えるのか?」「自分も飾っていないありのままを表現されてみたい」と思ったのは想像に難くありません。 以上のことから、ジュリーは「石岡さんに」「素顔のの美しさ」を表現してほしくて、パルコのキャターに使って欲しいと願ったと推察できます。 でも石岡さん以外ならやらなかった シコゴン島の光と風は、たしかに僕を解放し、東京の打合せでは、出なかった全裸の撮影という石岡さんのにも、まったく抵抗はなかった。 もっとも全裸の条件は、石岡さん以外の演出家ならば断っていただろう。 (中略)すべてが石岡演出にのせられ、僕は素直に、裸になれた。 このジュリーの寄稿文からは、撮影地に着いてから初めて 全裸を提案されたけど 、 まったく抵抗なく 素直に全裸になった と読めますが、 これは今まで見聞きしてきた情報と少し違うぞ。 定説は、恥ずかしさはあったし隠してもいいけどと言われたけれど、 石岡さんにノセられ「もういいや!」と覚悟を決めてフルオープン、または「 裸に慣れてもらうため」と言われ島に着いた瞬間から スッポンポン(笑)、だったような。 あ、違う本だけど、こんなインタビューを見つけました。 「こういうのにしたいんだけど、いやならいいです」って、言い方にもよるんだろうね。 うまいんだよね。 たかが裸くらいのことで断ったりしたら男らしくないナとか、カワイコちゃんじゃあるまいし、なんてすぐ思うわけね。 「いや、大丈夫ですよ。 別にマリも何もナシで」なんてカッコつけちゃうわけね(PLAY BOY,1980,8) 抵抗あったの? なかったの? どっちだよ!って感じですけど、ニュアンスの違いにも思えるから、まあいいか(マリという言葉が裸仕事の多さを実感させますな)。 でも、全裸になって結果オーライだったと思うんですよね。 当時はかなり話題になったのだろうし、革新的な試みをしたというイメージはジュリーに相当プラスに働いたと思うからです。 私もあの写真集で「今まで知らなかったの美しさ」を見ました。 受けるイメージは十人十色だとは思うけれど、鑑賞した人それぞれがそれまで知らなかったジュリーの美しさを見たのではないかなぁと思っています。 創る側-さんサイドからの考察 では続いて創る側の石岡さんサイドからの考察です。 製版や印刷技術についてすごく興味深い解説もあるのですが(紙媒体やっている人はぜひ読んでみてー)、焦点をジュリーにしぼって石岡さんの解説を紐解いていきましょう。 今までは自分からアを出して、それにふさわしい素材を私の方から探すという方法をとってきたのに、 考えてもいなかった素材の側の人間からアタックされてしまったのだ。 それまで自分のイメージに合った素材(色のついていない無名な人)を探してクリエイティブしてきたのに、とんでもない素材、しかも日本国民全員が知っててそれぞれが「私のジュリー像」を持っているスーパースター(色がつきすぎている…)が「自分を演出してほしい」と言ってきたら、そりゃ動揺するよね…。 裸になるというだけのシンプルな状況を設定したら、スターは、 自分をどう表出してくるだろう、というところを見定めてキャンペーンを展開することにした。 スターを使ったクリエイティブって、割と単純な気がします。 そのスターのパブリックイメージをパルコの戦略に当てはめればいい。 あとはどんな風に創っても、それなりのものが完成すると思うんです。 でもそんな安易な方法にはもちろんしたくない石岡さんが、誰もやったことがないいい方法を…と考えて行き着いたのが、ヌードだったんですね。 しかもただ服を脱ぐだけじゃなく 「スターの、スターという意識さえも脱がせた状態」で魅せるためのヌード。 石岡さんの作品を見ると、男女を問わずに人間のからだや肌の美しさで魅せているものが多いと気づきます。 ジュリーがショックを受けたという青年のプールのCMも然り。 「からだの美しさを魅せる石岡演出」「他の誰もがやったことのないアプローチ」「ありのままのが持っている美しさの表現」という3点から、フルヌード、しかも男性の裸を美しく表現するという方法に行き着いたのでしょうね。 前述したように、昭和50年代の日本には 「男を美しく表現する」という概念はなかったのだと思うのです。 なのにそれをフルヌード、しかもスーパースターで実現させたのですから、ほんとにすごいことだなぁと40年経った今でも感心するしかありません。 このメイクさんが撮影中の裸のジュリーに、こう声をかけていました。 そう言われて、どんどんノッていくジュリーを想像すると、ほんと萌える(笑)。 裸になるというだけのシンプルな状況を設定したら、スターは、 自分をどう表出してくるだろう 石岡さんがジュリーからの打診に動揺した理由は、 「がを演出」 ということもあるのかなと想像しました。 まったく色のついていないモデルなら、思うままに自由に演出できる。 でも相手は、 自分を表現するのがめちゃくちゃ得意なスーパースターなわけです。 しかし公開されたパルコの広告写真を見たら、 ジュリー自身の表出と石岡さんの演出が合致し成功したことが一目でわかりますよね…。 ジュリーは自分のありのままの美しさを表出したし、石岡さんはジュリーのスターという意識を脱がせてありのままのを登場させました。 この2つの才能の掛け算で、ほんとうに美しい作品になっています。 すばらしいものを見せていただき本当にありがとう(泣)というのが…40年後にファンになった者の素直な気持ちです。 この手法と、そこから私が感じた人物描写については、水の皮膚の読書メモ()をご参照ください(長いのでこっちでは割愛)。 石岡さんは水の皮膚で多用した構図を「劇的な映像」と記しています。 それは度肝を抜かれるくらいのトと、見る人の心に「今まで知らなかった」を誕生させることに成功した映像とも言えるのだと思いました。 おわりに 「水の皮膚」を最初に鑑賞したとき、皮膚のキメまで見えるお尻のドアップ(しかも2カット)の意味が全然わからなくて、これは石岡さんのか?とかひどいことを考えていたんですが(ごめんなさい)、水の皮膚を図書館に返却する2日前にこのを読むことができ、理解がギリギリ間に合いました。 慣れないことをするものじゃありません(笑) ウィリー・ネルソンのスターダストをBGMにしてジュリーの水の皮膚を見ていたら 音楽に触発されたのか写真に触発されたのかわかんないけど、たまらなく南の島に行きたくなってきた 生ぬるい風が入り込むヴィラの部屋を暗くして、サンダルウッド焚いて酒飲みながらぼーっとしたい 南の島に行きたい — はるはる haruandwanko この記事はコメント欄未設定です。 読書メモ「図書館のなかのジュリー」更新しました。 前回の「水の皮膚」も加筆修正しています。 沈みゆく淡い夕陽の光が、水に濡れる皮膚を朱色に染めながらその質感をくっきりと浮かび上がらせる。 髪から水を滴らせ何かの審判を待つように、また何かの許しを乞うようにの間に視線を漂わせるこの美しい人の瞳には何が見えていたのだろうか。 暗さを帯びた淡い光が照らす、水のさざめきとなまめかしい皮膚の質感。 それはこの美しい人が生身のからだを持つひとりの男であることを教えてくれている。 ……なーんてね。 いきなり 超気持ち悪いポエムで申し訳ありません! 水の皮膚様を図書館で借り自宅にお迎えして早10日あまり。 毎日眺めていたら、こんな不気味なポエムを書きたい欲求が湧いてきてしまいました。 さて、図書館で借りた ジュリーのヌード写真集「水の皮膚」の読書メモです。 今回は特別編として、1)感想文、2)本の考察、3)図書館で借りる方法、4)まとめ、の4部構成でお送りします。 最初に予告しますが、 この記事はおそろしく長いです。 「手っ取り早く借り方だけ知りたいわ」という方は、いちばん最後の「4. まとめ」へ飛んでください。 それともうひとつ、この記事では水の皮膚の 写真は掲載していません(保護のためです。 写真目当てで来た方ごめんなさい)。 写真なしでどこまで伝わるか心配ですが…。 では始めます。 1時間近くかけてじっくり見た見た見た… 心臓痛い。 心臓がキューキュー言ってる(注:循環器に異常はありません) まずい。 鼻息荒くなってる🐽 突然出てくる等身大以上のドアップに卒倒しそうになり 男子の臀部の毛穴を見てトキメクわたしは何者か? 近々ブログで感想文書く!決めた! — はるはる haruandwanko ネット上で見たことがある写真も多かったですが、それでも自分で1枚1枚ページをめくり紙の感触を確かめながら、美しい人を観賞するのは格別の楽しさでした。 この写真集はできれば書籍の状態で見て欲しい。 ただし美しすぎて少し人間離れというか、アンドロイドや人形ぽく感じることもあります(私は早川タケジさんのセンスが大好きだし、ジュリーを活かす天才だと思っていますが)。 衣装やメイクは、その人の個性を引き立たせる半面、その人を覆って隠してしまうものでもあるわけです。 顔のドアップ(わたしは「次はどんな写真かな」とドキドキわくわくしながら1枚1枚ページをめくっていたら、突然等身大以上の なまめかしく光る口唇がドーンと目に入り、一瞬息が詰まってクラッときました。 破壊力ありすぎて心臓に悪い…)はもちろん、上半身、腕や手、果ては泡まみれのお尻のアップ(貫禄の2カット)まで。 これだけアップにするとよーく見えるのが、冒頭の気持ち悪いポエムに書いた 「皮膚の質感」なわけです。 妖しく光る口唇の質感、粟立ったような皮膚のぶつぶつした質感、1本1本の体毛までが手に取るようにわかるから、すごくなまめかしくて、なまなましく、そして美しく感じるのですね。 加えてノーメイクだとやや荒れた肌の質感や、顔の毛穴の黒ずみまで丸見えで、なまなましさに拍車がかかる。 これらを見て、「ああ、この人もふつうの男なんだ」と強く感じました。 余談ですが、この写真集の随所に出てくるジュリーの口唇が、私にはなぜだか臓器や器官の一部のように見えてしまうんですよね(鏡の自分とキスしている、赤くめくれた口唇の写真は特に)。 本来からだの奥に秘められているはずの臓器が、外部に露出しているように感じる(人間の臓器を見る機会が多い職業だからかもだけど)。 私の目にはそれだけ、この写真集がなまなましく見えているのかもしれません…。 絶妙なトリミングで美を表現する それにしても初めて見たときに面食らったのが、特徴的な構図です。 これは後から知ったのですが、大胆で特徴的なこの構図は石岡さんが、写真をトリミング(切り取り)して作っています。 彼女がジュリーの美しさを感じるままに切り取り、拡大してドアップにしているわけです。 皮膚の質感がわかるくらいのアップにすることで見えてくる本当の美しさを表現している。 そして石岡さんは裸や肌、からだの曲線を使って美を表現するのが得意なアーティストで、特にジュリーのお尻に美を感じていたようです。 これらのことを知ってからは、水の皮膚が少し違って見えるようになりました。 写真はすべてという人が生来持っているとびきりの美です。 トリミングして拡大したものをじっくり見たことで、際立った美しさをまざまざと知ることができたと思うのです。 顔の特大アップには、ジュリーの男くさい美を感じました。 そして眉は太く、顔のいたるところにうぶ毛がふっさふさしていて、鼻梁は細いけど鼻は大きくて、あごはがっちりしていて、きれいに開かれた大きな目は力強くて精悍。 だからすごく男くさく見えたんですよね、あのジュリーが。 普通のアップ写真ならそこまで思わなかったかもしれません。 ドアップかつ絶妙な構図だからこそ、写真の訴えかけを感じられたのだと思うのです。 そこに「(水の皮膚では)素顔のが持っている美しさを出したかった」と書いてあるのを読み、私の解釈はそう外れてなかったのだなとうれしく思いました。 「」には水の皮膚のエピソードが多く掲載されているので、また機会を改めて読書メモにしたいと思います。 退屈でしたね、すみません。 ここからはゆるく行きます。 さて、人間誰しもなんらかの偏愛…というかをお持ちかと思います。 私はずばり「筋肉」です。 ゴリゴリのマッチョも大好物ですが、ジュンになってからは、若いジュリーのうっすーーーーい体から筋肉らしきものを見つけるという新たな楽しみを開拓しました。 なんだと思いますか? はい、変態ですみません、「体毛」です。 ワキ見ると大興奮だし、薄いとばかり思っていた腕毛なんか見た日には凝視凝視凝視です。 そんなわたしがドアップ万歳の水の皮膚を見たらどうなるか明白ですね。 まずは顔ですよ。 ほっぺのあたり、眉の周り、おでこのうぶ毛にやられた。 自分が持っているフェチに気付かせてくれたジュリーありがとう。 そしてフェチを解放させてくれた水の皮膚様、ありがとうございました。 今日も堪能するよ、ふふふふふ。 「水の皮膚」を考察してみよう 定価3000円ぽっきり、今なら7万円は普通 さて、ここからは商品としての水の皮膚の考察です。 B4変型の大型本。 装丁が豪華で、上質で厚手の紙を使用しています。 ジュリーの写真掲載は実に119ページでずしりと重い。 初めて見た時は想像以上の豪華な装丁に驚きました(Paradis,Paradisみたいな作りを想定していたので)。 出版は40年前の1980(昭和55)年2月、お値段3000円ぽっきりです。 これだけ豪華な装丁で、これだけすごい内容で3000円なんて…40年前の物価って今の半分くらいだったのかな?と思いましたよ。 ところがで換算すると1980年の3000円は2019年の4000円強、消費税入れても4400円なんですね。 黄金期のジュリーのこれだけ豪華なヌード写真集が現代の物価なら4400円だとは俄かには信じられない。 ベストセラーになりペイする自信があったからこその価格なのだとは思うけれど。 当時3000円で手に入れた先輩ファンの皆様が本当にうらやましい限りです。 ネットではカビが生えている状態の悪い物でも2万円台、初版で保存状態が良いものだと7万円台も見かけます。 私も先日に参戦しましたが、競り負けて撃沈しました。 最終的な落札価格は私の入札価格の2倍以上でした。 古書取引の高騰を沈静化させるには「見たことがない人を減らす」のがいちばんだと思います。 図書館で見られれば、欲しいと思う人も減るんじゃないかなぁ? 実際に、現物を目にした私は今後古書取引に参戦することは多分もうないでしょう。 そんな人が増えればいいなぁと思うのです。 需要が減れば価格も下がる。 この記事が価格高騰沈静化の一助になってほしいなあと切に願います。 だから図書館で借りる方法をご説明します で閲覧できるけど… さてここからは、私が図書館から水の皮膚を借りるまでの経緯と具体的な借り方を説明したいと思います。 後追いファンのみなさんの水の皮膚鑑賞方法は、「持っている人に借りた」「中古を高値で買った」「ネットで写真を収集した」がほとんどでしょうが、意外と「図書館で見た」人も多いようです。 東京近郊在住の方ならば、で館内閲覧するのが手っ取り早く確実な手でしょう。 ただし遠方の場合は(私も含め)まではで何冊も競り落とせるくらいの交通費がかかります。 そのためなんとか自宅で見る方法はないか…と考えました。 しかし「我が名はジュリー」も「Paradis, Paradis」も借りられる私の街の図書館には所蔵なし。 それどころか複数の(オンライン蔵書目録)を使って探しても、水の皮膚を貸してくれる図書館はなし。 仕方なくに手を出すもあっさり撃沈。 手詰まりになって「実物が見られないんだったら、ネットに出回っている画像を全部収集してやる!」とヤケクソでいろんなサイトを回っていたとき、某所でこんな一文を見つけたのです。 そこに書かれていたのは、私の街から 海を越えてはるか1000km先にある体の図書館の名でした。 記事を見て「あれ、これはもしかして…」と思い速攻で蔵書検索をし、真夜中に頭をフル回転させてある方法を検討した結果… 「これ、私も借りられるわよおおおお!」と確信し、興奮のあまり震える手で夜中にワインを開けて飲みまくり、翌朝一番で地元の図書館に電話して1000km離れた図書館から借りるこの方法が可能か問い合わせをしたわけです。 すると、あっさりと 「はい、借りられます。 ご自宅で読めますよ」• 水の皮膚様が本当に私の家にやってくるー!(感涙) 図書館間相互貸借 今回私が使ったのは「としょかんかん そうごたいしゃく」というシステムでした。 公立図書館同士が所蔵資料を互いに貸し借りするシステムで、地元の図書館に目当ての資料がない場合、他の街(府県外でもOK)の図書館からの借り受けができます。 実を言うと芸能人の写真集を1000kmも離れたところに貸してくれるのか?と少し心配したのですが、問題なく大丈夫でした。 相互貸借の申し込み方法は図書館によって違うと思うので、まずは地元の図書館に問い合わせをしてみてください。 しかし相互貸借は「(送料の都合で)できるだけ近いところから借りる」という原則があるらしく、どこから借りるかは地元の図書館におまかせということになりました。 つまり 「水の皮膚」がどの図書館にあるか自分で調べる必要はありません。 プロである図書館の司書さんにおまかせすればよいのです。 最善の方法を考えてくれるはずですよ。 なお私の街では、相互貸借の送料・費用は一切かかりませんでした(体によって違う可能性があります)。 その場合はこちら(地元の図書館)に来ていただいて図書館内で閲覧ということになります」と教えてもらいました。 実は今回館内閲覧形式で貸してくれる図書館もみつけましたが、私は 自宅でじっくり鑑賞したかったので相互貸借の申し込み時に「貸出可能図書を探してください」とお願いしました。 図書館内で閲覧でもOKと思う方はここは完全おまかせでよいと思います。 このほか図書館には「参考図書」や「禁帯出」という、その図書館の外には持ち出せない資料もありますが、京都の某大学が参考図書として所蔵しています。 大学生さんはなんらかの方法で鑑賞できるかもしれないので、自分の大学の司書さんに相談してみてくださいね。 水の皮膚様は「大変貴重な資料」。 どれも初めて言われたことばかりで、本当に貴重な資料なのだなとあらためて知ったわけです。 翌日図書館に迎えに行くと、地元の図書館名入りの真新しい手作りカバー(規格外サイズのため新規作成したらしい)がかけられ、ビニール袋に包まれた水の皮膚様がいらっしゃいました(それを見た瞬間の私は、相当気持ち悪くニヤニヤしていた)。 発行から40年です。 何千という人がこの写真集を手に取り、ため息をつきながらページをめくったのでしょう。 だからだと思うけど………… 本がボロボロだったよ! 外側の装丁は傷んでいるし、水濡れの痕もある。 ページを開くと、随所に補修テープが貼ってありました。 昔の補修だから仕方ないのでしょうが、白っぽいテープ(医療現場で使うサージカルテープみたいなの)が雑に貼ってあり、写真集が盛大に台無しに(悲)。 一番残念なのが、水濡れが原因と思われるページの剥がれでした。 結構なページにこの剥がれがあるのですよねぇ…これは心が痛むわ。 本当にもったいないなあ。 今私の手元にあるこの本をこれから借りるみなさん、本当に大事な資料ですので、大切に大切に読んでください。 本の傷みをみて悲しくなるかもしれませんが、それは覚悟のうえで。 復刊があり得ない理由 どうしても手に入らないならに復刊希望を出そう!なんて考えた時期が私にもありました。 でも現物を見た今となっては復刊は絶対無理だとわかります。 ヘアらしきものが写っているというぬるい理由なんかではではありません(成人男性のジュリーのヘアなんて今の時代何の問題にもならないし)。 詳しくはあえて書きませんが…。 お手元に水の皮膚を持っているみなさん、そして図書館で借りることになったみなさんにお願いします。 絶版された本当に貴重な資料です。 後世に残すためにも、大切に、大切に取り扱ってくださいね。 案外自分の街にあるかもしれないし、別のもっといい方法を教えてもらえるかもしれませんよ。 お問い合わせいただいても返答いたしかねますのでご了承ください。 所蔵している図書館の情報は、 地元の図書館でご照会いただくようお願いいたします。 この記事はコメント欄未設定です。 読書メモ「図書館のなかのジュリー」更新しました。 初めて聴く曲、初めて見る歌手、名前は知っているけど姿を初めて見るアーティストや、スターたちのめちゃくちゃ若い頃に触れる機会が得られて楽しい限りです。 JAZZ MASTERのドラマー・ポンタさんの自伝的著書ですが、キャリアが豊富すぎるため関わった事柄を挙げていったら1970年代以降の日本の音楽の歴になっちゃいましたという感じです。 脚注が実に丁寧で、資料としても役立ちそう。 関わりが深かったジュリーのページは結構多くて、JAZZ MASTER加入前のの頃にホールでピンチヒッターで一度叩いてバンドに勧誘されたとか、のオケで叩いたとか、その当時オケのレコーディング時にジュリーはいなかったとか、ジュリー初心者には知らないことだらけで「え?え?そうなの?! 」と思うことが多かったのでございました。 私ね、レコーディングでは全部バンドが演奏していると思ってたんですよ。 だからも当然井上バンドが歌入れと並行してオケを作って、バンドが歌入れを見守って「いいのができたね、よかった、よかった、アハハ」ってみんなでワイワイしたんだろうってファンタを描いていたんですよね。 ……違ったのね…。 そうだったのね…。 また、ポンタさんが考えるジュリーの人となりや、レコーディングにおける カリスマ性は興味深い内容でした。 すぐ化けられるように 真っ白なキャンバスのような状態を意識的に保っているんじゃないか?という感じで語られていて、なるほどなぁーと思いました。 なおこの本には、ジュリー本人のことに加えてジュンに対するかなり辛辣な意見(マジで辛辣だから!)も掲載されています。 そのひとつとして 「チケット問題」が語られていますが、これは初心者の私がおいそれと言及できる問題ではないのでここではあえて触れません。 全文をアップしているファンブログもありますので、興味のある方は検索してみてください。 尻切れトンボでごめんなさい。 この記事はコメント欄未設定です。 読書メモ「図書館のなかのジュリー」更新しました。 ファンになってすぐの頃は40代のジュリーの姿がどうも受け入れられなくて敬遠していたんですが、最近になってこの当時のとんでもない色気にやっと気づきました。 このライブもよいなぁ〜。 そんなわけでZUZUの本です。 ZUZUの没後15年以上経ってからに連載されたコラムが一冊にまとめられています。 コラム1回(本では1章)につき、1人から3人の証言者が登場してZUZUを語り、著者の島﨑さんがZUZUの歌詞と、証言を裏付ける背景を絡めて読み物に仕上げています。 身近な人が語るZUZUの評伝集みたいな感じですかね。 本書は22章仕立てで、1回ごとに違う証言者が登場するんですが、驚いたことに3分の2ほどの章に「」「ジュリー」「」のいずれかの文字が出てきます。 の章にも、平尾昌晃の章にも、の章にも、の章にも、当然だけどさんの章にも登場する(意外なことにさんの章には出てこない)。 さんの章なんてジュリーの本なんじゃないかってくらいJULIE一色。 ジュリーが主役でZUZUがジュリーゆかりの人物みたいな扱いになっていてちょっと面白い。 レコーディングの時に、ジュリーにそう言うと、 彼は「そうですかね」と笑っていた。 ZUZUはずっと ジュリーに片思いしていたからね。 「危険なふたり」の頃はエミさんとお付き合い真っ最中だったんですよね。 吐息をもらしセクシーに歌う…じゃなくて 加瀬さんの章も濃かったけど、出色の面白さなのはジュリーも大好きな様です。 この章のパンチ力はすごい。 ちなみに拓郎が語るさんとZUZUのエピソードは、読むだけでその場面がありありと想像できます。 という人は話がうまいんだな、と発見でした。 で、最高に面白いのが、1986年に拓郎がリリースしたアルバム(全曲ZUZUが作詞)のレコーディング時のエピソード。 ZUZUから「あなたはライオンなんだからもっと雄々しく」「セクシーに」と言われた拓郎はこう語るわけです。 「ZUZUに言われて、セクシーに雄々しくやったつもりだけれど、歌いながら、俺を と間違えてるんじゃないかと思った」 セクシーで雄々しい…。 いったいどんな感じじゃい?と思って、興味本位で(ごめんなさい)このアルバムを聴いてみました わたくし申し訳ないんですが、拓郎さんのアルバムを聴いたことがないので、他がどんな感じかはわからないんですが、でこのアルバムをフルで聴いた感想は… ジュリーだよ! セクシーだったよ! 拓郎さん、アナタ と間違えられてたよ! 具体的にはこの3点。 吐息の多用• 甘くかすれさせた高い声で、あ段の語尾に「ぁぁーん」をつける(例:忘れてたぁぁーん)• メロディー外のところで「ああーん」のお声 何度も言うけど、拓郎の他のアルバムを聴いたことがないので、他のアルバムでもこれが普通だったらごめんなさい。 そして 「ライオンのように雄々しい」ってのはどんな感じかわからなかったのでw確認できず、でございました。 ジュリー本人は登場しなかったけど 私がこの本を読もうと思ったのは、以前覗いた先輩ジュンのブログで前出の拓郎のページ(まるっとアップされていた)を見たから。 ジュリーが登場するのは拓郎と加瀬さんの章だけだろうと思って読んだら、予想外に一冊ジュリーだらけだったというわけです。 それだけジュリーとZUZUの関係性が濃いのだとは思いますが、ここまでジュリージュリーになったのは、著者の島﨑さんがジュンということも大きいのでしょうね(ファンを匂わせる新聞コラムの画像がネットに出回っています)。 ファンだからこそ、ジュリーというフィルターを通してZUZUを捉えてる部分もあるからなのかなぁなんて思いました。 あとがきに「取材を引き受けてもらえなかった証言者がいるのは心残り」と書かれていたので、おそらくこれはジュリー本人のことなんじゃないかなぁとゲスパーしています。 これだけジュリージュリー言ってるZUZU本で、ジュリー本人が出てこないのも不自然ですし。 この記事はコメント欄未設定です。 読書メモ「図書館のなかのジュリー」更新しました。 それでドラマをもう一度見返す勇気がないまま感想サイトを回っているときに、この「真夜中の天使」の存在を知りました。 紹介文が「ドラマにインスパイアされていて、登場人物がまんま良ちゃんと野々村さんでー」みたいな記述だったので、「ほう。 ドラマの内容をアレンジしたスピンオフ的なものかな。 どれ読んでみるかね」と軽い気持ちで読み始めたんですね。 本書は、芸能界の美しきスーパースター・今西良(ジョニー)が、その美貌と悪魔のような心で周囲の大人たちを支配していく様を描いた愛憎劇で、主人公は今西良と、良をスターに育てたマネジャー・滝俊介。 ジョニーは20代前半のジュリー、滝俊介は「」でさんが演じた野々村のイメージそのまんまです(常に薄い色のサングラスとスーツで決めた、ヤクザな世界に片足突っ込んだ男)。 ドラマと共通するのは、良という名前、良の魔性と妖美なイメージ、良が持つ悪魔のような心、滝の見た目と良への愛情(というか愛憎か)、「」の暗い世界観でしょうか。 これでもか!と修飾語を並べた美しさへの賛辞。 長くなりますが、ちょっと引用します。 細おもての女顔はぬけるように白く、幼児のようになめらかな顔をしている。 挑戦的な弓形を描いて、きれいな顔に一抹の皮肉そうな翳を与えている眉、茶色の冷たい、どこか夢見ているような甘さをかくした目、きわだった二重瞼で、何も塗らなくてもその瞼はいつも青みがかってみえる。 うっとうしいほど長い睫毛、細い鼻梁、くっきりと上唇がくぼみをつくり、下唇はひどく色っぽくしゃくれてふくらんでいる拗ねたような口もとに至るまで、すべてが繊細な線でつくられたの彫刻のようだった。 それに生命をあたえているのは、そのととのった顔をひらめくように変えてみせる、独特な表情の鮮烈さだ。 良のどの表情も、誰に教えられたわけでもない生来の強烈なあざやかさを持っている。 とりわけ、眉と瞼と睫毛が自在にこちらの胸を苦しくさせるような色っぽい表情を描き出してみせた。 (中略) 裸の胸はなめらかに薄くて、ほの紅い双つの乳首と三角形を描く位置に細い金鎖でつるした何かの牙のペンダントが下がっていた。 (中略)良のからだには、なにか、ごく未発達なのにひどくエロティックなものを感じさせる美少女の裸身のようなものが漂っていた。 (中略) 鏡の中から、怪しい美しい生き物が見つめ返している。 昏い目だ。 冷たく、無感動な表情が、黒いしなやかな猫を思わせる。 (中略)男でも女でもない、ふしぎな美の化身ともうつる。 昏いかがやかしい生物。 (中略)ひとびとの驚嘆と讃美によっていよいよ美しく光をはなち磨かれてゆく、傲慢で可憐ななかば狂った、日常の時間の耐え得ぬようなふてぶてしい白い生き物。 その美に目をひかれるものすべてに、ありえぬような禁断の妖美な世界の夢を見させる魔法使い、師。 ジュリーの美しさを文字でイメージして堪能できる小説 どうですか、これ! とにかく良ちゃん(ジョニー)は美しいのですが、言い換えればこれはモデルであるジュリーの美しさの描写でもあるわけです。 これが最初にドカンと数ページにわたって出てきます(そのあとも讃美は繰り返され、熱量は増してゆきますが)。 私のように「ジュリー様美しい…」としか言えない想像力が乏しい人間には、文字の助けの効果は絶大でした。 文字で読むと、ジュリー(というか今西良、というかやっぱりジュリー)の美しさを細部までイメージしできるようになるわけです。 讃美のリーも増やすことができて、ジュリ活するうえで大変勉強になりました。 ちなみにこの美の描写を読んでいるとき、私の 頭の中はずーーーーっと「魅せられた夜」がグルグルでした。 でも「魅せられた夜」もその時はまだ2回しか聴いてなかったので、「ああぁぁ〜あなたがぁ」「ジュテームジュテームジュテーム…」「堕ちてゆくよ…」の部分のみが頭の中でヘビロテするというハイテンション状態。 と、そんな感じで楽しく読んでいたのに、突然修羅場がやってきます。 私はBL方面の知識がまったくないため(正確に言うとドラマの「」で初めて触れた程度)、良が呑み込まれていく修羅の世界を読んで「うわ、うわ、うわ、こんな感じなの?うわー」とドン引き…。 検査(肛門からカメラ入れるアレです)だってあんなに苦痛なのにね…良ちゃんかわいそうすぎる…。 フィクションなのに…ジョニーとジュリーは違う人なのに… ま、ひとまずBLは置いておくとして、この小説を面白く感じた理由のひとつは芸能界の描写でした。 一般人には想像もつかない芸能界のルールや掟も描かれていて興味深かったです。 でもこの小説はアイドル・ジュリーをモデルにしている部分もあるため、読んでいるとどうしてもジュリーとジョニーが混同してくるんですよね。 「レッスンとはこうするのか、へええ」とか、「楽屋ってこんな感じなのね、なるほど」とか思うわけです。 ほかにも売り出し手法や芸能界の序列のことなど、へえ〜と思える内容が多かった。 また芸能界の汚さも描かれていて、実弾、メンツ、脅迫、…あたりの描写が出てくる賞レースの項を読んだときは、ジュリーがの番組で「レコ大はパワーゲーム」と語っていたことを思い出したりしました。 小説はもちろんフィクションです。 ジョニーとジュリーは違う人だし、ジュリーの周囲で小説のようなことがあったとは思わない。 でも「ひょっとしたらこんなことあるのかな?」と想像してしまう部分はやっぱりあって、ジュリーもポンと簡単にスターになったわけではないんだろうな…と勝手に考えてしまうわけです。 それがフィクションを読む楽しみでもあるのですけど。 とにかく長いので覚悟して読むのをおすすめ。 スカパー様、「悲しきチェイサー」をお願いします! それにしてもこの本、長かった…。 昭和の小さな活字で2段組み。 上下巻合わせて約600ページ。 計算したら約75万字ありました…(文庫版は6巻で収めているようなので、文庫も活字小さいんだろうな…)。 私は読了まで2週間弱かかりました(途中で読むのが辛くなって2日ほど放置したし)。 良ちゃんが主人公の別の作品(「翼あるもの」「真夜中の鎮魂歌」も読んでみたかったけど、また気が向いたらにしよう(数年先になりそうだ)。 そうだ。 とジュリーといえば「七人の刑事」の「 悲しきチェイサー」も見たいのですよねー。 スカパー様、何とぞ放送をお願いいたします! この記事はコメント欄未設定です。 読書メモ「図書館のなかのジュリー」更新しました。 曲が誕生するまでの経緯、歌詞の背景の考察や、氏、橋本淳氏、氏へのインタビューや、カバーをしたのインタビュー、原作詞者の女学生の行方を探し当てるミステリータッチの探訪記もありバラエティに富んだ構成になっています。 ピー先生によるタイガースメンバーへのインタビューが掲載されており、ジュリーが2012年1月に語る花の首飾りとトッポへの想いが載っています。 かつみに歌ってほしい。 ロンググッバイからの再会後に どうやらもめたらしいとおぼろげに知る程度だったので、本書で2012年1月のジュリーが 「やっぱりね、かつみに歌ってほしいのよ。 それも一人じゃなくて、おれたちをバックにして歌うのが一番いい」と話しているのを読んで、頭の中に???がいっぱいになりました。 ジュリーがライブで花の首飾りを歌ってたというのもこの本で初めて知ってで見たのですが、少しかすれたジュリーの声が切なさを醸し出していてとてもステキだと思いました。 これについてピー先生は 沢田が歌うことによって、この曲に新しいいぶきを吹き込んだことは確かだ。 昔からのファンにとっては、特にそう感じられただろうし、昔の経緯を知らない、若いファン層には自然に受け入れられたことだろう。 と記述しています。 ただしジュリー本人の捉え方はこれとも違っていますが、これ以上はネタバレになるので自重。 花の首飾りについて、5人のメンバーそれぞれの演奏やコーラス、ボーカルの技術的要素も載っており(技術のことはさっぱりわからないけど)なんだか秘密を知ったようで楽しいです。 読後ツイートにも載せましたが、サリーが水谷豊さんと花の首飾りを歌っているのを初めて知って驚きましたわ。 サリーが本の中で語っていたことを読んでから曲を聴くと味わい深くなる…。 また、曲ができた当時になぜジュリーではなくトッポが歌うことになったのか?という理由にも触れられていて、(ファンの間では常識なのかもしれませんが)私は全然知らなかったので「へー、そういうことなんだ」と面白く読みました。 八雲町は北海道の南の方(函館から札幌方面へ特急で1時間くらいの距離)にある小さな町。 かつて「ケンタッキーファーム」というKFCの実験農場と直営レストランがあったことで有名で、「八雲」と名を変えた現在も冬場には夢のフライドチキン食べ放題ができるすばらしい町なのであります。 なお私も今年の2月に食べ放題にチャレンジしましたが、3個で胸焼け起こして撃沈。 行くなら若いうちじゃなきゃダメね…。 …すみません、脱線しました。 で、ピー先生はその女学生の行方を探すためにまず情報収集目的で八雲へ行ったんですが、いきなりアポなしで現地の高校の校長や、町長に面会を求めるんですね。 アポなしってのが私にはかなりの衝撃でした。 役場の実務担当程度ならアポなし訪問もわかるけど、いきなり町長か!とびっくりで。 という看板があるからなのかもしれないけど、「ピー先生、すごいな、熱いな」と読んでて感心しきりでした。 なお現在の八雲町は町おこしに「花の首飾り」を活用しており、町にできる予定のの新駅のを花の首飾りにするという計画があるそうです。 そんな 町おこしのきっかけになったのが、このときの 町長へのアポ無し訪問だっていうんだから、ピー先生すごいよと思わずにはいられないのでありました。 この記事はコメント欄未設定です。 出生から独立直前までの自叙伝で、玉村さんがジュリーにインタビューをし、対談形式でジュリーの言葉そのままが掲載されています。 大変貴重な本物の第一級資料でございます。 今、手に入れようとすると、黄色の大型本、文庫本とも1万円以上は軽くするようですが、私の街の図書館は優秀で2種類とも揃っていました。 見るなら断然大型本の方がよいです。 添付資料(複製したチケットとか)が本物みたいな顔して挟まっているし、何より文字が大きくて目に優しい。 重くてデカいのが難点だけど。 で、その200%の第一級資料を私が読んだのはファンになってまだ1カ月半の、ジュリー沼に右足の親指くらいしか突っ込んでいない時期でした。 そんな 超初心者にはこの本はレベルが高すぎ で 、とにかく情報量が多すぎて消化できない(私だけか)。 大まかに知るために1回ザーッと読んでみたけど、予備知識なしでは難しすぎて頭に入らず1回でおなかいっぱい(笑)。 もう少し知識がつくであろう1年後くらいに読み返してみよう…。 まあ、この本に関しては初心者の私があれこれ書いたところで、「ちょっとアンタ何言ってんの?」という感じだと思いますので、変わったところを攻めてみましょう。 澤田研二殿 年令36才 男 人間ドック検診成績表 初めて見た時には 「こんなん載せてるの!」とかなりびっくりして、次にじーっくり見た。 わたし、かつて人様の検診結果を見ながら「アナタ〇〇の数値が悪いですね。 酒やめましょう、野菜食べましょう、運動しましょう」とかエラそうに(何様だお前はってノリで)ご指導する仕事をしていたので、本当にじーーっくりと見ました。 血圧低めだけど高いよりは良い。 血液検査はおおむね良好。 若干リンパ球多めなので、風邪気味だったのかな?なんて程度。 TGは飲み過ぎ・食べ過ぎで高値になるけど、低すぎると低栄養状態ということも考えられるので、当時59kgのジュリー様、ダイエット中だったのかなとゲスパー。 ダイエット中を推測させる所見はもうひとつあって、酒飲みの割には肝機能のが(正常範囲内だし高いよりはいいけど)かなり低い。 この値には直近の飲酒傾向が現れるので、この頃はあまり飲んでなかったんだろうと再度ゲスパー(ただし肝臓がバケモノレベルに強いという可能性もあり)。 に目を向けると、T-cho(総)が、正常範囲内だけれど現代の指標からするとちょい高め。 現代では重要視されているLDL-C(悪玉)が未測定なので断定はできないけれど、LDL-Cが高めだったんだろうなぁとゲスパー3回目。 36歳と若くてBMI20. 1のやせ型、そして体を動かす仕事をしている人だから大きな逸脱がないのは当たり前なんだけど、よく見るとおじいちゃんジュリーの健康状態の予兆が少し現れているわけで。 体型と食いしん坊の歴史からゲスパーすると、おじいちゃんが何の薬を飲んでるかがだいたい想像つくので 「元気でいてください  ̄人 ̄ 一日でも長く歌ってくれればうれしいです」と願うばかりなのであります。 あ、大きなお世話だった…。 ジュリー様、勝手にキモ想像してすみません! haruandwanko.

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ソウルキャリバー6 キャラクリまとめ保管所

まとめ保管

前かがみになった時一際大きさ... 概要を表示 ベッドの縁にてを着けていくの後姿を、は見ていた。 前かがみになった時一際大きさを主張するが、のあしらわれたブラで包み込ていく。 寄せて上げるしぐさをしながら、はあれ? どうかした? 」 「…ん~~。 ……ブラがきついんですよね~」 「……太ったんじゃねーの? 」 「太ってまセン!! 変わってないですヨ!! …レディーに対して失礼な!! 」 「…誰がレディーだ……」 まあ、太った感じはしないよな。 …いや、むしろ…、ができてきてイイ感じだ……。 の体のをじっくり見ながら、は顔を緩めた。 「やっぱりそうかも…」 「だ何だよ」 「……胸、おっきくなったみたいデス」 「?! 」 がばっと起き上がって声をあげたを、はと振り返る。 「…随分と嬉しそうじゃあないですか。 ……何デスか、その顔。 やらしー.

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