ちょ ぎく に。 #ちょぎくに #女体化 擦れ違いと執着心

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ちょ ぎく に

あらすじ 国広は、セフレ関係である自本丸の長義に惚れていた。 そんな彼は長義と別れるための前準備として、ある行動に出る。 しかし、その行動が切欠で、長義に避けられるようになった。 気まずくなった国広は万屋街に繰りだす。 ちょぎくにワンドロ企画参加作品、お題『嘘』『準備』を大幅に加筆修正したものです。 ノリとテンションで書いているので、誤字脱字や粗が目立つと思います。 御留意いただけると幸いです。 皆さまありがとうございます!• !!注意!! ・ちょぎくにワンドロ参加作品・お題『嘘』『準備』を大幅に加筆修正し、オチまで付けたものです。 ・小説内に登場する小柄な山姥切国広は先天性にょたんばですが、彼女が女性であるという描写はほとんどありません。 しかしながら、書いてる奴はにょたんばのつもりで書いているので、念のため女体化タグをつけています。 御意見等ございましたら、ご一報お願いいたします。 pixiv. ・マイ設定いっぱい 以上が大丈夫な方はどうぞ [newpage] 障子越しの光で、国広は目が覚めた。 光といっても、それは弱々しく、夜が明けてすぐだということが窺える。 国広は暫くその光を眺めていたが、やがて溜息を一つ吐いた。 そして、身動ぎをしようとして、何かに拘束されていることに気づく。 否、何かだなんて、一つしかない。 国広は、それを起こさぬように、そっと後ろを振り向いた。 光に煌めく銀髪。 己によく似た顔。 伏せられた瞼に隠されている瑠璃色の深さは、国広がよく知っている。 己が本歌、山姥切長義。 後ろから彼の腕が、裸の体と体をくっつけるように、国広を拘束していた。 彼の腕の中で、そっと体を回転させて、国広は長義と向かい合う。 長義は、まだ眠っているようだった。 昨夜は何度も抱かれたから、そのせいかもしれない。 長義とは、褥を共にする仲だ。 切っ掛けは、些細なことだった。 ある日の夜、酒で酔っぱらって正体を失い、気が付いたら長義と二振り、裸で一緒の布団に眠っていた。 その日から、二振りはずるずると関係を続けている。 二振りは、恋仲ではない。 少なくとも、長義から「好き」とかそういった言葉は聞いたことがないし、国広も告げたことはない。 ただ、気が向いた時に肌を合わせる。 それだけの関係だ。 国広は、長義の方へ手を伸ばそうとして、止めた。 その代わり、彼に寄り添うように、ぴったりと身を寄せる。 伝わる体温に、何故だか泣きたくなった。 しかし、泣くことも嫌で、堪えるように奥歯を噛み締める。 不意に、預けていた体が動いた。 国広を捕らえていた腕がうごめく。 どうやら、長義が起きたらしい。 国広は咄嗟に目を閉じ、寝たふりを決め込んだ。 長義は腕を動かし、国広の背をゆるゆると撫でた。 その手つきの優しさに、国広は戸惑う。 長義は暫く国広の背を撫でていたが、やがて、ぽつりと呟いた。 「くにひろ」 「……」 唐突に呼ばれ、体が震えた。 幸い、長義は国広が起きていることに気づかなかったらしい。 彼は全身の力を抜くと、再び寝息を立て始めた。 国広はそっと瞼を開き、長義の顔を見つめる。 国広、と長義が呼んだことに驚いた。 長義は、いつも国広のことを「偽物くん」と呼ぶ。 「国広」とは絶対に呼ばない。 日常の中でも、肌を合わせている時でも、彼は常にそうだった。 だが、前に一度だけ、長義に「国広」と呼ばれたことがある。 あれは、この関係が始まって、すぐのことだった。 長義が、いつものように国広を押し倒した時、彼は国広を見つめて、こう尋ねたのだ。 「国広。 ……お前は、俺のことを好いているのか」 感情の読めない瞳だった。 冬の湖面のような瞳で、此方を真っすぐに見つめる長義に、国広は恐れに似た何かを抱いた。 「…いや、そんな感情はない」 気づけば、そう答えていた。 長義は微かに眉を寄せて、そうか、と呟いた。 その後は、いつも通り滅茶苦茶にされた。 国広は思う。 あの時、きちんと答えていれば良かったのだろうか。 嘘なんか吐かないで、本当のことを言えば、今更、こんなに悩まずに済んだのだろうか。 国広は、腕を長義の背中に回した。 頭を彼の肩に預け、そっと目を閉じる。 国広の唇が微かに震えた。 たった三文字の台詞。 普段は喉に張り付いて、口に出すことさえできないその言葉を、そっと囁く。 「好きだ」 零れた本音は誰にも拾われることなく、昏い部屋の隅に転がっていった。 朝の日差しが強くなり始めたのを見て、国広はそっと布団から抜け出した。 隣で眠る長義を起こさないように、身支度を整える。 体の節々が痛むのを無視して、国広は部屋から抜け出した。 廊下を経て、誰にも気づかれないように自室に戻ったところで、やっと体の緊張が解けた。 国広は大きく息を吐くと、自室の壁に凭れる。 一線を越えたあの夜以降、誘いをかけてくるのはいつも長義の方だった。 国広はいつもその誘いに頷いて、彼の部屋へ出向く。 その後は互いの欲をぶつけて、終わり。 こいびとたちのするような甘やかな後朝など、最初から有りやしない。 触れてもらえるのは嬉しい。 けれど、それは心を通わせたそれではない。 いうなれば、ただの性欲の発散だ。 恐らく、長義はそう考えているだろう。 そのことに気づくたび、心がしくしくして、ふっと消えてしまいたい気持ちになる。 潮時かな、と小さく呟く。 正直なところ、現状と願望の板挟みに、国広の精神は少しずつ摩耗していたのだ。 これ以上は、きっとこの心が持たない。 自業自得だ。 あんな嘘を吐いたからこうなったのだ。 国広は静かに目を伏せた。 不意にそう思った。 だって、このままこの関係を続けたところで、得るものなど何もない。 互いに不毛なだけだ。 つきり、と胸が痛む。 だが、もう決めたのだ。 もやもやを振り切るように立ち上がり、障子を開け放つ。 さわやかな朝の空気が、やけに重たく感じた。 「偽物くん」 背後から声を掛けられ、国広は振り向いた。 視線の先では、長義がいつも通りの笑みを浮かべている。 彼は一歩近づき、国広の耳元に唇を寄せて、囁いた。 「今夜、俺の部屋に来い」 いつも通りの誘い文句。 国広は、ちらり、と長義を見遣った。 その瞳は、嗤うように細められている。 夕暮れの光の中、瑠璃色が底光りしていた。 それを見ながら、国広は慎重に首を横に振る。 「すまないが、今夜は用事が入っている」 それは、国広が長義から距離を取るために考えた文句だった。 確かに、国広は長義との関係を終わらせようと決意した。 しかし、どうにも恋心は燻ぶったままで、彼と離れがたく思う気持ちも存在していた。 だから、国広は一旦長義から距離を取ろうと思った。 距離を取って、そのまま少しずつ離れて行こうと思ったのだ。 距離ができて、この恋心が弱まったら、きっと「終わりにしよう」と言えるから。 いわば、この言葉は、長義との関係を終わらせるための準備のようなものであった。 一方、長義はというと、国広の言葉を聞いた途端、すっと顔から笑みが消えた。 国広は彼の冷たい真顔にたじろぎそうになるが、目に力を込めて、瑠璃を見返す。 「……ない」 「え? ……っ、おい」 聞き取れなかった言葉を聞き返そうとした瞬間、不意に長義が国広の右腕を掴んだ。 ギリギリと容赦なく締め付けてくる痛みに、国広は顔を歪める。 「おい、本歌、放せ」 「……」 「っ、この…っ」 長義は何も言わずに、国広の腕を引き、何処かへ連れて行こうとする。 国広は咄嗟に足を突っ張り、腕を無理矢理振り払った。 国広は極めていないものの、練度はカンストしている。 長義の手を振り払うことぐらいなら、出来なくもなかった。 じんじんと痛みの残る腕を、自身の胸に抱く。 いつも不遜な笑みを浮かべている顔に表情は無く、まるで人形のようだった。 そんな無機質な顔の中で、瑠璃の瞳だけが冷たい光を放っている。 それはまるで冬の湖面のようで、国広は背筋が凍るような気がした。 長義は硬直して動けない国広を一瞥すると、何事もなかったかのように、その場を去っていった。 それを見送ってから、国広はずるずるとその場に座り込む。 腕を見ると、長義に掴まれたところが赤くなっていた。 なんで。 なんで、あんな。 起きた事象に、頭が追い付けない。 国広に分かるのは、自身の言動が長義の気に障った、ということだけだった。 決して、あんな目を向けられたかったわけでも、長義にあんな顔をさせたかったわけではない。 俺は、どうすれば良かったんだ。 人気のない、夕闇に覆われた廊下で、国広は途方に暮れるしかなかった。 ****** その日、国広は一振りで万屋街に繰りだしていた。 万屋街は、刀剣や審神者のための施設や店などが集まった、一種の商店街のようなものである。 演練場などの業務上必要な施設だけではなく娯楽施設もあるため、万屋街はいつも活気にあふれていた。 国広は布を深く被りなおす。 人気のない、静かな場所が好きな国広にとって、万屋街はあまり好ましい場所ではない。 それでも、国広が此処へ来たのは、本丸に居ると息が詰まるような気分になるからだった。 実のところ、あの日以降、本丸内で長義と顔を合わせることがめっきり減った。 夜の誘いは勿論のこと、日常生活でも顔を見ないのだ。 間違いなく、避けられている。 そのことに気づいた国広は、複雑な気分に襲われた。 計画通り、長義と距離は取れている。 寧ろ、期待以上の成果だ。 そういう意味では、喜ぶべき事態なのだろう。 しかし、国広の心に根を張った恋心は、苦しいと叫んでいた。 会えないのが苦しいと、自分などどうでもいいと思われているようで苦しいと、痛いくらい心が叫んでいた。 国広は溜息を吐いた。 すぐ近くにあったベンチに腰掛ける。 そのまま、ぼんやりと道行く者たちを見遣った。 刀剣男士や審神者、万屋街に住む人々と妖。 彼らは楽しそうに笑っていた。 それがとても羨ましくて、眩しくて、国広は目を細める。 不意に、万屋街の一部が騒がしくなった。 何が起きたんだ、とそちらに目を遣ると、二つの人影が向かい合っていた。 片方は、中年ぐらいのぱっとしない見た目の男。 護衛もいないところを見ると、恐らく万屋街に出入りしている、ただの人間だろう。 なんだ、人間か。 そう思い、もう片方の人影に目を向けて、国広は固まった。 金色の髪、翡翠の瞳。 頭には布を被っておらず、代わりに臙脂色の鉢巻を巻いている。 間違いない、極の山姥切国広だ。 だが、問題はそこではない。 国広が驚いたのは、その小柄さだった。 恐らく、国広よりも頭一つ分は小さいだろう。 体つきも華奢で、瞳も大きい。 どことなく、脇差の兄弟を思い起こす小柄さだった。 思わず、国広は小さく呟く。 何故小柄なのか、それは主も知らないようで首を傾げていたが、恐らくは亜種と呼ばれる、本来とは違う器を得て顕現した個体なのだろう、と言っていた。 何はともあれ、恐らく彼こそがそのお国なのだろう。 お国は、鋭い瞳で中年男を見据えていた。 そのまま、一歩男に詰め寄って、口を開く。 「あんた、其処の店から商品を盗んだだろう」 放たれた声は、国広のそれより高く、そして冷ややかだった。 その声と同じくらい冷ややかな瞳が、細められる。 その目に見据えられて、はくはくと口を無意味に動かしていた中年男が言い返した。 「何を言ってるんだ!俺は何も盗んでいないぞ!」 「どうだか。 なら、その左手に握られているものを見せろ」 そういって、お国は右手を差し出した。 さあ、目の前に出してみろ、と。 男は握り込んだ左手を、さっと背中側に隠す。 これでは、自分で盗みましたと言っているようなものだ。 国広は心の中で呟いた。 同じように考えたのだろう、お国がさらに畳みかける。 「おい、何故出さないんだ。 ……まさか、見せられないようなものを持っていると?」 男はお国の問いかけに答えず、ぷるぷると震えている。 お国が一歩踏み出すと、男が一歩下がった。 じりじりとお国が、男を壁際に追い詰める。 一見、順調に犯人を捕まえようとしているように見える。 しかし、遠くから彼らを観察していた国広は気づいた。 男が何も持っていない右手を、ひっそりとポケットに忍ばせようとしたことを。 まずいと判断した国広は、咄嗟に走り出した。 素早く距離を詰め、男が反応する前に、そのまま鞘に収まったままの本体で、男の両手首を強打する。 男が痛みに呻いた。 両手がだらりと垂れ下がり、二つの物体が地面に落ちる。 国広は素早くそれを拾い上げた。 片方は、盗品だと思われる小袋。 そして、もう片方は、禍々しい気配を放つ札だった。 お国にも、それが見えたのだろう。 一層冷ややかな声で、お国が呟く。 「封印札か……確か、扱いには許可が必要な指定呪具じゃなかったか?」 お国の言葉に、男がヒッと声を漏らす。 そのまま、男はへなへなと座り込んでしまった。 お国はそれを無感動な瞳で眺めていたが、不意に顔を上げた。 その目が遠くに向けられる。 「おや……もう捕まったのか」 視線の先にいたのは、山姥切長義だった。 恐らく、お国の本丸の長義なのだろう。 彼は真っ直ぐ此方へ歩み寄ってくる。 お国は肩を竦めると、国広に顔を向けた。 「ああ、こっちの俺のお陰でな。 ……ありがとう、助かった。 礼を言う」 「いや……俺は勝手に首を突っ込んだだけだ」 そう言って、国広は首を振った。 実際、功労者は目の前の山姥切国広なのだ。 国広は特に何もしていない。 そう言えば、お国は「俺はそうは思わんがな」と呟いた。 「まあ、とりあえず此奴はお縄かな」 目の前の本歌が呟く。 彼の背後には、いつの間にか万屋街の警備隊が集まっていた。 どうやら、本歌が彼らを呼んできたらしい。 国広は持っていた呪具と盗品を警備隊に渡し、中年男は無事連行されていった。 離れていく警備隊を見送る。 気づいた時には、周りの野次馬も解散していた。 国広はタイミングを見計らって「じゃあこれで」と退散しようと思ったのだが、その前に、お国が声を掛けてきた。 「さっきの件では、世話になった。 是非、礼をさせてくれ」 「いや、でも……俺は、」 「遠慮ならいらないよ。 君には、うちの偽物くんが世話になったみたいだしね」 お国の申し出に断ろうとしたところ、すかさず本歌がそう言った。 そんな本歌に、お国が「写しは、偽物とは違う」と訂正を入れる。 「だが、世話になったのは事実だ。 このままでは、俺の気が済まない。 是非、礼をさせてくれ」 お国がそう続けて、此方を見る。 ああ、何でそんなに真っ直ぐ此方を見るんだ。 我が同位体ながら、大変断りにくいではないか。 しかも、お国の方が背丈が低い分、顔を隠しきれない。 おまけに、お国の隣に立つ本歌も、矢鱈と良い笑顔で此方を見てくる。 「……わかった」 お国の視線と本歌の笑顔に堪えかねて、深く布を被ると国広は頷いた。 お国たちに連れてこられたのは、彼らのお気に入りだと言う喫茶店だった。 この店は万屋街の騒がしい空気から隔絶されており、落ち着いた雰囲気を漂わせている。 成程、確かにここは良いお店かもしれない、と国広は頷いた。 店の、一番奥まったテーブル席に座る。 向かいに、お国と本歌が座った。 店員がお冷とおしぼり、そしてメニュー表を置いていく。 置かれたメニュー表を国広に差し出しながら、お国が言った。 「どれでも好きなものを選んでくれ。 代金は此方が持つ」 「……ああ」 諦めと感謝の入り混じった返答をしてから、国広はメニュー表を開いた。 国広が適当な品を選ぶと、本歌が店員を呼び、すらすらと注文する。 店員がそれらを書き取り、離れて行ったところで「さて」とお国が此方を見た。 「改めて、礼を言う。 さっきはありがとう」 「いや、俺は何もしていない。 功労者はあんたたちだろう」 「だが、君の助けがなかったら、偽物くんは封印札で拘束されていただろう。 だから、それは君の功績、じゃないかな」 「写しは偽物とは違うが、山姥切の言う通りだ」 そう言って、お国と本歌がうんうんと頷く。 彼らの言葉に恐縮して、国広は布を被りなおした。 何とか話題を逸らしたくて、国広は話の矛先を変える。 「それは、その……。 そういえば、あんたたちは何故万屋街に?」 「俺は、こいつに付いて来てやっただけだよ」 そう言って、本歌は隣のお国を指し示した。 お国は水を一口飲んで、肩を竦めて見せる。 「日頃の礼を兼ねて、主に贈り物をしようと思ってな。 だが、俺にはセンスというものがないので、山姥切に見てもらってたんだ」 「ああ、なるほど」 国広が頷いたところで、ケーキと飲み物が運ばれてきた。 国広が頼んだのは、苺のショートケーキと紅茶だ。 本歌はチーズケーキとコーヒー、お国はチョコレートケーキと紅茶。 店員が伝票を置いて去った後、テーブルの上に出揃ったのを確認して、三振りは手を合わせた。 いただきます、の声が小さく響く。 おもむろに、本歌とお国がそれぞれのケーキにフォークを入れる。 それを見て、国広も恐る恐るケーキを一口切り取って、口に含んだ。 途端、口いっぱいに広がる甘酸っぱさに目を見開く。 思わず、感想が口から零れ落ちた。 「……美味い」 「だろう? この喫茶店はケーキが美味いんだ」 どこか得意げに笑うお国に、頷いて見せた。 生クリームは甘さ控えめで、苺の甘酸っぱさが丁度いい。 スポンジの程よい柔らかさも最高だ。 何故、今までこの店を知らなかったのか、己の無知が悔やまれる。 美味しさも相まって、あっという間にケーキを食べ終えてしまった。 恥じ入りながら目の前の二振りを見ると、彼らも丁度食べ終わったところだったようで、ほっと息を吐く。 食後のお茶に口を付けながら、三振りは互いの本丸の話をした。 本丸ごとに刀剣たちの性格や、本丸運営のシステムが異なっていて、なかなか興味深い。 何より、他所の刀剣と話すのが思いの外楽しくて、久々に笑った気がした。 しかし、ポットの紅茶が半分になった頃、突然お国が尋ねてきた。 「そういえば、そっちの俺は、どうして万屋街に?」 完全に不意打ちの質問だった。 咄嗟に上手い言い訳が思いつくはずもない。 国広は、しどろもどろに答える。 「あ……それはその、気晴らしというか」 「気晴らし? 珍しいな」 お国の何気ない一言に、国広は深く布を被りなおした。 それを見た本歌が、「踏み込み過ぎだ」とお国を軽く小突く。 「とはいえ、偽物くんの言うとおりだな。 もしかして、悩みでもあるのかな?」 「あ、いや、その……」 「写しは、偽物とは違う。 ……なあ、そっちの俺。 悩みがあるなら、聞かせてくれないか」 国広は言葉に詰まった。 悩みはある。 他でもない、国広の本丸の長義のことだ。 しかし、目の前には他所の本歌がいるため、話すのは憚られる。 何より、写しの自分が相談とか迷惑では……と思わなくもない。 だが、お国は、酷く真剣な面差しで此方を見ていた。 その表情に、真剣に此方を案じてくれているのが分かる。 どうしたものか、と考えていると、本歌が溜息を吐いた。 びくり、と国広は肩を揺らしてしまう。 しかし、彼は両手を組むと、穏やかな声で言った。 「もしかして、そちらの本丸の俺が原因かな?」 「……!」 思わず、がばりと顔を上げてしまった。 そんな国広を見て、本歌は「やはりそうか」と頷く。 「な、なんで……」 「山姥切国広の悩みの種は、山姥切長義が原因だと相場が決まっているのさ」 「……そういうものなのか?」 「そういうものなんだよ。 それに、本丸内での様子を断片的に聞く限り、そちらの俺はかなり難儀な性格のようだしね」 「難儀な性格って、あんたが言うのもどうかと思うぞ」 脇からお国が口を挟む。 その台詞に、本歌がこめかみを引き攣らせた。 「……本丸に戻ったら、本物の太刀筋っていうのを教えてあげようか」 「痛い目を見るのは、どちらかな?」 お国と本歌が睨み合い、ふん、と互いにそっぽを向く。 そんな彼らを見ながら、いいな、と思った。 目の前の本歌は、お国とそこまで仲良くないと言わんばかりの口ぶりだったが、こうして見ると、仲良く見える。 国広と自本丸の長義では、こうはならないだろう。 それが少しばかり羨ましい。 ぼんやりと眺めているうちに、本丸に戻ったら手合わせをする方向へ話が纏まったらしい。 二振りは大きく息を吐くと、国広の方を見た。 「話の腰を折って悪かった。 ……それで、そちらの山姥切と何があったんだ?」 「え、えっと……」 「ああ、俺に遠慮はしなくていいよ。 同じ山姥切長義であるけれど、この俺ではない。 他所の俺だからね」 「……じゃあ、お言葉に甘えて」 その言葉を皮切りに、国広はぽつぽつと語りだした。 自本丸の長義との関係や、その切っ掛け。 自分が吐いた嘘のこと。 国広自身の本音と、関係を終わらせようとしていること。 そして、この前、長義からの誘いを断った時の一幕。 そのまま、彼は紅茶のカップに目を落とす。 しばらく考える素振りを見せてから、お国は顔を上げた。 「なあ、ひとつ尋ねていいか」 「ああ」 「そっちの俺は、そっちの山姥切と恋仲になれるなら、なりたいか? ……なれる、なれない、じゃない。 相手への遠慮や、他の兼ね合いを抜きにして、あんたは、そっちの山姥切と恋仲になりたいか?」 「……」 お国の問いかけに、国広は顔を伏せた。 思い出すのは、長義と過ごした幾つもの夜。 触れられるのは嬉しかった。 愛してほしいと願っていた。 でも、自分は嘘つきで、今更言葉を翻せない。 俺は、どうしたいのだろう。 言葉に詰まっていると、お国の声が降り注いだ。 「あんたは、嘘を吐いたと言ったな。 ……俺が思うに、怖かったんじゃないか?」 「……は、」 お国の思わぬ言葉に、国広は思わず顔を上げた。 自分と同じ色の、しかし国広の瞳より大きいそれが、此方を見ていた。 「これは俺の推測だが。 怖かった? 長義に好意を跳ね除けられるのが、怖かった? 問いかけられた時のことを思い出す。 「お前は、俺のことを好いているのか」そう尋ねてくる瞳は、冬の湖面のようだった。 そんな瞳で此方を見る長義に、国広は恐れに似た何かを抱いた。 怖かった。 拒絶されるのが怖かった。 「俺はお前なんか嫌いだよ」その言葉を予測して、国広はそれを避けたのだ。 不意に、すとんと腑に落ちる音がした。 ああ、そうだ。 俺は、長義に拒絶されるのが怖かったのだ。 納得すると共に、目の前の景色が歪む。 目頭が熱い。 頬を、何かが伝う感覚がする。 突然泣き出した国広に気づいたらしい。 お国が焦ったような声を上げる。 「え、おい、大丈夫か? 俺、何か拙いことでも言ったか?」 「……いや、大丈夫だ」 掌で涙を拭うと、国広は顔を上げた。 まっすぐにお国を見つめて、震えそうな声を抑えて、己の解を告げる。 「あんたの言う通りだ。 俺は多分、怖かったんだろうな」 「……そうか。 なら、今、あんたはどう思っている?」 「なれるなら、恋仲になりたい」 国広の答えに、お国が笑みを浮かべた。 成程、と呟くと、背凭れに体を預ける。 「なら、俺からひとこと助言を良いか?」 「あ、ああ」 「全て話せ」 「……は?」 「そっちの山姥切に話すんだ。 思ったこと、感じたこと、全部な。 例え、話している途中でそっちの山姥切に遮られようとも、全部吐け。 そうすれば、多分丸く収まる」 それが手っ取り早い。 そう続けると、お国は紅茶に口を付けた。 国広は目を瞬かせ、慌ててかぶりを振る。 「いや、え、言うのか?」 「言うんだ。 男を見せろ、俺」 「いや……それ以前に、今、俺は本歌に避けられているんだ。 どうやって捕まえろと」 「む……それは考えてなかったな」 お国はうっかりしていたと唇を引き結んで、再び顔を伏せて考え始めた。 そんな彼を見て、今まで黙っていた本歌が、やれやれと首を振る。 「全く、お前は詰めが甘いんだよ。 偽物くん」 「写しは、偽物とは違う」 「はいはい。 ……で、そっちの写しくん。 それなら、これを持ち歩くと良い」 そう言って、彼方の本歌が差し出してきたのは、何の変哲もない小袋だった。 国広の拳より一回り小さいそれを受け取って、矯めつ眇めつ眺める。 「これは……?」 「お守りだよ。 まあ、釣り餌とも言うけどね。 それを持ち歩けば、間違いなくそっちの俺が、向こうからやってくるはずだ。 後は、君次第だが」 「……そうなのか」 仕組みは分からないが、どうやらこれで長義と話せるらしい。 袋からは、ほんのりと目の前の本歌の気配を感じる。 逆に言ってしまえば、それだけだ。 よく分からないまま、懐にしまいこんだ。 「……すまない。 色々世話になった」 そう言うと、お国が小さく被りを振った。 「いや、世話になったのは此方の方だ。 その礼だと思ってくれ」 「助言、感謝する」 「……上手くいくと良いな」 そう言って、お国が笑った。 見た目のせいか、その笑みはどこかあどけなく見えた。 さて、お国の案と他所の本歌の小袋を持ち帰った国広だったが、その日、本丸に戻っても、その後自室でのんびり過ごしても、長義が訪ねてくる気配はなかった。 それどころか、夕食を済ませた後も、長義がやって来る気配はない。 国広は首を傾げつつ、縁側を歩く。 湯あみを終えたばかりの髪は乾燥済みなので、被っているタオルを濡らすことはない。 元々、国広は自然乾燥で済ませていたのだが、それを知った長義にドライヤーを使うよう言い含められ、仕方なく、国広はその通りにしたのだ。 小さく溜息を吐く。 それもこれも、長義の影響だ。 こうして髪をきちんと乾かすのも、鬱々とした気持ちにさせられているのも、全て。 国広が此方を伺う気配に気づかなかったのは。 ちょうど、刀剣たちの部屋の一角に差し掛かったところだった。 不意にすぐ傍の障子が開いた。 そこから白い手が伸びてきて、国広の胸倉を捕らえる。 そして、そのまま部屋に引きずり込まれ、床に叩き付けられた。 「な……っ、一体、」 誰だ、と続けようとした口は、自らに覆いかぶさる男を見て、固まってしまった。 彼の顔には、如何なる表情も浮かんでいなかった。 まるで人形のようなその顔に、誘いを断った時のことを思い出す。 なんで、あんたがそんな顔をしているんだ。 俺を避けていたんじゃないのか。 いや、そもそも、何故俺は彼に押し倒されている? 混乱する国広に、長義はほんの少し顔を寄せた。 敵を見据えるようなその瞳に、国広は背筋がぶるりと震えるのを感じる。 「どういうつもりだ」 目の前の唇から放たれた言葉に、国広はさらに困惑した。 震える声を叱咤して、何とか言い返す。 「それは俺の台詞だ」 「黙れ」 何時もより数段低い声に、国広の体が強張る。 そんな国広を見て、長義は目を細めた。 手袋に覆われていない彼の手が、国広に伸びる。 思わずぎゅっと目を瞑ったが、その手が顔に伸びることはなかった。 その代わりに、身に着けていた浴衣の裾を掻き分けて、彼の手が侵入してくる。 その手が内腿を、つぅ…となぞり上げた。 「……っ、おい、本歌、なにを」 「うるさい。 そんなに他所の俺が良いか。 こんなに気配をべっとり纏わせて……。 ああ、それとも山姥切長義なら、誰にでもお前は脚を開くのかな?」 「は……?」 長義の言葉に、国広は目を瞬かせた。 他所の長義?気配? いや、それもよく分からないが、何より、彼は何と言った? 彼の台詞がぐるぐると頭を回る。 やがて、何を言われたのか理解した時、頭がカッと熱くなった。 腹筋を使って起き上がると、今度は国広が長義の胸倉を掴み、彼を床に押し倒す。 「馬鹿にするな!俺はお前以外を知らない!俺はそんな軽い奴じゃない!」 逆転した体勢の中、国広は長義を見下ろして怒鳴りつけた。 腹が立った。 悔しかった。 何より、悲しかった。 他でもない彼に、そんな無節操な奴だと思われたくなかった。 だって、ずっと好きだったのだ。 好いた相手に、勘違いされたくなかった。 長義は、国広の叫び声に一瞬目を見開くと、負けじと叫び返す。 「うるさい!なら、何故そんなに他の俺の気配がするんだ!」 「知るか!とにかく、俺はお前以外に抱かれたことはない!」 「……っ、この……!」 苛立ったような声を零しながら、長義がぐいっと国広を引き寄せようとする。 国広はそれに抵抗しようと、全身に力を入れた。 その結果、国広の浴衣のあわせが乱れ、そこから何かがぽろりと落ちる。 「あ……」 「……なんだ、これは?」 落としたものに長義が目を留めて、首を傾げた。 彼は国広の胸倉から手を放すと、腕を伸ばして、それを拾い上げる。 拾ったものを見て、長義は怪訝そうな表情を浮かべた。 国広が落としたもの。 それは、昼間に出会った他所の本歌から貰った小袋だった。 「これは? 同位体の気配がするが……」 「そ、それは……他所の本歌から貰ったものだ」 「は? 何故?」 「その……お前と話せなくて、そのことを余所のあんたに相談したら、これを持っていると良い、って言われて……」 「……」 国広の言葉に、長義が黙って小袋を開ける。 中には、小さな紙切れが一枚、入っていた。 折りたたまれたそれを開いて、長義はそれに目を通す。 一通り目を通したのだろう。 やがて、長義は紙切れから視線を離すと、溜息を吐いた。 低い声で、小さく呟く。 「同位体め……謀ったな」 「え?」 「いや、何でもない」 長義が首を振り、此方を見上げてきた。 どこか複雑そうな表情で、彼は国広の肩を軽く叩く。 「とりあえず、降りてくれないかな。 話は聞いてやるから」 「……」 どうやら、彼の怒りは収まったらしい。 どういう風の吹き回しだ。 いや、おそらく他所の本歌が何かしたのだろうが。 長義の表情に負けず劣らず、複雑な心情を抱えながら、国広は長義から退いた。 続けて、長義が起き上がる。 「それで? お前は俺と話したかったのだろう。 さっさと話せ」 「……それは、その」 恐らく、国広が本音を吐けばいのだろう。 しかし、国広は全て言おうとして、言葉に詰まった。 冷ややかな瑠璃の色が怖い。 拒絶されたくない。 その恐怖にとらわれて、うまく言葉を継げない。 どうにか、呼吸を整えて話そうとするも、言って良いのか分からない。 不意に、脳裏にお国の笑顔が蘇った。 脳内のお国は、あどけない表情で「男を見せろ」と笑った。 その方が手っ取り早い、と付け加えながら。 脳内同位体のその言葉に後押しされて、国広は口を開いた。 「そ、その……す、好きだ!」 「……は?」 「だ、だから、俺はあんたが好きだ!」 国広の言葉に、長義が目を見開く。 そんな彼の反応に、国広は肩を縮こませた。 一方、長義は、らしくもなくうろたえる。 彼は胡坐を掻くと、痛む頭を押さえるように、こめかみに手を当てた。 「何故、そんな嘘を……」 「拒絶されるのが、怖かったんだ……あんたはきっと、俺のことを好ましく思ってないだろうから」 「は? 勝手に俺の気持ちを決めないでくれるかな?」 え、と国広は顔を上げた。 そんな彼に、長義が眉を跳ね上げる。 「それって、どういう……」 「ここまで言って、分からないか」 長義は呆れたように言うと、不意に手を伸ばしてきた。 彼の手が、とん、と軽く肩を押す。 くるりと視界が回った。 見下ろしてくる長義の姿に、押し倒されたのだと気づく。 長義は国広に覆いかぶさると、国広の頬を撫でた。 その手の優しさに、国広はぽかんと目を見開く。 「好きだよ」 「……え、」 「だから、俺は、お前が好きだよ」 予想外の台詞に驚いたら、さらに追い打ちを掛けられた。 国広は何度か瞬きを繰り返してから、ええ…?と困惑の声を上げる。 「……どうして困惑するのかな? もっと喜んだらどうだい」 「夢、じゃない……?」 「夢じゃないよ」 どうしてこう疑り深いのかな、これだから、お前は。 そう言いながら、長義が小さく首を振る。 それでも、頬に当てられた手は優しくて、国広はその手の上から自らの手を重ねた。 「……国広?」 「う、嬉しい……」 「……そう、俺も嬉しいよ」 そう言って、長義は笑った。 その笑顔を見ながら、ああ、長義は綺麗だな、などと明後日なことを考える。 長義の顔が近づく。 互いの吐息が混じり合って、唇が重なった。 優しい口づけの感触に、泣きたいくらい幸せな気持ちになる。 心地よさに目を細めていると、長義の手が国広の体をまさぐり始めた。 思わずぴくりと反応すれば、長義は機嫌良さそうに笑う。 「あ、あの、本歌、一体なにを……」 「何って……お前はどうにも疑い深いみたいだからね。 今夜は思いっきり甘やかしてあげるよ」 その言葉と同時に、浴衣のあわせから彼の手が忍びこんでくる。 その手を受け入れながら、国広はふわりと笑った。 腕を持ち上げて、長義の頬を包むと、自分から口付ける。 今までの夜だって、触れてもらって嬉しかった。 けれど、心が伴わない行為が酷く寂しかった。 本当は国広である必要はなくて、都合が良い存在なのだと思うと、心が痛かった。 でも、もう今はそうじゃない。 晴れて、こいびと同士だ。 もう、あんな寂しい気持ちを抱えなくていいのだと思うと、少し報われた気がした。 ……もしかして、昼間の彼が気になるのかな?」 「何故分かった」 「お前が分かりやすいんだよ」 「……いや、俺のことは良いんだ。 そうじゃなくて、お前、あっちの俺の悩みの種があっちの山姥切だって、何で気づいたんだ?」 「相場だから」 「嘘つけ」 「何だ、騙されてくれないのか。 ……お前、あっちの写しくんに違和感を感じなかったか?」 「……ああ、気配が少し重なっているような気がしたな。 それが何か?」 「おそらく、彼方の俺の仕業だろう。 恐らく、行為するたびに自分の気配をべっっったべたに擦り付けていたんだろうね。 執着心の強い性格の俺だな」 「成程。 それで、お前の気配をわざとあいつに押し付けたのか。 そうすれば、あっちの山姥切が焦るから」 「そういうこと」 「しかし、あっちの山姥切が執着心の強い性格だなんて、よくそんなことが分かったな」 「……山姥切長義っていう刀はね、多かれ少なかれ山姥切国広にただならぬ感情を持っているのさ。 それが可笑しな方向に転がると、ああいう個体が出来上がる」 「へえ……。 なあ、長義もあっちの山姥切と同じクチなのか?」 「……聞きたい?」 「っ、いや、結構だ、ちょっと待て、おい、何処触って、……ひゃあっ、あ、や……っ」 「安心しなよ。 明日はお互い非番だし、何より彼方の俺みたいに気配は残さないから。 ……その分、身をもって体験してもらうつもりだから、覚悟しろよ」.

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#10 【写し逆行番外】本霊ちょぎくにの神気事情、他小話

ちょ ぎく に

あらすじ 国広は、セフレ関係である自本丸の長義に惚れていた。 そんな彼は長義と別れるための前準備として、ある行動に出る。 しかし、その行動が切欠で、長義に避けられるようになった。 気まずくなった国広は万屋街に繰りだす。 ちょぎくにワンドロ企画参加作品、お題『嘘』『準備』を大幅に加筆修正したものです。 ノリとテンションで書いているので、誤字脱字や粗が目立つと思います。 御留意いただけると幸いです。 皆さまありがとうございます!• !!注意!! ・ちょぎくにワンドロ参加作品・お題『嘘』『準備』を大幅に加筆修正し、オチまで付けたものです。 ・小説内に登場する小柄な山姥切国広は先天性にょたんばですが、彼女が女性であるという描写はほとんどありません。 しかしながら、書いてる奴はにょたんばのつもりで書いているので、念のため女体化タグをつけています。 御意見等ございましたら、ご一報お願いいたします。 pixiv. ・マイ設定いっぱい 以上が大丈夫な方はどうぞ [newpage] 障子越しの光で、国広は目が覚めた。 光といっても、それは弱々しく、夜が明けてすぐだということが窺える。 国広は暫くその光を眺めていたが、やがて溜息を一つ吐いた。 そして、身動ぎをしようとして、何かに拘束されていることに気づく。 否、何かだなんて、一つしかない。 国広は、それを起こさぬように、そっと後ろを振り向いた。 光に煌めく銀髪。 己によく似た顔。 伏せられた瞼に隠されている瑠璃色の深さは、国広がよく知っている。 己が本歌、山姥切長義。 後ろから彼の腕が、裸の体と体をくっつけるように、国広を拘束していた。 彼の腕の中で、そっと体を回転させて、国広は長義と向かい合う。 長義は、まだ眠っているようだった。 昨夜は何度も抱かれたから、そのせいかもしれない。 長義とは、褥を共にする仲だ。 切っ掛けは、些細なことだった。 ある日の夜、酒で酔っぱらって正体を失い、気が付いたら長義と二振り、裸で一緒の布団に眠っていた。 その日から、二振りはずるずると関係を続けている。 二振りは、恋仲ではない。 少なくとも、長義から「好き」とかそういった言葉は聞いたことがないし、国広も告げたことはない。 ただ、気が向いた時に肌を合わせる。 それだけの関係だ。 国広は、長義の方へ手を伸ばそうとして、止めた。 その代わり、彼に寄り添うように、ぴったりと身を寄せる。 伝わる体温に、何故だか泣きたくなった。 しかし、泣くことも嫌で、堪えるように奥歯を噛み締める。 不意に、預けていた体が動いた。 国広を捕らえていた腕がうごめく。 どうやら、長義が起きたらしい。 国広は咄嗟に目を閉じ、寝たふりを決め込んだ。 長義は腕を動かし、国広の背をゆるゆると撫でた。 その手つきの優しさに、国広は戸惑う。 長義は暫く国広の背を撫でていたが、やがて、ぽつりと呟いた。 「くにひろ」 「……」 唐突に呼ばれ、体が震えた。 幸い、長義は国広が起きていることに気づかなかったらしい。 彼は全身の力を抜くと、再び寝息を立て始めた。 国広はそっと瞼を開き、長義の顔を見つめる。 国広、と長義が呼んだことに驚いた。 長義は、いつも国広のことを「偽物くん」と呼ぶ。 「国広」とは絶対に呼ばない。 日常の中でも、肌を合わせている時でも、彼は常にそうだった。 だが、前に一度だけ、長義に「国広」と呼ばれたことがある。 あれは、この関係が始まって、すぐのことだった。 長義が、いつものように国広を押し倒した時、彼は国広を見つめて、こう尋ねたのだ。 「国広。 ……お前は、俺のことを好いているのか」 感情の読めない瞳だった。 冬の湖面のような瞳で、此方を真っすぐに見つめる長義に、国広は恐れに似た何かを抱いた。 「…いや、そんな感情はない」 気づけば、そう答えていた。 長義は微かに眉を寄せて、そうか、と呟いた。 その後は、いつも通り滅茶苦茶にされた。 国広は思う。 あの時、きちんと答えていれば良かったのだろうか。 嘘なんか吐かないで、本当のことを言えば、今更、こんなに悩まずに済んだのだろうか。 国広は、腕を長義の背中に回した。 頭を彼の肩に預け、そっと目を閉じる。 国広の唇が微かに震えた。 たった三文字の台詞。 普段は喉に張り付いて、口に出すことさえできないその言葉を、そっと囁く。 「好きだ」 零れた本音は誰にも拾われることなく、昏い部屋の隅に転がっていった。 朝の日差しが強くなり始めたのを見て、国広はそっと布団から抜け出した。 隣で眠る長義を起こさないように、身支度を整える。 体の節々が痛むのを無視して、国広は部屋から抜け出した。 廊下を経て、誰にも気づかれないように自室に戻ったところで、やっと体の緊張が解けた。 国広は大きく息を吐くと、自室の壁に凭れる。 一線を越えたあの夜以降、誘いをかけてくるのはいつも長義の方だった。 国広はいつもその誘いに頷いて、彼の部屋へ出向く。 その後は互いの欲をぶつけて、終わり。 こいびとたちのするような甘やかな後朝など、最初から有りやしない。 触れてもらえるのは嬉しい。 けれど、それは心を通わせたそれではない。 いうなれば、ただの性欲の発散だ。 恐らく、長義はそう考えているだろう。 そのことに気づくたび、心がしくしくして、ふっと消えてしまいたい気持ちになる。 潮時かな、と小さく呟く。 正直なところ、現状と願望の板挟みに、国広の精神は少しずつ摩耗していたのだ。 これ以上は、きっとこの心が持たない。 自業自得だ。 あんな嘘を吐いたからこうなったのだ。 国広は静かに目を伏せた。 不意にそう思った。 だって、このままこの関係を続けたところで、得るものなど何もない。 互いに不毛なだけだ。 つきり、と胸が痛む。 だが、もう決めたのだ。 もやもやを振り切るように立ち上がり、障子を開け放つ。 さわやかな朝の空気が、やけに重たく感じた。 「偽物くん」 背後から声を掛けられ、国広は振り向いた。 視線の先では、長義がいつも通りの笑みを浮かべている。 彼は一歩近づき、国広の耳元に唇を寄せて、囁いた。 「今夜、俺の部屋に来い」 いつも通りの誘い文句。 国広は、ちらり、と長義を見遣った。 その瞳は、嗤うように細められている。 夕暮れの光の中、瑠璃色が底光りしていた。 それを見ながら、国広は慎重に首を横に振る。 「すまないが、今夜は用事が入っている」 それは、国広が長義から距離を取るために考えた文句だった。 確かに、国広は長義との関係を終わらせようと決意した。 しかし、どうにも恋心は燻ぶったままで、彼と離れがたく思う気持ちも存在していた。 だから、国広は一旦長義から距離を取ろうと思った。 距離を取って、そのまま少しずつ離れて行こうと思ったのだ。 距離ができて、この恋心が弱まったら、きっと「終わりにしよう」と言えるから。 いわば、この言葉は、長義との関係を終わらせるための準備のようなものであった。 一方、長義はというと、国広の言葉を聞いた途端、すっと顔から笑みが消えた。 国広は彼の冷たい真顔にたじろぎそうになるが、目に力を込めて、瑠璃を見返す。 「……ない」 「え? ……っ、おい」 聞き取れなかった言葉を聞き返そうとした瞬間、不意に長義が国広の右腕を掴んだ。 ギリギリと容赦なく締め付けてくる痛みに、国広は顔を歪める。 「おい、本歌、放せ」 「……」 「っ、この…っ」 長義は何も言わずに、国広の腕を引き、何処かへ連れて行こうとする。 国広は咄嗟に足を突っ張り、腕を無理矢理振り払った。 国広は極めていないものの、練度はカンストしている。 長義の手を振り払うことぐらいなら、出来なくもなかった。 じんじんと痛みの残る腕を、自身の胸に抱く。 いつも不遜な笑みを浮かべている顔に表情は無く、まるで人形のようだった。 そんな無機質な顔の中で、瑠璃の瞳だけが冷たい光を放っている。 それはまるで冬の湖面のようで、国広は背筋が凍るような気がした。 長義は硬直して動けない国広を一瞥すると、何事もなかったかのように、その場を去っていった。 それを見送ってから、国広はずるずるとその場に座り込む。 腕を見ると、長義に掴まれたところが赤くなっていた。 なんで。 なんで、あんな。 起きた事象に、頭が追い付けない。 国広に分かるのは、自身の言動が長義の気に障った、ということだけだった。 決して、あんな目を向けられたかったわけでも、長義にあんな顔をさせたかったわけではない。 俺は、どうすれば良かったんだ。 人気のない、夕闇に覆われた廊下で、国広は途方に暮れるしかなかった。 ****** その日、国広は一振りで万屋街に繰りだしていた。 万屋街は、刀剣や審神者のための施設や店などが集まった、一種の商店街のようなものである。 演練場などの業務上必要な施設だけではなく娯楽施設もあるため、万屋街はいつも活気にあふれていた。 国広は布を深く被りなおす。 人気のない、静かな場所が好きな国広にとって、万屋街はあまり好ましい場所ではない。 それでも、国広が此処へ来たのは、本丸に居ると息が詰まるような気分になるからだった。 実のところ、あの日以降、本丸内で長義と顔を合わせることがめっきり減った。 夜の誘いは勿論のこと、日常生活でも顔を見ないのだ。 間違いなく、避けられている。 そのことに気づいた国広は、複雑な気分に襲われた。 計画通り、長義と距離は取れている。 寧ろ、期待以上の成果だ。 そういう意味では、喜ぶべき事態なのだろう。 しかし、国広の心に根を張った恋心は、苦しいと叫んでいた。 会えないのが苦しいと、自分などどうでもいいと思われているようで苦しいと、痛いくらい心が叫んでいた。 国広は溜息を吐いた。 すぐ近くにあったベンチに腰掛ける。 そのまま、ぼんやりと道行く者たちを見遣った。 刀剣男士や審神者、万屋街に住む人々と妖。 彼らは楽しそうに笑っていた。 それがとても羨ましくて、眩しくて、国広は目を細める。 不意に、万屋街の一部が騒がしくなった。 何が起きたんだ、とそちらに目を遣ると、二つの人影が向かい合っていた。 片方は、中年ぐらいのぱっとしない見た目の男。 護衛もいないところを見ると、恐らく万屋街に出入りしている、ただの人間だろう。 なんだ、人間か。 そう思い、もう片方の人影に目を向けて、国広は固まった。 金色の髪、翡翠の瞳。 頭には布を被っておらず、代わりに臙脂色の鉢巻を巻いている。 間違いない、極の山姥切国広だ。 だが、問題はそこではない。 国広が驚いたのは、その小柄さだった。 恐らく、国広よりも頭一つ分は小さいだろう。 体つきも華奢で、瞳も大きい。 どことなく、脇差の兄弟を思い起こす小柄さだった。 思わず、国広は小さく呟く。 何故小柄なのか、それは主も知らないようで首を傾げていたが、恐らくは亜種と呼ばれる、本来とは違う器を得て顕現した個体なのだろう、と言っていた。 何はともあれ、恐らく彼こそがそのお国なのだろう。 お国は、鋭い瞳で中年男を見据えていた。 そのまま、一歩男に詰め寄って、口を開く。 「あんた、其処の店から商品を盗んだだろう」 放たれた声は、国広のそれより高く、そして冷ややかだった。 その声と同じくらい冷ややかな瞳が、細められる。 その目に見据えられて、はくはくと口を無意味に動かしていた中年男が言い返した。 「何を言ってるんだ!俺は何も盗んでいないぞ!」 「どうだか。 なら、その左手に握られているものを見せろ」 そういって、お国は右手を差し出した。 さあ、目の前に出してみろ、と。 男は握り込んだ左手を、さっと背中側に隠す。 これでは、自分で盗みましたと言っているようなものだ。 国広は心の中で呟いた。 同じように考えたのだろう、お国がさらに畳みかける。 「おい、何故出さないんだ。 ……まさか、見せられないようなものを持っていると?」 男はお国の問いかけに答えず、ぷるぷると震えている。 お国が一歩踏み出すと、男が一歩下がった。 じりじりとお国が、男を壁際に追い詰める。 一見、順調に犯人を捕まえようとしているように見える。 しかし、遠くから彼らを観察していた国広は気づいた。 男が何も持っていない右手を、ひっそりとポケットに忍ばせようとしたことを。 まずいと判断した国広は、咄嗟に走り出した。 素早く距離を詰め、男が反応する前に、そのまま鞘に収まったままの本体で、男の両手首を強打する。 男が痛みに呻いた。 両手がだらりと垂れ下がり、二つの物体が地面に落ちる。 国広は素早くそれを拾い上げた。 片方は、盗品だと思われる小袋。 そして、もう片方は、禍々しい気配を放つ札だった。 お国にも、それが見えたのだろう。 一層冷ややかな声で、お国が呟く。 「封印札か……確か、扱いには許可が必要な指定呪具じゃなかったか?」 お国の言葉に、男がヒッと声を漏らす。 そのまま、男はへなへなと座り込んでしまった。 お国はそれを無感動な瞳で眺めていたが、不意に顔を上げた。 その目が遠くに向けられる。 「おや……もう捕まったのか」 視線の先にいたのは、山姥切長義だった。 恐らく、お国の本丸の長義なのだろう。 彼は真っ直ぐ此方へ歩み寄ってくる。 お国は肩を竦めると、国広に顔を向けた。 「ああ、こっちの俺のお陰でな。 ……ありがとう、助かった。 礼を言う」 「いや……俺は勝手に首を突っ込んだだけだ」 そう言って、国広は首を振った。 実際、功労者は目の前の山姥切国広なのだ。 国広は特に何もしていない。 そう言えば、お国は「俺はそうは思わんがな」と呟いた。 「まあ、とりあえず此奴はお縄かな」 目の前の本歌が呟く。 彼の背後には、いつの間にか万屋街の警備隊が集まっていた。 どうやら、本歌が彼らを呼んできたらしい。 国広は持っていた呪具と盗品を警備隊に渡し、中年男は無事連行されていった。 離れていく警備隊を見送る。 気づいた時には、周りの野次馬も解散していた。 国広はタイミングを見計らって「じゃあこれで」と退散しようと思ったのだが、その前に、お国が声を掛けてきた。 「さっきの件では、世話になった。 是非、礼をさせてくれ」 「いや、でも……俺は、」 「遠慮ならいらないよ。 君には、うちの偽物くんが世話になったみたいだしね」 お国の申し出に断ろうとしたところ、すかさず本歌がそう言った。 そんな本歌に、お国が「写しは、偽物とは違う」と訂正を入れる。 「だが、世話になったのは事実だ。 このままでは、俺の気が済まない。 是非、礼をさせてくれ」 お国がそう続けて、此方を見る。 ああ、何でそんなに真っ直ぐ此方を見るんだ。 我が同位体ながら、大変断りにくいではないか。 しかも、お国の方が背丈が低い分、顔を隠しきれない。 おまけに、お国の隣に立つ本歌も、矢鱈と良い笑顔で此方を見てくる。 「……わかった」 お国の視線と本歌の笑顔に堪えかねて、深く布を被ると国広は頷いた。 お国たちに連れてこられたのは、彼らのお気に入りだと言う喫茶店だった。 この店は万屋街の騒がしい空気から隔絶されており、落ち着いた雰囲気を漂わせている。 成程、確かにここは良いお店かもしれない、と国広は頷いた。 店の、一番奥まったテーブル席に座る。 向かいに、お国と本歌が座った。 店員がお冷とおしぼり、そしてメニュー表を置いていく。 置かれたメニュー表を国広に差し出しながら、お国が言った。 「どれでも好きなものを選んでくれ。 代金は此方が持つ」 「……ああ」 諦めと感謝の入り混じった返答をしてから、国広はメニュー表を開いた。 国広が適当な品を選ぶと、本歌が店員を呼び、すらすらと注文する。 店員がそれらを書き取り、離れて行ったところで「さて」とお国が此方を見た。 「改めて、礼を言う。 さっきはありがとう」 「いや、俺は何もしていない。 功労者はあんたたちだろう」 「だが、君の助けがなかったら、偽物くんは封印札で拘束されていただろう。 だから、それは君の功績、じゃないかな」 「写しは偽物とは違うが、山姥切の言う通りだ」 そう言って、お国と本歌がうんうんと頷く。 彼らの言葉に恐縮して、国広は布を被りなおした。 何とか話題を逸らしたくて、国広は話の矛先を変える。 「それは、その……。 そういえば、あんたたちは何故万屋街に?」 「俺は、こいつに付いて来てやっただけだよ」 そう言って、本歌は隣のお国を指し示した。 お国は水を一口飲んで、肩を竦めて見せる。 「日頃の礼を兼ねて、主に贈り物をしようと思ってな。 だが、俺にはセンスというものがないので、山姥切に見てもらってたんだ」 「ああ、なるほど」 国広が頷いたところで、ケーキと飲み物が運ばれてきた。 国広が頼んだのは、苺のショートケーキと紅茶だ。 本歌はチーズケーキとコーヒー、お国はチョコレートケーキと紅茶。 店員が伝票を置いて去った後、テーブルの上に出揃ったのを確認して、三振りは手を合わせた。 いただきます、の声が小さく響く。 おもむろに、本歌とお国がそれぞれのケーキにフォークを入れる。 それを見て、国広も恐る恐るケーキを一口切り取って、口に含んだ。 途端、口いっぱいに広がる甘酸っぱさに目を見開く。 思わず、感想が口から零れ落ちた。 「……美味い」 「だろう? この喫茶店はケーキが美味いんだ」 どこか得意げに笑うお国に、頷いて見せた。 生クリームは甘さ控えめで、苺の甘酸っぱさが丁度いい。 スポンジの程よい柔らかさも最高だ。 何故、今までこの店を知らなかったのか、己の無知が悔やまれる。 美味しさも相まって、あっという間にケーキを食べ終えてしまった。 恥じ入りながら目の前の二振りを見ると、彼らも丁度食べ終わったところだったようで、ほっと息を吐く。 食後のお茶に口を付けながら、三振りは互いの本丸の話をした。 本丸ごとに刀剣たちの性格や、本丸運営のシステムが異なっていて、なかなか興味深い。 何より、他所の刀剣と話すのが思いの外楽しくて、久々に笑った気がした。 しかし、ポットの紅茶が半分になった頃、突然お国が尋ねてきた。 「そういえば、そっちの俺は、どうして万屋街に?」 完全に不意打ちの質問だった。 咄嗟に上手い言い訳が思いつくはずもない。 国広は、しどろもどろに答える。 「あ……それはその、気晴らしというか」 「気晴らし? 珍しいな」 お国の何気ない一言に、国広は深く布を被りなおした。 それを見た本歌が、「踏み込み過ぎだ」とお国を軽く小突く。 「とはいえ、偽物くんの言うとおりだな。 もしかして、悩みでもあるのかな?」 「あ、いや、その……」 「写しは、偽物とは違う。 ……なあ、そっちの俺。 悩みがあるなら、聞かせてくれないか」 国広は言葉に詰まった。 悩みはある。 他でもない、国広の本丸の長義のことだ。 しかし、目の前には他所の本歌がいるため、話すのは憚られる。 何より、写しの自分が相談とか迷惑では……と思わなくもない。 だが、お国は、酷く真剣な面差しで此方を見ていた。 その表情に、真剣に此方を案じてくれているのが分かる。 どうしたものか、と考えていると、本歌が溜息を吐いた。 びくり、と国広は肩を揺らしてしまう。 しかし、彼は両手を組むと、穏やかな声で言った。 「もしかして、そちらの本丸の俺が原因かな?」 「……!」 思わず、がばりと顔を上げてしまった。 そんな国広を見て、本歌は「やはりそうか」と頷く。 「な、なんで……」 「山姥切国広の悩みの種は、山姥切長義が原因だと相場が決まっているのさ」 「……そういうものなのか?」 「そういうものなんだよ。 それに、本丸内での様子を断片的に聞く限り、そちらの俺はかなり難儀な性格のようだしね」 「難儀な性格って、あんたが言うのもどうかと思うぞ」 脇からお国が口を挟む。 その台詞に、本歌がこめかみを引き攣らせた。 「……本丸に戻ったら、本物の太刀筋っていうのを教えてあげようか」 「痛い目を見るのは、どちらかな?」 お国と本歌が睨み合い、ふん、と互いにそっぽを向く。 そんな彼らを見ながら、いいな、と思った。 目の前の本歌は、お国とそこまで仲良くないと言わんばかりの口ぶりだったが、こうして見ると、仲良く見える。 国広と自本丸の長義では、こうはならないだろう。 それが少しばかり羨ましい。 ぼんやりと眺めているうちに、本丸に戻ったら手合わせをする方向へ話が纏まったらしい。 二振りは大きく息を吐くと、国広の方を見た。 「話の腰を折って悪かった。 ……それで、そちらの山姥切と何があったんだ?」 「え、えっと……」 「ああ、俺に遠慮はしなくていいよ。 同じ山姥切長義であるけれど、この俺ではない。 他所の俺だからね」 「……じゃあ、お言葉に甘えて」 その言葉を皮切りに、国広はぽつぽつと語りだした。 自本丸の長義との関係や、その切っ掛け。 自分が吐いた嘘のこと。 国広自身の本音と、関係を終わらせようとしていること。 そして、この前、長義からの誘いを断った時の一幕。 そのまま、彼は紅茶のカップに目を落とす。 しばらく考える素振りを見せてから、お国は顔を上げた。 「なあ、ひとつ尋ねていいか」 「ああ」 「そっちの俺は、そっちの山姥切と恋仲になれるなら、なりたいか? ……なれる、なれない、じゃない。 相手への遠慮や、他の兼ね合いを抜きにして、あんたは、そっちの山姥切と恋仲になりたいか?」 「……」 お国の問いかけに、国広は顔を伏せた。 思い出すのは、長義と過ごした幾つもの夜。 触れられるのは嬉しかった。 愛してほしいと願っていた。 でも、自分は嘘つきで、今更言葉を翻せない。 俺は、どうしたいのだろう。 言葉に詰まっていると、お国の声が降り注いだ。 「あんたは、嘘を吐いたと言ったな。 ……俺が思うに、怖かったんじゃないか?」 「……は、」 お国の思わぬ言葉に、国広は思わず顔を上げた。 自分と同じ色の、しかし国広の瞳より大きいそれが、此方を見ていた。 「これは俺の推測だが。 怖かった? 長義に好意を跳ね除けられるのが、怖かった? 問いかけられた時のことを思い出す。 「お前は、俺のことを好いているのか」そう尋ねてくる瞳は、冬の湖面のようだった。 そんな瞳で此方を見る長義に、国広は恐れに似た何かを抱いた。 怖かった。 拒絶されるのが怖かった。 「俺はお前なんか嫌いだよ」その言葉を予測して、国広はそれを避けたのだ。 不意に、すとんと腑に落ちる音がした。 ああ、そうだ。 俺は、長義に拒絶されるのが怖かったのだ。 納得すると共に、目の前の景色が歪む。 目頭が熱い。 頬を、何かが伝う感覚がする。 突然泣き出した国広に気づいたらしい。 お国が焦ったような声を上げる。 「え、おい、大丈夫か? 俺、何か拙いことでも言ったか?」 「……いや、大丈夫だ」 掌で涙を拭うと、国広は顔を上げた。 まっすぐにお国を見つめて、震えそうな声を抑えて、己の解を告げる。 「あんたの言う通りだ。 俺は多分、怖かったんだろうな」 「……そうか。 なら、今、あんたはどう思っている?」 「なれるなら、恋仲になりたい」 国広の答えに、お国が笑みを浮かべた。 成程、と呟くと、背凭れに体を預ける。 「なら、俺からひとこと助言を良いか?」 「あ、ああ」 「全て話せ」 「……は?」 「そっちの山姥切に話すんだ。 思ったこと、感じたこと、全部な。 例え、話している途中でそっちの山姥切に遮られようとも、全部吐け。 そうすれば、多分丸く収まる」 それが手っ取り早い。 そう続けると、お国は紅茶に口を付けた。 国広は目を瞬かせ、慌ててかぶりを振る。 「いや、え、言うのか?」 「言うんだ。 男を見せろ、俺」 「いや……それ以前に、今、俺は本歌に避けられているんだ。 どうやって捕まえろと」 「む……それは考えてなかったな」 お国はうっかりしていたと唇を引き結んで、再び顔を伏せて考え始めた。 そんな彼を見て、今まで黙っていた本歌が、やれやれと首を振る。 「全く、お前は詰めが甘いんだよ。 偽物くん」 「写しは、偽物とは違う」 「はいはい。 ……で、そっちの写しくん。 それなら、これを持ち歩くと良い」 そう言って、彼方の本歌が差し出してきたのは、何の変哲もない小袋だった。 国広の拳より一回り小さいそれを受け取って、矯めつ眇めつ眺める。 「これは……?」 「お守りだよ。 まあ、釣り餌とも言うけどね。 それを持ち歩けば、間違いなくそっちの俺が、向こうからやってくるはずだ。 後は、君次第だが」 「……そうなのか」 仕組みは分からないが、どうやらこれで長義と話せるらしい。 袋からは、ほんのりと目の前の本歌の気配を感じる。 逆に言ってしまえば、それだけだ。 よく分からないまま、懐にしまいこんだ。 「……すまない。 色々世話になった」 そう言うと、お国が小さく被りを振った。 「いや、世話になったのは此方の方だ。 その礼だと思ってくれ」 「助言、感謝する」 「……上手くいくと良いな」 そう言って、お国が笑った。 見た目のせいか、その笑みはどこかあどけなく見えた。 さて、お国の案と他所の本歌の小袋を持ち帰った国広だったが、その日、本丸に戻っても、その後自室でのんびり過ごしても、長義が訪ねてくる気配はなかった。 それどころか、夕食を済ませた後も、長義がやって来る気配はない。 国広は首を傾げつつ、縁側を歩く。 湯あみを終えたばかりの髪は乾燥済みなので、被っているタオルを濡らすことはない。 元々、国広は自然乾燥で済ませていたのだが、それを知った長義にドライヤーを使うよう言い含められ、仕方なく、国広はその通りにしたのだ。 小さく溜息を吐く。 それもこれも、長義の影響だ。 こうして髪をきちんと乾かすのも、鬱々とした気持ちにさせられているのも、全て。 国広が此方を伺う気配に気づかなかったのは。 ちょうど、刀剣たちの部屋の一角に差し掛かったところだった。 不意にすぐ傍の障子が開いた。 そこから白い手が伸びてきて、国広の胸倉を捕らえる。 そして、そのまま部屋に引きずり込まれ、床に叩き付けられた。 「な……っ、一体、」 誰だ、と続けようとした口は、自らに覆いかぶさる男を見て、固まってしまった。 彼の顔には、如何なる表情も浮かんでいなかった。 まるで人形のようなその顔に、誘いを断った時のことを思い出す。 なんで、あんたがそんな顔をしているんだ。 俺を避けていたんじゃないのか。 いや、そもそも、何故俺は彼に押し倒されている? 混乱する国広に、長義はほんの少し顔を寄せた。 敵を見据えるようなその瞳に、国広は背筋がぶるりと震えるのを感じる。 「どういうつもりだ」 目の前の唇から放たれた言葉に、国広はさらに困惑した。 震える声を叱咤して、何とか言い返す。 「それは俺の台詞だ」 「黙れ」 何時もより数段低い声に、国広の体が強張る。 そんな国広を見て、長義は目を細めた。 手袋に覆われていない彼の手が、国広に伸びる。 思わずぎゅっと目を瞑ったが、その手が顔に伸びることはなかった。 その代わりに、身に着けていた浴衣の裾を掻き分けて、彼の手が侵入してくる。 その手が内腿を、つぅ…となぞり上げた。 「……っ、おい、本歌、なにを」 「うるさい。 そんなに他所の俺が良いか。 こんなに気配をべっとり纏わせて……。 ああ、それとも山姥切長義なら、誰にでもお前は脚を開くのかな?」 「は……?」 長義の言葉に、国広は目を瞬かせた。 他所の長義?気配? いや、それもよく分からないが、何より、彼は何と言った? 彼の台詞がぐるぐると頭を回る。 やがて、何を言われたのか理解した時、頭がカッと熱くなった。 腹筋を使って起き上がると、今度は国広が長義の胸倉を掴み、彼を床に押し倒す。 「馬鹿にするな!俺はお前以外を知らない!俺はそんな軽い奴じゃない!」 逆転した体勢の中、国広は長義を見下ろして怒鳴りつけた。 腹が立った。 悔しかった。 何より、悲しかった。 他でもない彼に、そんな無節操な奴だと思われたくなかった。 だって、ずっと好きだったのだ。 好いた相手に、勘違いされたくなかった。 長義は、国広の叫び声に一瞬目を見開くと、負けじと叫び返す。 「うるさい!なら、何故そんなに他の俺の気配がするんだ!」 「知るか!とにかく、俺はお前以外に抱かれたことはない!」 「……っ、この……!」 苛立ったような声を零しながら、長義がぐいっと国広を引き寄せようとする。 国広はそれに抵抗しようと、全身に力を入れた。 その結果、国広の浴衣のあわせが乱れ、そこから何かがぽろりと落ちる。 「あ……」 「……なんだ、これは?」 落としたものに長義が目を留めて、首を傾げた。 彼は国広の胸倉から手を放すと、腕を伸ばして、それを拾い上げる。 拾ったものを見て、長義は怪訝そうな表情を浮かべた。 国広が落としたもの。 それは、昼間に出会った他所の本歌から貰った小袋だった。 「これは? 同位体の気配がするが……」 「そ、それは……他所の本歌から貰ったものだ」 「は? 何故?」 「その……お前と話せなくて、そのことを余所のあんたに相談したら、これを持っていると良い、って言われて……」 「……」 国広の言葉に、長義が黙って小袋を開ける。 中には、小さな紙切れが一枚、入っていた。 折りたたまれたそれを開いて、長義はそれに目を通す。 一通り目を通したのだろう。 やがて、長義は紙切れから視線を離すと、溜息を吐いた。 低い声で、小さく呟く。 「同位体め……謀ったな」 「え?」 「いや、何でもない」 長義が首を振り、此方を見上げてきた。 どこか複雑そうな表情で、彼は国広の肩を軽く叩く。 「とりあえず、降りてくれないかな。 話は聞いてやるから」 「……」 どうやら、彼の怒りは収まったらしい。 どういう風の吹き回しだ。 いや、おそらく他所の本歌が何かしたのだろうが。 長義の表情に負けず劣らず、複雑な心情を抱えながら、国広は長義から退いた。 続けて、長義が起き上がる。 「それで? お前は俺と話したかったのだろう。 さっさと話せ」 「……それは、その」 恐らく、国広が本音を吐けばいのだろう。 しかし、国広は全て言おうとして、言葉に詰まった。 冷ややかな瑠璃の色が怖い。 拒絶されたくない。 その恐怖にとらわれて、うまく言葉を継げない。 どうにか、呼吸を整えて話そうとするも、言って良いのか分からない。 不意に、脳裏にお国の笑顔が蘇った。 脳内のお国は、あどけない表情で「男を見せろ」と笑った。 その方が手っ取り早い、と付け加えながら。 脳内同位体のその言葉に後押しされて、国広は口を開いた。 「そ、その……す、好きだ!」 「……は?」 「だ、だから、俺はあんたが好きだ!」 国広の言葉に、長義が目を見開く。 そんな彼の反応に、国広は肩を縮こませた。 一方、長義は、らしくもなくうろたえる。 彼は胡坐を掻くと、痛む頭を押さえるように、こめかみに手を当てた。 「何故、そんな嘘を……」 「拒絶されるのが、怖かったんだ……あんたはきっと、俺のことを好ましく思ってないだろうから」 「は? 勝手に俺の気持ちを決めないでくれるかな?」 え、と国広は顔を上げた。 そんな彼に、長義が眉を跳ね上げる。 「それって、どういう……」 「ここまで言って、分からないか」 長義は呆れたように言うと、不意に手を伸ばしてきた。 彼の手が、とん、と軽く肩を押す。 くるりと視界が回った。 見下ろしてくる長義の姿に、押し倒されたのだと気づく。 長義は国広に覆いかぶさると、国広の頬を撫でた。 その手の優しさに、国広はぽかんと目を見開く。 「好きだよ」 「……え、」 「だから、俺は、お前が好きだよ」 予想外の台詞に驚いたら、さらに追い打ちを掛けられた。 国広は何度か瞬きを繰り返してから、ええ…?と困惑の声を上げる。 「……どうして困惑するのかな? もっと喜んだらどうだい」 「夢、じゃない……?」 「夢じゃないよ」 どうしてこう疑り深いのかな、これだから、お前は。 そう言いながら、長義が小さく首を振る。 それでも、頬に当てられた手は優しくて、国広はその手の上から自らの手を重ねた。 「……国広?」 「う、嬉しい……」 「……そう、俺も嬉しいよ」 そう言って、長義は笑った。 その笑顔を見ながら、ああ、長義は綺麗だな、などと明後日なことを考える。 長義の顔が近づく。 互いの吐息が混じり合って、唇が重なった。 優しい口づけの感触に、泣きたいくらい幸せな気持ちになる。 心地よさに目を細めていると、長義の手が国広の体をまさぐり始めた。 思わずぴくりと反応すれば、長義は機嫌良さそうに笑う。 「あ、あの、本歌、一体なにを……」 「何って……お前はどうにも疑い深いみたいだからね。 今夜は思いっきり甘やかしてあげるよ」 その言葉と同時に、浴衣のあわせから彼の手が忍びこんでくる。 その手を受け入れながら、国広はふわりと笑った。 腕を持ち上げて、長義の頬を包むと、自分から口付ける。 今までの夜だって、触れてもらって嬉しかった。 けれど、心が伴わない行為が酷く寂しかった。 本当は国広である必要はなくて、都合が良い存在なのだと思うと、心が痛かった。 でも、もう今はそうじゃない。 晴れて、こいびと同士だ。 もう、あんな寂しい気持ちを抱えなくていいのだと思うと、少し報われた気がした。 ……もしかして、昼間の彼が気になるのかな?」 「何故分かった」 「お前が分かりやすいんだよ」 「……いや、俺のことは良いんだ。 そうじゃなくて、お前、あっちの俺の悩みの種があっちの山姥切だって、何で気づいたんだ?」 「相場だから」 「嘘つけ」 「何だ、騙されてくれないのか。 ……お前、あっちの写しくんに違和感を感じなかったか?」 「……ああ、気配が少し重なっているような気がしたな。 それが何か?」 「おそらく、彼方の俺の仕業だろう。 恐らく、行為するたびに自分の気配をべっっったべたに擦り付けていたんだろうね。 執着心の強い性格の俺だな」 「成程。 それで、お前の気配をわざとあいつに押し付けたのか。 そうすれば、あっちの山姥切が焦るから」 「そういうこと」 「しかし、あっちの山姥切が執着心の強い性格だなんて、よくそんなことが分かったな」 「……山姥切長義っていう刀はね、多かれ少なかれ山姥切国広にただならぬ感情を持っているのさ。 それが可笑しな方向に転がると、ああいう個体が出来上がる」 「へえ……。 なあ、長義もあっちの山姥切と同じクチなのか?」 「……聞きたい?」 「っ、いや、結構だ、ちょっと待て、おい、何処触って、……ひゃあっ、あ、や……っ」 「安心しなよ。 明日はお互い非番だし、何より彼方の俺みたいに気配は残さないから。 ……その分、身をもって体験してもらうつもりだから、覚悟しろよ」.

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「#ちょぎくに」のイラスト

ちょ ぎく に

ちょぎくに、二人で話しているだけの文章。 「他の刃にうつつをぬかす話」 ナイフでイノシシを捌く国広と、それを眺める長義。 他の刃を使うなんて何だかすっきりしない。 イノシシ解体描写あり。 [jump:2] 「他の刃にうつつをぬかす話2」 ハサミで折り紙を切る国広と、それを見つけた長義。 また他の刃を使っていて何だかいらっとする。 [jump:3] 「生きるのが下手1」 人間としてはすごく生き方下手な写しが心配で来世までついてきた本歌。 転生設定あり。 [jump:4] 「生きるのが下手2」 上の話の長義さん視点。 転生設定あり。 [jump:6] [newpage] [chapter:他の刃にうつつをぬかす話] うわ、と思わず声が出た。 そしてそれに気づいたのか、視線の先で屈んでいる相手が顔を上げる。 ばっちりと、その陽に透かした若葉色の目と合ってしまう。 屈む彼の下には獣が横たわっていた。 その下に敷かれたシートが、そして彼の手元が真っ赤に染まっている。 恐らく、いや確実に獣は死んでいるようだった。 獣の臓腑、その肉は皮を裂かれたことで露になってしまっている。 誰がそんなことをしたかなんて確認するまでもない。 彼が握ったナイフは血と油にまみれている。 「…何をしているのかな」 情けないことに声が少し震えた。 口がひきつった。 いや、断じてこの光景に恐怖しているわけではないのだ。 むしろ類似した景色に身をおくことは常。 ただまさか、その酸化した赤を、命を刈り取る銀色を。 遠くから短刀たちの遊び声が聞こえるのどかな真昼の本丸で目にするとは思わなかっただけで。 予想外の景色に動揺ぐらいする。 するが、しかし彼の目の前ではそんな情けないところを見せたくはなかった。 舌打ちは内心に留めておく。 彼は小首を傾げて。 「見ての通り解体だが」 「解体」 「今夜は牡丹鍋だ」 「牡丹」 国広はもう会話を終えたと言わんばかりに、また獣へと視線を戻した。 そうしてまた、ぶつりと彼が握る銀色が命だったものを細かに分けていく。 まるで店頭に売られる商品のように一定の塊に肉を捌いていく。 その手に握られているのは『彼』ではなく、刃の厚いナイフだった。 似あわないなと思う。 刃物を扱う手さばきはもちろん慣れたものだが、しかし。 また一度手を止めて、そしてしっかりとこちらの眼を見て。 彼はまた口を開く。 「適材適所だろう。 捌くには『俺』は大きすぎる」 「…けれどお前、刀の付喪神だろう」 「肉を捌くならこいつがいい、と主がくれたんだ」 一度は、自分で捌こうとしたのだと。 手慣れたそれならば仕事も早いと思った。 「だが、俺にできたのは『殺す』ことだけだ。 知識がなかった、というのもあるが…こうして命をもらったのに、大して活かせなかった。 多くの部分をダメにしてしまった」 俺では駄目だと、彼は判断したのだそうだ。 彼は手の中の銀色を一度タオルで拭って、その刃をじっと観察する。 陽の光の下で傾け、その反射する光に眼を細める。 まるで愛おしむように見るものだ。 そんな年端も行かない赤子を。 「包丁のように、肉を捌くいい刃物はないかと主に訊いた。 お前が満足するものを絶対見つけるからな、とか…それでもらったのがこいつだ」 「…うん」 その時の主の心情は察するに余りある。 例えば燭台切に燭台をも斬れる素晴らしい刀はないかと訊かれたくはない。 国広はまた作業を再開してしまった。 なるほど、主は良い物を彼に与えたに違いない。 もちろん使い手の腕もあるだろうが、切れ味は鋭く次々肉を小分けにしていく。 毛皮もしっかりはいでどこの部位も無駄のないように、命を頂ききるように解体していく。 ただそれを見ていると、もやもやとしたものがこみあげた。 すぐにでも口をついてしまいそうなそれらを何とか飲み込む。 あまりにも、理不尽で無様だと未だ冷静な心が判断するからだ。 彼の手には似合わないナイフが赤に塗れて踊り続ける。 山からの頂き物を彼は丁寧に丁寧に受け取る。 おぞましいほど似合わなくて、相応しくないと今すぐにこの場から連れ出したいと思う。 (やっぱり偽物君だ) 口には出さず吐き出せば、当然否定は返らない。 「偽物君、後で手合わせに付き合え。 刀を持ってこい」 「真剣でやるなら主に話を通してくれ」 「言われずとも。 それで、もちろん付き合うだろう」 「これが終わったらな。 なんだ急に」 その声の温度が少し下がる。 きっと上げない顔は困り果てているに違いない。 結局断りはしないが、ただで言いなりになる刀でもない。 それはよく知っている。 振り回しているとわかっている。 理不尽であることもわかっている。 けれど収まらないのだ。 その手に握られるべきは、己と似て、しかし別物である「山姥切国広」であるべきだ。 「本物の太刀筋を教えてあげようと思って」 その大乱の刃を、無性に見たくて仕方がない。 [newpage] [chapter:他の刃にうつつをぬかす話2] ちょきん、ちょきん。 通りすぎた部屋からそんな音がする。 しゃきしゃき、ちょきん。 まったく聞き覚えのない音というわけではなかったけれど、咄嗟には正体が思い出せず足を止める。 しかしその音の発生源である部屋は、よりにもよって己の写しの部屋なのだ。 しかも今まったく気にせず通り過ぎたばかり。 それがわざわざ、この本歌がちょっと気になったので足を返すなどと。 通り過ぎたとき、戸は開いていた。 中の様子は見たわけもないが。 一目でもよこしていれば今悩む必要もなかったのに。 いや通りすぎるだけで部屋の中に気を向けるなど、まるで写しを意識しているようだ。 そんなことは決してない。 疎むべき相手であるだけで彼個刃を気にしているわけではないのだから。 本当に。 それで、どうしようかと。 これ以上立ち止まっていることも不自然だ。 戻るかこのまま進むか。 音がしただけで今のは何だと彼に訊くのか。 それは。 「…何か用か」 まるで亀がのっそり甲羅から首を伸ばすように。 恐る恐る、偽物君が廊下の自分に向かって部屋から顔をだし、問いかけてきた。 その手には折りたたまれた紙。 それからハサミ。 ああ、なるほどハサミの音だったか。 答えを得てほっとする。 このまま通り過ぎよう。 用などあるわけがないのだから。 「何をしているのかな」 彼の、ハサミを握る手とは反対の手。 その手が持つのはどうやら何重かに折りたたまれた紙で、しかしざくざくと切られハサミに切り刻まれほとんど棒のような切れ端しか残っていない。 その正体がつかめず離れることができなかった。 まさかハサミの試し切りをしているのか。 資源の無駄遣いじゃないか。 そもそもお前は刀だろうに、刃を試すなら自分にしておいたらいいものを。 どうして彼はその手に「自分」を握らない。 どうして他の刃を振るう。 その身、それ自体が刃であるのに、まるで他人にその存在を委ねているようで、刃としてのプライドをおいてかれているようで。 国広はハサミを一度置くと、切り刻まれた紙を持ってこちらへとやってくる。 「短刀たちに教えてもらったんだ」 「何を」 「ほら」 そして、彼は折りたたまれた紙を丁寧に丁寧に開いていく。 やがて開ききった紙を、こちらの手にのせて自信ありげに笑った。 手の上にのせられたのは、星。 中心の六角形から華やかな飾りのついた枝が六本伸びている。 いや星ではない。 この形状は、そうだ結晶体だ。 それがどうして自分の手のひらにあるのだろう。 さっきまで国広が手にしていたのではわけのわからない切り抜きをされた、無残な紙であったはずなのに。 「折りたたんで、教えられたとおりに切ると結晶になるんだ」 「…試し切りしていたわけじゃなかったのか」 「試し切り…何だそれは」 よくわからない、と首をかしげる国広の姿に、答えに胸のすく思いがした。 小さな笑みながら無邪気そのものの表情で、彼はただ結晶の形に変化した紙を見つめている。 短刀に教えられた、と言っていたが目の前の男の態度も短刀のようだなと思う。 「他にも色んな切り方を教わった。 だから…」 「…だから?」 途端に、彼の表情が固まる。 口を硬く閉ざし目を伏せる。 言いたいことがあれば言えばいいものを。 そちらが口を開かなければ、ただ言葉は死んでいく。 察することができるほど、自分は彼の「人となり」を…知らない。 彼の言葉、あるいは提案を自分が聞き入れるかは別の話。 けれど、言葉を待ってやることはしてもいい。 根気よく見つめていれば、ようやく彼が観念したように口を開く。 「一緒に、どうだ。 結晶の折り紙作り」 声が、その手が微かに震えているのがわかってしまった。 たったそれだけを口にするのに、肝が据わっているはずの国広がひどく緊張する。 それが自分たちの距離であると改めて知る。 自分がとった間合いであると。 それでかまわないし、そうであるべきだと思っている。 最低限同士としての繋がりは持っていたとして、それ以上は自分たちには不要なはずだ。 並び、反発しあいそうして互いに己を主張し続ける。 けれど、この間合いでは知れないことが、言えないことがある。 「…お前、手に他刃を取るというのはどういう気持ちだ」 彼がそうしたように、自分も張り付く喉を開いて言葉を紡いだ。 手の震えは握りつぶす。 まるで敵に対したように張り詰めた気を、意識して和らげようとする。 「ハサミを使うんだろう、それ」 彼の背後、机の上で大人しくしているハサミは、恐らく安物ではない。 きっとまた審神者が刀剣男士に持たせるならば良い物をと選びぬいたに違いない。 審神者も大変だなと他人事のように思う。 詳しい相手にその対象を贈るのは避けるべきだとどこかで聞いたが、己の写しは例え鈍のようなハサミでも気にせず使っただろう。 どういう気持ちで、己の役割を他人に明け渡すのだ。 国広は唐突だったろう質問に目を点にしていたが、すぐにいつもの無表情に戻ってこちらを真っ直ぐに見つめてくる。 「例えば、馬の気持ちだろうか」 「……」 飛び出しかけた言葉を飲み込んだ自分を評価した。 例えば野生の猫を手名付けるように、様子を窺い決して声を荒立てず苛立たないこと。 国広はこちらの配慮には気づいていないだろうが、少なくとも言葉を遮られなかったことに安堵したらしい。 先ほどよりは柔らかくなった表情で言葉を続ける。 「あんたも、足として馬を頼るだろう。 それと同じなだけだ」 「馬は俺達とは機能が大きく違う。 だがハサミもナイフも俺達と同じだ」 「同じじゃない」 「同じだ」 距離を詰めれば、こちらを真っ直ぐに見つめる目が当然さらに近づく。 至近距離、いっそ噛みつくことさえできそうな距離で否定する。 自分自身、他の刃物を持つことに違和感があった。 他の刀が、例えば包丁を持って食材を刻んでいくのが不思議だった。 斬る、という行為は自分たちの領分。 ただ、苛立つのはこの刀に対してだけだった。 その手から他刃を叩き落したいと思うのは、写し刀だけだった。 これの前では冷静でいられないことを自覚している。 言葉は止まらず、苛立ちもおさまらない。 「お前は山姥切国広で在ればいい、在るべきだ。 他の物になるなんて」 許さない、許せない。 それが口をつくのは寸でで堪えたが、さすがに国広も察したかもしれなかった。 口に出してしまえば、きっと国広は訊き返すだろう。 何故許せないのか、何故許されなければいけないのか。 彼は得た人の身で、適材適所、道具を正しく使い分けていただけなのだから。 わかっている。 簡単な話だ、短刀の真似事は自分達には難しいし、逆もそう。 それぞれがそれぞれの役割を持っている。 だからこそどうしてと理由を問われれば、答えに窮するのが見えていた。 どうしてこの刀が他の刃を握ることを許せないのだろう。 肉の身というのはできることが、雑音が多くていけない。 ただ斬る道具であればこんな不可解な思いなど知らずにすんだのに。 この刀が、ただ、己の写しそれだけであれば。 「…すまない。 おかしなことを言った」 「山姥切」 「さっきのは忘れろ。 折り紙の誘いも結構だ」 「山姥切!」 彼に向けた背に名が投げかけられる。 それでも立ち去ろうとする自分に、彼はおかまいなしに続けた。 「自分が何であるかも、自分のなすべきことも本分も、忘れたことは一度だってない! 疑うなら手合わせでも何でも受けて立つ!」 「…なら後で道場に来い!」 行きついた答えに、笑うしかなかった。 なるほど、確かに互いに刀でしかないようだ。 [newpage] [chapter:生きるのが下手1] 「お前は、人間社会には馴染めそうにないね」 何を言っているんだろうこいつは。 突然隣からかけられた言葉への素直な感想だった。 読んでいた本から顔を上げて、隣で同じく読書をしていたはずの山姥切を…いや彼はいつの間にか本を手放していた。 支給端末で何かの映像を見ている。 今日は山姥切の部屋で読書会だ、って誘ったのはそっちじゃないか。 お前も書に親しむべきだとか何とか言って。 その挙げ句に意味不明な脈絡で貶されるとは。 「お前、言いたいことは全部口にしろ。 こっち睨んだって少ししか伝わらないよ」 眉間をぐりぐりと押される。 やめろ、とその手を払いのけた。 呆れたように眉を下げて、山姥切は嫌みな程綺麗に笑う。 「勝手に呼びつけて挙げ句変な言いがかりをつけられた、って?」 「…伝わってるんじゃないか」 「俺だからわかるんだよ。 お前は経験のない個体かな? 山姥切国広はよく仲間に言いたいことが伝わらず、ズレを作りやすいと聞いていたけれど」 沈黙を返しておく。 そんなもの心当たりが多すぎる。 隣の山姥切は俺とは真逆に、楽しそうにくすくす笑いやがっていた。 やめろ頭をつつくな布がずれる。 「人間社会…とりわけ日本は気遣いと察する力と言葉が物言う世界だ。 お前はきっと、さぞ生きにくいだろうね」 「…だからなんだ」 俺は物でそんな社会のたらればなんて関係ないだろうに。 前に主の会社の話を聞いて俺には無理だと深く思ったことだってあるんだぞ。 仮定の話でこれ以上気を重くしてくれるな。 と、いう抗議は口にはしない。 どうせ山姥切はお見通しだ。 「だから、その時は俺が面倒を見てやってもいい」 「断る」 もしもまで山姥切に手間をかけさせるなんて、折れてもごめんだ。 絶対嫌だの意思をのせて山姥切をじっと見つめていれば、彼は溜息なんて吐き出した。 仕方ない子だ、なんて。 隣で過ごすようになってから子供扱いが増えたように思うんだが。 なんだ、昔を懐かしんでか? その目をよく開いて見ろ、目の前にいるのはあんたと背丈のほぼ変わらない無愛想な男だ。 山姥切はおかしそうに笑う。 俺の顔を覗きこむように顔を傾けてきて、銀の髪がさらりと重力に従った。 「お前が逃げたって与えてあげるよ。 もてるもの、だからね」 高慢。 彼をそう評したのは誰だったか。 ちらりと見えた彼の端末には、転生、なんて文字が見えた。 [newpage] 「ほら、やっぱり」 庭の隅でうずくまっていたら、急に声と影が降ってきた。 「お前は人間が下手くそだ」 そういって突然頭を押し付けるようになでてくるなんて、間違いなくあやしい人だ。 そういう人からは逃げなくてはいけないと教わっている。 教わっているけれど、体が動かなかった。 ぐり、とその手に押し付けるみたいに頭をあげてしまう。 このはお兄さん誰だろう。 「ちゃんと見つけたろう。 俺が面倒を見てやろうね」 アニメみたいに綺麗な人が、安心したみたいにやんわり笑った。 [newpage] [chapter:生きるのが下手2] 刀剣男士の転生、というのは実在する。 してしまう。 長く人の身を得て生活した刀剣男士の中には魂が変質してしまう物もいるようだ。 妖へ変化するとか穢れ刀に成り下がるとかそういう類ではないのだけど、つまり、人に寄りすぎる。 刀剣男士として本丸で過ごす分には問題ないのだが、終わった後が問題なのだ。 肉体を失い、依り代を失った魂は本霊へと還るのが摂理。 しかし勘違いしたのかされたのか、その道筋から外れて人の子の輪に混じってしまうそうだ。 そしておめでたく人の子としてその世界に存在を得てしまう…というのが政府の確認している刀剣男士の転生事象である。 広く知られているわけではないが、一部、おもにその事象を担当する職員などにははいはいまた転生ね、程度に成り下がった案件らしい。 発覚した当初は機密がとか本霊への影響がと大騒ぎだったらしいが。 実際政府としては正直、歓迎する事象ではない。 大騒ぎの内容通りフォローが様々必要であるし、そのフォローが徒労に終わることがほとんどだし。 認めてはいないがとりあえず対象の把握はしておいて、あとは放任だ。 本霊への影響は急を要するものではなかったし、死んだ後は本霊にちゃんと還るケースもあったし。 それに何分、対応が非常に面倒だったので。 それで、転生。 久々に転生にまつわるやらかしケースがかつての同僚から愚痴混じりに共有された。 俺の手元の端末にはその事案が簡潔にまとめられて表示されている。 機密保持のあれそれい接触しない程度の簡単な話。 転生した刀剣男士の自殺による、魂の劣化。 (望んで人の生を受ける刀剣男士は、いない。 ほとんど事故だからな) 人に寄りすぎていることさえ、気づかない刀剣男士も多いだろう。 どうしたって彼らは最期まで間違いなく主の刀として使命をまっとうするのだから。 だから自分を誇りある刀剣男士だと思っている。 実際その認識は正しいと俺は思う。 事故だ。 うっかり人の世に迷い出た。 だから、齟齬を起こしてうまくやれない元刀も多い。 ちょうど隣にいる偽物君なんかは。 「お前は、人間社会には馴染めそうにないね」 何を言っているんだこいつは、という顔をして偽物君が顔を上げた。 彼の手元の本は、この部屋に入れた時から比べると大分進んだようだった。 読書会と誘ったのはそっちじゃないか、急になんだ、というしかめ面をする偽物君がおかしくて、その眉間をもんでやる。 ただでさえ不愛想な面なんだからそんな顔をするんじゃない。 こっちは、お前を心配しているんだ。 万が一お前、人の子の社会に混じってしまったらちゃんと息はできるかい。 俺は政府に居た時に片鱗を垣間見たけれど、あれは、面倒なものだよ。 もちろん面倒以外だってあるさ。 それなり充実していた。 けれど、口下手のお前が、顔を晒したくないと身をかがめるお前が、卑屈に顔をさげるお前が、なのに生意気にも真っ直ぐ相手を見返す目が、強すぎるが故に捩れた矜持が。 あそこでやっていけるとは思えないんだよ。 おおよそ、人の子にはあまるんだお前という人格は。 お前はそう簡単に変われないだろう。 不器用で、真っ直ぐな刀だ。 居場所を見つけられなかったら、理解者を得られなかったら。 異端はすぐに弾きだされる。 未知は恐怖。 意志を伝え貫くことができなければ、いいように解釈し利用されるだけ。 俺の写しが踏みにじられる様なんて、どこで、どんな姿であっても見たくない。 「だから、その時は俺が面倒を見てやってもいい」 そうするしかない。 嫌だと言われても、こればかりは譲れないな。 心配をかけるお前が悪いんだよ。 「お前が逃げたって与えてあげるよ。 もてるもの、だからね」 言霊をのせる。 本歌と写し、その縁にさらに約束を強く強く結んでおく。 姿が変わっても、器が変わっても、その魂が同じならば絶対に見つけられるように。 山姥切国広の自害なんて、二度と聞かずにすむように。 [newpage] 生まれた時からずっと焦っていた。 思い出してからはもっと焦っていた。 走って走って、糸を手繰り寄せて。 そうしてようやく、庭の隅でうずくまっていた子供の頭を撫でたとき。 その温かさに触れられたとき。 情けなくも安堵で立てなくなるかと思ったんだ。

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