大腸癌 22歳 のどか。 排便時の出血、大腸がんの可能性

大腸癌よ、さようなら その2 : 蝴蝶の夢

大腸癌 22歳 のどか

大腸癌の摘出手術は7月31日の昼に行いました。 不安はまったくありませんでした。 意識が戻ると、病室には家族と看護師がいました。 鼻から管が咽の奥に差し込まれていて、酸素マスクがあてられていました。 見るからに重病人! 管は胃液を吸い上げるものでした。 これをしないと嘔吐したものが気管に入り、肺炎の合併症を起こしてしまうのだそうです。 この管の存在は非常に苦しいものでした。 術後の家族に対する主治医の説明では、手術時間は予定より短く、輸血が必要なほどの出血もなくスムーズに終了したとのことでした。 家族は摘出した大腸と病巣を見せられましたが、それをホルマリン漬けにして検査機関に送り、顕微鏡検査をするというのです。 翌日にはもう立ち上がるように言われましたので、まず腕力で何とか起きあがり、ベッドの端に坐りました。 すると、坐っているだけでフラフラします。 腹部の痛みをこらえて立ち上がると、今度は苦痛で脂汗が滲んできました。 立っているだけのことなのに、腹筋と背筋を相当使っていることが分かりました。 その日に自力で歩くことを求められましたが、歩くのは無理でした。 痛みは日に日に和らいできました。 食事は手術の2日前からなくなり、点滴だけで体力を維持。 どこに行くにも点滴棒を押し歩く日がつづきました。 食事がとれなかった日は結局9日間で、10日目には流動食を少し食べ、次にお粥が3日間あって、その後は普通食になりました。 体重は5キロも減っていたのですが、食事がとれるようになってから少し回復しました。 でも、胸から肩にかけて脂肪がなくなっているのがはっきりと分かります。 病院食は100キロの人も40キロの人も同じ量で、1日あたりほぼ2000キロカロリー。 痩せる道理です。 家で食べていた量がいかに多かったか、よく分かりました。 看護師から毎日聞かれるのが、通じと小水の回数です。 そして、ガスは出ているかということでした。 ガスは腸の動きを判断する指標になるのです。 腹部の痛みで辛かったのは歯磨きをしたあとのうがいでした。 これが意外と腹筋を使うのです。 そして、咳やくしゃみをするにも一瞬間腹筋を使います。 笑うときにも腹筋を使いますが、笑うことはありませんでした。 さて、顕微鏡検査の結果が来ました。 幸いなことにきれいに病巣が摘出されていて、拡散や転移の痕跡はないということでした。 これがあると、また点滴や薬剤の投与が必要になるのだそうです。 これで無罪放免。 退院の許可が出ました。 退院したのは8月17日。 術後17日目。 入院してから24日目になります。 退院数日前から痛みはほとんどなくなり、健常者のように生活をしていました。 でも病院の中ですから、ストレッチングをしたり走ったりすることはまだできません。 それは退院した今現在も同じ。 徐々に身体を動かしていくつもりです。 私の入院したT病院は厚生労働省の指定する「がん診療連携拠点病院」ではありませんでしたが、進行した癌や難しい場所に発生した癌でないかぎりは、確実な手術と十分な治療が受けられます。 指定されている宮城県立がんセンターなどは患者が多すぎてベッドの空き待ちだということですから、医師と十分相談して、どこに入院するのがいいかを決めるといいと思います。 内視鏡検査で病巣を見つけたT病院の医師は、自宅に近い病院がいいのではと最初言ってくれたのですが、T病院はJR1本で家族も通えますから、ここに決めたのでした。 比較的早期に発見できたからよかったものの、これが昔なら、私の寿命は60歳くらいで終わっていたことになります。 これからは余生だと老け込むつもりはありませんが、少しは世の中が違って見えるということがあるのかもしれません。 こちらに先に書き込みしたかったのですが、上のガマガエルに捕まってしまいました。 kimiさんの所にも書き込んだのですが、私の父も6年前 下血で検査し、大腸癌が見つかりました。 それから、母と私が交代で看護しました。 後の経過は、ほどんど一拙 さんと一緒でルンパ節にも転移しておらず、 5年目を、昨年めでたく迎えました。 今から思うと、あの闘病生活は、遠い昔の様に思えたりもします。 父は、後 生かされた人生だから、(おまけみたいな人生だから) 人のためになる、また、母の為にもなる人生にしよう。 と思ったそうです。 日にちはすぐにたち、脳みその皺の一部になる日がすぐに来ます。 >これからは余生だと老け込むつもりはありませんが、少しは世の中が違って見えるということがあるのかもしれません。 そういう事で、とても、良い考え方だと思いました。 長々とスミマセン。

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大腸癌 22歳 のどか

私が大腸内視鏡検査を受けたのは、今から23年前の36歳の時。 時期的にも冬で、ちょうど今頃。 その頃、母が胃ガンを患って入院。 私も不規則な生活と心労のため、体調を崩し、腹痛や下痢が続く日々。 便に出血の痕跡があったので、総合病院で診察を受けたのだった。 バリウムによる大腸の造影検査で影を発見され、生まれて始めて大腸の内視鏡検査を受けた。 この時の検査は、お腹の中が強い力で圧迫されるような痛みを伴ったつらいものであったと記憶している。 結果は、米粒大のポリープがS字状結腸で見つかり、要観察との診断。 出血の原因は痔によるものとのこと。 翌々年に、同じ総合病院で同じ検査を受けた。 この時も、苦痛を伴う検査だった。 この2度目の大腸内視鏡検査の時は、ポリープは見えないということで終了。 以後大腸内視鏡の検査は受けていない。 医師からは継続検査をすすめられたが、あんな痛い検査はもうたくさんという気持ちと、なによりもポリープの重要性を認識していなかったことからの検査空白だった。 ポリープは大きくなるもの。 大きくなれば、癌化するかも知れない。 36歳という若さと、スポーツで鍛えた筋肉質の体を誇っていた私には、大腸のポリープの観察を続けなければいけないという必要性を無視する楽観性があった。 良性のポリープは、調べればかなり多くの人達が持っているもので、普通に生活していく上で気に病むほどのものでは無いと思っていたのだ。 私がパソコンを購入し、頻繁にインターネット上の情報にアクセスするようになったのは46歳の頃から。 その頃は、自身の大腸のポリープのことはほとんど気にしていなかった。 あの頃、大腸ポリープに対するインターネット上の情報を閲覧していれば、また、生活全般についての情報を閲覧する習慣があったなら、今現在の不安や心配は無かったことでしょう。 今回の検査で驚いたことは、内視鏡検査による苦痛の少なさ。 ほんの軽い痛みは1. 2回程度ありましたが、後はほとんど無苦痛。 楽な気持ちで、自分の大腸の内が映っているモニターを見ることが出来た。 直系2センチのポリープが目に飛び込んで来た時は、さすがにショックだったが・・・。 このブログを読んで下さっている方で、苦痛が嫌で大腸の内視鏡検査を保留している方や、必要性を感じながら臆している方がいらっしゃいましたら、今いちど検査をお考え下さい。 病気は先手必勝。 内視鏡検査は、その検査を実施する医師の腕次第で、苦楽が違うようですから、いろいろ情報を集めて、安全に検査できる医療機関をお探し下さい。 熟練の専門医がお近くにいらっしゃれば幸いです。 少々の苦痛も、がん患者の苦痛や費用負担を考えれば我慢できると思います。 大腸の内視鏡検査が大腸がんの発見に万能ではないかも知れませんが、かなりの確率で大腸がんの初期の段階から発見できるものだと私は思っています。 これは私の生活体験からの個人的な見解です。 大腸の病気を考える上での、参考のひとつにして下さい。 133• 149• 229• 317• 238• 247• 235• 113•

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大腸癌よ、さようなら その2 : 蝴蝶の夢

大腸癌 22歳 のどか

昨日の笑ってこらえての番組で紹介された、22歳の花嫁。 すごく感動的ないい話でした。 21歳で進行大腸癌に罹患した女性が花嫁になるまで、が非常に感動的に取り上げられていました。 花嫁の方、旦那さん、共に凄くいい方でしたね。 進行大腸癌に罹患した人と接すると、なんとも言えない気持ちになります。 時には無力感を感じることもあるとは思いますが、医療によって、より良い方向に進めばいいなと思い、文章を書きます。 私は番組を医師として治療内容は?病状は?予後は?みたいな目線で見てしまうので、冷たい文章になっていたり、どこか他人事のような文章になるかもしれません。 不快に感じる方がおられたら申し訳ありません。 若年性大腸癌 21歳 大腸癌は年々増加傾向にあります。 日本は高齢社会なので当然ですが、それにしても増加傾向です。 食の欧米化が原因とも言われています。 ちなみに、21歳でなぜ?と思うのは当然のことだと思います。 もちろん稀ではありますが、全国的にはそれなりの数が20歳代で大腸癌に罹患しています。 現に私も毎年、数人は20歳代の大腸癌の方を見ます。 ですので、一般の方が思うよりも若年性大腸癌 はっきりした定義はないですが、30歳以下とします は稀ではないと思っています。 診断 番組の冒頭、なんとなく初診の時点でエコーなどで異常がないので大腸癌が見逃された様な編集でしたが、年齢を考えると第一に疑わないのはある程度仕方がないかもしれません。 実際、若年性大腸癌は進行癌で見つかることが多いです。 そもそも若年者は確率が低いため、真っ先には疑われないです。 しかも、若い人は忙しくて病院にもいかないし、体力があるので我慢できてしまいます。 いよいよ我慢出来なくなって病院に来る頃には進行癌となっているケースが多いです。 大腸癌はエコーでは分かりにくく、大腸カメラをしない限り診断は出来ません。 しかし、大腸カメラは半日がかりでやるので、忙しい若者はすぐには受けようとはならないと思います。 よって、若年者の大腸癌は進行例が多くなります。 大腸癌の手術 のどかさんは手術は怖くて受けたくない、と悩んでいた様ですが旦那様に励まされて手術を受けることに決めたそうです。 素晴らしい旦那様だと思います。 手術は安全、と書いてしまうと混乱を招くかもしれません。 しかしながら、大腸癌の手術は、敢えて言うと、そこまで危険とは言えないと思います。 今の時代、80歳代の大腸癌手術はざらです。 元気な方であれば90歳でも手術可能でしょう。 消化器外科領域でいうと、食道や、肝臓の手術と比べたらまだまだ安全な方です。 もちろん、手術は怖いもの、というのは当然ですが、大腸に関しては怖くて手術を受けるのが嫌、というよりも、手術を受けないことの方が断然怖いことだと言えます。 術前から、もし手術して播種があったら、と説明があった様です。 執刀医は疑っていたと思います。 大腸癌の腹膜播種は胃癌などと比べると腹膜播種は少ないので、術前からそこまでの説明をしていたとなると術前の画像で疑わしかったのでしょう。 のどかさんは担当医から治らない、延命、緩和目的の大腸癌、と説明を受けている様です。 それでも前向きに生きておられます。 インスタグラムの写真を見ても、ハツラツとしておられ、美しい写真でいっぱいです。 本当に治らないのか?と問われると、分からない、と個人的には言いたくなります。 それは希望的観測、などといったことではなく、現に可能性はあると思います。 下のグラフは大腸癌のstage別の5年生存率です。 出典は 大腸癌治療 2019年版 (大腸癌研究会)です。 大腸癌は術後から5年間生存している場合は、完治していることがほとんどです。 なので、治療成績は5年生存率で評価します。 全く諦める数字ではないと思います。 治療成績も悪くなるので、担当医としてはやや厳しめの説明になっているのだと思います。 ただ、大腸癌はの効き目が期待できます。 私自身でも、腹膜播種の大腸癌で何年も生きておられ、治癒に至った人も見たことはあるので、可能性は0とは言えないと思います。 仮にや特殊な脳腫瘍などの極めて予後の悪いものとは違って、可能性は0ではないのです。 治療 インスタグラムの写真を見ても、治療をしているとは思えないほど元気に見えるのではないでしょうか。 髪の毛が抜ける、といった副作用もないようです。 インスタグラムを読んでいくと、の副作用が強くて、苦しんだ時期もあった様で、今はをやめて、今を万全の状態にする、という選択をしているのかもしれません。 治癒する可能性が低いなら、をやめて、副作用のない時間を目一杯楽しむという選択なのかもしれません。 腹膜播種はを使い続けても、播種病変が画像に写るとは限らないので、画像で写らなくても、癌がある、と考えざるを得ないのが現状です。 よって、どこかでをやめないと、やめ時がない、ということにもなります。 それならば、いっそやめてみる、という選択はあると考えます。 しかも、始めたくなればいつでも再開できる。 のイメージとして、髪の毛が抜ける副作用のあるもありますが、世間の人ののイメージはのものだと思われます。 入院して、白血球が下がって、髪の毛が抜けて、嘔吐して、、、というイメージ。 大腸癌のでもイリノテカンを使うと髪の毛は抜けます。 最近では大腸癌のは外来で行うことが多くなっています。 人にもよりますが、仕事をしながら、など。 有害事象のコンや投与量を調整して、自分の生活を送りながら、癌の治療をすることがある程度は可能となっています。 大腸カメラ 番組と関係ない話になりますが、やはり大腸カメラはもっと積極的に受けても良いのでは?と思っています。 40歳以上から大腸癌は急激に増え始めます。 検査(便にミクロレベルで血が混じっていないかの検査)で陽性であれば大腸カメラが推奨されています。 それなりに早い時期に診断ができれば、きちんと治る病気でもあるはずです。 すごくいい番組でしたので、記事を書きました。 doctor-dokusyo.

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