ベビー スキーマ。 専門基礎演習レポート 1995/04/22

科学的に考える、赤ちゃんはなぜ可愛いのか?

ベビー スキーマ

By - 公開: 2019-02-16 更新: 2019-02-16 「ハロー千葉」では、千葉のイベント情報に合わせて耳より情報を紹介する。 今回は、成田ゆめ牧場より「一人で初めてのお買い物」の話題だ。 赤ちゃんって何でこんなにかわいいんだろう? と思ったことはないでしょうか。 人でも動物でも関係なく、小さい赤ちゃんは本当によちよち可愛らしくて、困ったり泣いていたりすると、すぐ手を差し伸べてしまうものです。 ノーベル賞も受賞している、動物行動学者 コンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz)さんは、人間や動物の赤ちゃんに見られる身体的な特徴を 「ベビースキーマ」と定義しています。 この身体的特徴により、私たちは赤ちゃんを 「かわいい」と感じたり、自然と守ろうとする心理がはたらくのだと言います。 例えば、体に対して 頭の割合が大きいこと、 目が大きく丸くて顔のなかの低い位置にあること、 頬がふっくらしていたり、 手足が短くて動作がぎこちないこと…などが挙げられます。 赤ちゃんを見るとつい微笑んでしまったり、思わずあやしてしまうのは 本能に組み込まれた反応ということです。 これは人間に限ったことではなく、動物の赤ちゃんも同じように 「ベビースキーマ」の特徴があります。 動物の赤ちゃんを思い出しても、やはり頭や目が大きくて、動きがずんぐりむっくりしていますよね。 これにより 親の庇護責任を刺激し、自分の身を守ってもらう効果もあるのです。 ちなみに、赤ちゃんの年齢で「最もかわいい」と思える年は、 1歳前の子ども…という調査結果もあるそうです。 「かわいい」という感情は相手を守りたい、保護したいというだけでなく、 「仲良くなりたい」という気持ちも含まれるのだとか。 活発に動き出す1歳前後の赤ちゃんには、特にそういった気持ちが湧いてくるのかもしれませんね。 皆さん、一人で初めてお店に行って、品物を選び、お会計した時のこと、覚えていますか? とても不安だったことは間違いないと思います。 親御さんの立場になると、迷子はもちろん、交通事故も心配ですよね。 でも「初めて」を経験しないと成長することもない…。 そんなお気持ちの親御さんにぴったりなイベントが、成田ゆめ牧場で開催されます。 その名も 「一人で初めてのお買い物」! 牧場内の4つのお店から3つの指定商品を買ってきてもらいます。 もちろん本物のお買い物ですが、車は走らずスタッフも見守るので安心安全。 本格的なお買い物の予行練習にぴったりですね。 課題商品を間違えることなく、制限時間内に買って来ることができたら、うれしいご褒美を差し上げます。 ただし 大人気イベントにつき満枠の可能性がございます。 ご予約状況の確認、ご予約はお電話にてお待ちしております。 小さな手にお財布を握りしめていざ出発! 合わせてもご覧ください。

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北田 沙也加

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赤ちゃんのかわいらしさの要因の1つとして,外見の特徴すなわち「見ため」が挙げられます。 動物行動学者コンラート=ローレンツは,ヒトだけでなくイヌやトリなど多くの生物に共通する赤ちゃんの形態的・行動的特徴を調べています。 その特徴とは,「体に対する頭の大きさの割合が大きい,顔より頭蓋のほうが大きい(大きい額),目が大きく丸くて顔の中の低い位置にある,鼻と口が小さく頬がふくらんでいる,。 体がふっくらして手足が短くずんぐりしている,動作がぎこちない」というものです。 このようなベビーシェマと呼ばれる特徴が大人に「赤ちゃんらしい」というメッセージを送り,大人は思わず微笑したり手を差し伸べたりしたくなるのです。 この赤ちゃんの特徴と大人のほぼ自動的な反応が組み合わせられているため,誕生後すぐに1人では生きられないほど未熟な状態である赤ちゃんが,大人による愛情行動を引き起こし世話や保護を受けることができるようになっています。 単純接触効果の生起要因には諸説ありますが,現在までに研究者たちの間でいちばん受け入れられているのが「知覚的流暢性の誤帰属」説です。 これは,「ある刺激に接触し続けることで,刺激に対する知覚情報処理レベルでの処理効率が上昇することによって刺激への親近性が高まる。 この親近性の高まりが,刺激自体への好ましさに誤帰属される」というものです。 この説によれば,刺激への接触経験が想起可能な状況では誤帰属が生じず,その結果として呈示刺激に対する好意的反応傾向が抑制されてしまいます。 赤ちゃんは皆こうした赤ちゃんらしい特徴を備えていますが,赤ちゃんの外見の個人差に注目し,大きな目や頬といった特徴が顕著な赤ちゃんは大人から愛情反応を引き出しやすいのかどうかを調べた研究があります。 実際にローレンツが述べたような形態的特徴が顕著な赤ちゃんは,親以外の大人から注目される時間が長く,「かわいらしさ」の評価が高いこと,月齢がより低く評価されることがわかっています。 そして「かわいらしさ」の評価は,平均して11か月齢ころがピークになります。 これは,誕生直後よりもむしろ運動能力が発達し活発に動き回るためにけがなどの危険が増加する月齢に,大人の注意をひきつけておくことがより重要になることに関係しているようです。 ただし上記に述べたような大人による評価や反応の違いは,複数の赤ちゃんの写真やビデオを比べて見るときに起こるもので,個別に1人ずつを見た場合には注目する時間に赤ちゃんによる違いはみられません。 さらに特定の赤ちゃんに長く接しているほどに愛着が形成され,かわいいという評価は高くなっていくので,赤ちゃんのかわいらしさの個人差に対する形態的特徴の影響は,初対面の場合より小さいと考えられます。 また赤ちゃんのかわいらしさには,表情の影響もあります。 笑っている赤ちゃんは泣いている赤ちゃんよりも,大人からかわいいと思われます。 赤ちゃんが相手を選ばず反射的に微笑む能力をもって生まれてくることは,周囲の大人との愛着と社会的関係を構築していくうえで有効に機能しているのです。

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北田 沙也加

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他の言語に翻訳し難い日本語は多くあるが、「かわいい」もその1つに数えられるだろう。 しかも、日本国内においてその意味するところや使われ方が近年また大きく変化しているように思われる。 東京で生活していると、頻繁にメトロに乗る。 すると、駅構内や車内のディスプレイにおいて、石原さとみが主観カメラによる擬似デートばりの雰囲気でので、世間のオジさんよろしく「かわええなあ」なんて思ったりするのだ。 しかし、TBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」ので新垣結衣が踊る姿を観て、なんだこのかわいさは!と衝撃を受けてしまった。 しかもそれは、石原さとみに対して感じるかわいさと、何か別のものだった。 この違いはなにか。 私は周りの女子大生に、石原さとみと新垣結衣のどちらがかわいいかを聞いてみることにした。 十数人ばかり聞いたところ、「そりゃ、愚問だよ。 新垣結衣に決まってる。 石原さとみはかわいくない。 もし身近にいたら敵だもん」と。 なるほど。 男目線と女目線では、かわいいとはこうも違うのか。 つまり、単に美人で魅力的というだけではかわいいとは言えない。 いやまてよ。 世間では、ねこ画像をみてかわいいと悶絶する人が多数いる。 女の子が洋服を選ぶとき、「この服超かわいい」と言うが男には全く理解不能だ。 相手が男だろうが、「かわいい後輩」という言い方をする。 おまけに、「かわいいは正義」で「かわいいは作れる」らしい。 つまり、三段論法で行けば、「かわいい」を媒介とすることで、簡単に「正義は作れる」ことになり、も涙目だ(正確にはかわいいことによる正義限定で、かわいくない正義は作れない)。 そこで私は、この不思議な言葉「かわいい」について考えてみることにした。 私が参加させて頂いている社会人勉強会GreenTheWorldにおいて発表させて頂くを得たので、そこで発表した内容を踏まえて書き記すことにする。 この手の問題でついやってしまうのが、語源から辿るという方法だ。 いろいろ調べてみると、「かわいい」の起源は清少納言の「枕草子」で、その「」の段に羅列され「うつくし」と形容されているものが、現代「かわいい」とされるものなのだと言う。 この時代における「うつくし」は、目上から目下の者に対して「かわいい」と感じるようなことを指していたと考えられており、それは確かに現代における「かわいい」にかなり近いように思われる。 一方、「かわいい」の語源は「かほはゆし」とされ、恥ずかしい、気の毒だといった意味から、「かわいい」と「かわいそう」に分岐していく[]。 つまり、「かわいい」は「かわいそう」の語からも想像できるように、語源からしていたわしいと言う意味が含まれている可能性は十分にある。 実際、私の母の故郷である郡上八幡で話されている「郡上弁」では、小さい子が転んだりすると、「」と表現する。 次に、かわいいの意味についての学術研究についても調べてみた。 よく引用されているのが、コンラード・ローレンツによる「ベビースキーマ理論」である。 ローレンツは、哺乳類や鳥類の幼少期は、成体に比べて頭の割合が大きく、目が大きい、目が比較的低い位置にある、丸みを帯びている、などの7つの身体的特徴(ベビースキーマ)があり、それらの特徴をみると「かわいい」と本能的に感じ、守りたくなってしまう効果があるのではないかと論じた。 確かに、大きな瞳はかわいいと感じるし、幼児性を感じるような身体的特徴もかわいいと感じられるように思う。 しかし、そうした幼児性だけでは説明できないかわいさは多くある。 例えば、枕草子にあるようなお雛様の調度類をかわいいと感じたり、笑顔の成人や老人をかわいいと感じたりするものだ。 かわいい研究で知られる大阪大学の入戸野教授らの研究によると、「かわいい」と感じることを説明する要素として「共感性」「親和動機」「接近動機」を挙げている。 たしかに、キャラグッズなどは身近に置きたいと思わせるものであるし、感情移入出来るものや、仲良くしたいと思わせるものに対してかわいいと思うことはある。 この研究をヒントに、自分なりに提案する「かわいい」のモデルは以下のものである。 まず、一般的に「かわいい」という概念に共通する動機として、"まもりたい"と"ちかづきたい"があると考える。 これも、かわいく見せたい女性と、かわいい女性を自慢したい男性という意味で、社会的な動機といえるかもしれない。 これらの動機を構成する要素として、「非敵性」「不完全性」「形・色」を挙げた。 「かわいい」と思える条件として、自分にとって無害であり、敵ではないと対象を捉え、またそのようなアピール自体を「かわいい」と考えることがある(例:かわいい後輩、上目遣い、笑顔、等)。 しかし、石原さとみのように、女性にとって敵となりうる存在は必ずしもかわいくはないし、自分の言うことを聞かない後輩もかわいくはない。 また、「不完全性」も「かわいい」に特徴的な要素である。 完璧な美人など、ある種の完璧性はかわいさを阻害する。 たすけてあげたいと思わせるような適度な不完全性を表す特性に触れると、「かわいい」と感じ、手を差し伸べて"ちかづきたい"、"まもりたい"と思うのである。 見た目上の「形・色」そのものがかわいい、ということはしばしばあるが、それだけでは「かわいい」とならないところが難しいところだ。 これらの要素が複雑に影響しあい、"まもりたい"、"ちかづきたい"を構成すると、「かわいい」となるのではないか。 そして、右上に付け加えたのが、"わかる"という項目である。 この増幅が、個性として「自分的にかわいい」というものを生み出し、「かわいい」概念の多様化をもたらしているのではないだろうか。 ある人が、「上司の家のロボット掃除機が段差を乗り越えられないという話はかわいいと思うが、他の人の家だったらそこまで思わない。 それは同じ上司の下で働く自分を投影したからかもしれない」と言う話をしてくれた。 これも「わかる」によって、「かわいい」が増幅された例の一つだろう。 自己投影、共感の"わかる"は、自己愛に近いが、単に存在そのものの価値を理解するという感覚で、自己主体が対象にないような"わかる"の場合もある。 ここの議論は分けて考えることもできるかも知れないが、今回は複雑になり過ぎるので、後の研究を待とう。 最後に、私にとっての「自分的かわいい」ものについて語ろう。 過去に何度かいるように、最近私は欅坂46にハマっている。 これは、デビューシングル「サイレントマジョリティ」のに依るところもあるが、やはり彼女らの存在や物語そのものに何らかの個人的な「わかる」があるように思われた(が凄い)。 ヒキガエルは、見た目は一般的には「キモい」部類かもしれないが、毎日眺めているとこれがなんともいえず「かわいい」のである。 これらに共通するものは、欅坂46のモチーフも、ヒキガエルの生き方も、媚びることなく自分の生き方を貫こうとしている(ように見える)ことに対して、フリーランスとして苦悩する自分自身を勝手に投影しているのではないかと考えるようになった。 トランプ大統領誕生の社会的背景について分析したでも、「非自己決定者」と「自己決定者」という区分に着目したが、それも今自分自身が最も関心あるテーマであるからに他ならない。 「かわいい」の意味は、悠久の時を経て大きく変化してきたが、現代においても、アニメの描き方や、キャラクターグッズ、女優やアイドル、文字フォント、色、ファッション、など、様々な流行とともに変化し、そして今、個人の価値観の多様化と連動してその意味も多様化しているように思われる。 自分が「かわいく」あることは、周りとのコミュニケーションを円滑にし、協力を得て生きて行くためにも重要な要素だ。 それに尽きるのである。 【参考文献】 [1]" [2]" [3]" [4].

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