御殿場線運行状況。 御殿場線

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御殿場線運行状況

概要 [ ] (22年)に東京 - 大阪間を結ぶ鉄道(にと命名)の一部として開業し、化も行われていたが、(9年)の開通に伴い、東海道本線は経由に変更され、国府津駅 - 沼津駅間は支線の御殿場線となった。 なおの歌詞は、丹那トンネル開通前に発表されたため、国府津駅 - 沼津駅間が現在の御殿場線経由となっている。 中の(昭和19年)には、に指定されて化され、レールなどの資材は回収されて他の路線の建設に転用された。 しかし現在もなおトンネルや橋脚などに複線時代の面影が残っている。 また、大幹線である東海道本線から一ローカル線の御殿場線に転じたのちも、1992年に発生したの際などには、不通になった東海道本線のバイパスとしての役割を果たし、寝台列車が当路線経由で運行された。 - 間においては、JRの前身である(国鉄)時代の1955年(昭和30年)から方面からの優等列車の乗り入れが行われ、東京都心 - 御殿場地区間のアクセスルートのひとつとなっている。 国鉄時代は準急、1968年から急行、JR化後の(3年)には特急に格上げされ、それからまでの間は乗り入れ区間が沼津駅まで延長されていた。 JR東海が管轄するでは唯一に乗り入れている路線となっており、同社在来線の最東端の路線である。 前述の歴史的経緯から(JR東日本)管理の国府津駅から沼津方面に向かう方が下りとなっている。 3月13日から御殿場駅 - 沼津駅間に 、3月2日には下曽我駅 - に「」が導入された。 TOICA非導入の駅のうちが導入されている国府津駅(2021年春にTOICAエリア編入予定)は、IC対応券売機での当線の乗車券購入には対応している。 また、松田駅では小田急直通の「」を利用する旅客専用に、運賃計算上の同一駅扱いである小田急の入場・出場としてIC乗車カードを処理できる機器が設置されている。 路線データ [ ]• 管轄(事業種別):東海旅客鉄道()・()• 路線距離():60. 2km• :1067mm• 駅数:19(起終点駅含む)• 御殿場線所属駅に限定した場合、起終点駅(どちらも東海道本線所属)が除外され、17駅となる。 複線区間:なし(全線)• 電化区間:全線(・1,500V)• :自動閉塞式• 保安装置:(国府津駅構内のみ)• :静岡総合指令所• 沿線風景 [ ] 停車場・施設・接続路線 55. 6 CB16 東海道新幹線 黄瀬川橋梁 49m 黄瀬川 57. 8 CB17 60. 2 CB18 から御殿場線に乗ると、東海道本線を左側に離して内陸に入り、やがて右側にを見ながら進み、梅林の最寄り駅となるに到着する。 その後も沿いの低地を北上し、の上を通過すると特急「ふじさん」が運転される同線とのが右側から合流し、に至る。 ここからは酒匂川との距離が近くなり、やも当線と並行するようになり、時にはそれらと交差する。 カーブと急勾配は神奈川・静岡両県の県境を越えても続き、そのほぼ最高点がとなる。 同駅は沼津駅を除くと線内最大の駅で、観光客・ビジネス客などで多くの乗降がある。 ここからはに沿い、の東麓斜面を駆け下る。 車窓右側(西側)には富士山が広がり、特に御殿場駅近辺では遮るものなく、間近に迫る。 この辺では丁度、が正面に見える。 25 の勾配の途中に設けられているとでは、東海道本線時代に使用されていたの跡が残されている。 の手前で東名高速道路が右側(西側)に離れると、徐々に勾配が緩やかになり、の先ではが上を通る。 が手前に見える頃にに到着する。 また、全線で常に左側にはの外輪山を見ることになる。 運行形態 [ ] でに連絡線経由で連絡しており、この連絡線を経由して特急「」号(旧:「あさぎり」号)が - 御殿場駅間で運行されている。 この連絡線は小田急やの新車を搬入する際にも使われ、JR貨物の機関車が搬入車両を牽引して普段は運用がない御殿場線に乗り入れ、連絡線を介して小田急小田原線の新松田駅まで入線する。 普通列車は国府津駅 - 沼津駅間直通列車がおおむね1時間に1本、その間に朝と夕方は国府津駅 - 御殿場駅間、静岡県側は御殿場駅 - 沼津駅間の区間列車が1 - 2本運行されている。 の近くに、があり、国府津駅 - 山北駅・御殿場駅間の区間列車も運行されている。 一部列車においてが行われている。 沼津側では、2009年3月14日のダイヤ改正より、との乗り継ぎを考慮した発着列車が朝夕を中心に上下あわせて16本設定された。 2019年3月16日改正時点では三島駅発着列車は下り7本・上り9本で、このうち一部が富士・静岡方面と直通しており、下りは朝に・行き・上りは朝に発・夜に静岡発として各1本ずつ運行されている。 また2012年3月17日のダイヤ改正前は、国府津側よりJR東日本のからの直通列車があり、山北駅や御殿場駅まで運行されていた。 直通列車廃止後もへ向かうが東京経由で山北駅まで乗り入れている。 山岳地帯を走行するため、台風や大雨などで運転を見合わせることが多い。 特に御殿場駅 - 松田駅間は運転見合わせが多い。 使用車両 [ ] 普通列車は3ドアの電車(所属)が主に使われる。 中にはもある。 また同じく3ドアの電車が朝と夕方の時間帯に国府津駅発行きなど、沼津駅側からの東海道線直通列車などで313系と併結運用でのみ使われる。 ドアは、列車内温度管理のため自動ではなく、乗客自身がボタン操作で開閉する半自動である。 211系との併結時、または東海道線の三島や浜松、静岡方面直通列車で終点沼津駅のみ、自動で開く。 特急「」は、6両編成(所属、1 - 6号車)で運行される。 MSEには小田急線とで使用するが搭載されているが、JR東海はため、御殿場線内では使用されない。 この節のが望まれています。 機関車• - からまでの約25年間にわたって使用。 から72号機がからに貸与され、2010年9月まで市内川島田の湯沢平公園に保存展示されていた。 2010年10月からは前に移設され、保存展示されている。 気動車• - 準急「あさぎり」で小田急から乗り入れた。 1968年6月30日限りで気動車準急としての運行は終了。 (からの改造車を含む)- 電化から1979年まで使用された。 通年半自動ドア扱いであった。 4両編成で、中間に入るにはが設置されていた。 - 電化当初に72系と混結で使用されたが、後に低屋根化改造され身延線に転じた。 - 電化と同時に運行を開始した「」で乗り入れた。 当初は165系3両編成であったが、1981年10月1日からは167系4両編成に変更された。 1985年3月13日限りで廃止。 - 電化と同時に運行を開始した急行「あさぎり」で乗り入れた。 1991年3月15日限りで急行としての運行は終了。 - 電化から2007年まで、東海道線からの乗り入れ列車に使用された。 東京駅から御殿場駅まで所属車が乗り入れていたこともある。 - 1979年から2007年までの主力車両。 導入当初は4両編成であったが、1984年2月のダイヤ改正を機に3両編成となった。 ドアの半自動扱いは導入当初は12月1日から3月31日までだったが、1986年度以降通年行われなくなった。 - するがシャトル編成が東海道線からの乗り入れ列車に使用されたが、高速域の性能不足が災いして短期間で撤退した。 - JR東日本所属。 2012年3月16日まで国府津駅 - 山北駅間の2往復(2011年時点で下り2331M・2559Mと上り2520M・2558M。 2331Mは東海道線東京からの直通)にはこの形式の付属編成(5両編成)が充当されていた。 4ドアの同車の乗り入れ撤退に伴い、御殿場線普通列車は3ドア車に完全統一された。 - 小田急線に乗り入れる特急「あさぎり」に使用されたが、小田急60000形「MSE」に置き換えられることになり、2012年3月16日をもって撤退した。 - 小田急線から乗り入れる特急「あさぎり」に使用されたが、小田急60000形「MSE」に置き換えられることになり、2012年3月16日をもって撤退した。 「ワイドビュー」371系電車と小田急20000形電車「RSE」が使われていた当初、20000形は2編成製造されたが、371系は1編成のみの製造であったため、371系の検査時は「あさぎり」に限って20000形が代走した。 御殿場線60周年記念号 東京 - 大阪間の幹線鉄道の一部としてに国府津 - 御殿場 - 沼津 - 静岡間が開通した。 1896年に線路名称が制定され東海道線と命名、1909年には主な幹線を本線と称するようになり、東海道本線となった。 この間の1891年の小山(現・駿河小山) - 御殿場間を皮切りに現在の御殿場線にあたる区間の複線化が進められ、には国府津 - 沼津間の複線化が完成した。 神奈川県側の県境駅になる山北駅には機関区が置かれ、御殿場駅は富士山への登山口として、それぞれ栄えた。 また、には初の演習が沿線に当たる富士山の東麓(後の富士岡駅近郊)で行われ、には正式に富士裾野演習場として開設された ため、ここに向けての兵員・物資輸送にも活用された。 しかし、箱根の外輪山の北側を迂回する「函嶺越え」の急勾配は輸送上の大きな障害で、その対策は半世紀近くにわたって大きな課題となっていた。 当時のは非力なため、各列車には山越えのための(補機)を、下り列車は国府津駅、上り列車は沼津駅で停車して連結、途中御殿場駅で停車して解放した。 この補助機関車には、その時代毎に最強力の機関車があてられた。 明治時代には、の容量が不足するため、編成の途中に補助機関車を組み込む運用を行い、に連結していたは、運転上の負担になるとして国府津駅・沼津駅で編成から切り離していたほどである。 から東京駅 - 神戸駅間で運転を開始した「 」号は、その停車時間を切り詰めるため、国府津駅・沼津駅での補機連結停車はたった30秒、解放は御殿場駅付近を走行中に無停車で行っていた。 なお機関車の走行解放は「燕」に限らず、他の特急列車・急行列車・でも行っていた。 この根本的な解決策として、からの建設が始められ、国府津から小田原・熱海へと路線を延ばしていた。 、難工事となった丹那トンネルの完成により熱海 - 沼津間が開通すると、東海道本線は熱海線を編入して国府津 - 小田原 - 熱海 - 沼津間の短絡・平坦ルートとなり、国府津 - 御殿場 - 沼津間は御殿場線となった。 この時、従来御殿場線区間にあった「三島駅」は「下土狩駅」と改称され、新規開通区間上にが設置された。 (現在の)も国鉄との接続駅を新たな三島駅へ変更し、下土狩駅までの路線は廃止された。 分離され、新たな名称を与えられることになった区間の線名は「箱根支線」・「箱根線」・「函北線」・「富士山線」など様々な候補があったというが、(後の)の請願によって現在の名称に決定されたといわれている。 このルート変更により沿線地域は経済面で大きな打撃を被った。 御殿場線分離後も御殿場駅には軍隊用ホームが設置され、多くの兵士が出征した。 沿線の小学校で教師をしていたはこの光景を見て、『兵隊さんの汽車』を作詞したとされている。 この童謡は戦後『』と歌詞が改められている。 御殿場線としての分離後もしばらく複線運転を行っていたが 、時の物資不足から、にに編入された柳井線( - - 、この区間の山陽本線は1934年からその時まで現在のルートを採用)の複線化や、の - 間の建設、の橋梁へ転用するため、片方のや橋梁が撤去され、にはに指定され、単線化された。 現在でも各所に旧東海道本線でもあった複線時代の名残をとどめるが散在しており、車窓から確認できる。 戦後、の新松田 - 松田間の連絡線がに開業し、新宿 - 御殿場間直通の準急が気動車で運転開始された。 この直通準急には、本格的なものとしては日本初の2基エンジン形()が用いられた。 また、この時期に新駅が多く設置され、の投入に伴う普通列車の気動車化と合わせて地域内輸送により配慮されるようになった。 には全線で電化が完成し、小田急からの直通準急(1968年に急行化)も電車に置き換えられた。 電化と同時に東京 - 御殿場間の急行「ごてんば」が運転を開始し、東京や横浜との都市間輸送が行われたが、1985年に廃止され、同線内の定期は小田急線直通急行「あさぎり」のみとなった。 のでは神奈川県内にかかる在来線としては唯一、JR東海の管轄となり、JR東日本の路線となった東海道本線の東京方面とは列車運行の分断が進められた。 一方、1991年には「あさぎり」が特急化された上、運転区間も新宿 - 沼津間へと延長され、東京都内や小田急線沿線から西部(西伊豆)への観光輸送ルートとしての役割も期待されるようになった。 御殿場以西に関しては御殿場 - 裾野間の各駅のの新設により、普通列車の増発も行われている。 1999年からはが開始された。 2012年3月に実施されたダイヤ改正で「あさぎり」の御殿場 - 沼津間が廃止となり、準急・急行時代と同じく小田急による片乗り入れに戻った。 またJR東日本との直通運転が廃止された。 2018年3月のダイヤ改正で「あさぎり」は「ふじさん」に改称された。 年表 [ ]• 31km)。 現在の御殿場線にあたる区間に松田駅、山北駅、小山駅(現在の駿河小山駅)、御殿場駅、佐野駅(現在の裾野駅)、沼津駅開業。 (明治24年)• :御殿場 - 沼津間が複線化。 :小山 - 御殿場間が複線化。 (明治29年)• 御殿場 - 佐野間に神山ブロック取扱所(後に神山合図所に改称)を開設。 :線路名称制定により、 東海道線の一部となる。 (明治31年):三島駅(現在の下土狩駅)開業。 (明治33年)度:神山合図所を神山信号所に変更。 (明治34年)• :国府津 - 山北間が複線化。 :山北 - 小山間が複線化。 4M)。 (明治36年):小山 - 御殿場間に足柄信号所を開設。 (明治40年):山北 - 小山間に谷峨信号所を開設。 (明治42年):線路名称制定により、 東海道本線の一部となる。 (明治44年):国府津 - 松田間に下曽我信号所を、御殿場 - 佐野間に富士岡信号所・岩浪信号所を開設。 神山信号所廃止。 (明治45年)• :小山駅を駿河駅に改称。 :岩浪信号所を岩波信号所に改称。 (3年):駿河 - 御殿場間に竹ノ下仮信号所を開設。 (大正4年)• :山北 - 谷峨信号所間に酒匂仮信号所(初代)を、谷峨信号所 - 駿河間に相沢仮信号所を開設。 :酒匂仮信号所(初代)、相沢仮信号所廃止。 :駿河 - 御殿場間に松沢仮信号所を開設。 :佐野駅を裾野駅に改称。 :松沢仮信号所、竹ノ下仮信号所廃止。 (大正5年)• :酒匂仮信号所(2代目)を開設。 :酒匂仮信号所(2代目)廃止。 (大正11年)• 4月1日:信号所を信号場に変更。 :下曽我信号場を駅に変更し下曽我駅開業。 (大正14年):山北 - 谷峨信号場間に酒匂仮信号場を開設(廃止日不詳)。 (5年)4月1日:営業距離の単位をマイルからメートルに変更(37. 2km)。 (昭和9年)• :三島駅を下土狩駅に改称。 :丹那トンネル開通に伴い、国府津 - 御殿場 - 沼津間 60. 2km が 御殿場線となる。 (昭和18年):国府津 - 沼津間が単線化。 (昭和19年)• :富士岡信号場を駅に変更し富士岡駅開業。 :岩波信号場を駅に変更し岩波駅開業。 (昭和21年):大岡駅開業。 (昭和22年)• 7月15日:谷峨信号場を駅に変更し谷峨駅開業。 :足柄信号場を移転・駅に変更し足柄駅開業。 (昭和23年):上大井駅開業。 (昭和27年):駿河駅を駿河小山駅に改称。 (昭和30年)• :旅客列車にを導入。 10月1日:小田急電鉄の新松田 - 松田間の連絡線開業。 新宿 - 御殿場間直通の準急運転開始。 小田急電鉄はキハ5000形気動車を新造し、小田急電鉄の乗務員が全区間を通しで担当。 (昭和31年):東山北駅、相模金子駅開業。 (昭和37年):南御殿場駅開業。 (昭和43年)• :国府津 - 御殿場間が電化。 東京 - 御殿場間の電車急行「」運転開始。 7月1日:御殿場 - 沼津間が電化。 小田急電鉄からの乗り入れ車両がキハ5000形気動車から3000形電車「SE」に置き換えられる。 (昭和54年) - :の実施。 以後線内運転列車はに置き換えられる。 (昭和57年):下曽我 - 沼津間の貨物営業を廃止。 (昭和60年):急行「ごてんば」廃止。 (昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が承継。 日本貨物鉄道が全線の第二種鉄道事業者となる(下曽我 - 沼津間の貨物営業再開)。 (元年)• 10月:富士岡駅と岩波駅に交換設備を新設。 :全線に CTC 導入。 (平成2年): PRC 使用開始。 御殿場駅 - 沼津駅間の普通列車を朝20分間隔、昼夕30分間隔に増発。 (平成3年):小田急電鉄からの乗り入れ急行「あさぎり」を特急へ変更 、運転区間を新宿 - 沼津間に拡大してJR東海との相互乗り入れに(松田駅で乗務員を交代)。 JR東海は371系電車を新造、小田急電鉄は3000形電車「SE」から20000形電車「RSE」に置き換え。 (平成6年)• :御殿場線60周年記念でを使用した「御殿場線60周年記念号」を、沼津 - 下曽我間で運転。 (平成11年)• 6月1日:313系の定期運用を開始。 12月4日:一部列車でワンマン運転開始。 (平成14年):長泉なめり駅開業。 (平成16年)• 10月16日:ダイヤ改正で東京駅直通列車が1往復のみとなる。 (平成19年)• :115系の定期運用を終了。 3月16日:の直通運用を終了。 :ダイヤ改正で上り東京行きは国府津行きに短縮され、東京からの直通は下りのみとなる。 (平成22年):御殿場駅 - 沼津駅間でを導入。 (平成24年):特急「あさぎり」の運行区間が特急化前と同様の新宿 - 御殿場間に戻り、371系・20000形「RSE」による相互乗り入れから60000形「MSE」による片乗り入れとなる。 同時に東京からの直通列車・JR東日本の車両を使用した列車がそれぞれ廃止。 (平成30年)• 3月 : 及びを導入。 当路線の路線コードは「CB」、ラインカラーはダークグリーン。 3月17日:特急「あさぎり」を「ふじさん」に改称。 12月2日:の主催する「MSE運行10周年記念ツアー」用団体臨時列車として、発御殿場駅行き「メトロあさぎり号」を運行。 (平成31年):下曽我駅 - 足柄駅間の各駅でTOICAを導入。 駅一覧 [ ]• 普通列車は全駅に停車する。 小田急小田原線直通の特急列車については「」を参照• 接続路線:JR東海では乗換路線案内時に「」「」などの名称は使用せず、正式路線名で案内しており、本表でもこれに準ずる。 は2018年3月より導入。 駅番号 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 標高 m 接続路線 線路 所在地 CB00 - 0. 8 3. 7 6. 8 8. 9 10. 9 13. 1 81 | CB06 2. 8 15. 1 20. 6 24. 3 28. 6 35. 7 38. 2 416 | CB12 2. 4 40. 7 45. 4 50. 8 53. 5 76 | 駿東郡 CB16 2. 1 55. 2 57. 4 60. 国府津から東海道本線主要駅までの営業キロ• 小田原 6. 2km、熱海 26. 9km、沼津 48. 5km(御殿場線経由より11. 7km短い)• 平塚 13. 9km、横浜 48. 9km、東京 77. 7km• 沼津から東海道本線主要駅までの営業キロ• 三島 5. 5km、熱海 21. 6km(丹那トンネルを含む1934年開業の区間)• 静岡 54. 0km、名古屋 239. 8km、米原 319. 7km、京都 387. 4km、大阪 430. 2km、神戸 463. 3km 廃止信号場 [ ] 括弧内は国府津駅起点の営業キロ。 酒匂仮信号所 : 1916年廃止、山北 - 谷峨間(約18. 4km)• 酒匂仮信号場 : 廃止日不詳、山北 - 谷峨間(約18. 7km)• 相沢仮信号所 : 1915年廃止、山北 - 谷峨間(約22. 2km)• 松沢仮信号所 : 1915年廃止、駿河小山 - 足柄間(約26. 4km)• 竹ノ下仮信号所 : 1915年廃止、駿河小山 - 足柄間(約28. 3km)• 神山信号所 : 1911年廃止、富士岡 - 岩波間(約42. 4km) 過去の接続路線 [ ]• 御殿場駅:(新橋停留場) - 1928年廃止• 下土狩駅(当時は三島駅): - 1934年12月1日廃止 新駅構想 [ ] 裾野市内にある裾野駅・岩波駅の2駅は、いずれも(旧:)やなど大企業が裾野市北部に工場を建設したことにより、通勤客を中心に利用者が大幅に増加した。 これを受け、(昭和40年)ごろからは両駅の中間地点にあるに市内で3番目の新駅を設置(駅舎建設費用:20億円)し、新駅周辺地区17ヘクタールの開発を行う計画が浮上した。 期成会は(平成17年)に深良地区の住民5,000人を大幅に上回る21,000人の署名を集めて裾野市に提出したほか、大橋俊二市長(当時)もJR東海への陳情を行ったほか、(平成18年)の4期目の市長選挙で「深良地区の新駅設置に政治生命を賭けて取り組む」と表明した。 JR東海は市に対し「建設に運行の支障がないこと」「地域住民の乗降客が既存の駅利用者を減らすことなく2,000人以上あること」「駅舎建設は全額地元負担であること」の3つの条件を提示したため、市は深良地区の定住人口を増加させるため宅地化などへの開発へ区画整備の検討をしているが、となっている深良地区を開発するためには「」への変更が必要である。 それも市の裁量だけで変更することはできず国や静岡県との調節が必要なため、(平成26年)時点で新駅設置に向けた開発は進んでおらず、事実上「凍結状態」にある。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 土休日運転の11号・12号は発着「」11号・12号の4両(7 - 10号車)を小田急線の新宿駅 - 間で併結する。 同地は第二次世界大戦後に日本を占領下に置いたの1国であるに接収されとされた後、1968年からは同名のままの演習場となっている。 童謡研究家の池田小百合は、自らの著書でこの曲を取り上げ、1937年の勃発時に富原が御殿場駅から出征する兵士を見て作詞したことを明らかにしている。 当時の国鉄は複線化率が低く、戦後のになっても複線化率は全線の12. 出典:『交通・運輸の発達と技術革新:歴史的考察 第8章』(、1986年)((ジェトロ)・デジタルアーカイブス内)• 小田急では1992年から「」の販売を開始し、小田急線内から沼津までの往路のと乗車券をその中に組み込んでいる。 出典 [ ]• 駿河小山駅 - 南御殿場駅間では国道246号はとなり、やや北側に離れている。 『JR時刻表』2009年3月号(交通新聞社)、 - 東海旅客鉄道。 2009年4月28日閲覧• 『JTB時刻表』2019年3月号、JTBパブリッシング、pp. 256-257• 「湯沢平公園のSL」2009年 (朝刊)P18• 交通新聞社 : p. 2001年4月2日• 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年、420頁。 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年、612頁。 JTB時刻表2007年10月号より。 - マイナビニュース、2017年12月15日• プレスリリース , 東京地下鉄, 2018年10月23日 , 2018年10月24日閲覧。 - 鉄道ファン・railf. jp 鉄道ニュース、2018年12月3日• 今尾恵介『鉄道車窓絵図』西日本編、、2010年、160-161頁。。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 当線の建設にまつわる伝承がある。 外部リンク [ ]• - JR東海.

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御殿場線運行状況

概要 [ ] (22年)に東京 - 大阪間を結ぶ鉄道(にと命名)の一部として開業し、化も行われていたが、(9年)の開通に伴い、東海道本線は経由に変更され、国府津駅 - 沼津駅間は支線の御殿場線となった。 なおの歌詞は、丹那トンネル開通前に発表されたため、国府津駅 - 沼津駅間が現在の御殿場線経由となっている。 中の(昭和19年)には、に指定されて化され、レールなどの資材は回収されて他の路線の建設に転用された。 しかし現在もなおトンネルや橋脚などに複線時代の面影が残っている。 また、大幹線である東海道本線から一ローカル線の御殿場線に転じたのちも、1992年に発生したの際などには、不通になった東海道本線のバイパスとしての役割を果たし、寝台列車が当路線経由で運行された。 - 間においては、JRの前身である(国鉄)時代の1955年(昭和30年)から方面からの優等列車の乗り入れが行われ、東京都心 - 御殿場地区間のアクセスルートのひとつとなっている。 国鉄時代は準急、1968年から急行、JR化後の(3年)には特急に格上げされ、それからまでの間は乗り入れ区間が沼津駅まで延長されていた。 JR東海が管轄するでは唯一に乗り入れている路線となっており、同社在来線の最東端の路線である。 前述の歴史的経緯から(JR東日本)管理の国府津駅から沼津方面に向かう方が下りとなっている。 3月13日から御殿場駅 - 沼津駅間に 、3月2日には下曽我駅 - に「」が導入された。 TOICA非導入の駅のうちが導入されている国府津駅(2021年春にTOICAエリア編入予定)は、IC対応券売機での当線の乗車券購入には対応している。 また、松田駅では小田急直通の「」を利用する旅客専用に、運賃計算上の同一駅扱いである小田急の入場・出場としてIC乗車カードを処理できる機器が設置されている。 路線データ [ ]• 管轄(事業種別):東海旅客鉄道()・()• 路線距離():60. 2km• :1067mm• 駅数:19(起終点駅含む)• 御殿場線所属駅に限定した場合、起終点駅(どちらも東海道本線所属)が除外され、17駅となる。 複線区間:なし(全線)• 電化区間:全線(・1,500V)• :自動閉塞式• 保安装置:(国府津駅構内のみ)• :静岡総合指令所• 沿線風景 [ ] 停車場・施設・接続路線 55. 6 CB16 東海道新幹線 黄瀬川橋梁 49m 黄瀬川 57. 8 CB17 60. 2 CB18 から御殿場線に乗ると、東海道本線を左側に離して内陸に入り、やがて右側にを見ながら進み、梅林の最寄り駅となるに到着する。 その後も沿いの低地を北上し、の上を通過すると特急「ふじさん」が運転される同線とのが右側から合流し、に至る。 ここからは酒匂川との距離が近くなり、やも当線と並行するようになり、時にはそれらと交差する。 カーブと急勾配は神奈川・静岡両県の県境を越えても続き、そのほぼ最高点がとなる。 同駅は沼津駅を除くと線内最大の駅で、観光客・ビジネス客などで多くの乗降がある。 ここからはに沿い、の東麓斜面を駆け下る。 車窓右側(西側)には富士山が広がり、特に御殿場駅近辺では遮るものなく、間近に迫る。 この辺では丁度、が正面に見える。 25 の勾配の途中に設けられているとでは、東海道本線時代に使用されていたの跡が残されている。 の手前で東名高速道路が右側(西側)に離れると、徐々に勾配が緩やかになり、の先ではが上を通る。 が手前に見える頃にに到着する。 また、全線で常に左側にはの外輪山を見ることになる。 運行形態 [ ] でに連絡線経由で連絡しており、この連絡線を経由して特急「」号(旧:「あさぎり」号)が - 御殿場駅間で運行されている。 この連絡線は小田急やの新車を搬入する際にも使われ、JR貨物の機関車が搬入車両を牽引して普段は運用がない御殿場線に乗り入れ、連絡線を介して小田急小田原線の新松田駅まで入線する。 普通列車は国府津駅 - 沼津駅間直通列車がおおむね1時間に1本、その間に朝と夕方は国府津駅 - 御殿場駅間、静岡県側は御殿場駅 - 沼津駅間の区間列車が1 - 2本運行されている。 の近くに、があり、国府津駅 - 山北駅・御殿場駅間の区間列車も運行されている。 一部列車においてが行われている。 沼津側では、2009年3月14日のダイヤ改正より、との乗り継ぎを考慮した発着列車が朝夕を中心に上下あわせて16本設定された。 2019年3月16日改正時点では三島駅発着列車は下り7本・上り9本で、このうち一部が富士・静岡方面と直通しており、下りは朝に・行き・上りは朝に発・夜に静岡発として各1本ずつ運行されている。 また2012年3月17日のダイヤ改正前は、国府津側よりJR東日本のからの直通列車があり、山北駅や御殿場駅まで運行されていた。 直通列車廃止後もへ向かうが東京経由で山北駅まで乗り入れている。 山岳地帯を走行するため、台風や大雨などで運転を見合わせることが多い。 特に御殿場駅 - 松田駅間は運転見合わせが多い。 使用車両 [ ] 普通列車は3ドアの電車(所属)が主に使われる。 中にはもある。 また同じく3ドアの電車が朝と夕方の時間帯に国府津駅発行きなど、沼津駅側からの東海道線直通列車などで313系と併結運用でのみ使われる。 ドアは、列車内温度管理のため自動ではなく、乗客自身がボタン操作で開閉する半自動である。 211系との併結時、または東海道線の三島や浜松、静岡方面直通列車で終点沼津駅のみ、自動で開く。 特急「」は、6両編成(所属、1 - 6号車)で運行される。 MSEには小田急線とで使用するが搭載されているが、JR東海はため、御殿場線内では使用されない。 この節のが望まれています。 機関車• - からまでの約25年間にわたって使用。 から72号機がからに貸与され、2010年9月まで市内川島田の湯沢平公園に保存展示されていた。 2010年10月からは前に移設され、保存展示されている。 気動車• - 準急「あさぎり」で小田急から乗り入れた。 1968年6月30日限りで気動車準急としての運行は終了。 (からの改造車を含む)- 電化から1979年まで使用された。 通年半自動ドア扱いであった。 4両編成で、中間に入るにはが設置されていた。 - 電化当初に72系と混結で使用されたが、後に低屋根化改造され身延線に転じた。 - 電化と同時に運行を開始した「」で乗り入れた。 当初は165系3両編成であったが、1981年10月1日からは167系4両編成に変更された。 1985年3月13日限りで廃止。 - 電化と同時に運行を開始した急行「あさぎり」で乗り入れた。 1991年3月15日限りで急行としての運行は終了。 - 電化から2007年まで、東海道線からの乗り入れ列車に使用された。 東京駅から御殿場駅まで所属車が乗り入れていたこともある。 - 1979年から2007年までの主力車両。 導入当初は4両編成であったが、1984年2月のダイヤ改正を機に3両編成となった。 ドアの半自動扱いは導入当初は12月1日から3月31日までだったが、1986年度以降通年行われなくなった。 - するがシャトル編成が東海道線からの乗り入れ列車に使用されたが、高速域の性能不足が災いして短期間で撤退した。 - JR東日本所属。 2012年3月16日まで国府津駅 - 山北駅間の2往復(2011年時点で下り2331M・2559Mと上り2520M・2558M。 2331Mは東海道線東京からの直通)にはこの形式の付属編成(5両編成)が充当されていた。 4ドアの同車の乗り入れ撤退に伴い、御殿場線普通列車は3ドア車に完全統一された。 - 小田急線に乗り入れる特急「あさぎり」に使用されたが、小田急60000形「MSE」に置き換えられることになり、2012年3月16日をもって撤退した。 - 小田急線から乗り入れる特急「あさぎり」に使用されたが、小田急60000形「MSE」に置き換えられることになり、2012年3月16日をもって撤退した。 「ワイドビュー」371系電車と小田急20000形電車「RSE」が使われていた当初、20000形は2編成製造されたが、371系は1編成のみの製造であったため、371系の検査時は「あさぎり」に限って20000形が代走した。 御殿場線60周年記念号 東京 - 大阪間の幹線鉄道の一部としてに国府津 - 御殿場 - 沼津 - 静岡間が開通した。 1896年に線路名称が制定され東海道線と命名、1909年には主な幹線を本線と称するようになり、東海道本線となった。 この間の1891年の小山(現・駿河小山) - 御殿場間を皮切りに現在の御殿場線にあたる区間の複線化が進められ、には国府津 - 沼津間の複線化が完成した。 神奈川県側の県境駅になる山北駅には機関区が置かれ、御殿場駅は富士山への登山口として、それぞれ栄えた。 また、には初の演習が沿線に当たる富士山の東麓(後の富士岡駅近郊)で行われ、には正式に富士裾野演習場として開設された ため、ここに向けての兵員・物資輸送にも活用された。 しかし、箱根の外輪山の北側を迂回する「函嶺越え」の急勾配は輸送上の大きな障害で、その対策は半世紀近くにわたって大きな課題となっていた。 当時のは非力なため、各列車には山越えのための(補機)を、下り列車は国府津駅、上り列車は沼津駅で停車して連結、途中御殿場駅で停車して解放した。 この補助機関車には、その時代毎に最強力の機関車があてられた。 明治時代には、の容量が不足するため、編成の途中に補助機関車を組み込む運用を行い、に連結していたは、運転上の負担になるとして国府津駅・沼津駅で編成から切り離していたほどである。 から東京駅 - 神戸駅間で運転を開始した「 」号は、その停車時間を切り詰めるため、国府津駅・沼津駅での補機連結停車はたった30秒、解放は御殿場駅付近を走行中に無停車で行っていた。 なお機関車の走行解放は「燕」に限らず、他の特急列車・急行列車・でも行っていた。 この根本的な解決策として、からの建設が始められ、国府津から小田原・熱海へと路線を延ばしていた。 、難工事となった丹那トンネルの完成により熱海 - 沼津間が開通すると、東海道本線は熱海線を編入して国府津 - 小田原 - 熱海 - 沼津間の短絡・平坦ルートとなり、国府津 - 御殿場 - 沼津間は御殿場線となった。 この時、従来御殿場線区間にあった「三島駅」は「下土狩駅」と改称され、新規開通区間上にが設置された。 (現在の)も国鉄との接続駅を新たな三島駅へ変更し、下土狩駅までの路線は廃止された。 分離され、新たな名称を与えられることになった区間の線名は「箱根支線」・「箱根線」・「函北線」・「富士山線」など様々な候補があったというが、(後の)の請願によって現在の名称に決定されたといわれている。 このルート変更により沿線地域は経済面で大きな打撃を被った。 御殿場線分離後も御殿場駅には軍隊用ホームが設置され、多くの兵士が出征した。 沿線の小学校で教師をしていたはこの光景を見て、『兵隊さんの汽車』を作詞したとされている。 この童謡は戦後『』と歌詞が改められている。 御殿場線としての分離後もしばらく複線運転を行っていたが 、時の物資不足から、にに編入された柳井線( - - 、この区間の山陽本線は1934年からその時まで現在のルートを採用)の複線化や、の - 間の建設、の橋梁へ転用するため、片方のや橋梁が撤去され、にはに指定され、単線化された。 現在でも各所に旧東海道本線でもあった複線時代の名残をとどめるが散在しており、車窓から確認できる。 戦後、の新松田 - 松田間の連絡線がに開業し、新宿 - 御殿場間直通の準急が気動車で運転開始された。 この直通準急には、本格的なものとしては日本初の2基エンジン形()が用いられた。 また、この時期に新駅が多く設置され、の投入に伴う普通列車の気動車化と合わせて地域内輸送により配慮されるようになった。 には全線で電化が完成し、小田急からの直通準急(1968年に急行化)も電車に置き換えられた。 電化と同時に東京 - 御殿場間の急行「ごてんば」が運転を開始し、東京や横浜との都市間輸送が行われたが、1985年に廃止され、同線内の定期は小田急線直通急行「あさぎり」のみとなった。 のでは神奈川県内にかかる在来線としては唯一、JR東海の管轄となり、JR東日本の路線となった東海道本線の東京方面とは列車運行の分断が進められた。 一方、1991年には「あさぎり」が特急化された上、運転区間も新宿 - 沼津間へと延長され、東京都内や小田急線沿線から西部(西伊豆)への観光輸送ルートとしての役割も期待されるようになった。 御殿場以西に関しては御殿場 - 裾野間の各駅のの新設により、普通列車の増発も行われている。 1999年からはが開始された。 2012年3月に実施されたダイヤ改正で「あさぎり」の御殿場 - 沼津間が廃止となり、準急・急行時代と同じく小田急による片乗り入れに戻った。 またJR東日本との直通運転が廃止された。 2018年3月のダイヤ改正で「あさぎり」は「ふじさん」に改称された。 年表 [ ]• 31km)。 現在の御殿場線にあたる区間に松田駅、山北駅、小山駅(現在の駿河小山駅)、御殿場駅、佐野駅(現在の裾野駅)、沼津駅開業。 (明治24年)• :御殿場 - 沼津間が複線化。 :小山 - 御殿場間が複線化。 (明治29年)• 御殿場 - 佐野間に神山ブロック取扱所(後に神山合図所に改称)を開設。 :線路名称制定により、 東海道線の一部となる。 (明治31年):三島駅(現在の下土狩駅)開業。 (明治33年)度:神山合図所を神山信号所に変更。 (明治34年)• :国府津 - 山北間が複線化。 :山北 - 小山間が複線化。 4M)。 (明治36年):小山 - 御殿場間に足柄信号所を開設。 (明治40年):山北 - 小山間に谷峨信号所を開設。 (明治42年):線路名称制定により、 東海道本線の一部となる。 (明治44年):国府津 - 松田間に下曽我信号所を、御殿場 - 佐野間に富士岡信号所・岩浪信号所を開設。 神山信号所廃止。 (明治45年)• :小山駅を駿河駅に改称。 :岩浪信号所を岩波信号所に改称。 (3年):駿河 - 御殿場間に竹ノ下仮信号所を開設。 (大正4年)• :山北 - 谷峨信号所間に酒匂仮信号所(初代)を、谷峨信号所 - 駿河間に相沢仮信号所を開設。 :酒匂仮信号所(初代)、相沢仮信号所廃止。 :駿河 - 御殿場間に松沢仮信号所を開設。 :佐野駅を裾野駅に改称。 :松沢仮信号所、竹ノ下仮信号所廃止。 (大正5年)• :酒匂仮信号所(2代目)を開設。 :酒匂仮信号所(2代目)廃止。 (大正11年)• 4月1日:信号所を信号場に変更。 :下曽我信号場を駅に変更し下曽我駅開業。 (大正14年):山北 - 谷峨信号場間に酒匂仮信号場を開設(廃止日不詳)。 (5年)4月1日:営業距離の単位をマイルからメートルに変更(37. 2km)。 (昭和9年)• :三島駅を下土狩駅に改称。 :丹那トンネル開通に伴い、国府津 - 御殿場 - 沼津間 60. 2km が 御殿場線となる。 (昭和18年):国府津 - 沼津間が単線化。 (昭和19年)• :富士岡信号場を駅に変更し富士岡駅開業。 :岩波信号場を駅に変更し岩波駅開業。 (昭和21年):大岡駅開業。 (昭和22年)• 7月15日:谷峨信号場を駅に変更し谷峨駅開業。 :足柄信号場を移転・駅に変更し足柄駅開業。 (昭和23年):上大井駅開業。 (昭和27年):駿河駅を駿河小山駅に改称。 (昭和30年)• :旅客列車にを導入。 10月1日:小田急電鉄の新松田 - 松田間の連絡線開業。 新宿 - 御殿場間直通の準急運転開始。 小田急電鉄はキハ5000形気動車を新造し、小田急電鉄の乗務員が全区間を通しで担当。 (昭和31年):東山北駅、相模金子駅開業。 (昭和37年):南御殿場駅開業。 (昭和43年)• :国府津 - 御殿場間が電化。 東京 - 御殿場間の電車急行「」運転開始。 7月1日:御殿場 - 沼津間が電化。 小田急電鉄からの乗り入れ車両がキハ5000形気動車から3000形電車「SE」に置き換えられる。 (昭和54年) - :の実施。 以後線内運転列車はに置き換えられる。 (昭和57年):下曽我 - 沼津間の貨物営業を廃止。 (昭和60年):急行「ごてんば」廃止。 (昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が承継。 日本貨物鉄道が全線の第二種鉄道事業者となる(下曽我 - 沼津間の貨物営業再開)。 (元年)• 10月:富士岡駅と岩波駅に交換設備を新設。 :全線に CTC 導入。 (平成2年): PRC 使用開始。 御殿場駅 - 沼津駅間の普通列車を朝20分間隔、昼夕30分間隔に増発。 (平成3年):小田急電鉄からの乗り入れ急行「あさぎり」を特急へ変更 、運転区間を新宿 - 沼津間に拡大してJR東海との相互乗り入れに(松田駅で乗務員を交代)。 JR東海は371系電車を新造、小田急電鉄は3000形電車「SE」から20000形電車「RSE」に置き換え。 (平成6年)• :御殿場線60周年記念でを使用した「御殿場線60周年記念号」を、沼津 - 下曽我間で運転。 (平成11年)• 6月1日:313系の定期運用を開始。 12月4日:一部列車でワンマン運転開始。 (平成14年):長泉なめり駅開業。 (平成16年)• 10月16日:ダイヤ改正で東京駅直通列車が1往復のみとなる。 (平成19年)• :115系の定期運用を終了。 3月16日:の直通運用を終了。 :ダイヤ改正で上り東京行きは国府津行きに短縮され、東京からの直通は下りのみとなる。 (平成22年):御殿場駅 - 沼津駅間でを導入。 (平成24年):特急「あさぎり」の運行区間が特急化前と同様の新宿 - 御殿場間に戻り、371系・20000形「RSE」による相互乗り入れから60000形「MSE」による片乗り入れとなる。 同時に東京からの直通列車・JR東日本の車両を使用した列車がそれぞれ廃止。 (平成30年)• 3月 : 及びを導入。 当路線の路線コードは「CB」、ラインカラーはダークグリーン。 3月17日:特急「あさぎり」を「ふじさん」に改称。 12月2日:の主催する「MSE運行10周年記念ツアー」用団体臨時列車として、発御殿場駅行き「メトロあさぎり号」を運行。 (平成31年):下曽我駅 - 足柄駅間の各駅でTOICAを導入。 駅一覧 [ ]• 普通列車は全駅に停車する。 小田急小田原線直通の特急列車については「」を参照• 接続路線:JR東海では乗換路線案内時に「」「」などの名称は使用せず、正式路線名で案内しており、本表でもこれに準ずる。 は2018年3月より導入。 駅番号 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 標高 m 接続路線 線路 所在地 CB00 - 0. 8 3. 7 6. 8 8. 9 10. 9 13. 1 81 | CB06 2. 8 15. 1 20. 6 24. 3 28. 6 35. 7 38. 2 416 | CB12 2. 4 40. 7 45. 4 50. 8 53. 5 76 | 駿東郡 CB16 2. 1 55. 2 57. 4 60. 国府津から東海道本線主要駅までの営業キロ• 小田原 6. 2km、熱海 26. 9km、沼津 48. 5km(御殿場線経由より11. 7km短い)• 平塚 13. 9km、横浜 48. 9km、東京 77. 7km• 沼津から東海道本線主要駅までの営業キロ• 三島 5. 5km、熱海 21. 6km(丹那トンネルを含む1934年開業の区間)• 静岡 54. 0km、名古屋 239. 8km、米原 319. 7km、京都 387. 4km、大阪 430. 2km、神戸 463. 3km 廃止信号場 [ ] 括弧内は国府津駅起点の営業キロ。 酒匂仮信号所 : 1916年廃止、山北 - 谷峨間(約18. 4km)• 酒匂仮信号場 : 廃止日不詳、山北 - 谷峨間(約18. 7km)• 相沢仮信号所 : 1915年廃止、山北 - 谷峨間(約22. 2km)• 松沢仮信号所 : 1915年廃止、駿河小山 - 足柄間(約26. 4km)• 竹ノ下仮信号所 : 1915年廃止、駿河小山 - 足柄間(約28. 3km)• 神山信号所 : 1911年廃止、富士岡 - 岩波間(約42. 4km) 過去の接続路線 [ ]• 御殿場駅:(新橋停留場) - 1928年廃止• 下土狩駅(当時は三島駅): - 1934年12月1日廃止 新駅構想 [ ] 裾野市内にある裾野駅・岩波駅の2駅は、いずれも(旧:)やなど大企業が裾野市北部に工場を建設したことにより、通勤客を中心に利用者が大幅に増加した。 これを受け、(昭和40年)ごろからは両駅の中間地点にあるに市内で3番目の新駅を設置(駅舎建設費用:20億円)し、新駅周辺地区17ヘクタールの開発を行う計画が浮上した。 期成会は(平成17年)に深良地区の住民5,000人を大幅に上回る21,000人の署名を集めて裾野市に提出したほか、大橋俊二市長(当時)もJR東海への陳情を行ったほか、(平成18年)の4期目の市長選挙で「深良地区の新駅設置に政治生命を賭けて取り組む」と表明した。 JR東海は市に対し「建設に運行の支障がないこと」「地域住民の乗降客が既存の駅利用者を減らすことなく2,000人以上あること」「駅舎建設は全額地元負担であること」の3つの条件を提示したため、市は深良地区の定住人口を増加させるため宅地化などへの開発へ区画整備の検討をしているが、となっている深良地区を開発するためには「」への変更が必要である。 それも市の裁量だけで変更することはできず国や静岡県との調節が必要なため、(平成26年)時点で新駅設置に向けた開発は進んでおらず、事実上「凍結状態」にある。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 土休日運転の11号・12号は発着「」11号・12号の4両(7 - 10号車)を小田急線の新宿駅 - 間で併結する。 同地は第二次世界大戦後に日本を占領下に置いたの1国であるに接収されとされた後、1968年からは同名のままの演習場となっている。 童謡研究家の池田小百合は、自らの著書でこの曲を取り上げ、1937年の勃発時に富原が御殿場駅から出征する兵士を見て作詞したことを明らかにしている。 当時の国鉄は複線化率が低く、戦後のになっても複線化率は全線の12. 出典:『交通・運輸の発達と技術革新:歴史的考察 第8章』(、1986年)((ジェトロ)・デジタルアーカイブス内)• 小田急では1992年から「」の販売を開始し、小田急線内から沼津までの往路のと乗車券をその中に組み込んでいる。 出典 [ ]• 駿河小山駅 - 南御殿場駅間では国道246号はとなり、やや北側に離れている。 『JR時刻表』2009年3月号(交通新聞社)、 - 東海旅客鉄道。 2009年4月28日閲覧• 『JTB時刻表』2019年3月号、JTBパブリッシング、pp. 256-257• 「湯沢平公園のSL」2009年 (朝刊)P18• 交通新聞社 : p. 2001年4月2日• 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年、420頁。 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年、612頁。 JTB時刻表2007年10月号より。 - マイナビニュース、2017年12月15日• プレスリリース , 東京地下鉄, 2018年10月23日 , 2018年10月24日閲覧。 - 鉄道ファン・railf. jp 鉄道ニュース、2018年12月3日• 今尾恵介『鉄道車窓絵図』西日本編、、2010年、160-161頁。。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 当線の建設にまつわる伝承がある。 外部リンク [ ]• - JR東海.

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在来線運行状況

御殿場線運行状況

概要 [ ] (22年)に東京 - 大阪間を結ぶ鉄道(にと命名)の一部として開業し、化も行われていたが、(9年)の開通に伴い、東海道本線は経由に変更され、国府津駅 - 沼津駅間は支線の御殿場線となった。 なおの歌詞は、丹那トンネル開通前に発表されたため、国府津駅 - 沼津駅間が現在の御殿場線経由となっている。 中の(昭和19年)には、に指定されて化され、レールなどの資材は回収されて他の路線の建設に転用された。 しかし現在もなおトンネルや橋脚などに複線時代の面影が残っている。 また、大幹線である東海道本線から一ローカル線の御殿場線に転じたのちも、1992年に発生したの際などには、不通になった東海道本線のバイパスとしての役割を果たし、寝台列車が当路線経由で運行された。 - 間においては、JRの前身である(国鉄)時代の1955年(昭和30年)から方面からの優等列車の乗り入れが行われ、東京都心 - 御殿場地区間のアクセスルートのひとつとなっている。 国鉄時代は準急、1968年から急行、JR化後の(3年)には特急に格上げされ、それからまでの間は乗り入れ区間が沼津駅まで延長されていた。 JR東海が管轄するでは唯一に乗り入れている路線となっており、同社在来線の最東端の路線である。 前述の歴史的経緯から(JR東日本)管理の国府津駅から沼津方面に向かう方が下りとなっている。 3月13日から御殿場駅 - 沼津駅間に 、3月2日には下曽我駅 - に「」が導入された。 TOICA非導入の駅のうちが導入されている国府津駅(2021年春にTOICAエリア編入予定)は、IC対応券売機での当線の乗車券購入には対応している。 また、松田駅では小田急直通の「」を利用する旅客専用に、運賃計算上の同一駅扱いである小田急の入場・出場としてIC乗車カードを処理できる機器が設置されている。 路線データ [ ]• 管轄(事業種別):東海旅客鉄道()・()• 路線距離():60. 2km• :1067mm• 駅数:19(起終点駅含む)• 御殿場線所属駅に限定した場合、起終点駅(どちらも東海道本線所属)が除外され、17駅となる。 複線区間:なし(全線)• 電化区間:全線(・1,500V)• :自動閉塞式• 保安装置:(国府津駅構内のみ)• :静岡総合指令所• 沿線風景 [ ] 停車場・施設・接続路線 55. 6 CB16 東海道新幹線 黄瀬川橋梁 49m 黄瀬川 57. 8 CB17 60. 2 CB18 から御殿場線に乗ると、東海道本線を左側に離して内陸に入り、やがて右側にを見ながら進み、梅林の最寄り駅となるに到着する。 その後も沿いの低地を北上し、の上を通過すると特急「ふじさん」が運転される同線とのが右側から合流し、に至る。 ここからは酒匂川との距離が近くなり、やも当線と並行するようになり、時にはそれらと交差する。 カーブと急勾配は神奈川・静岡両県の県境を越えても続き、そのほぼ最高点がとなる。 同駅は沼津駅を除くと線内最大の駅で、観光客・ビジネス客などで多くの乗降がある。 ここからはに沿い、の東麓斜面を駆け下る。 車窓右側(西側)には富士山が広がり、特に御殿場駅近辺では遮るものなく、間近に迫る。 この辺では丁度、が正面に見える。 25 の勾配の途中に設けられているとでは、東海道本線時代に使用されていたの跡が残されている。 の手前で東名高速道路が右側(西側)に離れると、徐々に勾配が緩やかになり、の先ではが上を通る。 が手前に見える頃にに到着する。 また、全線で常に左側にはの外輪山を見ることになる。 運行形態 [ ] でに連絡線経由で連絡しており、この連絡線を経由して特急「」号(旧:「あさぎり」号)が - 御殿場駅間で運行されている。 この連絡線は小田急やの新車を搬入する際にも使われ、JR貨物の機関車が搬入車両を牽引して普段は運用がない御殿場線に乗り入れ、連絡線を介して小田急小田原線の新松田駅まで入線する。 普通列車は国府津駅 - 沼津駅間直通列車がおおむね1時間に1本、その間に朝と夕方は国府津駅 - 御殿場駅間、静岡県側は御殿場駅 - 沼津駅間の区間列車が1 - 2本運行されている。 の近くに、があり、国府津駅 - 山北駅・御殿場駅間の区間列車も運行されている。 一部列車においてが行われている。 沼津側では、2009年3月14日のダイヤ改正より、との乗り継ぎを考慮した発着列車が朝夕を中心に上下あわせて16本設定された。 2019年3月16日改正時点では三島駅発着列車は下り7本・上り9本で、このうち一部が富士・静岡方面と直通しており、下りは朝に・行き・上りは朝に発・夜に静岡発として各1本ずつ運行されている。 また2012年3月17日のダイヤ改正前は、国府津側よりJR東日本のからの直通列車があり、山北駅や御殿場駅まで運行されていた。 直通列車廃止後もへ向かうが東京経由で山北駅まで乗り入れている。 山岳地帯を走行するため、台風や大雨などで運転を見合わせることが多い。 特に御殿場駅 - 松田駅間は運転見合わせが多い。 使用車両 [ ] 普通列車は3ドアの電車(所属)が主に使われる。 中にはもある。 また同じく3ドアの電車が朝と夕方の時間帯に国府津駅発行きなど、沼津駅側からの東海道線直通列車などで313系と併結運用でのみ使われる。 ドアは、列車内温度管理のため自動ではなく、乗客自身がボタン操作で開閉する半自動である。 211系との併結時、または東海道線の三島や浜松、静岡方面直通列車で終点沼津駅のみ、自動で開く。 特急「」は、6両編成(所属、1 - 6号車)で運行される。 MSEには小田急線とで使用するが搭載されているが、JR東海はため、御殿場線内では使用されない。 この節のが望まれています。 機関車• - からまでの約25年間にわたって使用。 から72号機がからに貸与され、2010年9月まで市内川島田の湯沢平公園に保存展示されていた。 2010年10月からは前に移設され、保存展示されている。 気動車• - 準急「あさぎり」で小田急から乗り入れた。 1968年6月30日限りで気動車準急としての運行は終了。 (からの改造車を含む)- 電化から1979年まで使用された。 通年半自動ドア扱いであった。 4両編成で、中間に入るにはが設置されていた。 - 電化当初に72系と混結で使用されたが、後に低屋根化改造され身延線に転じた。 - 電化と同時に運行を開始した「」で乗り入れた。 当初は165系3両編成であったが、1981年10月1日からは167系4両編成に変更された。 1985年3月13日限りで廃止。 - 電化と同時に運行を開始した急行「あさぎり」で乗り入れた。 1991年3月15日限りで急行としての運行は終了。 - 電化から2007年まで、東海道線からの乗り入れ列車に使用された。 東京駅から御殿場駅まで所属車が乗り入れていたこともある。 - 1979年から2007年までの主力車両。 導入当初は4両編成であったが、1984年2月のダイヤ改正を機に3両編成となった。 ドアの半自動扱いは導入当初は12月1日から3月31日までだったが、1986年度以降通年行われなくなった。 - するがシャトル編成が東海道線からの乗り入れ列車に使用されたが、高速域の性能不足が災いして短期間で撤退した。 - JR東日本所属。 2012年3月16日まで国府津駅 - 山北駅間の2往復(2011年時点で下り2331M・2559Mと上り2520M・2558M。 2331Mは東海道線東京からの直通)にはこの形式の付属編成(5両編成)が充当されていた。 4ドアの同車の乗り入れ撤退に伴い、御殿場線普通列車は3ドア車に完全統一された。 - 小田急線に乗り入れる特急「あさぎり」に使用されたが、小田急60000形「MSE」に置き換えられることになり、2012年3月16日をもって撤退した。 - 小田急線から乗り入れる特急「あさぎり」に使用されたが、小田急60000形「MSE」に置き換えられることになり、2012年3月16日をもって撤退した。 「ワイドビュー」371系電車と小田急20000形電車「RSE」が使われていた当初、20000形は2編成製造されたが、371系は1編成のみの製造であったため、371系の検査時は「あさぎり」に限って20000形が代走した。 御殿場線60周年記念号 東京 - 大阪間の幹線鉄道の一部としてに国府津 - 御殿場 - 沼津 - 静岡間が開通した。 1896年に線路名称が制定され東海道線と命名、1909年には主な幹線を本線と称するようになり、東海道本線となった。 この間の1891年の小山(現・駿河小山) - 御殿場間を皮切りに現在の御殿場線にあたる区間の複線化が進められ、には国府津 - 沼津間の複線化が完成した。 神奈川県側の県境駅になる山北駅には機関区が置かれ、御殿場駅は富士山への登山口として、それぞれ栄えた。 また、には初の演習が沿線に当たる富士山の東麓(後の富士岡駅近郊)で行われ、には正式に富士裾野演習場として開設された ため、ここに向けての兵員・物資輸送にも活用された。 しかし、箱根の外輪山の北側を迂回する「函嶺越え」の急勾配は輸送上の大きな障害で、その対策は半世紀近くにわたって大きな課題となっていた。 当時のは非力なため、各列車には山越えのための(補機)を、下り列車は国府津駅、上り列車は沼津駅で停車して連結、途中御殿場駅で停車して解放した。 この補助機関車には、その時代毎に最強力の機関車があてられた。 明治時代には、の容量が不足するため、編成の途中に補助機関車を組み込む運用を行い、に連結していたは、運転上の負担になるとして国府津駅・沼津駅で編成から切り離していたほどである。 から東京駅 - 神戸駅間で運転を開始した「 」号は、その停車時間を切り詰めるため、国府津駅・沼津駅での補機連結停車はたった30秒、解放は御殿場駅付近を走行中に無停車で行っていた。 なお機関車の走行解放は「燕」に限らず、他の特急列車・急行列車・でも行っていた。 この根本的な解決策として、からの建設が始められ、国府津から小田原・熱海へと路線を延ばしていた。 、難工事となった丹那トンネルの完成により熱海 - 沼津間が開通すると、東海道本線は熱海線を編入して国府津 - 小田原 - 熱海 - 沼津間の短絡・平坦ルートとなり、国府津 - 御殿場 - 沼津間は御殿場線となった。 この時、従来御殿場線区間にあった「三島駅」は「下土狩駅」と改称され、新規開通区間上にが設置された。 (現在の)も国鉄との接続駅を新たな三島駅へ変更し、下土狩駅までの路線は廃止された。 分離され、新たな名称を与えられることになった区間の線名は「箱根支線」・「箱根線」・「函北線」・「富士山線」など様々な候補があったというが、(後の)の請願によって現在の名称に決定されたといわれている。 このルート変更により沿線地域は経済面で大きな打撃を被った。 御殿場線分離後も御殿場駅には軍隊用ホームが設置され、多くの兵士が出征した。 沿線の小学校で教師をしていたはこの光景を見て、『兵隊さんの汽車』を作詞したとされている。 この童謡は戦後『』と歌詞が改められている。 御殿場線としての分離後もしばらく複線運転を行っていたが 、時の物資不足から、にに編入された柳井線( - - 、この区間の山陽本線は1934年からその時まで現在のルートを採用)の複線化や、の - 間の建設、の橋梁へ転用するため、片方のや橋梁が撤去され、にはに指定され、単線化された。 現在でも各所に旧東海道本線でもあった複線時代の名残をとどめるが散在しており、車窓から確認できる。 戦後、の新松田 - 松田間の連絡線がに開業し、新宿 - 御殿場間直通の準急が気動車で運転開始された。 この直通準急には、本格的なものとしては日本初の2基エンジン形()が用いられた。 また、この時期に新駅が多く設置され、の投入に伴う普通列車の気動車化と合わせて地域内輸送により配慮されるようになった。 には全線で電化が完成し、小田急からの直通準急(1968年に急行化)も電車に置き換えられた。 電化と同時に東京 - 御殿場間の急行「ごてんば」が運転を開始し、東京や横浜との都市間輸送が行われたが、1985年に廃止され、同線内の定期は小田急線直通急行「あさぎり」のみとなった。 のでは神奈川県内にかかる在来線としては唯一、JR東海の管轄となり、JR東日本の路線となった東海道本線の東京方面とは列車運行の分断が進められた。 一方、1991年には「あさぎり」が特急化された上、運転区間も新宿 - 沼津間へと延長され、東京都内や小田急線沿線から西部(西伊豆)への観光輸送ルートとしての役割も期待されるようになった。 御殿場以西に関しては御殿場 - 裾野間の各駅のの新設により、普通列車の増発も行われている。 1999年からはが開始された。 2012年3月に実施されたダイヤ改正で「あさぎり」の御殿場 - 沼津間が廃止となり、準急・急行時代と同じく小田急による片乗り入れに戻った。 またJR東日本との直通運転が廃止された。 2018年3月のダイヤ改正で「あさぎり」は「ふじさん」に改称された。 年表 [ ]• 31km)。 現在の御殿場線にあたる区間に松田駅、山北駅、小山駅(現在の駿河小山駅)、御殿場駅、佐野駅(現在の裾野駅)、沼津駅開業。 (明治24年)• :御殿場 - 沼津間が複線化。 :小山 - 御殿場間が複線化。 (明治29年)• 御殿場 - 佐野間に神山ブロック取扱所(後に神山合図所に改称)を開設。 :線路名称制定により、 東海道線の一部となる。 (明治31年):三島駅(現在の下土狩駅)開業。 (明治33年)度:神山合図所を神山信号所に変更。 (明治34年)• :国府津 - 山北間が複線化。 :山北 - 小山間が複線化。 4M)。 (明治36年):小山 - 御殿場間に足柄信号所を開設。 (明治40年):山北 - 小山間に谷峨信号所を開設。 (明治42年):線路名称制定により、 東海道本線の一部となる。 (明治44年):国府津 - 松田間に下曽我信号所を、御殿場 - 佐野間に富士岡信号所・岩浪信号所を開設。 神山信号所廃止。 (明治45年)• :小山駅を駿河駅に改称。 :岩浪信号所を岩波信号所に改称。 (3年):駿河 - 御殿場間に竹ノ下仮信号所を開設。 (大正4年)• :山北 - 谷峨信号所間に酒匂仮信号所(初代)を、谷峨信号所 - 駿河間に相沢仮信号所を開設。 :酒匂仮信号所(初代)、相沢仮信号所廃止。 :駿河 - 御殿場間に松沢仮信号所を開設。 :佐野駅を裾野駅に改称。 :松沢仮信号所、竹ノ下仮信号所廃止。 (大正5年)• :酒匂仮信号所(2代目)を開設。 :酒匂仮信号所(2代目)廃止。 (大正11年)• 4月1日:信号所を信号場に変更。 :下曽我信号場を駅に変更し下曽我駅開業。 (大正14年):山北 - 谷峨信号場間に酒匂仮信号場を開設(廃止日不詳)。 (5年)4月1日:営業距離の単位をマイルからメートルに変更(37. 2km)。 (昭和9年)• :三島駅を下土狩駅に改称。 :丹那トンネル開通に伴い、国府津 - 御殿場 - 沼津間 60. 2km が 御殿場線となる。 (昭和18年):国府津 - 沼津間が単線化。 (昭和19年)• :富士岡信号場を駅に変更し富士岡駅開業。 :岩波信号場を駅に変更し岩波駅開業。 (昭和21年):大岡駅開業。 (昭和22年)• 7月15日:谷峨信号場を駅に変更し谷峨駅開業。 :足柄信号場を移転・駅に変更し足柄駅開業。 (昭和23年):上大井駅開業。 (昭和27年):駿河駅を駿河小山駅に改称。 (昭和30年)• :旅客列車にを導入。 10月1日:小田急電鉄の新松田 - 松田間の連絡線開業。 新宿 - 御殿場間直通の準急運転開始。 小田急電鉄はキハ5000形気動車を新造し、小田急電鉄の乗務員が全区間を通しで担当。 (昭和31年):東山北駅、相模金子駅開業。 (昭和37年):南御殿場駅開業。 (昭和43年)• :国府津 - 御殿場間が電化。 東京 - 御殿場間の電車急行「」運転開始。 7月1日:御殿場 - 沼津間が電化。 小田急電鉄からの乗り入れ車両がキハ5000形気動車から3000形電車「SE」に置き換えられる。 (昭和54年) - :の実施。 以後線内運転列車はに置き換えられる。 (昭和57年):下曽我 - 沼津間の貨物営業を廃止。 (昭和60年):急行「ごてんば」廃止。 (昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が承継。 日本貨物鉄道が全線の第二種鉄道事業者となる(下曽我 - 沼津間の貨物営業再開)。 (元年)• 10月:富士岡駅と岩波駅に交換設備を新設。 :全線に CTC 導入。 (平成2年): PRC 使用開始。 御殿場駅 - 沼津駅間の普通列車を朝20分間隔、昼夕30分間隔に増発。 (平成3年):小田急電鉄からの乗り入れ急行「あさぎり」を特急へ変更 、運転区間を新宿 - 沼津間に拡大してJR東海との相互乗り入れに(松田駅で乗務員を交代)。 JR東海は371系電車を新造、小田急電鉄は3000形電車「SE」から20000形電車「RSE」に置き換え。 (平成6年)• :御殿場線60周年記念でを使用した「御殿場線60周年記念号」を、沼津 - 下曽我間で運転。 (平成11年)• 6月1日:313系の定期運用を開始。 12月4日:一部列車でワンマン運転開始。 (平成14年):長泉なめり駅開業。 (平成16年)• 10月16日:ダイヤ改正で東京駅直通列車が1往復のみとなる。 (平成19年)• :115系の定期運用を終了。 3月16日:の直通運用を終了。 :ダイヤ改正で上り東京行きは国府津行きに短縮され、東京からの直通は下りのみとなる。 (平成22年):御殿場駅 - 沼津駅間でを導入。 (平成24年):特急「あさぎり」の運行区間が特急化前と同様の新宿 - 御殿場間に戻り、371系・20000形「RSE」による相互乗り入れから60000形「MSE」による片乗り入れとなる。 同時に東京からの直通列車・JR東日本の車両を使用した列車がそれぞれ廃止。 (平成30年)• 3月 : 及びを導入。 当路線の路線コードは「CB」、ラインカラーはダークグリーン。 3月17日:特急「あさぎり」を「ふじさん」に改称。 12月2日:の主催する「MSE運行10周年記念ツアー」用団体臨時列車として、発御殿場駅行き「メトロあさぎり号」を運行。 (平成31年):下曽我駅 - 足柄駅間の各駅でTOICAを導入。 駅一覧 [ ]• 普通列車は全駅に停車する。 小田急小田原線直通の特急列車については「」を参照• 接続路線:JR東海では乗換路線案内時に「」「」などの名称は使用せず、正式路線名で案内しており、本表でもこれに準ずる。 は2018年3月より導入。 駅番号 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 標高 m 接続路線 線路 所在地 CB00 - 0. 8 3. 7 6. 8 8. 9 10. 9 13. 1 81 | CB06 2. 8 15. 1 20. 6 24. 3 28. 6 35. 7 38. 2 416 | CB12 2. 4 40. 7 45. 4 50. 8 53. 5 76 | 駿東郡 CB16 2. 1 55. 2 57. 4 60. 国府津から東海道本線主要駅までの営業キロ• 小田原 6. 2km、熱海 26. 9km、沼津 48. 5km(御殿場線経由より11. 7km短い)• 平塚 13. 9km、横浜 48. 9km、東京 77. 7km• 沼津から東海道本線主要駅までの営業キロ• 三島 5. 5km、熱海 21. 6km(丹那トンネルを含む1934年開業の区間)• 静岡 54. 0km、名古屋 239. 8km、米原 319. 7km、京都 387. 4km、大阪 430. 2km、神戸 463. 3km 廃止信号場 [ ] 括弧内は国府津駅起点の営業キロ。 酒匂仮信号所 : 1916年廃止、山北 - 谷峨間(約18. 4km)• 酒匂仮信号場 : 廃止日不詳、山北 - 谷峨間(約18. 7km)• 相沢仮信号所 : 1915年廃止、山北 - 谷峨間(約22. 2km)• 松沢仮信号所 : 1915年廃止、駿河小山 - 足柄間(約26. 4km)• 竹ノ下仮信号所 : 1915年廃止、駿河小山 - 足柄間(約28. 3km)• 神山信号所 : 1911年廃止、富士岡 - 岩波間(約42. 4km) 過去の接続路線 [ ]• 御殿場駅:(新橋停留場) - 1928年廃止• 下土狩駅(当時は三島駅): - 1934年12月1日廃止 新駅構想 [ ] 裾野市内にある裾野駅・岩波駅の2駅は、いずれも(旧:)やなど大企業が裾野市北部に工場を建設したことにより、通勤客を中心に利用者が大幅に増加した。 これを受け、(昭和40年)ごろからは両駅の中間地点にあるに市内で3番目の新駅を設置(駅舎建設費用:20億円)し、新駅周辺地区17ヘクタールの開発を行う計画が浮上した。 期成会は(平成17年)に深良地区の住民5,000人を大幅に上回る21,000人の署名を集めて裾野市に提出したほか、大橋俊二市長(当時)もJR東海への陳情を行ったほか、(平成18年)の4期目の市長選挙で「深良地区の新駅設置に政治生命を賭けて取り組む」と表明した。 JR東海は市に対し「建設に運行の支障がないこと」「地域住民の乗降客が既存の駅利用者を減らすことなく2,000人以上あること」「駅舎建設は全額地元負担であること」の3つの条件を提示したため、市は深良地区の定住人口を増加させるため宅地化などへの開発へ区画整備の検討をしているが、となっている深良地区を開発するためには「」への変更が必要である。 それも市の裁量だけで変更することはできず国や静岡県との調節が必要なため、(平成26年)時点で新駅設置に向けた開発は進んでおらず、事実上「凍結状態」にある。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• 土休日運転の11号・12号は発着「」11号・12号の4両(7 - 10号車)を小田急線の新宿駅 - 間で併結する。 同地は第二次世界大戦後に日本を占領下に置いたの1国であるに接収されとされた後、1968年からは同名のままの演習場となっている。 童謡研究家の池田小百合は、自らの著書でこの曲を取り上げ、1937年の勃発時に富原が御殿場駅から出征する兵士を見て作詞したことを明らかにしている。 当時の国鉄は複線化率が低く、戦後のになっても複線化率は全線の12. 出典:『交通・運輸の発達と技術革新:歴史的考察 第8章』(、1986年)((ジェトロ)・デジタルアーカイブス内)• 小田急では1992年から「」の販売を開始し、小田急線内から沼津までの往路のと乗車券をその中に組み込んでいる。 出典 [ ]• 駿河小山駅 - 南御殿場駅間では国道246号はとなり、やや北側に離れている。 『JR時刻表』2009年3月号(交通新聞社)、 - 東海旅客鉄道。 2009年4月28日閲覧• 『JTB時刻表』2019年3月号、JTBパブリッシング、pp. 256-257• 「湯沢平公園のSL」2009年 (朝刊)P18• 交通新聞社 : p. 2001年4月2日• 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年、420頁。 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年、612頁。 JTB時刻表2007年10月号より。 - マイナビニュース、2017年12月15日• プレスリリース , 東京地下鉄, 2018年10月23日 , 2018年10月24日閲覧。 - 鉄道ファン・railf. jp 鉄道ニュース、2018年12月3日• 今尾恵介『鉄道車窓絵図』西日本編、、2010年、160-161頁。。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - 当線の建設にまつわる伝承がある。 外部リンク [ ]• - JR東海.

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